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シフォンケーキの呪い๛ก(꒪д꒪ก)

「あぁ……! もう、六月(むつき)っ! だーかーら、シフォンケーキはちゃんと泡立てないとダメなんだってばっ!! ホントあんたって子は、何もかも適当なんだから……!」

 台所で、甲高い声が炸裂する。


 これは母さん……ではない。姉ちゃんだ。

 俺の前世の名前は一ノ清(いちのせ)六月(むつき)。六月に生まれたから六月(むつき)。単純だけど、嫌いじゃない。


 俺の当時の将来の夢は、パティシエになる事。

 菓子作りが好き……と言うより、料理を作るのが好きだった。


 ……まぁ、高校を選ぶ時は、『パティシエになれる高校!』とか、そんなに深刻に選んだわけじゃない。家から近い事と、自分の学力で無理せず入れるところを選んだだけだ。


 パティシエになりたいと思ったことは思ったけれど、本当にその職種に近づける学校へ入るとは思ってもみなかった。ちょっとしたノリのような感じで入学した農業高校の食専科。そしたら休みごとに、姉ちゃんが俺に絡んでくるようになった。


 あんまり話もしなかったんだけどね。お菓子を作るようになって、接点が増えたんだろうって思う。

 理由は簡単だ。

 姉ちゃん、手軽に美味しい菓子を、食べたいに違いなかった。


「……」

 確かに俺は、みんなの喜ぶ顔が見たくって、パティシエを目指した。だけど、こき使われて、嫌々お菓子を作りたいわけじゃないんだ! 俺は好きな物を好きなだけ作るんだ! お前の言いなりになってたまるか……っ!


「あーもう……ったく、うっせーなぁ! あっち行ってろよ。シフォンケーキくらい作れるってんだろ! ……てか、自分の女子力上げてろよ! 俺のことはいいからさ……」

 シャカシャカと卵白を泡立てながら、俺はボヤく。

 シフォンケーキはどちらかと言うと、初心者の作るお菓子だ。


 卵白を泡立て、砂糖と小麦粉、それからサラダ油を混ぜる。

 サラダ油!!


 いやぁー。初めてシフォンケーキ作った時は、そりゃ驚いたさ。

 入れる入れる《サラダ油》! これでもかってほどに。


 お菓子が太るわけだよなぁ。そのほとんどが砂糖にバター(今回はサラダ油だけどな)。それから玉子。それらを別々に食べろって言われたら食べられないのに、シフォンケーキになって出てくると、ワンホールぺろりだもんな。恐ろしいよな。


 俺は軽くプルプルっと震えながら、卵白の泡立ての様子を見る。

 うん。しっかり角が立ってる!


 卵白は、新しい玉子であれば、すぐに泡が立つ。

 けれど古いと、なかなか泡立たないから腕が疲れる仕事になる。本当なら、機械を使えば一発なんだけど、俺、あの機械音と機械臭が苦手で、使えないわけじゃないけど、家で作る料理には使わない。


 ついでに言うと、ボールや泡立て器に油分がついていると、上手く泡立たない。卵白と黄身を分ける時に、少しでも黄身(油分)が入るとダメだから、そこは慎重に……。


 上手く泡立てられたら、ほかの材料を混ぜ合わせた液体の中に、そのメレンゲ……泡立てた卵白を少しずつ入れる。


 ここでガシガシ回したら、メレンゲの泡がなくなるから、優しく優しく……。

 三回ほどに分けてメレンゲを入れたら出来上がり。いや、……出来上がってはないけどな。

 後は型に入れて、焼くだけだ。


 俺はシフォンケーキをオーブンにぶち込んで、焼き加減を調節する。

 後は焼き上がるのを待つだけだ。


 ふんふーんと俺は上機嫌で、片付けをする。片付けまでが出来なければ、パティシエは無理だ!

