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水飴

眩しいっ‼︎


がばっとはね起きると、そこは私の部屋だった。いつものように薄暗い。ベッドのそばに立つメイドさんとロクロが、こちらを見ている。だいぶ安心したような顔だ。私の目が覚めたことを喜んでいるふうにも見える。


瞬間、二人してどうしたんだろ?なんて思う暇もなく、私は自分の行為に愕然とした。


はね起きた。


この私が。


前世でだって、起床と同時に体を起こすなんてことしたことない。


頭がぼんやり……ううん、いつもと違う。どっちかというとくらくらに近い。ぼやぼや?


「姫さま、大丈夫ですか?」


体を起こしたきり、ぴくりとも動かず足元を見つめている私に、メイドさんが心配げに声をかけた。


なんだろ?


瞬きをするたびに、視界に青紫だったり、赤だったり、割と濃いめの色の影がちらつく。


形は全部一緒。ま四角。


影は私の視界をしばらく漂って、消えていく。


「ぅう……うん」


喉が渇いて、声が出しにくい。


(声が出しにくいのはいつもの事じゃなくて?)

いや、そうじゃないの。なんか頭がうまく働かないっていうか……。

(それもいつもの事じゃなくて?)

じゃあどうして起きるなりメイドさんとロクロに覗き込まれてるのよ。

(……いつもの事じゃ、ない)


別に、視界の影を除けば普段と違うところは何1つとして無いのだけれど。


(じゃあ別にどうでもいいんじゃない?)

それもそっか。


考え中止ー。


でも、そもそも私が考える必要なんて無かったのだ。何が起きてるんだって目をしながらちらっとメイドさんの方を見ると、すぐに教えてくれた。


「姫さまは、窓の外があまりにも眩しすぎて気を失ってしまったのです」


……へえ。


すっごく馬鹿っぽい。


(いいじゃん。私らしい)

まあそういえばそうなんだろうけどさ……。



まあいいや。


完全に思い出した。体の力を抜いて、ぼすんと布団に倒れこむ。


目に入ってくるのは、この部屋で唯一の小さくてオレンジ色の光源。豆電球にも似ている。


直に眺めても眩しくもなんともない。


(そりゃ気絶するわけだ)


私は十数年間この灯りのみで生活してきたのだ。いきなり直に日光を浴びたりなんかしたら死んでしまう。


(気絶で済んで良かったと思うべきなのかもね)

たしかに。主人公ちゃんのスキルにもシャイニングなんたらってあったし、普通に日光が効果抜群だったりして。


……まあ私のお兄さん達はお天道様の下元気に戦えてたけど。


多分私が引きこもってたからだね。


「別に直射日光ってわけでも無いのに、姫さま眩しいの苦手なんですね。道理で護衛騎士叙任会の大広間が暗かったわけです」


ロクロが言う。


じゃなくて!


そうだった、今こいつが喋ってようやく思い出せた。聞きたいことがあったんだった。


私が寝っ転がったまま首だけ動かしてメイドさんの方を向くと、メイドさんは耳を少し近づけてくれた。


「どうされましたか?」

「えっとね、あの人いつまでいるの?」


(うわぁ。直には聞かないんだ)

ふん。初対面であれだけテンパった私が話せると思って?

(うん。まあ、それはあってると思うけどね。せめて目の前に本人がいないとこでやろうよ……)

目の前にいなかったら答えが返ってこないじゃん、ばーか。


メイドさんは初め、私の言葉の意味……というか行動の意図を理解できないようだったが、さすがは四年来の付き合い(私は自分の年齢すら間違って覚えてたので、ひょっとしたらもうちょっと長いかもしれない)。すぐに私の意志を汲み取ってくれた。


つまりこいつは、目の前に立ってるロクロと直接話すのに慣れないので、ワンクッション置くことにしたのだ。


『あの人』が誰だか分かってないロクロにメイドさんが言った。


「ロクロさん。姫さまが、ロクロさんはいつまでいるのか、だそうです」


ロクロはちょっと驚いた顔をして答える。


「いつって、そりゃずっとですよ」


私のうわぁって心の中が顔に出てしまったのだろう、ロクロはきまり悪げに目をそらした。


正直言って限界なのは私も同じなのだ。


今まではメイドさん一人だったからある程度割り切って生活できてたけど、そこに私専用処刑台が入ってきたとなると話は変わってくる。いつ寝首をかかれるのか分からないのだ。恐怖心、そんでもってストレス。


それでなくとも部屋にいる間、つまり目を覚ましてる間ずっと、室内にいる二人の人間の存在を絶えず意識しなくちゃいけないっていうのは鬱陶しい。


足音も2倍、呼吸も2倍、目の数も2倍で心音も2倍。同時に2つの箇所で物が動き、空気が動き、絨毯の毛並みが変わる。平均温度36度、表面に限れば33度の物体約50キログラムが2つも私の部屋の中に存在して、歩き回って、喋ったり、瞬きしたりして、彼らの中では赤い血がどくどく全身を巡って、老廃物やら二酸化炭素やら要はゴミを全身に巡らして、胃や小腸は絶え間なく収縮を繰り返して数時間前に口に入れた今となっては半分排泄物から貪欲に栄養やらエキスやら水やら生きて腸まで届くなんとか菌やらを搾り取って、ホルマリン漬けのものを一度だけ見たことがあるこんなものが自分の頭に入ってると思うだけで死にたくなるようなシワだらけでぶよぶよしてそうでなんとか皮って部位の名前を聞くたびに全身に鳥肌が走るどこが汚れててどこが綺麗なのか、どこまで私なのかすら分かったもんじゃない脳みそが白く濁った脳漿とかいう想像するだけで吐き気がするあれが割れた頭や鼻や口からとろりと出てくるところを考えると今すぐ首から上を焼き切ってしまいたくなる永久に絶縁できたらさぞ気持ちいいだろうなざまあみろそんなものに囲まれ浮かんでいて、


