幼い頃のラディリアス
皇太子であられるラディリアス殿下とお兄さまは、幼なじみにあたります。当然、お兄さまと双子であるわたくしとも、殿下は幼なじみ。
ですから、時にお兄さまはラディリアス殿下の事を、《ラディリアス》と呼び捨てる事があるのです。……もちろんわたくしは、そのような事は致しませんよ?
これは、お兄さまとラディリアス殿下だからこそ許される特権なのです。
お二人はそれはとても仲がよろしくて、幼い頃からよく一緒に過ごされ、妹であるわたくしがヤキモチを妬くくらい、お二人は仲がよろしかったのです。
大人となった今でも、それは変わらず、お兄さまはラディリアスさまのお側に控える宰相のような位置づけを仰せつかり、恐縮されていたのを思い出します。
そう言えば以前、《ラディ》と愛称で呼んだことがある……とお兄さまがおっしゃっていました。
けれどその時殿下は、《女みたいだからやめてくれ!》と嫌がられたのだそうです。なんでもラディリアスさまの愛称は別にあって、ご生母であられるグラシエラ皇妃さまのみ使えるのだとか。
……お父上であられる皇帝陛下も、使えないのでしょうかね?
少し不思議な感じも致しますが、そう言われてお兄さまは愛称で呼ぶことを断念したのだそうです。
けれど、宰相ほどの位置づけを頂けたとなると、仕事仲間としては、認めて下さったのでしょう……。
その事を聞いて、わたくしは少し、ホッとしたのを覚えています。
ラディリアスさまは、わたくし達とは違う全く別次元の存在。
もちろん、わたくし達も《侯爵家》として上位貴族にあたるのでしょうが、皇族の方々と比べれば、その他大勢となんら変わることはないのです。
そんな高貴な方々の興味を得ることが、わたくしたち貴族の役割で、それが出来なければ、取るに足らないわたくし達など、簡単に捨てられてしまうのに違いありません。
それなのに、幼なじみという近すぎた位置づけが、わたくしは少し苦しくもありました。
そのご身分から、わたくしを心の底より《友》、として見ることが出来なかったのだと思います。
以前はこのわたくしにも、よく色んなお話をして下さいましたのに、最近は……特に皇帝陛下より婚約の命が出てからは、ほとんど会話もなくなってしまいました。
きっと《婚約者》としてのわたくしが、お嫌いだったのに違いありません。
手のひらを返したようなそのお振る舞いが、わたくしには少し辛くもありました。
幼い頃は、本当に色んなことを話しましたのに……。
「……」
わたくしは、はぁ……と溜め息をつき、少し前までの……婚約する前のことを思い出す。
ふふふ。そうそう。
そう言えば、こんなご相談を受けたこともありました。
ラディリアスさまは幼い頃、そのご容姿に少しコンプレックスを持っていらっしゃったようなのです。
どちらかと言うと、男らしい……と言うよりも穏和な……そう、少し女性的なその容姿が嫌なのだと、悔しげに顔を歪められ、言っておられました。だからなのでしょうね? お兄さまが『ラディ』とお呼びしたかったのに、嫌がられたのは。
常々ラディリアスさまは言っておられました。
もっと逞しい姿であれば良かったのに……と。
……かく言うわたくしも、もう少し逞しくなりたい。
実のところ、わたくし、すぐ倒れるのですよ。どうにも縛り付けられるのこ服装が合わないのでしょうね。
少し動くだけで、息切れと貧血を起こしてしまうのです。
逞しくあれば、時々倒れる……などという事もなくなると思っていたものですから、その気持ちは痛いほどに分かり、とても悲しげにおっしゃられるその姿に、わたくしも心が痛くなったものでした。
殿下は線が細いので、女性の姿をしても映えるのではないかしら……と貴族のご令嬢方が噂しているのを、わたくしは度々聞いたことがあります。
……確かに、ドレスを着せたら美しいかも知れない。
色白の肌に、癖のない、背中まである長い漆黒の髪。
その髪はサラサラとしていて、柔らかい。
いつも灰色のベロアリボンで丁寧にその髪を結び、左肩へと垂らしていらっしゃるのが、また妙に色っぽい。
肌もきめ細かくて、羨む女性は多いのです。
けれどそれが、ラディリアスさまにはお嫌なのでしょう。
羨望の眼差しで見る彼女たちへは、困ったような微笑みを見せるだけで、決して関わろうとはなされませんでしたから。
「……」
けれどわたくしは思うのです。
わたくしのお兄さまも、似たようなものなのですよ?
