ラディリアスとフィデル
──お前では無理だ。
その言葉が、私の心を抉る。
いや、その前に、その言い草は不敬だろ!?
……けれど私は、その事について言及はしなかった。
フィデルを不敬と罰するのなら、もっと別の確実な欠点を抑えたかった。
フィデルの事は気に食わないが、フィデルはフィアの兄。そして、私の唯一の幼なじみでもある。
言葉尻をとらえて言い争うほど、私は子どもじゃない。
それに、フィデルが嫌だと思うのは、私の勝手な私情でしかない。フィデルは、この国にはなくてはならない人材で、フィアを取られる気がするから嫌いだとか、そんなちっぽけな理由で処罰対象にするわけにはいかなかった。
……でもこのまま、フィアと同じ敷地内にフィデルがいるのも、心休まらない。
「……っ、私の傍にいてくれるのなら、絶対にフィアを幸せにする自信はある!」
私はフィデルの言葉にムッとして、そう言いはしたが、実のところ、それは少し違うかも知れない。
父上には伝えることが出来た私の秘密を、私はまだ、フィアには話していない。話せばきっと嫌がるに違いないと思い、話せないでいる。
私と共に生きるとなると、どうしてもその事実からは逃れることが出来ない。必ず、伝えなければいけない、大切なことだ……。
「……」
しかしフィアの反応が恐ろしくて、どうにも切り出せない。
出来ることならこのままずっと黙っていて、自分から離れられない状況になってから話そう……などと思う狡い自分がいることも確かだ。
それを考えれば《フィアを幸せにする》……には、程遠いことで、ましてやずっと騙し続けている自分が、ひどい悪者のようにも思えた。
……私は黙り込む。
黙り込んだ私を見て、フィデルは首を振りつつ溜め息をつく。
「……いいえ。それは無理、と言うもの。ラディリアス……君は皇帝になるのだろう? フィアは貴族でいることすら、嫌だと言っていた。だから、この帝国の頂点となるべき君に、フィアは相応しくないんだ……」
「!?」
《相応しくない》の言葉に、私はカッとなる。
淡々と人の欠点を挙げ連ね、早く消えろとばかりに私を見る。もう我慢の限界だった。
フィアが貴族でいるのが嫌だと言ったのも、まるで自分のせいのようにも思えた。私との婚約がなかったのなら、心穏やかにこの侯爵家の敷地の中で、フィアはのんびりと過ごしていたに違いない。
昨日の王城でも、あのような断罪を受けることもなかったはずだ。
そもそもフィアは、権力など欲していない。
そうであるならば、私との婚約が決まった時点で派手に生活したに違いないのだ。
必要以上に茶会や宴を開き、結婚準備などと言いつつ商人を頻繁に呼ぶなど、よく聞く話だ。
……けれどフィアは、自慢することもなく、むしろ人目に触れないこの屋敷の奥深くに、逆に引きこもってしまった。
思い返してみれば、フィアは《侯爵家》としての興味もないようにも思う。
まだ両親を恋しがる時分に、一人この離れに入った時は、世を儚んでいるのではと心配になり、私は毎日通ったものだ。
……分かってる。
分かってるんだ! フィアが貴族社会を疎んでいることなんて……っ。
けれど私は、その中枢で生きている。
絶対に、この貴族社会からは抜け出せない。代わりの者などあの叔父上しかいない。叔父上に譲れば、この国は終わる……。どう足掻いても、逃げ出せるわけがない……!
けれどだからこそ、どうしても……どうしてもフィアにだけは、……フィアだけは、私の傍にいて欲しい……。
こんな生活の中だからこそ、フィアには離れて欲しくないんだ!
「……っ。フィデル! お前はいったい何なのだ? そんなにも私たちの仲を割きたいのか? 相応しいか相応しくないかなど、私たちが決めることだ! お前が決めることじゃない!」
悲鳴を上げるように、私はまくし立てた。
まくし立てながらも、私の心は痛む。
……分かってはいるんだ。自分が泥沼から抜け出せないからと言って、フィアを引きずり込むのは、間違っていると……。
でも、もう耐えられない。
本当は知っている。フィアが望んでいないって事を。
フィアの心は、私に向いてなどいないってことを……!!
苦しくなって、私は自分の胸元の服を掴む。
「お前はフィアの何なのだ? お前は……お前も……」
そこで言葉を切る。
これは多分、言ってはダメな言葉のような気がした。
フィデルだけでなく、フィアも貶める。
──いや多分、言えば自分が一番傷つく……!
……けれど、抑えが効かなかった。
私は不安でどうしようもなく、感情に任せ、言葉をフィデルに叩きつけた……。
「お前も、フィアが好きなのか? お前たちは愛し合ってるのか……?」
「!?」
フィデルの目が、ゆっくりと見開かれる。
何かを言おうと、フィデルは口を開いたが、その言葉は出なかった。
「お兄さま……」
ポロポロと涙を流しながら、フィアが建物から出て来たからだ。
ハッとしてフィデルはフィアを見る。
「え? フィア? な、なんで泣いているの……?」
フィデルはギョッとなって、フィアの元へと走る。
私も駆け寄ろうと思ったが、途中で足を止めた。
明らかに泣いているフィアは、フィデルを求めていて、私の入る隙などなかった。
そもそも私の姿など、フィアの目には映っていない……。
「……っ」
二人の姿は、おとぎ話の挿絵のようだった。
双子だからか、顔立ちや雰囲気が似ていて、立ち入る隙がない。
穏やかな秋の風景と相まって、それはまるで一幅の美しい絵のようで、私は思わず見とれてしまう。
ハラハラと涙を流すフィアと、それを心配して拭うフィデルは、まるで恋人同士のようだった。
「……」
……私はそのまま、何も言わずに王城へと戻った。
別に、フィアを諦めたわけじゃない。
けれどそのまま、あの二人の傍にいることは、出来なかった。
少し……心を落ち着ける時間が、欲しかった。
だからあの場に、
……そのまま居続けることが出来なかった……。
× × × つづく× × ×