つまりは気持ち悪いのだ。生理的嫌悪だ。


あんなもん2つも部屋に置いとけるわけがない。


メイドさんもロクロも、別に四六時中いるってわけじゃないのだけれど、ストレスは二乗に増えてマッハでたまる。このままだと次のお父さんとの夕飯でロクロをギロチン送りにしかねない。


(さすがにそうなったらゲームの進行にも影響出ちゃうだろうし、ここは精神安定を図るが吉だよね)

だいたいロクロ、どうしてお姫様の部屋にずっといられるんだろ……?普通誰か止めるよね?

(ゲーム内でもロクロは私のお気に入りらしかったから。多分そのせいで、今ここにいても不自然じゃなくなってるとかじゃないかな?)

そんな馬鹿な。

(まあ理屈がどうあれ、実際そこにいるんだし。存在理由より消す方法を考えよう)

さんせーい。


脳内会議をしていると(私としては脳みそじゃなくて心臓あたりで会議してる感覚だから、心内会議?)、メイドさんがロクロの存在価値を説明してくれた。


「実は、一ヶ月ほど前に襲撃事件があったのです。侵入者は数人でしたが姫さまのいる区画付近にまで入り込んで、そのため国王陛下が多少無理にでも護衛騎士の叙任を進めたのです」

「とりあえず、襲撃事件の首謀者が判明するまでは俺はここにいます。ほら、俺四晶家の長男ですから。四晶家って王家を守るのが使命なんで」


嬉しいこと言ってくれるじゃんロクロ。イケメンがずっとお前を守る宣言してくれるとか、今人生最高のモテ期が来てるのかもしれない。


(一人じゃん)

一人でも。

(そうでした(前世含め))


まあロクロは私を殺すんだけどね。


こんなこと言いながら四晶家全部で誰かしら実力者が裏切るんだけどね。


主人公ちゃんは王家だからセーフ!理論だそう。いやお前ら王家って判明する前から付いてってたじゃん。


出て行け、二度と戻ってくるな、でもたまには顔見せてくれると私嬉しいって念波をロクロに向けて送っていると、いつのまにか部屋を出てってたメイドさんが食事を持ってきた。


今日の朝食はなんじゃらほいっとメイドさんの方を見ると、彼女の転がすワゴンの上には(メイドさんは絨毯の上に平気でワゴンをのっける。結構毛の長い絨毯のはずなのだけれど、未だワゴンの車輪に絨毯が絡まったことはなく、悪路によってメイドさんが疲れたそぶりを見せたこともない)初めて生で見るものがのっていた。


時々テレビや漫画で見る、あの三段重ねの、スコーンとかがのってるやつである。


名前知らんけど。


もちろんワゴンには、紅茶のセットものっている。


(あれ?いつから私はお嬢様になったの?)

元から王族じゃん。

(でもさ、これ出されたら、うわーお姫様みたーいって叫ぶのが定番なんでしょ?)

そんな事を言ってお前に王族としての自覚がなかった事を有耶無耶にできると思うなよ。マシュマロだってでんぷんじゃなかったし。

(結構いい加減になるよねこの会話)


ちなみにマシュマロの原料はメイドさんに聞いた。なんだっけ?メイドさんによると……なんだっけ?


(なんだっけ?)

なんだっけ?


なんでもいっか。


いつもと違い、少し高いテーブルの上にティーセットを置いたメイドさんは、ワゴンの下の段から椅子を取り出すと周りに並べ、私に向かって笑顔で言った。


「さ、姫さま。お茶会の練習をしましょう」


瞬間、私の脳裏に十数日前の惨劇が浮かぶ。目がくらみそうな、きらきらの大広間。隠れる場所のない一段上がったステージ。沢山の人、人、そして眼。それは細胞レベルで刻み込まれたトラウマ。


私は指先から凍りついたように冷たくなって、震える声で叫んだ。


「お茶会殺して!殺しなさい!……護衛なんでしょ、ロクロ!仕事‼︎」




今やちっとも真面目そうには見えない、将来私を殺すであろう護衛騎士は、にたにた笑ったまま動かない。そんなに呼ばれたのが嬉しいならさっさとお茶会を消してくれればいいのに。


けれど、心のどこかではもう、諦めていた。


私のところにロクロが来た以上、物語は動き出したのだ。


たかが一人の、それもテキストのみの脇役未満が10年引きこもろうが、会話を拒絶しようが、未来は変わらない。


その全てを飲み込むような、巨大で暴力的で否応無しの物語が大地いっぱいに流れる音を私は感じていた。

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