贈り物
ニアは私の肩に、そっと手を置いた。
「ラディリアスさま。私はあなた様がお生まれになったその日より、あなた様へとお使いしております。我が子……いえ、我が子以上に大切に思っているのです」
言って私の目を見る。
「あなたさま以上に、この国を支えられる者など存在しません。あなたはこの国になくてはならないお方なのです……! ですから、言い方は悪くはございますが、この国の安泰が保てるのであれば、フィリシアさま一人の自由を奪ったところで、それは罪にはならないのでございます……!」
「し、しかし……」
否定しようとする私の言葉すらも、ニアは奪ってしまう。
ゆっくり頭を振って、厳しい目で私を睨む。
「悪いとお思いなのでしたら、それなりの成果を国を治めることでお示しあそばせ。平民であっても、何不自由なくお菓子が食べられる生活を……!」
ニアの言葉は、有無を言わせない力があり、私は黙り込む。
ニアの魂胆は分かった。フィアを餌にして私を賢帝にでもしたいのかも知れない。
しかしそれは、私には重すぎる……!
──コンコンコンコン……。
「!」
扉が叩かれ、その向こうから護衛の声が聞こえた。
「失礼致します。先程、殿下宛にフィリシア嬢より贈り物が届けられましたが……いかが致しましょう?」
フィア……!?
この言葉に、私は色めき立つ。
私に贈り物? あのフィアが?
そんな私をニアはフッと笑って見て立ち上がり、ドアへと近づいた。
ゆっくりと扉を開ける。
ニアは護衛と二言三言、言葉を交わして、何かを受け取った。
「ご苦労さまです。殿下にお渡ししておきます」
そう言って、静かに扉を締めた。
「ラディリアスさま。フィリシアさまより、お差し入れですわ……」
ニアは私に、お菓子の入った瓶と、手紙を手渡してくれた。
複雑な彫刻が施されたガラス瓶には、少し焦げたクッキーがぎっしり入っていた。思わず笑みが零れる。
それは私が以前、好きだと言った絞り出しクッキーのように見えた。
私はすぐさま、添えられた手紙を開く。
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『親愛なるラディリアス=フィル=ド=プラテリス皇太子殿下』
不敬かとも思ったのですが、
ラディリアスさまの大好きなクッキーでしたので、
お届け致しました。
先程作っていたものです。
少し焦げてしまいましたが、味には問題ないと思われます。
宜しければお納め下さいませ。
次回は心穏やかに、お会い出来ればと願っております。
『フィリシア=フォン=ゾフィアルノ』
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「『心穏やかに』……。ラディリアスさま、ようございましたね」
ニアがふわりと微笑む。
「フィア……!」
私は嬉しさのあまり、クッキーを掴み取るとそのまま口へと運んだ。
「あ! 毒味を……!」
ニアの慌てた顔が面白い。
焦げたクッキーは、やはり少し苦かった。
それでも優しい香りの甘いクッキーに、私は微笑む。
《不敬かとも思った》……フィアの手紙の一文を私は思い出す。
おそらくそれは、焦げているのに送っては……との事かも知れない。だけど、焦げたのは私とのやり取りせいだから……。
「ふふ……」
私は思わず声を出して笑う。
フィデルとフィアの姿に、確かに苛立ちもあるけれど、フィアが私にキスをしてくれたのも、また事実だ。
私の事を嫌っているのなら、たとえ私がねだったとしても、そんな事するわけがない。クッキーだってくれるはずもない。
そして──。
「『心穏やかに、お会い出来れば』……」
私は呟く。
もう二度と会いたくないのなら、こんな手紙なんか、書かなければいいのだ。ただ黙ってさえいれば、私も諦めがついたかもしれないのだから。
「ニア……」
私は自分の乳母の名を呼ぶ。
「はい。殿下……」
ニアは静かに膝を折る。
ふわり……とニアのドレスが拡がった。
私はそれを横目で見つつ、ニアへ伝える。
「私は、フィアが好きだ……」
「……」
私の言葉に、ニアは静かに顔をあげる。
その顔には、穏やかな微笑みが浮かんでいた。
「はい、殿下。存じ上げております。幼少の砌より、ずっと想い願っておられた方なのですもの。このニア、及ばずながら、その悲願成就なるよう、全力で以て殿下をお支えすると誓います。……全ては、殿下のお心のままに……」
そう言ってニアは、深く頭を下げた。
もう、悩むのはよそう。
フィアは私の傍にいてもらう。
フィアの夢の為にも……必ず。
そう、……誓った。
× × × つづく× × ×