表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/104

呼び出し

 

 ──コンコンコンコン……。




 部屋の扉がノックされ、侍従が現れる。

「ラディリアスさま。皇帝陛下がお呼びでございます」

「……分かった。直ぐに行く」

 返事をすると侍従は、軽く頭を下げ、消えて行った。


「……」

 私はそれを静かに見送って、溜め息をつく。

 ……多分。いや、絶対に叱られる。そう思った。


「はぁ……」

 私は溜め息をつくと、脱いでいた上着を肩にかけ、自室を後にした。


 チョコレート色の重たい扉の向こうへと進みながら私は項垂れる。

 こんな事なら、婚約解消などフィアに言い出さなければよかった……。いや、実際は言い出したわけじゃない。《婚約が不安だ》とフィアに漏らしただけだ。


 ……まさか、あんなにも喜ぶとは思ってもいなくて、あまりのショックに、『違う』と否定出来なかったのがそもそもの流れだ。……どの道、私はフィアとは結婚出来ない。


 フィアだけじゃない。私は誰とも結婚する気などない。



「……」

 コツコツと靴音を立てながら、必要以上に広い廊下を歩く。


 今日は、私の誕生日だと言うこともあって、夜中だと言うのに起きて騒いでいる者も少なくない。城の中でも時折奇声を上げる者もいるが、私は別に嫌ではない。


 屋敷の広い廊下でひとり、そんなどんちゃん騒ぎを聞きながら、私はくすりと笑う。

 お堅い城の警備もいいが、時には息抜きもして欲しい。

 人形のように統率され動く者よりも、そちらの方が随分人間らしいと思っている。いっそ私も、そんな風に騒げる身分であったら良かったのに……と思わずにはいられない。


 そうだったら今頃、フィアとはどんな間柄だったろう?

 フィデルと親友でいられただろうか? その妹とは……時々会えるくらいの仲でくらいはあっただろうか? それとも、地位も何もない奴! と爪弾(つまはじ)きをくらっただろうか?


「ふふふ」

 それも悪くないと思う。


 フィデルやフィアの嫌なところは、今のところ思い浮かばない。思い浮かばないから苦しいのだ。

 いっそ、嫌なところを見て《あんな奴近づく価値もない!》くらいに思えたら、どんなに楽だろう?


「……だが、今は違う」

 会いたくて会いたくて……傍にいたくて、たまらない……。


 私はポツリと呟いて、暗く何も見えない西の森の方向を見た。




 ┈┈••✤••┈┈┈┈••✤✤••┈┈┈┈••✤••┈┈





「……呼ばれた理由は、分かっているだろう……?」


 父……ラサロ皇帝陛下が、部屋の真ん中に置かれた暗黒色のカウチに持たれながら、言葉を掛けた。……後ろには、母上……グラシエラ皇妃が佇んでいる。

 顔色が悪い。


 私は唸りつつも返事をする。

「……はい。父上」


 その返事に、父上は深い溜め息を吐く。

「フィリシア嬢の何処が、気に食わない……?」

 膝に肘をつき、父上は両手で自分の顔を覆った。ひどく悩んでおられた。



 ……《気に食わない》?


 そんなわけはない。

 気に食わないはずはない。

 それどころか、正直なところ好きで好きで堪らない。


 出来ることなら、婚約期間などすっ飛ばして、婚姻を結びたいくらいなのだ。


 ……しかし、それは出来ない。

 私は母上を見る。

「……」

 母上は何も言わず、真っ青な顔で目を伏せた。……私とは目を合わせないつもりらしい。

 ……どうする事も出来ない。


 私は溜め息をつくと、口を開く。

「父上……」

 口を開きはしたが、その先なんと言えばいか分からず、再び閉じる。

 黙り込み、続きを話そうとしない私に痺れを切らし、父上は顔を上げた。


「……ラディリアス。私は、お前の望む妃を……と思って今まで黙って見ていたのだ。だが分かるだろう? もう、そうも言ってはいられない。お前はもう二十歳になったのだぞ? 本来であるならば、既に妃がいてもおかしくない。けれど未だに妃どころか、婚約者もままならず、浮いた話一つとしてない。お前が選べないのなら、私が選ぶしかあるまい?」

 言って立ち上がる。


「フィリシア嬢は、その点において申し分ない。堅実な家柄に慎ましい性格。何よりあのフィデルが兄ともなれば、お前と共にこの国を支えていける力量を持ち合わせている。……他国の姫を、……とも思ったが、今は国内が不安定だ。そのような余裕はない」

