筋肉質
《筋肉質》? それはそうだろう。
だって俺は、女じゃない。
料理の食材集めに、西の森もかなり行っている身としては、この位の筋肉がついていないと、話にならない。
兄のフィデルは騎士の資格を十代で取ったが、俺にはその機会すら与えられなかった。
何故なら俺は、《表面上は女》だから。
いや、子爵以下なら女性でも騎士試験を受ける許可は出る。
女性騎士だって、この世界では活躍しているし、爵位プラス騎士資格があれば、それなりの社会的地位を得ることが出来る。
だけどそれは、子爵以下での話。
伯爵以上の爵位をもつ家門の女性には、試験を受けることが許されていないばかりか、武術を習うことすらはしたないと、白い目で見られる。
つまり、侯爵令嬢の俺には、認められていないって事になる。
「……」
俺に出来るのは、屋敷に呼ばれる家庭教師から受ける、簡単な護身術を覚えるくらいだ。
その護身術ですら、女が武術など……と、眉をしかめる貴族は多い。
まぁ、伯爵令嬢以上にもなると、専属の《騎士》が常に付き添うのが常だから、必要ないと言えば必要ないんだけど、俺の場合は当然その《騎士》がいない。
だって俺、男だし。要らないし。
こんな境遇で、常に傍にいてもらったら、秘密がバレてしまう。
だからこそ、フィデルが騎士の資格を取って、俺にくっついているんだよね。一応兄が妹を守ってますよって体で。
けどさ、何を思ったのか、そこにラディリアスが対抗してきて、騎士資格を獲得してしまったんだ……。前代未聞の皇族騎士。
皇帝陛下も面白がって、特例を出してしまったから始末に負えない。
手加減抜きで、……って言っていたのに、難なく合格してしまったのは、本当に実力なのか、それとも手心を加えられたのか……それは騎士協会のお偉さん方しか知らない。
どちらにせよ、皇族に手心を加えて騎士とした……としても、ほかの貴族の汚点になるわけでも、ましてや平民たちが苦労する訳でもない。
誰も何も言わなかった。
……不服だったのは、多分、俺だけ。
だってアイツ、資格を授与されるその会場で、ラディリアスはいきなり俺の前に跪いて、よりにもよって、騎士になりたいと申し出てきやがったから。
あの時は、本当にどうしようかと思った。
……ちっとは、モノを考えろって思う。
だいたい有り得ないから。
侯爵令嬢の身で、騎士が皇太子とか!?
そもそも皇族を守るために俺たち貴族が存在してるんだし。守る対象に守られて、どーすんだよ!?
だからその時は、丁重に断らせてもらった。
……皇太子に膝まで付かせ、断るとかね。
当時、かなり白い目で見られたからね。俺。
ホントに生きた心地がしなかった。
あの時はもう、本当に参った……。
俺の父も母も、それからフィデルもなんとも言えない顔をしていた。
ついでに言うと、メリサは手を叩いて喜んだ。『まぁ、フィアさまは愛されておられるのですね』って。
だから、俺、男なんだってばっ!
そんなこんなで、侯爵令嬢である俺に、攻撃出来るようなテクニックを教えてはくれるような人も環境も、この異世界にはなかった。独学で会得するしかなかったんだ。
そもそも、《令嬢》と名のつく者は、本来なら屋敷の外に出ること自体、ほとんどない。
屋敷から出る機会は、買い物とか旅行とか他家で行われるお茶会に出席するとか、そんなところだ。
西の森へ行く為に鍛えている令嬢は、明らかにイレギュラーなのだ。
だけど俺は男だから、優雅にお茶会やダンスばかりに気を取られている場合じゃない。そこに甘んじているわけにもいかないんだよ。
フィデルが騎士資格を得る前から、俺は毎日、フィデルに稽古を積んでもらっていた。
当然、侯爵家の敷地にある、離れの森で。誰かに見られると、面倒だったから。フィデルが十代で騎士の資格を貰えたのも、この日々の鍛錬のお陰だと俺は密かに思っている。
俺は騎士の試験は受けれないが、この鍛錬のお陰で、剣も体術もフィデルとはほぼ互角。
……いや俺としては、フィデルよりも俺の方が、剣の腕は上だと思っているんだよね。だってフィデルが勝つのは、俺の体力がなくなった後半のみだから。
だから多分、騎士資格を持っているフィデルよりも、俺には瞬発力がある。持久力には劣るが、身軽には動けるので、それなりに筋肉もついているはずだった。
女性らしさを出すために、魔法で体に脂肪……というか、俺の得意分野は《水》なので、実は水を巻き付けている。けれど、それにも限度があって、触れられれば当然バレてしまう。
手触りが多分、違うはずだから。
それに今日は、不幸にもコルセットをしていない。少し触れられただけでも、体型などバレてしまう。
必要以上に筋肉質なこの体に、ラディリアスが違和感を覚えるのも、仕方がないと言えば仕方のないことだったのかも知れない。
だけどそのことを、ラディリアスにわざわざ教える必要もない。
いや、教えるわけにはいかない。
ラディリアスは常日頃、俺に《西の森には近づくな!》と怒り散らしてる手前、そんなことを言おうものなら、もしかしたら縛り上げられるかも知れない。
いや、その前に、ここは突っ込みどころではないだろうか?
