表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/104

女装

 《女装》


 …………。

 俺の場合は女装じゃない……。

 と言いたいところだけれど、やっぱり女装だよね、これって。

 うん。そりゃ、分かってるよ?


 趣味で女装する奴とか、俺みたいに仕方なし生活のために女装する奴とか、はたまた小さい頃のラディリアスみたいに、おまじない的要素をもつ女装とか、面白半分とか理由は色々あるんだけれど、どれもこれも《女装》に過ぎない。


 実のところ、この女装って、貴族社会の中ではあまり珍しいものでもない。

 過度のストレスで、女装する人や、男性より女性の方が着飾る為に、富の象徴として女装する人、もちろん趣味でする人なんかいろいろいて、その数はけして少なくはない。


 けれどその人たちは、単に『逃げ』と『演技』。それから『見せる』事が重要なんであって、本当に擬態のためにするわけじゃない。だから、しっかり見れば、すぐバレてしまう。

 どことなく違和感が出るからだ。


 けれど俺の場合は違う。


 物心ついた時から、心の奥底から自分すら騙して、女になって生きてきた。

 今更バレるわけがない……いやバレては()()()()


 ほんの少しの心の動揺で、いつなんどき《(もと)の俺》が垣間見えるか分からない。

 そしてそれは、たとえ一瞬の出来事だったとしても、相手に違和感を与えてしまった時点で終わりなんだ。


 そうなれば俺は男だとバレて、ゾフィアルノ侯爵家は終わる……。


 だから、何としてもバレる訳にはいかない。

 しっかり気を引き締め直さないと……!


 幸い、魔力量に関して言えば、この国で僕たち兄弟の右に出るものはいない。

 ……多分。


 だから、簡単にはボロは出さない。




「……!」


 俺はラディリアスから目をそらし、大きく息をつきながら落ち着くようにと、自分に言い聞かせ、心を立て直す。


 大丈夫だ。俺の変装は完璧なはず。バレるわけはない。

 そう言い聞かせ、自信を取り戻す。


 けれど体は素直だ。

 バクバクと、はち切れそうに心臓が鳴る。


 あぁ……、耳の裏に心臓があるみたいにうるさい。

 こんなにも動揺していて、はたして落ち着けるのだろうか?


 微かな不安感と、自分に対する不信感が再び芽生える。


 落ち着け。

 落ち着け……。


 わたくしは侯爵令嬢。

 ……わたくしは侯爵令嬢……。



 何度も何度も繰り返してきた、この、呪文のような言葉。

 いつになったら、この呪いの言葉とおさらば出来るのでしょう?

 ……早く、……早く自由になりたい……。



 泣きそうになりながら、諦めにも似た深呼吸を繰り返し、わたくしは周りを見回す。

 するとそこに、先程のキラキラと光る、金の粒子が見えたのです。


 その粒子はわたくしを支えるだけでなく、徐々に上へと立ち上り、優しくわたくしを包み込む。

 ほんのりと暖かい()()に、わたくしは心を奪われる。


 まるで、慰められているような、そんな気がしたのです……。


 わたくしはそっと、その金の魔法に触れる。

「なんて、……なんて綺麗……なの……」

 思わず口をついて、言葉が出てしまう。



 昨日、ラディリアスさまの誕生日を祝う夜会の席で見た、あの金の魔法。

 お兄さまが『知ってても良かったんだけどね……』と、苦笑いをした、ラディリアスさまの魔法。


 イチョウの木の根っこに引っかかって、コケそうになったわたくしは、この金色の粒子の魔法……ラディリアスさまの放った魔法に守られた。


 金の粒子は儚く繊細で、その存在を主張しているわけではないのに、わたくしを支えるその力はしっかりとしていて、まるで柔らかいソファに包まれているような、そんな安心感がある。