だってわたくしとお兄さまは双子。
当然、わたくしに似たお兄さまも、どちらかと言うと女性的な顔立ちで、陰では同じような事を、ご令嬢の方々に言われているのですから!
ふふ。可笑しいですわよね……?
この大柄な体型で、女装が似合うのでは……? なんて……!
わたくしはそっと、お兄さまを見上げる。
「ん? なに? フィア……」
「うふふ。なんでもありませんわ」
わたくしは扇で顔を隠しつつ、クスクスと笑う。
双子で、お兄さまと瓜二つのこのわたくしが、女の姿をしているのですもの。わざわざお兄さまを女装させずとも、わたくしを見れば事足りる……。
お兄さまが女性たちに、ラディリアスさまより噂されていないのは、そんなところなのかも知れません。
……まぁ他にも、ラディリアスさまの方が遥かにお美しいですし、少し冷たい雰囲気のお兄さまよりも接しやすいものですから、噂の度合いがお兄さまよりも高くなったのも、仕方のない事なのでしょう。
特にお兄さまは、ことある事にわたしくしの傍にいて、なにかと世話を焼いて下さるものですから、わたくしの耳に入るような、あからさまな噂を立てるわけにもいかないのでしょうし……。
けれど得てして男の方は、どちらかと言うと女性的であった方が、ご令嬢方には、好まれるようなのです。だってラディリアスさまもお兄さまも、なかなかモテますもの。ホント忌々しい……!
まぁ、確かに戦闘……となると、いささか頼りなげには見えますけれど、ね……。
あぁ……そう言えば、幼い頃にラディリアスさまは女の子の姿をされていたことがありましたわ……。
わたくしは、不意にそんな事を思い出す。
あの時のラディリアスさまは、とても可愛らしかったの。
ラディリアスさまは皇帝陛下と皇妃さまの間にお出来になられた、たった一つの珠玉の珠。
一人きりのお子さまなのです。
何かあってからでは遅いから……と、半ば強制的に、侍従たちに女の子のドレスを着せられたのだとか。
魔除けの意味もある、この女の子の衣装。
何故なのだか男の子は病気をしやすいのだそうで、体の強い女の子の衣装を着て、《男ではない》と病魔を惑わせるのだとか。……ふふ、本当に効くのかしらね……?
その効果は、わたくしには分かりかねますが、あの時のラディリアスさまは本当に可愛らしくって、またお目にかかりたいとわたくしは願わずにはいられないのです。
本当に、……本当に、可愛らしかったの。
陶磁器のように白く滑らかな肌に、潤むようなサファイア色の大きな瞳。
その瞳に陰るように被さる、漆黒の長い睫毛。
女の子の格好が恥ずかしいのか、スカートの端を握りしめて、ふるふると震えていらしたラディリアスさまは、わたくしよりも年上なのに守って差し上げたくなってしまって、思わず抱きしめてしまったくらいなのですから!
そしてわたくしに抱き締められた時の、あの殿下の顔と言ったら……!
……あぁ、また、あの頃に戻りたい。
何も知らずに、無邪気に遊んでいられたあの頃。
ふふふと笑いながら思い出すと、少しラディリアスさまのお顔を見てみたくなってしまいました。
あの頃の面影は、今もラディリアスさまにあるのかしら……?