だって比べたんだろ? 他の女性の腰具合と。だからさ、
なんで、他の女性の筋肉の具合が分かるのか。……って追及できる。
ラディリアスが他の女性……しかも腰に触れるような間柄の女性がいるのなら、俺にとっては、朗報としか言いようがない。
「……」
しかし俺は、しばらく考えて、溜め息をつく。
やめやめ。……突っ込むのは、やっぱやめよう。
嫉妬してるなんて思われても……。
俺がそう思って溜め息をついた時、ラディリアスが嬉しそうに口を開いた。
「あぁ、他の女性と比べられるのかとか思った? 違うよ、フィア? ダンスの授業で、侍女たちに相手をしてもらうことがあるんだ。彼女たちのコルセットはそんなに強くはないから……」
「……っ、」
聞いてないっ! 聞いていないから!
「わ、わたくしは何も……!」
慌てて否定する。
するとラディリアスは、震えるように囁いてくる。
「……なぜ? 何故そんなことを言うんだ? 私は嫉妬もしてもらえないのか? どうしたらフィアは、私を好きになってくれる?」
そう言ってラディリアスは、オロオロとわたくしの顔を覗き込む。
う……やめて。
まだ心が不安定なんだけど。
わたくしは、必死に取り繕う。
「殿下、何をおっしゃるのでしょう? わたくし達はもう婚約者ではありませんのに……!」
その言葉に、ラディリアスさまは一瞬息を止め、少し黙り込む。けれどすぐに、なにやら決心がついたのか、口を開いた。
「全て……全て、父上に報告した。婚約の解消を決めた理由を……」
「え……?」
わたくしは、ラディリアスさまを見上げる。
陛下に? なにを……何を言ったの……?
それに気づいて、ラディリアスさまもこちらを見下ろし、優しく微笑むと、わたくしのおでこに軽く口づける。
甘く長いその口づけは、わたくしを怯えさせるのには十分だった。
ひぅっ……と、わたくしの喉が悲鳴を上げる。
「父上は全てをご存知で、フィアとの婚約は、ひとまず《保留》にする事に決まった」
うっとりと微笑みながらラディリアスさまは、わたくしにそう告げた。
「え? 保留……?」
わたくしは、頭の中が真っ白になる。
保留……? 解消ですらなくて? 保留?
意味がわからず、わたくしは必死で頭を回転させる。
意味が分からない。どうしたらそうなるの? あれだけの事をして、許されるとはとても思えない。
ギリッと爪を噛む。
本来なら《婚約破棄》となる言葉が、《解消》となり、遂には《保留》……?
「それは……どういう……」
そこまで言うのが精一杯だった。
保留……つまりは事と次第によっては、婚約が復活してしまう……?
わたくしの様子に気がついて、ラディリアスさまは少し悲しげに、小さく溜め息をつきました。
「……フィアたちが、偽りの婚約解消の理由作りをしていたことが、父上にはバレている。父上は、私よりも正確に調べ、発言する人だから、証拠も揃っていると思っていい。その上で、君の不義はなかったとの結論に達し、それでは婚約解消は認められないと……」
「わ、わたくしの不義は、偽りでは……!」
ラディリアスさまの言葉を遮って、わたくしは自分の言い分を口にする。
すると眉間にぎゅっとシワを寄せ、ラディリアスさまは信じられないくらい低い声で唸った。
「フィア。それ以上言うと、今度は私が怒るよ……!」
「……っ」
見上げたラディリアスさまの顔は、確かに怒っていて、ギリッとわたくしを睨む。
正直わたくしは、ラディリアスさまに睨まれた事など一度もない。その恐ろしさに、わたくしは思わず息を呑む。
「……」
静かになったわたくしを見て、ラディリアスさまは溜め息を着くと、わたくしを諭すように口を開いた。
「父上は《噂が立つ隙を見せた罪》として、今日を含む三日間の謹慎処分を君たち二人に科している。……けれどそれだけだ。婚約は《保留》。……それは私も了承している。……私が婚約を不安に思っていた要素は、全て父に報告している。父上はそれを認めてくれた上で、フィアとの婚約を解消ではなく保留にせよとおっしゃられた。貴族院の方でも、正式な婚約解消の手続きは通らず、保留のみが受理されている」
貴族院の許可……!
「!」
わたくしは雷にうたれたような気持ちになる。
そう。貴族院。
普段貴族院など、かかわり合いのない生活をしていたので、すっかり忘れておりました。
全ての事柄は、この貴族院が取り仕切る。
気安い平民ではないのです。それなりに政治を担っている皇太子。
その妃となる者の選定が、好きだの嫌いだので決まるはずはありません。
だから当然、第三者が、その間に立つ……という事に、わたくしはすっかり失念していたのでした。
× × × つづく× × ×