 コツコツと靴音を立て、窓辺に立つ。


「……ガジール男爵の言っていた不義の話を調べた」

「!」

 私は身を強ばらせる。


 父上はつい先程、フィアの不義の噂を聞いたに過ぎない。

 確かにフィアは、この噂をばら撒くために、早くから動いてはいたが、そのほとんどを私が握り潰している。今日以前に父上が知り得ることは不可能に近いはず。

 となると、聞いてからの行動に違いなかった。


「……っ」

 なんて手回しの早い……しかし、どのような報告を聞いたのか……。内容によっては、私も対応を考えなければならない。


 息を呑みつつ、父上の言葉に耳をそばだてる。


 外を見て、父上は呟いた。

「お前が、不義の証拠を握りつぶした……という報告も上がっているぞ」

 淡々と話すその口調が、まるで突き放すかのようで。私はゾッとする。


「父上! それは……!」

 私は眉を寄せ、言い返そうと口を開いた。

 が、父上は軽く手を挙げ、それを止める。


「それだけではない。フィリシア嬢のその不義……それ自体が作られた噂だった。……作り上げたのは、フィリシア嬢本人。いや、ゾフィアルノ一族総出で事にあたっている……。それは、お前も知っているな? だから揉み消そうとしたのか……?」


「……はい」

 そう返事するしかなかった。


 婚約が不安だと私からフィアへ相談を持ちかけ、そのせいでフィアが早とちりしてしまい、婚約解消の話になった。それだけならば傷つきもしない。仕方のないことだと諦めれば良かったのに、フィアたちはそこから更に、()()()と言えるべき理由を用意してくれた。


 ……私は、それだけは許せなかった。



 フィアからもフィデルからも、そのような相談は受けていなかったから、初め本当にフィアが男の元へ行ったのだと勘違いし、この身が焦げるかと思った。

 ……いや、今でも少し、疑っている自分がいる。


 本当は完全に離したくなどない。

 出来ることならそのまま婚約者でいたい──。



 私を見る父上の目は、悲しみの色をたたえていた。


「私は、ゾフィアルノ侯爵家を信頼しているのだ。あの一族の人脈、頭脳、技術……どれをとっても、右に出る者などいない。それに加え、あのフィデル。……あの様な場に置いても冷静さを失わず、かつ適切な判断を下せる。フィリシア嬢においても、それは例外ではない。皇太子の婚約者となったにも関わらず、それを鼻に掛けることもなく、一年間慎ましく過ごしておられた。それなのに、……それなのにここへ来て、いきなり不義の噂!? これは一重に、お前との婚約を嫌がっているようにしか見えぬ! フィリシア嬢だけではない。一族総出で事にあたっているとなると、お前はその一族から嫌われてる……と言うことになるのだぞ……!」


「……っ」

 自分でそうなのではと、覚悟はしていたつもりだった。

 けれど、いざ父上から事実を突きつけられると、心が折れた。ギュッと胸を抑え、どうにか堪えた。


 父上の言葉はひどく静かではあったが、怒りが滲み出ていた。

「何故、そのような事になった? お前はゾフィアルノ家になにをした?」

 問い詰めるその声に答えようと、私は必死に自分の傷つく心と戦った。


「ち、父上……実は──」





 私は全てを吐き出した。


 父上ですら、知り得なかった、()()()()

 もう、抗えなかった。

 話すことで、全てが終わったとしても、もうどうでもよかった。大切なフィアがこの手からすり抜けて行ってしまった今、これ以上いったい何に(すが)るというのか?


