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バルシクと転移魔法

 そこから俺のバルシク狩りが始まった。


 残念な事に、西の森ではバルシクは発生しない。宵闇(よいやみ)限定商品のようで、発生した情報を得てから、宵闇へと向かう。


 ずるいよね、宵闇。羨ましいよね……。



 けれど宵闇へは遠い。

 俺は必死になって、転移魔法陣を開発した。


 あ。これ、内緒だからね。

 国から出たり入ったりするには、当然、許可がいるから。


 転移魔法陣を使うと、許可なしなんで、不法入国……? って事になる。というか、そもそも《転移魔法》自体、存在しないんだよ。この世界。


 だってそんなに簡単に行き来出来るんだったら、強盗し放題だろ? ちっさな魔法陣、置いときゃいいわけだけだし。

 国機関ならまだしも、一般の店のセキュリティなんてたかが知れてる。忍び込み放題とか、危なっかしくておちおち寝てもいられない。


 まぁ、転移させるだけの魔力量を持ち合わせている人間なんて、貴族……しかも高位貴族くらいしか、いない。

 しかも貴族になると、その移動に苦労なんかしないんだよね。移動ですら《旅行》の一部として楽しんでいる気配がすらから。


 だから、転移魔法を作れるくらいの魔力量を持ち合わせていて、尚且つ作ろう! とかって思ったのが俺くらいだったんだからしょうがない。

 だから未だかつてなかった《転移魔法陣》を、俺は発明しちゃったわけなんだけど、世紀の大発明!! とか銘打って売り出す訳にもいかなかった。


 ……だって犯罪だもん。

 バレたらきっと、俺の首が飛ぶか、自由が更になくなるはず……。


 宵闇の国王は、こんな突拍子もない発明が大好きだったから、向こうの国にだけは詳細は伝えたんだけど、さすがにヴァルキルア帝国には届出ることは出来なかった。


 まぁ今のところ、俺の魔力でしか使えない魔法陣だから、俺以外の者が使うって心配は、今のところない。だから、宵闇からこちら……ヴァルキルアへと人が押し寄せて来る……なんてことは有り得ない。


 だからこれを使うのは俺だけで、ひとまず俺が犯してしまっているのは、《皇太子の婚約者は国外に出られない》って言う項目だけのハズだ。


 ……ま、婚約者なのは女のフィリシアだから、国外へ出る時には男の姿になって、一ノ瀬(いちのせ)六月(むつき)として出ているから、問題ないって事で……。


 …………、

 ダメか。


 六月(むつき)になった時点で、《六月(むつき)》が不法入国者になるからね……。


 六月(むつき)の国籍は、フィアのいるヴァルキルア王国じゃない。祖母の祖国、宵闇国になっている。

 だってここじゃ、戸籍が手に入らなかったから。


 何か不備が出来た時、宵闇国で生活出来るよう……かつ、国を渡ったという形跡を残さないよう、用意された国籍だ。

 当然これは本物。

 ばあちゃんが第八王女だったのが功を奏した。王家に繋がる者として、簡単に爵位も貰えたのだから……。


 俺は宵闇国で、一ノ瀬六月(むつき)……一ノ瀬子爵としての地位がある。

 ……どの道この転移魔法陣の存在がバレたのなら、相当やばいヤツだとは、ちゃんと自覚してるよ?

 だけど俺にとっては、大切な《逃げ場所》でもあるから、簡単に手放す……なんて事も出来ない。

 厳重に、隠しておかなくちゃいけないもののひとつでもある。



 まぁ、そんなこんなで、このバニラビーンズの入手に関しては、さほど問題などなかったはずなのに、すっかり忘れていた。




 ──バニラビーンズが残り僅かだったってこと……。




 バニラだよ!?

 お菓子作りの基本だよ?


 ホットケーキとかスポンジケーキとか、当たり前のように入れるし、プリンとかムースとかにも入れるんだよ? もうお菓子の王様って言っても過言じゃないんだよ? それなのに切らしちゃうとか……!


 あまりにもショックで、ポロポロと涙が溢れる。

 うう。アホなの? わたくしはアホなの……?


 クッキーを焦がしてしまった事よりも何よりも、その事がひどくショックで、涙が止まらない……。

 どうしようもなくて、わたくしは外へ出る。


 出てみると、そこにはラディリアスさまとお兄さまが、何やら言い合いをされているのです。


 う……。折角おふたりに、美味しいクッキーを食べて貰おうと思っていましたのに……。


 思えば思うほど、涙は後から後から溢れ出る。


「お兄さま……」

 わたくしはお兄さまを呼びました。


 だって、ラディリアスさまには到底理解できない事柄なのですもの。

 相談しても仕方がありません。

 ですからわたくしは、お兄さまを呼んだのです。



 お兄さまは、わたくしと一緒によく食材調達のために西の森へと入ってくれますし、バルシク討伐に宵闇へ行く時も、当然手伝ってくれます。


 けれど今、宵闇ではバルシクは発生していない。


 となるとお兄さまを呼んだとしても、何の役にも立たないのです。

 けれど事情を知らないラディリアスさまよりかは、幾分マシなので、わたくしはお兄さまに手を差し伸べたのでした。



「え? フィア? な、なんで泣いているの……?」

 お兄さまはそう言いながら走り寄って来て下さり、わたくしの涙を拭いて下さいます。


「うう。お兄さま。バニラビーンズがなくなってしまったの。一緒にバルシク討伐して欲しいのです」

「え。バルシクって……。今は発生してないだろ?」


 お兄さまは、後ろで怪訝な表情をしながらこちらを見ているラディリアスさまを気にして、小声で言葉を返す。


 体の向きを入れ替え、こちらがよく見えないように、隠してくださいました。


「どこかに出て来てはいないかしら? ……あ、少しは残ってますのよ? バニラビーンズ。あれは元々《種》のハズなので、西の森の魔湖(トルム・ラクス)に振りかければ……」


「こらこらこら。物騒なことを言うもんじゃない。あれは天災級なんだからな? ……ここでバルシクなんて発生した日には、大騒ぎになるだろ!? だいたい討伐するのだって、宵闇の騎士たちの手を借りて、やっと俺たちにも倒せるくらいなんだぞ……っ」


 わたくしたちは、ヒソヒソ……ヒソヒソ……と相談します。

 間違っても、ラディリアスさまに聞かれたら、大変な事ですもの……。


「と、とにかくフィア? 今はラディリアスが来ているから、話は後だ。お茶でも飲んで、早々に帰って貰おう。……ラディリアス、これからお茶でも……って、え? ラディリアス……?」


 振り返ったそこには、ラディリアスさまの姿は何処にもない。

 わたくし達は慌てて辺りを探しましたが、何処にも殿下はおられませんでした。




 ┈┈••✤••┈┈┈┈••✤✤••┈┈┈┈••✤••┈┈





「え? 殿下……ですか? 殿下でしたら先程帰られましたよ?」



 ゾフィアルノ家の門番に尋ねると、先程馬車に乗って帰ってしまわれたとのこと……。


「……」

 客人を前で、ヒソヒソと相談をした挙句、怒らせて帰らせてしまうとは……。これはなんと言う失態なのでしょう……。


 しかも相手はあのラディリアスさま。

 皇太子殿下に対して、なんという対応……!


 わたくし達が人知れず青くなったのは、言うまでもございません……。

 これは、どう謝罪すれば良いのでしょう?


 わたくしは人知れず、頭を抱えたのでした。





 × × × つづく× × ×


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