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魔族の男と帝国の姫 前編


 大陸を南北に分かつ形で、人間と魔族、それぞれの国がある。

 両種の抗争は根深く、和平交渉は常に決裂してきた。いまさらどうなることでもないと思っていたが、今回は本腰を入れているらしい。


 期間中、双方から選ばれた人物をひとつの場所へ置き、共に過ごすことが決定した。

 要するに、人質だ。互いを互いの捕虜とすることで、牽制している。


 魔族代表として選出されたザカートは、王家に近しい三公家の嫡男である。

 知力、武力ともに抜きんでた才を持ち、次代のゼシュタル国を担うに必要不可欠とされている、若いながらも国にとって重要な男だ。


 対する人間側は、現皇帝の孫娘であるアナスタシア。

 白磁の肌に、絹糸のような美しい金色の髪を持つ姫。身体が弱く、表立った仕事をしていない秘蔵っ子を取引に出すことで、誠意を表しているのだろう。


 彼女に会うまで、ザカートはそう思っていた。



     ◇



 人間は魔族をいとい、畏怖の対象としている。女であれば、尚の事。

 対面した途端、蒼白になり気絶される覚悟をしていたところ、彼女はザカートを見ると、胸の前で手を握り合わせ叫んだ。


「こうしてお会いできて、わたくし興奮のあまり卒倒しそうですわ。黒々とした御髪おぐしも夕焼け色の瞳もなんて素敵。その御召し物、材質はなんですの? 流通も違いましょうが、帝国では手に入らないものを使っていたりするのでしょうか。ここは中央ということもあって穏やかですが、寒暖差はとても大きいのではないかと思います。体感温度も異なっているでしょうが、いかがですか?」


 澄んだ青空のような瞳を輝かせ、頬を染める。倒れそうと言いながらも、前のめり。忌避どころか、近寄る気満々である。

 予想外すぎて絶句するザカートに、彼女は瞳をまたたかせた。


「まあ、わたくしったら失礼いたしました、ご挨拶もせず。アナスタシア・ラ・エルゼピアでございます。お目もじ叶いましたこと、大変嬉しく思います」


 それまでの騒がしさを感じさせない、楚々とした振る舞い。

 完璧な礼を取る姿に目を見張ったが、次にはまた笑みを浮かべ怒涛の勢いで喋りはじめたため、ザカートは手のひらで制したものである。


「まずは中へ入ってはいかがだろうか」

「そうですわね。では、お邪魔させていただきます」

「おまえたちにとって、邪魔をしているのは我らのほうではないのか?」


 あまりにも軽やかに対応する姿に、つい皮肉を口にする。

 二人がいるのは、境界の森にある邸だ。この地は不可侵の地域とされているが、双方が権利を主張していることは誰もが知っている。

 すると姫は足を止め、ザカートを仰いだ。


「それは間違っています。ここはかつてゼシュタルの王が所有していたもの。境界線上にあるとはいえ、この「緑の邸」に関していえば、ゼシュタル側に権利があります。わたくしこそが、許可を乞わなくてはなりません」


 よろしいですか? と丁寧に問われ、ザカートは動揺を隠しながら頷きを返す。

 笑みを浮かべた彼女を先導するように足を進めたのは、顔を見られたくなかったのかもしれない。

 驚いた。数百年前の歴史を、帝国の若い姫が知っているとは思わなかったからだ。





 アナスタシアは、魔族の研究をしているらしい。ゆえに今回の件は、諸手をあげて喜んだとか。


「だって彼の国の方にお会いして、その生活に触れることができる機会なんてありませんもの。書物では限界がありますし、それが本当かどうかもわかりません。都合のいいように書き換えている可能性が高いでしょう?」

「まあ、そうでしょうね」

「ですからわたくし、いつかゼシュタルへ行ってみたいと思っておりましたの。あちらはどんな空が広がっているのでしょう。死ぬまでに叶えばよいと思っておりましたが、まさかまさかです。成人祝いですわね」

「成人?」

「そちらでは十六歳が成人ですが、エルゼピアでは十八歳なんですの。就労自体は十六から許されておりますので、そちらに準じればよいのではとの声はあるのですが、未だ正されず。口惜しいですわ」


 ぷうと頬を膨らませる姿は、年齢にそぐわず子どもじみている。帝国の姫らしいあどけなさだ。さぞかし大切に愛されてきたのだろう。

 これはたしかに表に出すには難がある。皇帝の孫が、事もあろうに魔族の研究をしているだなんて、知られるわけにはいかないだろう。

 ザカートは嘆息する。


 交渉期間は、最長で半年。それまでこの姫と、供もなく二人きりで過ごさなければならない。

 馬車が彼女だけを下ろし、そのまま去っていったことには驚いたが、こうして会話をしてわかった気がする。おそらく、この調子で押し切ったのだろう。

 しかし、わかっているのか。種族差があるとはいえ、こちらは成人した二十二歳の健全な男だ。これからの生活について無邪気に語る姿を見ていると、配慮しているこちらのほうが間違っている気がして、腹が立ってくる。


「いろいろと教えてくださいませ」

「そうですね。交配についても」

「こうはい?」

「あなたのように若く美しい娘を寄越したということは、そういうことなのでしょう? 和平交渉と並行し、こちらもまた異種交配による統合を考えている」


 締結と同時に、人魔両方を親とする子が宿れば、これから先の未来を象徴する慶事となるでしょう。

 そう告げて、ザカートはアナスタシアの腕を取る。引き寄せると彼女は、たたらを踏んでこちらに数歩近づいた。胸元の高さにある頭、その耳許でそっと囁く。

 いまから試してみましょうか、と。


 するとアナスタシアが、ぱっと顔をあげた。頬が紅潮し、唇を震わせている。


「ゼシュタルの方は低体温だと聞いておりましたが本当でしたのね。卿の手はとてもひんやりしていますわ。雪や氷に触れて肌が冷えることはありますけどそれは一時的なものであり、このように常時低温を維持しながらも機敏に動いていらっしゃる。興味深いですわ」