 父上はそんな私を、目を見開きながら見る。それはそうだと思う。今まで事実だと思っていた事柄が、音もなく簡単に崩れ落ちていくのだから……。


 母上が悲痛な声をあげる。

「ラディリアス……っ!」

 全てを話した私を、叱責するような、ヒステリックなその声に、心が潰れる。

 もう、何もかも、どうでも良くなった。


「……っ、母上……申し訳ありません。けれどもう、限界なのです」

 非難の声を上げる母上に、私は小さくそう言った。

 本当にもう、無理なのだ。

 そもそもこの罪を貫き通せるわけがない。


 母上もまた、私の秘密を知っている。知っているからこそ、この場にいることがいたたまれなかったのに違いない。力を失ったようにカウチに手をついた。私はそれを支える。


 父上はそんな私と母上を見て、ゆっくりと目を閉じる。


「そうか、やっと話してくれたな……。事実は既に知っていた。お前たちの口から聞きたかっただけだ……」

 ホっとしたその声は穏やかで、ひどく優しかった。


 父上の言葉に、私と母上は驚く。

 と同時に恐怖が心を支配する。真っ青な表情の母上に、父上は優しく語り掛けた。


「流石に確信は持てなかった。……私ほどの情報網を駆使してもあやふやな憶測でしかなかった。それを踏まえると、他に知る者はいないだろう。状況からみても、そうするより他はなかったと私も思っている。しかし……これは公表出来るような事でもない。対応はこちらで考えるから後は気にやむな」

 その言葉に母上はその場に座り込む。

 そしてハラハラと涙を流した。


「ずっと……ずっと心の奥底で悩んでおりました。やっとこれで陛下を騙し続けていた罪を償うことが出来ます……」

 母上はそう言って、父上を仰ぎ見た。


「……シエラ」

 父上は静かにその涙を拭い、口を開く。


「しかしそうなると、まだ安心は出来ぬ。……分かっておるだろ? 我が義弟が良からぬことを考えていることは……」

「……ええ」

 母上は涙を拭き、そして少し真剣な顔で頷く。


「ひとまずこの婚約は、保留とする」

 父上は厳かに告げる。


「は、……保留?」

 私は訝しむ。白紙に戻すのではなくて……?


 眉を寄せ仰ぎ見れば、父上はニヤリと笑う。

「あぁ。そうだ。……フィリシア嬢、及びゾフィアルノ家には不備はなかったという報告がもたらされているからには、その方向での婚約解消は有り得ない。証拠もないのに強行突破すれば、反感を買うだけだ。……そうだな……お前の言う《何も功績があげられていない》というのを採用するしかない。……よって、婚約はひとまず《保留》だ」


 解消ではなく、保留……!?


 フィアとの繋がりが完全に消えたわけではない事を悟り、私は素直に喜んでしまったが、さすがにそれは顔には出せない。慌てて手のひらで口を覆った。

 全ての原因は私にある。けして喜んではならない……。


 案の定、母上が青い顔をする。

「い、いえ、それではゾフィアルノ侯爵家に申し訳が立ちません。あ……あなたは……陛下は、いったい何をお考えなのですか……っ」

 震えるようにそう絞り出した。


「フィア……フィリシア嬢のことも、考えておられるのですか……!?」

 絞り出すようなその声に、私は言葉を発することが出来ない。

 それは最もな意見だった。


「……母上」

 けれど婚約が保留になる事は、私にとっては喜ばしいことでもある。

 私の顔は曇る。


「シェラ……」

 父上が母上に呼び掛ける。

「君には、他に言っておきたいことがある……」

 言ってその肩を抱いた。


「……ラディリアス、お前も思うところがあるかも知れないが、話はこれで終わりだ。結論からすれば、婚約は保留。ゾフィアルノ家に科する罪は、《噂が流れる隙を見せた罪》。三日間の謹慎処分の後、公務に復帰すべし……とせよ。これは公式文書として、各界へ回せ」

「……は」


 ……やや、釈然としない状況を抱えつつ、私は頷き、その場を後にした。


 真っ青な顔で今にも倒れそうな母上とは逆に、途中から父上はすこぶる上機嫌で、それが私には少し恐ろしくもあった。





 × × × つづく× × ×


こんな話の内容でいいんかな( ̄▽ ̄;)

と毎回思ってますが、

めげずに読んでいただきありがとうございますm(_ _)m


次回、フィアがカミングアウト!


……ブックマしてる方々?

きっと解除したくなります……( ̄▽ ̄;)ひぃ……。

フィアにも、謝らせておきますた。

心置きなく、外してくださいね。。。(´;ω;`)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 中世風世界ですし、むしろ、唐突な婚約解消にリアリティーがあると思いますよ。 [気になる点] さらにリアリティー言うと、偽装結婚しておいて……って考えるのは、私風の方向性ですね。中世の貴族な…
[良い点] 8/8 ・おおっと急に面白くなった。話がくるんとしましたね [気になる点] ブクマ外したくなる。うふふふふふふそうなのですよ。お気づきになられましたね [一言] 母さーん!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