フィデルの捜索
俺は必死になってフィアを探した。
フィアを見つけるのは、そんなに難しい事じゃない。近くにいてくれさえすれば、俺はフィアの気配を辿ることが出来る。
もちろん気配だけじゃない。その心の動きまで、俺は読み取ることが出来た。
……本当は、何を考えているのかまで分かれば、一番良かったんだろうけれど、どんなに頑張ってみても、願ってみても、そこまでの力は得ることが出来なかった。
俺の力は、ただフィアの喜怒哀楽が分かる程度だ。
けれど、それだけで十分。
普通なら分かるはずもないフィアの気持ちが俺には……俺だけには分かるんだから。
はじめてこの力に気づいて、フィアの希望をこっそり叶えながら、その傍に寄り添った時、フィアはすごく驚いて、……けれどとても嬉しそうに、俺に微笑みかけてくれた。
他の誰でもなく、俺だけが感じることが出来るフィアの心。
それがとても特別な事のように思えて、ただただそれが嬉しくて、それだけでフィアが自分のモノになったように感じて、どうにかなりそうだった。
俺だけが知ることの出来る、フィアの本当の気持ち。
その上俺は、フィアのたった一人の双子の片割れで、誰にも引き裂くことの出来ないその絆が、俺には誇らしかった。
誰も持ちえないその特別を、俺は当たり前のように持っているのだと思うと、不当にフィアと婚約者になってしまったこの国の皇太子、ラディリアスに対してですら優越感を抱いた。
俺たちは特別だ。
誰にも邪魔はさせない!
けれど今は、それどころじゃない。フィアの思考は、悲しみと苦痛に侵されていて、今にも消え入りそうで、俺は気が気じゃなかった。
いったい、何が起こった?
フィアはどうして、苦しんでる?
俺はいてもたってもいられなくて、必死に叫んだ!
大まかな位置は把握出来ても、心の様子だけでは、正確な位置は分からない。
「フィア……フィア? どこにいるの? 返事をして!?」
どんなに叫んでも、フィアからの返事は返ってこない。当然だ。フィアは俺から逃げてるんだから……!
だけど、そんな事言っていられない状況だってことは、ちゃんと分かってるんだぞ! いい加減諦めて、俺の傍に戻って来ればいいのに。そうすれば、全力でフィアを守るのに……っ。
「フィア!」
けれどどんなにその名前を呼んでも、フィアからの返事はない。受け止めるその思考も掠れてきている。きっともう、一刻の猶予もない。
不安ばかりがつのって、俺はたまらず叫ぶ。
「フィア! いい加減に返事をしろ……っ!」
自分でも驚くほど悲痛なその叫びが、更なる不安を掻き立てる。
どんな状況なのか全く検討もつかない。
検討がつかないから、気ばかりが焦る。
「くそ……っ!」
確かにメリサのあの状況を見てしまえば、悲しみに暮れることもあるだろうし、その原因となった俺を憎むのも分かる。だけど、……だけど何故苦しんでる?
この苦しみ方は、心の痛みなんかじゃない。身体的に苦痛を感じているはずだ。そうじゃなきゃ、思考が消え入りそうになっている事に、説明がつかない。
「フィア! お願いだから、返事をして……!!」
怪我をしてる? それとも何か病気にでもなったのだろうか?
何が何だか さっぱり分からないけれど、早く……早く見つけて、この腕の中にフィアを抱きしめたい。
あぁ、なんで目を離してしまったんだろう? あのまま、傍にいれば良かった。
あの時俺は、一人になる時間も欲しいだろうと、変に気を使って傍を離れた。
どの道、あの別邸に帰すつもりなんかなかったし、そのまま俺の傍にいてもらうはずだったから、少しの間だけでも、自分だけで考える時間くらい与えてやるべきだと思ったんだ。
それなのに、……それなのにフィアはいなくなった。
せめてあの時、ドアの前で様子を窺ってさえいれば……!