 今は食洗機もあるけれど、時間のかかる食洗機は正直言って使いづらい。ボールも大きい奴は入らないから、手で洗った方が早いし確実だ。

 ……まぁ、実際高熱の出る食洗機の方が、衛生的には良いのかも知れないけれど……。


「お。何か作ってんの?」

 ふんふん、と鼻を引くつかせながら母さんが台所にやって来る。

「あ。うん。今シフォンケーキ焼いてんの」

「シフォンケーキ? 何味?」

「プレーンだよ。冷蔵庫、何もないし」

「え? マジで!? あ、そうか、買い物行くの面倒で、昨日そのまま帰ったからなぁ……」

 面倒臭そうなその声に、俺は苦笑する。


「いいよいいよ。焼けるまでまだあるし、俺、行ってこようか?」

「え? 本当? じゃあ。頼んじゃお。ついでに生クリームとか、ジャム買って来ていいよ。シフォンケーキにつけるやつ」

「あ。紅茶も買っていい? フレバーティーがいいなぁ」

「いいわよ。ケーキ焼けたら、出して冷ましておくわよ?」


「あ、うん。よろしく! じゃ、行ってくるから……」





 アホな話、この日俺は帰らぬ人となった。


 どうってことはない。

 スーパーの駐車場で、後方確認を怠った軽自動車に跳ねられたんだ。


 俺も悪かったって思う。その車がバックし始めたのに、気づいてはいたんだから。そのまま立って待ってれば良かった。

 だけど俺は小走りで、その後ろを通り過ぎようとした。

 走れば余裕だと思ってた。

 焼きかけのシフォンケーキも気になってた。

 母さんが冷ますって言ってたけど、冷まし方知ってんのかな? ネットを見れば一発だけど、面倒臭がりの母さんが、そこまでするのかな……?


 ……なんて、そんな事を考え、小走りで横切る。




 キュルキュルキュル……!!!




 ものすごい音が響いた!


「!?」

 予想に反して、その車は猛スピードでバックして来た。

 避ける暇もなかった。

 出来たのはただ、驚いただけ。




 多分……即死だったんだと思う。


 痛みも苦しさも、なにも感じなかったから。

 知らないうちに俺は死んでしまい、次の瞬間、違う命へと転生を果たしていた。


 随分長い間、前世の記憶は忘れ去っていた。

 思い出したのは三歳になってから。ようやく言葉もスムーズに話せるようになって、一人でどこまでも歩けるようになってからだった。


 思い出した今では、父さんや母さん。それから姉ちゃんは、あれからどうしたんだろうなって事ばかり。

 いっそ、前世……じゃなくて、ただの夢だったのならどんなに良かっただろう。


 けれどその前世の記憶は、やけにリアルに胸の中に残っていて、夢でないことを物語っていた。

 絶対、夢なんかじゃない。

 今世では、知り得ることの出来ない知識もあったりするから……。


 突然の事故で死んでしまった自分が恨めしい。

 きっと俺の家族は、悲しんだに違いない。


 けれど、この日本での生活があったからこそ、こんな駆け引きのような、古くさい貴族社会でも生きてこられたんだと思う。

 何も知らない異世界の貴族の子どもではなくて、色々な思想と文化のある現代日本の男子高校生としての記憶のある俺は、大切な()()()を早くに知ることが出来た。

 人生は、やっぱり横とのつながりが大切なのだと思う。


 急に失ってしまった家族。

 それから友だちに近所のおばちゃん。あとは学校の先生だとか、スーパーの店員さんとか。


 ……もっとちゃんと話していれば、良かったなって思う。

 失って初めて気づく大切なモノに、俺は後悔の念しかない。


 だから今度は、今度こそ、みんなを大切にして、生きていこうって思った。

 だからこそ今の俺は、横との繋がりを出来るだけ築きあげながら、フィリシアとして生きている。






 × × × つづく× × ×


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― 新着の感想 ―
[良い点] あら。前世、わりとあっさりでしたね。主人公の恋愛関係とか知りたかったような。 [気になる点] 女の子のなりたい職業No. 1がケーキ屋さんなのに、パティシエは男性率が高いようですね。華麗な…
[良い点] 10/10 ・シフォンケーキきたー! パティシエですかぁ [気になる点] 横のつながり……あれ、シフォンケーキ関係ない? [一言] まあいいや。次回、お楽しみ〜
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