死からの誕生日
《俺》は双子として生を受けた。
一番最初に産まれたのが俺。次がフィデル。
ここで、問題が起きる。
そう。産まれたのは、《現代の日本じゃない》。
どこかは知らない、中世的な、魔法が存在する世界。
日本ほど文明は発達していなくて、男女差別どころか、産まれた順番ですら差別が行われる時代。……いや、世界。魔法が存在する時点で、ここは地球じゃない。俺の知らないどこか別の《異世界》。
そんな場所で、俺は生まれた。
一番最初に産まれたから、問題などないじゃないかと思うだろ? 実際は問題ありまくりなんだよ、これが。全然良くなかったんだ。
一番最初に産まれたがために、俺は双子の次子となった。
……双子はややこしいのだ。
古来双子が忌み子として嫌われたのが、よく分かる。
だってどっちが上か分からないから。
当然、父と母は戸惑った。
普通の平民として産まれれば良かったが、ここは侯爵家。貴族の中で言うならば、言わば上級貴族にあたる。その最初の子どもだったから、またタチが悪い。
ついでに言うと俺たちは二人とも男だった。
母は産褥の途で、震えるように父へ縋る。
「エフレン……どうかお願い。最初に産まれた子を女の子として育てることを許して……!」
母は泣いて頼んだ。
母の実家は、父と同じく侯爵家だ。
けれど同じ侯爵家と言えども、皇弟派の貴族。
いわゆる政略結婚として、現皇派の父の家であるゾフィアルノ侯爵家と、母の実家であるパルティア侯爵家を繋げようと、王命で二人の婚姻が結ばれた。が、実のところ両家は仲が悪い。当然だ。だからこその政略結婚。
母親であるソフィアが嫁いだ頃には、まだ健在だった父方の祖父母も、当時流行した流行病が元で亡くなってしまった。
事実上、父が跡を継いだが《侯爵家》としては若手の部類になり、力を削がれていた。
それで何故、俺が女として育てられる羽目になるのかと言うと、例の双子の分け方による。
父の家……つまりは俺の家では、双子が産まれれば、最初に産まれた者が次子となる。
つまり、腹の中で最初に誕生したのが奥に入り込んでいる者で、次に誕生した者が子宮口近くに控える。よって、次子が最初に産まれるのだと言うものに対し、母の実家パルティア侯爵家では腹から最初に産まれた者が長子となる。
……要は争いの種なのだ。
どちらか片方が女であれば家督は継げないから問題はなかったが、同性であればどちらかが長子として家を盛り立てなければならない。
しかし、それが嫁いだ先と実家とで見解が違う。
祖父母が健在だったのなら、嫁いだ先の決められたルールにのっとり進めていけば良かったが、今や父は侯爵家でも新参者の位置づけ。
少しの隙を見せようものなら、皇弟派の母の実家が喰らい尽くそうと、手ぐすね引いて待っているのだ。
幸いにも、母は父を愛していたし、父も母を愛していた。
母は父の家を尊重していたし、父は母の実家と争うことを良しとはしなかった。
その結果、俺は女として育つ羽目になった。
始めはもちろん気づくわけがない。前世の記憶もなかったし、気にもとめなかった。
何不自由なく、なんの不便もなく、その字のごとく蝶よ花よと育てられた。
気づいたのは、勉学の為に学校へ行く頃からだ。
共に遊んだフィデルやラディリアスと、離れ離れにされることがままあった。
二人は剣の稽古や魔獣退治に駆り出されるのに、なぜ俺はダメなの? そう父や母に聞いてみた。
父も母も、隠さずに、そのことを説明してくれた。
怒ったのは俺じゃなく、フィデルだった。『なんでフィリシアは怒らないの……!』そう言って、俺にも怒ったけれど、俺はかまわなかった。
でも、事はそう簡単ではない。成長するに従って、体は男らしくなっていく。だから俺は小さい頃から自分に魔力を使い、女らしい体型を維持することに力を注いだ。
見た目だけではない。所作も話し方も、考え方も出来るだけ女らしい仕草を心掛けた。そうしなければ生きていけない。
バレたら大事なのだ。『虚偽の報告を国へ出した』となると、虚偽罪だけでなく不敬罪にも当たる。
ましてやウチは侯爵家。その地位は高く、それなりの罰則が申し渡される。
下手をすれば一家の資産を没収され、路頭に迷うことも予想された。
──隠れ住むことにはなるけれど、いつか自由に暮らせる場所を用意するから……。
蓄えでいうなら余りあるほどあるゾフィアルノ家。
それなりの条件をクリアし、見事フィデルが次期当主と認められれば、俺は晴れて自由の身だ。
隠れて住む? それになんの弊害がある?