可愛らしかったラディリアスさま。……成長して大人びてしまったがために、いなくなってしまうのは、とても惜しい……。
「……」
わたくしは再び、お兄さまの背中の影から、こっそり覗いてみる。
そっと覗けば、きっとラディリアスさまもお気づきにはならないわ……。
そう思いながら、わたくしはこっそり顔を出した。
「!」
「……」
けれど、ラディリアスさまと再び目が合ったのです。
わたくしはびっくりして、お兄さまの服をギュッと握る。
蒼く輝くその瞳は、まるで射抜くようにわたくしを見ていて、ドキリとするほど美しい。
大人になられて、《可愛い》の言葉は、お世辞にも似合わなくなってしまいました。
けれどそのサファイアのような瞳は変わることなく、潤むようにわたくしを見ているのです。その優しい瞳が、わたくしは幼い頃から大好きで、もう見られなくなるのだと思うと、なんだか目を逸らしてしまうのが、惜しくもありました。
わたくしは視線をラディリアスさまから外さずに、グッと頑張って見て見ました。きっともう見納めになるのですから。
……殿下にとっては、お嫌かもしれませんが。
けれどそう思って見ていると、殿下はふわりと、花がほころぶように微笑まれた……!
「……!」
わたくしは小さく悲鳴を上げて、お兄さまへ尋ねた。
少し、嫌な予感がしたのです。
「お……お兄さま、お兄さま……! わたくし本当に、婚約を破棄して頂けるのかしら……?」
震えるように、お兄さまを見上げる。
お兄さまはそんなわたくしを、困った顔で見下ろして、その細く繊細な指でわたくしの頬を、優しく撫でてくれました。
「フィア……落ち着いて。あれだけ色んなことをしたじゃないか。それにこの婚約破棄は、もともと殿下からの申し入れが先なのだろう? お前が嫌だと言っても、もう無駄だと思うのだけれどね? それに今日この日以外に、婚約破棄の宣言をなさる絶好の機会は、もうないのだから……」
お兄さまは諭すように、そうわたくしへおっしゃった。
「え。えぇ……。そうですわ。今日、……今日おっしゃって頂かないと、長くなればなるほど面倒ですもの……」
けれど覗き見たラディリアスさまは、とても落ち込んでいらして、縋るような目でわたくしを見るのです。
どう考えてみても、あの目で婚約破棄を言い渡すとは、とても思えない。
帝国の皇子が、父皇帝の決めた許嫁を拒否するのですもの。それは相当なお覚悟が必要だったのだと思います。
随分と思い詰められたご様子で、わたくしに婚約を破棄したい旨を打ち明けられたラディリアスさまのあのお顔は、今でも鮮明に思い出すことが出来ました。
それは哀れな程に真っ青なお顔で、微かに震えてもおられたのです。
きっと、わたくし達の立場を考えて下さったのでしょう。
ですからわたくしは、この事をラディリアスさまからご相談された時に、『わたくしも全力でご協力致しますわ……!』と手を取り合って同意したのでございます。
わたくし達の地位が危うくなるかも知れない……そんな事を考えなくて良いのだと、そうお伝えしたくて……。
出来る限り、殿下のお力になりたかったし、実のところわたくし達も、この婚約には困っていたのです。だって、皇太子妃なのですよ? そんじょそこらの貴族のお嫁さんではないのです。将来の国母なのですよ?
わたくしなどが皇太子の妃になるなど、冗談もいいところなのですから……!
けれど《婚約破棄》となるには、どうしたらいいのかしら?
わたくしとお兄さま、それからお父さまにお母さま。みんなで寄り集まってじっくりと計画を練りました。
要は、わたくしに国母としての非があればいいのですよね……?
家族総出で、この破談に全力を尽くし、そして色々な方にご迷惑をお掛けしながらも、それに見合った行動を実行に移したのです!
