とんだ勘違い。
今回のアップルティーは、砂糖を入れずにそのまま飲んでみました。
焦げた……とはいえ、いつもより多めの砂糖をクッキーに入れているから、紅茶にも入れてしまうと、さすがに糖分過多になるかも知れないと少し気になったのです。
太り過ぎると魔物討伐の妨げにもなるので、今回は自重してみましたの。
本当は甘いものが、とても大好きなのですけれど……。
こくり……と紅茶を口に含むと、砂糖を入れてないものの、林檎の優しい香りが口の中いっぱいに拡がって、甘酸っぱいその風味がわたくしの心を癒してくれます。
……はぁ、美味しい。
……何か、思うところがあったかも知れませんが、ラディリアスさまもご一緒すればよろしかったのに……。
「……」
何故、急に帰られたのかは分かりませんが、わたくしの態度も褒められたものではなかったのかも知れません。
それならば……とわたくしは思う。
焦げてしまったけれど、クッキーをお贈りしてみようかしら? 『不敬だ!』と、更に怒られてしまうかしら?
……でも逆に、婚約を解消して欲しいと願っているわたくしとしては、ラディリアスさまを怒らせてしまった方が、かえって良いのではないかしら?
そんな事を思って、ぼんやりと雲ひとつない青空を眺めていると、お兄さまは唐突に、口を開きました。
「そうなんだ。ラディリアス、俺とフィアが《恋仲》だと勘違いしてる……」
一瞬、時が止まった。
……は? 今、なんつった?
──俺とフィデルが恋仲だと、勘違いしてる……!?
「「ブーーーーーーっ!!!」」
一拍置いて、メリサとわたくしが、豪快に紅茶を吹く。
「うわっ! なんなの? 二人とも! 汚いんだけど……!!」
ガタッと立ち上がりつつ、お兄さまがバタバタと近くにあったタオルで、わたくし達が吹き出した紅茶を拭い去る。
「も、申し訳ございませんっ。突然のことに、私とした事が、気が動転してしまい……っ」
メリサは慌てて、お兄さまが持ったタオルを奪い、わたくし達が吹き出したお茶を拭きに掛かる。
「……。いや、分からなくもないけどさ。俺も驚いたし……」
お兄さまは椅子に座り直しつつ、クッキーを口に放り込む。
「俺、そんなにお前とイチャついてたっけ……?」
言いつつフィデルは、横目で俺を見る。
いや、見んな。そんな目で……。
「イチャつくって……」
ショックの隠せない俺は、フィデルから目を逸らし、頭を抱えた。
え? 俺たち男同士だし。
……いや、俺は女だと思われてるかも知れないけど、フィデルとは兄妹になるんだぞ? いくらなんでも《恋仲》はないんじゃないか……?
俺は冷や汗をかく。
え? ……もしかして俺たちって、世間からそんな目で見られてんの……!?
サーッと血の気が引いた。
「あぁ、でも、分からないでもないですわね」
俺が青くなっているのに気づいているのかいないのか、ふふふ、とメリサは嬉しそうに笑う。
……なんなの? そのご機嫌な顔は……。
「確かにお二人は、仲がよろしいですもの」
言いつつカップを持ち上げた。
「フィアさまの秘密をお二人は共有され、公的な場でも、時々内密にお話をされますでしょ?」
そう言われて、わたくしは頷いた。
「え、えぇ……それは仕方ありませんわ。お兄さまはあまり自宅には戻られませんでしょ? お会いした時に話さなければ、伝えそびれることもありますし。……けれどだからと言って、その時に周りに人がいない……なんて状況も稀ですし。それにお兄さまと話すことといったら、たいてい他の人には知られたくない事柄がほとんどですもの。本当なら手紙の方が良いのかも知れませんが、手紙などにたしなめて、万が一にも他の者の手に渡れば、一巻の終わりですから……」
ブツブツと言い訳がましく俺は言う。
言いながら、あぁ……そりゃ勘違いもするよな……と反省した。
「ふふふ。そこでございますよ……」
言って、メリサは紅茶を一口こくりと飲んだ。
「そこ……?」
フィデルは繰り返す。
メリサは、面白そうに頷いて、口を開いた。
「その場には、たいていラディリアス殿下もおられることもおありでしょう? お二人は殿下に聞こえないように、耳打ちでお話されるのではないですか?」
「……あ」
確かにそうだ。
同性同士で軽く耳打ちしている姿などは、よく見かける。特に男同士。きっと何か、悪巧みをしてるんだろうなぁ……なんて思いながら、俺は横目でそれを見る事が多い。
けれど異性に耳打ちする……なんて、ほとんど見ない。
俺たちの場合は、それが兄妹間で……て事になるけど、……まぁ、そんなのはあまり……どころか、全く見ない。だいたいのところ、親族で耳打ちとか、思えば有り得ないしな。むしろする必要がない。