俺は貴族社会とは無縁の、小さな片田舎で、お菓子屋でもしつつのんびり暮らしたい。俺が不自由なく暮らせるくらいの蓄えは、既に用意されている。前世で叶えることの出来なかった夢を、ここで叶えることが出来る。その為だったら俺は、女にでもなんでもなってやる!!
……そう思っていた。
そんな二人の言葉を信じて、そしてその自由を夢見た。
ただ、弊害はあった。
この低身長だ。
女らしい体型を……と、魔力で維持してきた時間が長すぎたのだろう。
本当なら双子のフィデルと同じ体型、身長になったのだろうと思うのだが、俺の身長は伸びなかった。百六十センチ……と言ったところだろうか? そんなにあるだろうか?
ついでに言うと体力もない。
これは、毎日毎日、ドレスを着るせいだと思われる。
ギュッと腰を締められるドレスは、十分な酸素を取り込められない。極度の緊張を強いられる貴族社会も、裏目に出たと思われる。とにかく疲れやすくて、俺は男のくせによく倒れた。
その度に、フィデルが泣きながら助けてくれた。『何でこんなことし続けるんだよ』って……。そんなの、決まってる……。
……既にこの頃、俺には前世の記憶が戻っていて、夢だったパティシエになる想いをあたためていた頃だった。
夜、眠りながら見る夢には、時々覚えていなかったレシピがたくさん出て来て、俺は驚く。
覚えていないどころか、知らないレシピまで見ることが出来た。これはなかなかチートスキルなのでは……?
だってそうだろう?
この異世界では、まだ知られていないような、たくさんのお菓子……お菓子だけではない、様々な料理のレシピが手に入る。
料理だけじゃない。その他必要な知識を、眠れば図書室やスマホで検索出来るのだ。夢独特の曖昧さが玉に瑕ではあるものの、全く分からないわけでもない。
加えて侯爵家としての力が加わり、取り寄せられない食材はない。
のんびり隠居暮しを楽しみつつ、パティシエ生活を楽しむことが出来る未来。隠れて住む……と言うと言葉はあれだが、そこでは女でいる必要もない。本来の姿で生きていける。
今、少しの間だけ不便でも、その後に続く未来への希望に、俺は心躍る。
……だからフィデル。悲しむ必要なんかないんだよ? 俺はフィデルに何度もそう言い続けた。
けれど、どこをどう間違えたのか、ラディリアスとの婚約が王宮から言い渡された。
父も母もそれからフィデルも俺も、青くなった。
どうしようかと悩んでいる矢先に、ラディリアスの方から破棄の依頼があった。どうすればいいだろうかと相談を持ちかけられて、俺は躍り上がる!
まさか、こんな好機が巡って来るとは!
それから家族みんなで作戦会議を開いた。
幸いにもゾフィアルノ侯爵家には相当な蓄えがある。たとえ不義を働いた娘の罪を償えと言われても、十分過ぎるほどの蓄えだ。ましてや皇太子からの依頼。
何事かあったとしても、こちらを無下にはすることはあるまいと、計画を推し進める。
……推し進めはしたが、何やら当初の計画とは少しズレているような気がする。このまま行くと、何が起こるか分からない。
早くラディリアスの側から離れないと、とんでもない事が起こるような気がして、俺の心は休まらなかった。
× × × つづく× × ×