苛立ちの中の探索
「……っ、」
フィアがまた逃げた。
確かに俺も悪い。逃げられたくなくて、フィアのいる部屋に罪人に使う魔術牢を展開したから。
「くそっ!」
だけど不安だったんだ。
いつもだったら、『お兄さま』と言って笑って俺の後をついて来ていたフィアが、何故だかついて来なくなった。
……だが、ついて来ないだけならまだいい。フィアは、よりにもよって、俺に内緒で、屋敷を抜け出し、一人西の森に入った。
何を考えているのか、さっぱり分からない。
西の森だぞ?
普通ならパーティ。もしくは隊を編成し、よくよく準備をしてから挑む、魔獣の森なんだぞ? それを準備もなしに、一人で分け入るなど、自殺行為もいいとこだ!
しかも宵闇国の服を着てだ!
「くそ!」
思い出しただけでゾッとする。
フィアの事だから、西の森に一人で侵入しても、生き残る確率は高い。だからそれ程の心配はしないが、着ている服が宵闇の服!?
もしかして そのまま、ここからいなくなるつもりだったのか?
そう思っただけで、もうフィアに自由は渡せないと思った。縛り付けてでも、俺の傍に置いておかないと、何をするか分かったもんじゃない。
だから魔術牢を展開した。
「……っ、」
確かにフィアは、自由になる事を望んでいる。
俺たちが双子だったために、フィアは女として生きることを余儀なくされた。
状況が落ち着いたら、今まで無理を強いた分、将来的には自由に生きてもらおうと、家族で話し合っていた。
「……っ!」
……だけど、だけどこんな別れ方は、絶対にいやだ!
いや、……フィアとは絶対に離れたくない。
お菓子屋さんになりたい? なればいい!
でもそれは、俺の傍でだ!
宵闇国なんて、このヴァルキルア帝国からどれだけ離れていると思っているんだ!? そう簡単に行き来出来るような距離じゃないんだぞ!?
確かに、転移魔法陣をフィアは創り上げた。それを使えば、遠い国の宵闇国でもあっという間につけるだろう。
でもそれは、フィアでなければ起動しない。
俺がいくらフィアに会いたいと願っても、転移魔法陣が目の前にあったとしても、俺はフィアには会えないんだ……!
「……」
フィアが、俺から……いや、このゾフィアルノ侯爵家から飛び出した理由は、おおかた見当がつく。
多分原因は、この俺にある。
「……」
帝国内の水が涸れたことを、俺がフィアに伝えなかったからだ。
けれど知らせる必要はないと思っていた。
知らせればフィアの事だから、きっと飛んで助けに行くに違いないと思ったから。
確かにフィアは、水を操れる。
空気中に存在する水をかき集め、水の足りない地域を支援することだって簡単に出来るに違いない。
いやそれだけじゃない。
ゾフィアルノ侯爵家の敷地には、フィアが遊び半分で溜め込んだ、巨大な氷の城がある。
それを切り崩せば、水不足など軽く補えるはずだ。
氷のブロックは、なにもうちの敷地だけに設置しているわけじゃない。
フィアが屋敷を抜け出し、最初に行ったサルキルア修道院にも、そしてあの忌々しい皇宮にすらも、たくさんの氷のブロックが万が一の時のために蓄えられている。
その数は膨大で、氷の一部を解除するだけで、ひとまずの生活用水は事足りるはずだ。
「……」
だけどフィアは今、謹慎処分を受けている。
そしてそれは、フィアに非があったから受けた処分じゃない!
「────……っ」
俺はギリリッと唇を噛み締める。
強く噛んだせいか、口の中に血の匂いが溢れた。
あぁ、考えるだけで忌々しい……っ!
皇族の……皇帝と、ラディリアスの我儘で、しなくてもいい苦労をフィアは強いられ、そのせいで事もあろうか罪に問われ、短いと言えども謹慎処分を言い渡されたんだ! その上婚約は《保留》だと!? ふざけるな!
これをどうして怒らずにいられる……っ!?
確かにフィアは、滅多にいない水の使い手だ。
けれど、それがなんだと言うんだ? いくら役に立つからと言って、皇族の身勝手さで振り回され、被らなくてもいい罪を被り、貴族たちの好奇の目に晒されて、謹慎処分まで言い渡されたフィアに、水がないから力を貸せとは、あまりにも虫が良すぎやしないか?
フィアは道具じゃない!
あんな奴の婚約者ですらない!
幼い頃からこの手で守り抜いた、俺の大切な片割れなんだ!
……怒りで頭が、どうにかなりそうだ。
水が涸れた原因は、なんとなく察しがついていた。
その事に気づいたのは、つい先日の事だ。
フィアが『バニラビーンズがない』と俺に泣きついて来た。
エメラルドのような優しい色合いのその瞳から、ぽろぽろ涙を流されたら、どうにかしたいって誰だって思うだろ?
だけどバニラビーンズの材料であるバルシクは、宵闇にしか発生しない天災級の魔獣。そうそう出現しない上に、宵闇は遥か彼方の国の一つだ。
たとえ発生していたとしても、すぐに行けるわけがない。
だから俺は、諜報員を使って調べさせた。西の森を……。
「……」
西の森はフィアに言わせると、『食材の宝庫』。もしかすると、バルシク以外でバニラビーンズの代わりになる物があるかも知れない……と、うちの諜報員を西の森へ向かわせた。
その時の諜報員の報告で、西の森にある異変が起きていることを知った。
ありえないことではあったけれど、俺はその現象をよく知っていた。
そう、宵闇国で、全く同じ現象を俺は見たことがあった。
──川が干あがる事象……。
諜報員からの報告は、それだけではない。
西の森には、《魔物が一匹も見当たらなかった》。辛うじて現れたのがカピアの大群。
もう間違いないと思った。バルシクの発生だ!
バルシクには苦手とするものがある。
それが《水》。
だからバルシクは、発生すると自分の苦手とする《水》から排除しにかかる。それが《天災級》と言われる所以だ。水がなければ、どんな生き物も生きてはいられない。
宵闇国の秘法……国王の血筋に受け継がれる血継魔法が《水絞魔法》なのは、なにも偶然なんかじゃない。このバルシクを倒すためだ。
それをフィアは持っている。
だからこの状況を救えるのはフィアだけだ。だったらこの状況を利用して、フィアの株を上げるのも悪くない。
だけどそれは、最後の手。
今ここで出すには、俺の怒りが収まらない!
骨の髄まで困り抜き、フィアの ありがたみを感じるその時まで、俺がこの手で守り抜いてみせる!
俺はそう思って、ラディリアスからフィアを隠したんだ!
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
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