一緒に住んでるんだから、聞かれたくない事など、家で話せばいい事だし。
「……」
俺たちの場合は、前者の《悪巧み》に近いんだけど、傍から見れば明らかに異性同士。愛を語っている……と思われても、仕方がないことなのかも知れない。
ましてや俺、涙腺弱いし……誤解を招くような状況は、嫌というほどあったはずだ……。
……そういえば、さっきも泣いたような気がする……。
「……」
俺は静かにカップを下ろす。
フィデルは意に返さないと言った様子で、ゆっくりとお茶を飲んだ。
「でもまぁ……フィアは、それが狙いだったんだろ?」
言いつつフィデルは、カップを下ろす。
「狙い……?」
「言おうとしてたじゃないか。ラディリアスに。俺と恋仲なのだと」
「うぐ……」
俺は唸る。
フィデル……そんな時ばかり、勘がいいのな……。
そう。……そうなのだ。
俺はそれを利用しようとした。
不義の噂が威力を発揮しなかった今、目の前の餌に飛びつこうとしたのは、紛れもなくこの俺だ。
俺は何も言い返せず、グッと息を呑む。
「でもま、そのまま言わなくて良かったよ。……あいつの事だから、お前、閉じ込められるぞ? 王宮に。」
「……」
俺は黙る。
実際、ラディリアスもそう言っていた。
そうだった。
忘れていた。
危なかった……。
「……フィアが自分で言ってしまえば、連れて行かれたんだろうけど、今はまだ、ラディリアスの憶測の域を出てない。だから今回は、俺とフィアの様子を見ていたたまれなくなり、黙って帰った……って言うのが正しいんだろうな……」
フィデルはぼんやりと考えつつ、空を見上げる。
「で? どうすんの? 勘違い、させとく?」
フィデルは横目で俺を見る。
その目がまるで、今の状況を愉しむかのように、魅惑的に光った。
「う。うーん……」
俺は悩む。
今日黙って帰ってしまったラディリアスの状況が、ハッキリと掴めないために、妙な不安が湧き上がる。
今、ラディリアスはどうしているだろう?
なにを想っているだろうか?
フィデルは嬉しそうに目を細め、椅子に深く腰掛ける。
優雅に、こくり……とお茶を飲んだ。
「言っとくけど、ラディリアス、もういっぱいいっぱいだから。これ以上嫉妬させると、弾けると思うんだ……」
「は、弾ける……?」
フィデルは頷く。
テーブルに肘をついて、俺を見据える。
「そ。現に襲われそうになっただろ? あまり体を触られ過ぎると、バレるよ? それとも触られたかった?」
にやりと笑う。
「な……っ! んなわけないだろ!?」
「フィア。出てる、出てる。地が。」
「!」
…………っ、
ハッとして、わたくしは座り直す。
いくらお兄さまだとしても、失礼ですわ。
触られたかったなどと……。
わたくしは、《何でもない》……と言った風にほほほと笑って見せる。
「まぁ、お兄さまったら。そんなはしたない事を、このわたくしが望むわけございませんのに」
「……そうだろうけど」
言ってお兄さまは、こくりとお茶を飲む。
「何にせよ、こじらせ過ぎだな。……ラディリアスの執着が異常だ……」
「……」
わたくしは、何も言えない。
「いっその事、嫁いでしまわれたら……?」
「「!?」」
メリサの言葉に、わたくし達は目を見張る。
「な、なにを言いますの? そんな事出来るわけが……!」
「そうだぞ! メリサ! 口には気をつけろ……っ」
ギリっとフィデルがメリサを睨む。
睨まれてメリサは肩を竦めた。
「……申し訳、ございません」
フィデルは深く溜め息をつきながら、わたくしを見る。
「まぁ、いずれにせよ、このまま放置すればお前にとっても、ゾフィアルノ家にとっても、害にしかならない」
「うぐ……。わ、分かっていますわ……」
わたくしはそう言葉を返す。
けれど、わたくしのその言葉を、お兄さまは聞いてはいない。
光の映らないその瞳を、ゆっくりとカップへと向ける。
「……。どうにか、……どうにかしなければ……」
そう言ってお兄さまはこくりとお茶を飲むと、遠くを見つめた。
「……」
お兄さまが何を考えていらっしゃるのか、わたくしには分からない。けれどその横顔は意外にも真剣で、冗談めかしに言っていたさっきの雰囲気とはまた違った様子に、わたくしは不安になるのです。
金木犀の香りを含んだ優しい秋風が、ふわりと頬なでる。
秋の風は清々しく、わたくし達の心配など素知らぬ様子で、小川の枯葉を小舟のように揺らした。
けれどほんの少し、……ほんの少しだけ、冬の気配を含んだその風は、冷たく凍りつきそうで、わたくしは思わず、自分の肩を抱き締めたのでした……。
× × × つづく× × ×