「……っ」
俺はギリッと歯を食いしばる。
けれどどんなに悔いても、時間は戻らない。
魔術牢だって、完璧にフィアを閉じ込めることが出来るだなんて、俺は思ってなんかいなかった。
フィアの能力からすれば、……本気を出せば俺の魔力なんて話にならない。
そんな事は最初から分かってた。
けれど、役に立たないあの術でも、施しておけば、少しの足枷とはなるはずだった。
逃げようとアレを破れば、その衝撃が俺にも来る。そしたらその時、フィアの傍へ戻ればいい。そう思っていた。
あのバルシクと突然相対した後でもある。そうそう遠くへは逃げられないはずだ。だから少し安心していた。安心しきっていた。
魔術牢が完全に崩壊しない限り、フィアはあの場所にいてくれているんだって。
それなのに、……それなのに、あんな開け方するなんて……っ!
「……っ、」
俺は思わず親指の爪を噛む。
……。
あぁフィアが……フィアが今、俺の傍にいない。
いつも、当たり前のように傍にいてくれたフィアが、ここにはいない。
その事実がひどく恐ろしくて不安で、俺の指先は小刻みに震えた。
ずっとずっと一緒だったじゃないか! これからだって、傍にいてくれるものと、信じて疑わなかったのに……!
それなのに、ここ最近になって、フィアの行動がおかしくなった。俺を避けるようになったし、ことある事にボーッと外を見るようになった。
心の中はいつも空っぽで、俺がどんなに楽しい話をしたとしても、微笑みはするのに、心の底から笑ってくれなくなった。
それがひどく不安で悲しくて、きっと原因はラディリアスの婚約のせいだって思ってた。だけど、何かが違う……!
もしかしたらフィアは、別の何かに傷ついていたのかも知れない。
……『別の何か』? 何かってなんだよ! メリサを傷つけたことか?
いや違う。
フィアが屋敷を抜け出さなかったのなら、メリサは今も笑ってあの別邸にフィアと一緒にいたはずだ。
俺がメリサを傷つけたのは、フィアを取り逃したからだ……っ!
「……っ」
ギリッと噛んだ唇から、鉄の味がじわりと染み込んで来る。
そうだ。フィアはもう、あの前からおかしかった。屋敷を抜け出す理由が、別にあったはずだ。
くそ! 理由なんていくら考えても、分かるわけない。とにかく今は、早くフィアを見つけたい!
フィアの意識が強く感じられた場所は、ゾフィアルノ侯爵邸からさほど離れていなかった。
それだけが俺には救いだった。
だけどそれも、フィアらしくない。
「……」
フィアのあの性格から考えると、例えひどい怪我を負ったメリサを担いでいたとしても、もっと遠くへ逃げたはずだ。それに、逃げることに集中しなくちゃいけない こんな時に、これだけ感情が乱れ動揺するのは珍しい。きっと予測出来ない出来事が、突如起こったと考えた方がいいだろう。
──予測出来ない、何か……?
「……」
俺は ちらり……と後ろのリゼを見た。
……可能性があるとすれば、こいつだ。
フィアは、リゼが急にいなくなったと思っている。大人になったリゼが、ゾフィアルノ侯爵家の制服を着て、目の前に現れれば動揺するかも知れない。
そこでリゼが、フィアに危害を加えたとしたら……。
「……」
けれどリゼは、異様なほどにフィアに傾倒している。目の前に現れた可能性は否めないが、リゼがフィアを傷つける……なんてことはあるだろうか?
しかもフィアは今、倒れそうな程に切羽詰まっている。
「……っ、あぁっ! くそっ!!」
「フィ、フィデルさま……っ!」
「フィア、フィア! どこにいったんだ! すぐ傍にいるのは間違いないのに、なんで返事してくれない!?」
「! ……フィアさまは、この近くにおられるのですか……!?」
リゼの声が色めきたった。
「……」
俺は眉をしかめる。
体の奥底で、何かの警鐘がなった。
ダメだ。フィアにリゼを近づけてはならない。
今までだってそう思って、リゼをフィアから離していたが、言いようのない不安に、俺はリゼを睨んだ。
× × × つづく× × ×
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
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