会合
薄暗い城の中の一室……けれど魔法を使っているのだろう、足元には所々明かりが灯され、淡い光が辺りを照らす。
けれど顔までは、見えないようになっている。
数人の男女が椅子に腰掛けていたり、立っていたりするのが見て取れはしたが、その表情までは分からない。
おそらくは、身元が判別されないようにとの配慮なのかもしれなかった。
どことなく漂う冷たい雰囲気に、ララは思わず身震いする。
「さて、お集まりの皆様に置かれましては、日々ご健勝のことと存じ上げます……」
そんな決まり文句で始まったその会合は、ねっとりとした独特の雰囲気の中進められた。
相手を小馬鹿にしたような、冷たい冷笑。
会合が始まったのにも関わらず、所々で構わずに交わされる談笑。
どことなくやる気のない、……けれど相手の不備だけは、確実に仕留めようとするかのようなその気配に、ルルはむせた。
(う……っ。最悪……)
《会合》とは名ばかりで、見ていれば誰一人として協調していないのが分かる。
自分の利益と、権力にしか興味のない者たちの会合……。
むせるような香水の匂いとタバコの煙……それから甘い酒の匂い。
それらは決して狭くはない、城の一室の全てを支配する。
室内だけではない。その異様な雰囲気は、城の敷地内全てを闇のように包み込んだ。
ルルは思わず鼻をつまむ。
(う……っ、なに? 貴族って、こんななの……!?)
嫌悪感に、ギュッと顔をしかめた。
ルルは貴族に憧れを持っていた。
もちろん、自分が貴族の私生児だろうと言われた時、捨てられた嫌悪感から、《親は探さない!》と心に決めていたが、貴族に対する憧れが、全くなかったわけではない。
《こんな生活だったら、どんなにいいだろう……!》と夢見た日もあったのだ。けれど、ララが憧れていた貴族は、こんなモノではない。
ララが憧れる貴族とは、天使のような美しい人たちの事である。
煌びやかなドレスに身を包み、ふわりと微笑む。同じ人間とは思えないような優しい人たち。
(そう! あのゾフィアルノ侯爵家のフィリシアさまのような……!)
ララはうっとりと、思い浮かべた。
フィリシアに会ったのは、もう随分前のことだ。
双子の兄のフィデルが西の森へ入るからと、ルルの暮らすサルキア修道院へ加護を頼みに来たことがあった。
兄のフィデルは、その後も友人たちとサルキア修道院へ加護を得るためによく立ち寄っていたので、ルルもその顔を良く覚えているが、フィリシアの方はほとんど姿を表さない。ルルが見かけたのも、数える程しかない。
けれどその数回でも、しっかり記憶に残るほど、ゾフィアルノ侯爵家のフィリシアは非の打ち所のない、立派な侯爵令嬢だったとルルは思う。
少し小柄の彼女は、まるで大輪のバラのように可憐で、自分が貴族だったのなら、このようなお姫さまになりたかった……と、ルルは思ったほどだ。
儚げなフィリシアが兄のフィデルへ微笑む様は、まるで絵画の恋人同士のようだった。
彼らは経済的に、ゆとりがあるのだろう。
このゾフィアルノ侯爵家は、サルキア修道院へ多額の寄付を寄せてくれた。
普通の貴族が、サルキア修道院へ訪れることはあまりない。
どちらかと言うと、皇帝の命を受け、西の森へ魔獣の討伐に行ったり、訓練のために森へ入る騎士や騎士見習いが立ち寄るくらいだ。
それを踏まえると、ゾフィアルノ侯爵家のそれは、常識を逸脱しているとも言えた。頻繁に西の森を訪れるゾフィアルノ家は、もしかしたら見た目に反して猟奇的なのかも知れない。
けれど、多額の寄付をもらうルルたち孤児にとっては、ありがたい逸脱ではあったが……。
そんなこんなで、ルルの理想とする貴族は、このゾフィアルノ侯爵家の双子たちである。
貧しい孤児たちに、微笑みながら救いの手を差し伸べる、まるで天使の様な優しいフィリシアさま。……そんな夢のような貴族像をルルは描いていた。
それだけに今、ルルの目の前で繰り広げられている貴族たちの傲慢な態度に、呆れを通り越し吐き気すら感じた。
(なんなの? この醜悪さ……足しか見えないのに……!)