「……はあ」

「それにこの質感。肌がやや硬質であるというのも本当ですのね。多少の傷では出血しないのは、やはりこのおかげですの?」

「…………」

「あら、わたくしったらまた失礼なことを申し上げましたわ。興味深いだなんて、まるで実験動物のような扱いを。卿とて、わたくしと同じ人類ですのに」


 己の腕を掴む男の手に指で触れ、そんなことを述べるアナスタシアにザカートは呆れ、次に息を呑んだ。

 今、この姫はなんと言った。

 同じ、と言ったのか?


「魔族と人間が同じだと?」

「そうです。わたくしがエルゼピアに生まれた人であるように、あなたもゼシュタルに生まれた人です。国が異なるだけで、わたくしも卿も、等しく『ひと』です。大陸に生きる者です」


 澄んだ目で見据えられ、ザカートは知らず後退した。力の抜けた手から、姫の細腕が抜け落ちる。


 ふたつの国は祖を同じくしている。枝分かれし、環境に適した体質へ進化したに過ぎない。

 大陸の北側に住むエルゼピア人は寒さに耐えうる身体となり、南側に住むゼシュタル人は逆に、暑い環境に特化した身体を手に入れた。

 ただそれだけの違いだったはずなのに、いつしか二種族は分断したのだ。


 中央に位置する高い山と森林地帯がそれを加速させたことも大きいだろう。

 往来が減り、道は途絶えた。森は広がりさらに進行が厳しくなる。

 交流が絶えたことにより独自の文化が広がり、同国内での血は濃くなっていった。差は加速する一方だ。


 主に帝国側は、この歴史を否定する。大陸を統べるのは自分たちであり、ゼシュタルを侵略者と位置付けているようだ。

 境界の森で監視をしている帝国兵は、こちらを悪魔だと罵り、武器を向ける。強い日射しに対応するため硬質化した肌が刃を弾くたび、声高に叫ぶのだ。

 血の通わない悪魔だ、と。

 なのに。


「俺たちを、ひとだと言うのか」

「当然ではありませんか。鳥や馬や牛を、人だとは誰も言いません。卿とわたくしとでなにが違いましょうか」


 この姫はひどく変わっているが、驚くほど公正だ。彼女が選ばれたのは、こういったところなのだろう。

 勝手な思い込みをしていたのは自分も同じだったと、ザカートは自省する。


「あなたを侮っていたようです、姫。陳謝いたします。私のほうこそ、失礼を申し上げました」

「とんでもございませんわ。皆さまを不快にさせているのは、わたくしたちなのですから」


 ザカートはもう一度、彼女に手を伸べる。求めた握手に応えた小さな手は、己とは異なる温度を持った、あたたかなものだった。



     ◇



 緑の邸は、王族の避暑地として造られたものだ。近くに清水が湧いており、川には魚もいる。野生動物の狩場としても知られる自然の宝庫だ。

 そのため、保存食以外の物は現地調達。

 さすがに調理はできないだろうと思っていた姫は、台所に立った。「フィールドワークに出て野営することだってありますの」と語るとおり、造作なく包丁を扱ったのには驚かされる。存外にたくましい。


 国が違えば、味覚も違う。

 はじめはそれぞれが自分の食べるものを作っていたが、分け合うようになったのは、姫が望んだからだった。

 ザカートの皿をまじまじと見つめ、瞳を輝かせる。こういった眼差しにも慣れてきた。皿を押しやって「どうぞ」と告げると瞠目し、ザカートの顔を見つめる。


「よろしいのですか?」

「食べたかったのでしょう?」

「……そんなに物欲しそうな顔をしていましたでしょうか」


 恥ずかしげに顔を伏せたのち、皿の端に料理を取り分ける。ザカートが見守るなか口へ運び、そして手で押さえた。


「スパイスが効いていますわね。舌が痛いです」

「毒物が混入していたとしても、わからないでしょう?」


 笑みを向けて言うと、彼女は顔をこわばらせた。次に眉根を寄せ、不満げな顔を浮かべる。


「もしかしてわたくし、試されているのですか?」

「出されたものを素直に食べることは、美徳ではありませんよ、姫」

「たしかにそうですが、卿は毒を盛ったりなんてしませんもの」


 さらりと言われ、ザカートは呆れる。たしかにそんな卑劣な真似をするつもりはないが、少しは疑いをもつべきだろう。


「卿は紳士ですわ。まだ半月ほどではありますが、信頼に値する方であることはわかります」

「演技ではないと?」

「わたくし、ひとを見る目はあると思ってますの。今回のお相手が卿でよかったと、思っております」


 世間知らずの姫の戯言など、真に受けるつもりもない。

 しかし、まっすぐな視線から感じるのは、彼女が今言ったとおり、ゆるぎない信頼だ。これを裏切るのはどうにも忍びない。

 ――まったく、子どものような姫だな

 内心で呟くザカートに、アナスタシアはふたたび眉を寄せる。


「今、わたくしを子ども扱いしましたわね。きっとそうです、そういう顔をしていますもの」


 ぷうと頬を膨らませた彼女を見て、ザカートは声をあげて笑った。




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