初代 宵闇国国王《水月》
遠い遥か昔、まだ宵闇国に王がいなかった頃。この国は、滅亡の危機に瀕していた。
理由は簡単だ。
《バルシクの出現》
今まで現れたことのなかった、この大型魔獣の出現は、宵闇国の民を恐怖のどん底に叩き落とした。
水は涸れ、草木も枯れ、食べ物も飲むものもないその世界の中で、唯一バルシクだけがほくそ笑む。
誰もが失望と悲しみの沼の奥深くに沈んだその時、その者は現れた。
宵闇国王の始祖だと言われる、闇の中の唯一の光。
────《水月》だ。
水月は、どこからともなく現れた。
素性は全く分からない。
何もないところから《水》を生み出し、人々に潤いを与えた。九死に一生を得、力をつけた人々は、この水月と力を合わせ、バルシクを討伐することを固く誓う。
十分に準備を整え、人々はバルシクに挑んだ!
けれど、バルシクも負けてはいない。
今でこそ、バルシクが産み出されれば直ぐにそれを察知し、太りあがる前に討伐することによって、簡単に倒すことが出来る。けれどこの当時、バルシクなるものがいったいどんなものなのかも分からず、討伐までの間に相当手こずってしまい、バルシクの成長を許してしまった。
そのため、十分に成長しきってしまったバルシクと相対する事ととなり、弱点すらまだ分かっていなかったその時の状況では、そう簡単に倒せるものではなかった。
多くの者たちが命を懸けて戦ったが、バルシクには傷一つ負わせられない。
ひどく傷つきながらも、人々は諦めず、バルシクに挑んだ。
そんな時だ。水月はある日、剣技を会得する。
その名も《水月剣》────。
水絞魔法を利用したその魔法は、水月以外は使えない。
言い伝えでは、銀の衣をまとった水月が空を舞うと、どこからか無数の剣が出現して、バルシクを切り刻んだ。……と言われている。
ちなみにこの話は、ただの神話だと言って、宵闇の国王真月が笑ってフィデルたちに話して聞かせた。
確かに、水絞魔法で剣は作れる。けれどバルシクが水を吸い尽くしたその状況では、一本生成するのがやっとなのだそうだ。
だからこの《水月剣》は、秘法中の秘法とされている。
当然、鍛錬に鍛錬し尽くした現宵闇国王真月さえも、この水月剣は使えない。
しかも水月はこの後、バルシクを壺に閉じ込め使役した……とも伝えられている。
あんなデカいバルシクを閉じ込める壺って、いったいどんなだ? と言ってフィデルはフィリシアと一緒に笑い合った。
そんな眉唾ものの物語が、宵闇では言い伝えられている。
その後水月は宵闇国の王となり、その血は脈々と受け継がれ、今に至る。
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……本当は嫌だったんだ。フィアが《六月》を名乗るのも。
「……っ、」
フィデルは唇を噛み締めながら、フィアを探し目を彷徨わせた。
フィアの思考が不安定だ。早く見つけて、保護してやらないと……。
宵闇国の国王は、代々その名に《月》の一文字が使われる。だから初代水月も現王真月も、その名に《月》の一文字が使われている。
そしてそれは、六月にも……。
フィアが『男の姿をしている時は、六月って呼んで』って言った時、この事を知っていたのなら、俺はきっと『別の名にしろ!』って言ったに違いない。
だけど知らなかった。
俺たちはまだ子どもで、宵闇国があるって事が何となく分かったくらいの年頃だったから。
……分かっていたなら止めていた。
でもコレはたまたまだ。父上も母上ですらも失念していたから、しょうがない……。
唯一宵闇の関係者だった俺たちの祖母は、俺たちが生まれる前に亡くなられたから、そんな話をする者はいなかった。
知ったのはつい最近。
フィアが水魔法を使えると知って、宵闇国の国王真月が興味を持った。
フィアに会って、魔法を見てもらって、それが水絞魔法だと判断された。
その時父上が口を滑らせて、真月国王に、《フィアは本当は男で、たまに素材集めで男の格好をする時は、この名前を使っている》という事を話してしまった。
「……」
いや、それも仕方がないことだったのだと思う。
実際、口を滑らせたわけでもなんでもない。
特殊な状況で生きていたフィアには、大きな力を持つ味方が、出来るだけたくさん必要だった。
その一人が、宵闇国国王真月だっただけだ。
ただ父上は、俺たちにはなんの相談もなしに切り出したから、口を滑らせたように見えた。父上も必死だった。
フィアに自由を……と約束はしていても、ゾフィアルノ侯爵家自体が限りなく有名な家門だ。帝国内にいれば、いずれフィアの事がバレるのではと恐れていた。
見つかれば、フィアはどうなるのだ? とそればかりを心配していたから……。
宵闇国の王に全てを話したのも、父上の事だから、ちゃんと考えた結果だったに違いない。
実際、宵闇国ほどの国であれば、フィアが万が一この国を追われ、亡命したとしても、十分守り抜けるだけの力がある。
たとえ、このヴァルキルア帝国と宵闇国が戦争する事態に陥ってしまったとしても、絶対に引けは取らないだろう。それだけの力が、宵闇国にはある。
けれど逆を言えば、後継のいない真月の跡継ぎとして、フィアは狙われるのでは……とも思った。
真月は、そうは言わなかったけれど、きっと心の奥底では、そんな計画を立てているのに違いない。
水絞魔法が使え、名前に《月》が持ち、宵闇国の王女の血を引いているフィア。
真月が狙わないわけがない。喉から手が出るほど欲しいはずだ。
父上から、フィアを守って欲しいと言う言葉を受け、真月は早速動いた。フィアを……いや六月を子爵に取り立てた。
貴族の中で、いちばん低い身分ではなく、まさかの子爵。微妙な位置加減ではあったけれど、宵闇国では、なんの問題もなく受け入れられた。
「……」
俺は唇を噛み締める。
フィアを次期後継にと企む真月。
そして自分の妃にと望むラディリアス。
フィアを閉じ込め、自分だけのモノにしたいリゼ。
揃いも揃って、フィアの傍には、ろくな奴がいない。フィアが一番自由で、幸せに過ごせるのは、俺の傍しかないんだ!
……だから俺の傍で……。
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
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