ルルは唸る。
(いったい、どんな人たちなのかしら……? 顔が見てみたいわ……っ)
ギリッと指を噛む。
辺りはひどく薄暗い。
見えるのは高そうなスーツに身を固めた、スラリと伸びる長い足のみ。その足には、ルルが見たこともないような艶やかな革靴が見えた。
薄暗くても分かる。
あれは、相当な値段のする代物だ。
ルルは顔をしかめた。
(あの靴一足で、何人分の服が買えるのかしら……?)
ルルは着古した、自分の服を見下ろした。
「……」
なんの装飾もない麻の服は、ゴワゴワとしていて、シワになりやすい。
初めはいいが、着古してくるとだんだんみすぼらしさが増してくる。そしてこれは自分だけではない。平民と言われるものは、大抵この麻の服を着ているのだ。リネン……と言えば聞こえはいいが、味気ないこの服に少し嫌気もさしていた。
贅沢を言うつもりはないが、同じ国に住んでいて、ここまで格差があると諦めを通り越し、怒りすら湧いてくる。
ルルは溜め息をつく。
自分は、貴族の私生児だと言われている。
自分を平気で山に捨てた親は、きっとこんな奴らなんだろう……とそう思った。
けしてゾフィアルノ侯爵家のような、優しい人たちではないだろう。自分に刺青を入れて、魔物に喰われろ! とばかりに捨てる親だ。期待するだけ無駄に違いない……。だから、探そうとは思わなかった。
けれど、そうは言っても自分の産みの親。そんな風にしか思えない事が悲しかった。
(絶対、親なんか見つけるもんか……)
痛む心を抑え、ルルは心に決めている。
この会合には、もちろん女性もいた。
仕事で山野を歩き回る自分とは似ても似つかない、きめ細やかな肌をしたその足に、繊細なデザインのヒールを履いている。
(……あんなの、どうやって歩くのよ!)
ルルは再び唸る。
踵の細いピンヒールは、履き心地よりも、見た目重視の物で、ルルをより一層苛立たせた。
そもそも《靴》とは、足を守るために、歩きやすくする為にあるはずだ。それなのに、あんなに細く歩きづらそうな靴を履くなんて……! ルルには考えられない。
生活のために必死に働いている者が、ボロボロの靴を履いているのに、野良仕事どころか家事すら出来ないような貴族女性が、あんなにも優雅な靴を履いてるなんて……! 世の中、何かがおかしい。そう思った。
怒りがフツフツと湧き上がる。
(ゼル爺さんが怒ってた意味が、今やっと分かったわ……!)
プンプンとルルは、頬を膨らませた。
必死になって働いているのは、自分たち平民。
それなのに、生活はちっとも楽にはならない。職にありつけるどころか、その日食べられるか分からない者だっている。それなのに目の前の貴族どもと言ったら……!
「……」
生まれた場所が違うだけで、こうも変わるものなのだろうか……? ルルは小さく溜め息をついた。
貴族と言うだけで、なんの苦労もなく暮らしていける……。そんな夢のような生活があるのだと、今まさにその現実を目の当たりにし、ルルは自分の姿がとても惨めに映った。
(……。もう、帰ろう)
いくら覗き見ても、腹立たしく羨ましくなるだけだ。こんなの知らない方がいい。ルルはそう思い、立ち上がろうとした。
──その時。
「全く、何で毒で死なないんだ!!」
男が叫んだ!
ドンッ! と机を殴る音が響く。
立ち上がろうとしたルルは、びっくりして思わず尻もちをついた……!
ドスン……と音がしたが、室内では、話し合いが白熱していて聞こえなかったようだ。
ルルはブルブルと震えながら、安堵の息を履く。
腰がすっかり抜けてしまった。暫く動けそうにない……。
(え? 今、なんて言ったの? 毒? 確かに、毒って言ったわ……!)
掃き出し窓のすぐ外で、怯えるルルの存在に気づかず、貴族たちは話を進める。
「ふふふ。だから言ったではありませんか。皇太子には、毒は効きませんよ……と」
若い男の落ち着いた声が響いた。
その言葉にルルは青くなる。
どこかで聞いたような声だった。ルルは暫く声の主が誰だったか考えたが、問題はそこではない。
(皇太子? あの黒髪の皇子が、命を狙われている……?)
ルルは動揺が隠せなかった。
× × × つづく× × ×