それはきっと、わたくしの恥となる。
……いいえ、ゾフィアルノ侯爵家の恥……と言っても過言ではありません。
けれどどうしても破棄してもらわなければならない事情が、こちら側にもあったのです。
ですから、殿下からの婚約破棄の申し入れは、こちらとしても有難いもので、『多少の恥を忍んで、泥を被ってくれ……!』と、わたくしはお父さまから頭を下げられたくらいなのです。
そもそも婚約に乗り気だったのは、皇帝であられるラディリアスさまのお父さまのみ。
本来、ラディリアスさまには、婚約の意志などなかったのですもの。
いいえ、ラディリアスさまだけでなく、そのお母さまであられる皇妃さまですら、乗り気ではなかったと言われています。それを押し退けて嫁いだとして、どうして幸せになるでしょうか……? そんなわけがありません。
でもそれはけして、皇妃さまも殿下も、わたくしの事やわたくしの家の事を拒否しているわけではないのです。
ただ、ラディリアスさまが好意を向けるお相手が、わたくしでなかった……と、ただそれだけの事だと、わたくしは思っています。
そうでなければ、お兄さまがラディリアスさまのお傍に使えるなど、有り得ませんもの。
きっと心の底から愛せる女性を、今もお探しになっておられるのでしょう。最近はお話などしなくなったのですが、そのような方を探しているのだと、わたくしは以前、ラディリアスさまから伺ったことがあります。
ですからまだ、その方を探していらっしゃるのでしょうね。
わたくしなどが言うのもあれなのですが、『是非、お力になりたい』。そうご本人へも伝えておりましたの。
だって、幼なじみなのですもの。わたくしの出来ることは全て、して差し上げたいのです。だって素晴らしいと思いませんか? 政略結婚が当たり前の貴族社会。
心の底から愛した人と手を取り合って、国を支えていくのです。きっと今以上に、素晴らしい帝国になるのではと思うのです。
それなのに、いきなりの婚約命令……。
相手をなかなか探し出せない殿下に、皇帝陛下が痺れを切らした形となってしまいました。
「……はぁ」
わたくしは溜め息をつく。
運が悪かったとしか、言いようがありません。
正直に申しますと、我がゾフィアルノ家でも寝耳に水。相談もなしに、いきなり申し込まれては、断ることが出来ません。
皇族からすれば侯爵家と言えども下の身分。その下の身分のわたくし達には、どうする事も出来なかったのです。
断れば、《お前たちは皇族に対し、何か思うところがあるのか!》と罵られるのが目に見えていましたから、一時屋敷は上を下への大騒ぎになりました……。
わたくしの溜め息を聞いてつられたのか、お兄さまも軽く息を吐く。
「婚約破棄。は、……してくれなければ、大変なことになる」
「……」
お兄さまの顔色は悪い。
理由は簡単。
その……理由は──。
ザワザワザワ……と辺りが騒がしくなった。
見れば、問題のラディリアスさまが立ち上がっておられました。おそらく何らかのお話があるのでしょう。
その場に居合わせた貴族の方たちが一斉に、ラディリアスさまを仰ぎ見る。ラディリアスさまのお顔の色はひどく悪くて、今にも倒れそうでした。
わたくしは眉をしかめる。
急に恐ろしくなりました。……あんなにワクワクしていましたのに、いざ目の前に現実を突きつけられると、尻込みしてしまう。
「……」
お兄さまは、そんなわたくしの手を、ぎゅっと握り返す。
「フィア……。いよいよだぞ……!」
ゴクリ……と唾を飲み込む音が、お兄さまの喉を震わせる。
「はい……!」
わたくしは覚悟を決め、ラディリアス皇太子殿下を仰ぎ見た。
「……っ、」
今度は間違いなくラディリアスさまと、目が合う。
ラディリアスさまはフッと優しく微笑んで下さる。
まるで心配ない……とでも言うように。
「……っ、」
けれどその目には、憂いの色が濃く現れていて、わたくしの心がズキリ……と傷んだ。
わたくしは顔を伏せ、ドレスの胸元をギュッと掴む。
そして、祈るようにその言葉を待った。
ラディリアスさまが、震えるように息を吸ったのが聞こえた。
会場はしん……と静まる。
そしてゆっくりと、ラディリアス=フィル=ド=プラテリス皇太子殿下の声が響き渡る。
その声は少し震えているけれど、いつものように低く落ち着いた、よく響く優しい声、でした……。
× × × つづく× × ×
次回は月曜日でっす(*´˘`*)♡
……まぁ、まだまだ普通なんですけどね。
一般的な令嬢もの。
……ん? いや、ちょっと違うか。
婚約破棄するのに、
王子の方がちょっとおかしいしね。( ̄▽ ̄;)
読者の反応がどうなるのか。。。( ̄▽ ̄;)
怖いけど気になる今日この頃。。。