 あぁ、こんな魔法もあるのか……。

 俺は感心して、体を支えてくれているその魔法を、そっと撫でる。


「ふふ。……ありがとう。フィアに褒められるとは、光栄だな」

「!」

 ラディリアスさまの声に、肩が跳ねる。

 ドキリとした。


 また、()()()()が出てた──。



 俺は慌てて再び心を立て直す。


 とんだ失態だ。

 本当に今のは無意識だった……。


 ゴクリと唾を飲み込む俺の動揺を知ってか知らずか、ラディリアスは当たり前のように膝を折って座り、目線を合わせ俺の手を取った。

 心なしか、うっとりとしたその表情に、思わず息を呑む。


「……ふぐ……っ」

 変な声が出た。

 男前過ぎる……。



 前世にもいたけどな。いやらしいほどに男前なやつ。

 女に媚びるような、嫌な感じの……。


 でも……ラディリアスの()()は、別物だった。

 いやらしさなど微塵もない。


 あえて言うならあれだ。

 レストランのウエイターが注文を取りに来て、膝をつく感じ。


 安っぽいとか、そんな意味じゃない。


 それは決められた所作であって、下心なんて微塵もない……と言う意味だ。むしろ俺は、女に媚びる方が安っぽいと思っている。


 ラディリアスもウエイター同様、幼い頃から……もしくはマニュアル通りに躾られた《所作》を、当たり前のようにしているだけなんだろう……。

 それが驚くほど様になっていて、動揺が隠せない。


 そう、俺も……俺も《当たり前の所作》……侯爵令嬢にならなければならないっ。

 侯爵令嬢……侯爵令嬢……。



 ……って、出来るかあぁぁあぁぁーーー!!!


 動揺に動揺を重ねた俺は、既に限界だった。

 思わずバッとその手を払い除け、顔を背けた。

「……」


 うわぁ……やば。

 落ち着け俺……落ち着け、落ち着け……。


 額に手を当て、横を向き、ひたすら呪いの呪文を唱える。

 わたくしは侯爵令嬢。わたくしは公爵令嬢。わたくしは侯爵令嬢……。


 どうにか落ち着きを取り戻したわたくしは、咄嗟にとってしまったわたくしのその行動に、青くなる。


 あ、……。

 わたくし今、ラディリアスさまを跳ね除けました、わよね……?

 そう自覚した時にはもう遅い。ラディリアスさまの気配が、少し怒りを帯びたように感じたのです。


 う……、怖い……。

 顔を上げられない……。


 けれど、ずっとそっぽを向いているわけにも参りません。そちらの方が、とても失礼であると思ったの。


 冷や汗をかきながら、わたくしは微笑みを顔に貼りつける。

 突然の事に、動揺が隠せない。


 ラディリアスさまとは、幼い頃から気心が知れた仲。

 そんな仲なのもいけないのでしょう……つい()が出てしまうのです。


 長年培ってきたこの()()()()


 ……現代日本で言う男の娘? いえいえ、そんな生易しいものではありません。

 人の人生……そう、それはわたくしだけでなく、多くの人の人生がこの女装には掛かっているのです。


 それ故、死に物狂いで体得したこの姿。

 今更、見破られるわけには参りません。


「……」

 他の誰の前でも、動揺せずに貫き通せますのに、こと相手がラディリアスさまとなると、たまに難しくなる。

 いったい全体、これはどういうことなのでしょう……?


 でも、……今回は仕方ありませんわ。

 状況が状況でしたもの。


 わたくしは震えるように、目を伏せる。

 伏せながら、溜め息をついた。


「……」

 だって、本当に素晴らしいのです。

 ラディリアスさまの魔法が……。

 思わず我を忘れて、見入ってしまいました。



 魔法とは、そのほとんどが攻撃に使われる。


 もちろん、手の届かない場所の物を取ったり置いたり……それに何かを作り上げる時の補助をしたり、といろいろと役に立つものでもあります。

 けれどそんな攻撃的な使い方しか知らなかったわたくしにとって、今ラディリアスさまが行使されたその魔法は、未知なるものだったのです。


 前世のゲームや二次元世界において、回復魔法や防御魔法などありましたが、この異世界において、その魔法はとても稀有(けう)な存在で、実際に目にする機会などありません。


 魔力は本来なら反発しあうモノ。

 回復魔法や防御魔法は、その定義に反している。

 要は()()()()()()()()の持ち主……という事になるのかしら……?


 そのような存在をわたくしは聞いた事もありませんし、もちろん見た事もありませんでした。


 ……いえ、本来なら魔物討伐や他国への侵略など、わたくしが本来の姿……《男》として生活していたのならば、見る機会も多少はあったのかも知れませんが、侯爵令嬢として過ごすわたくしは、外には出られない身。


 女である前に、隠れて過ごさなければならないこの状況下では、どのような種類の魔法があるかなど、知る由もないのです……。


 攻撃的な力強い魔法ばかり見てきたわたくしにとって、ラディリアスさまの人を守る魔法は、とても新鮮に映る。


 人を守れる魔法を素晴らしい思う反面、ひどく羨ましくもあり、そして、少し……悲しくもあるのです。


 幼い頃から共に過ごしたというのに、そんな事も知らなかったなんて……。


 お兄さまが呆れていたのが、頷けました。

 本当にわたくしは、何も知らないのですね。


 ……自由にならないこの身が、本当に恨めしい……。





 × × × つづく× × ×


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