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挨拶

電車の夢が嫌だ。


大抵の場合、乗り間違えるか降り間違えて酷い目にあう。あと約束の時間には絶対間に合わない。電車に乗ってても間に合わないし、途中で降りたらもっと間に合わない。気がつくとデパートかなんかにテレポートしてて、そうなるともう筋を追うのを諦めるくらいなカオスが広がってる。


(電車なんて、こっち来てから一度も乗ってないのにね)

割と昔の夢しか見ないよね。

(多分今世の中身が薄すぎるだけじゃないかな)

そんな薄かったっけ?

(だって、気がついたら年単位で時間が過ぎてるんだよ?どこの仙人ですかって感じ)

そっか。そのせいで。




「姫さま。理解していないご様子なので、もう一度申し上げます。こちら、姫さまの護衛騎士に就任しました、ロクロ・パランゴンさん」


美形のゲームキャラが入ってきて、話しかけてきて、よく分かんなかったから夢世界にこもろうとしたその時。


おそらく今までのやり取りを扉の陰からでも見ていたのだろう、メイドさんが出てきて私の布団を引っぺがしたのだ。


(ほんとに遠慮がないよねあの人)

でもまあ、あの人がいなければ今頃干からびてるわけだし。


いつもベッドの上にいるとはいえ、今はお昼時。一応恥ずかしくない格好はしてる。というかさせられてる。


また羽根布団を引き寄せ、肩まで被って、顔だけ出して仕方なく応対中なう。


メイドさんに紹介され、ロクロが前に出て一礼する。


「ロクロ・パランゴンと言います。よろしくお願いします」


心なし顔が疲れているように見えるのは、ここに行き着くまで何度も無視されたおかげだろう。


(そうか。脳内でいっくら喋ってても、よくよく考えれば聞こえてなかったわけだ)

彼からしてみれば、なんの反応も無い人間にずっとお話してただけ。

(そりゃ疲れるわ)

だってロクロは早口で聞き取りづらいんだもの。

(いや、多分あれが標準の速さ……より、ちょっと遅めくらい)

リスニング力って大事だよね。


異世界に行ってから分かる大切さ。生まれた時からこの速さだったはずなのに、日本語よりもリズムが圧倒的に早いこっちの言葉は私の脳が拒否してしまう。


(やーい、ぽんこつ脳)

きっと根っこの方までドーナツとみたらし団子がつまってんだろね。



さてと。


(今メイドさん、ロクロが護衛騎士になったって言わなかった?)

言ってた……かも。

(……へえ。ところでさ、私の生活方針ってなんだったっけ?)

王族に生まれた時点で基本人生勝ち組だし、直接の死因であるロクロが関わってくるまでは世界を放置。せっかくだから、日本で死ぬほどやりたかったけどできなかったことをしたい!

(ロクロ、来たじゃん)

……あ。


私の表情が暗くなっていくのを見て、ロクロが慌て始める。


「えっと、あれ?サーヤさん、俺って好かれてなかったりします?」

「ええ、おそらく。この間夜会に出たばかりで、期間を開けずにまた外からの刺激ですから、全然ストレスだったのかもしれません」

「うっわあ……。やっちゃいましたか」

「いえ、基本外敵に対しては生物、無生物を問わず過敏に反応しますから。これが普通です」


目の前でものすごーく失礼な話をされている気がする。


気が済んで帰ってくれるなら別にいいけど。というか帰れ。今すぐに帰れ。


肩までだった布団をさらに持ち上げて、表情を隠すように頭に被せる。私の視界が少し暗くなって、暖かな空気に頭がぽやぽやしてくる。ずり落ちかけた前方の布団を引き上げ、完全防御形態だ。


(さあ帰れロクロ!私は全身で拒絶の意を示したわよ!)


「サーヤさん。今日はだめっぽいですかね?」


彼は諦めたように言うと、私から目を逸らしてメイドさんに話しかける。


(そう!そうだロクロ!諦めて帰り、そして二度とこの部屋に足を踏み入れるな!)

もうお祈りタイム入ってるじゃん……。


私は布団の陰からロクロを睨み、帰れ!帰れと念波を発する。


しかし、帰ろうというロクロの意志、帰れという私の念波にも負けず、メイドさんは言った。


「いえ、日を改めても状況は変わりません。ちょっと待っててください」


そして、私の布団を引っぺがすと(本日2度目)、脇腹の辺りを抱えて、クッションの上へ。


(あ、これってわがまま過ぎた感じかな?)


私の絶対安全区域たるベッドから引き離され、無防備なクッションの上にのせられた私は、陸の孤島とも言うべきそこから怯えが混じった視線を大人二人に向けた。


「さ、姫さま。ロクロさんに挨拶してください」


(無理。ほんとに無理。なんならまだ頭覚醒しきってないから!もう眠る境界線まで来てたから!)

えっとね、えっとね、とりあえず落ち着こう?落ち着いて、息ゆっくり吸って吐いて、話はそれからって感じで。

(だって考えてもみなさい、いきなり侵入者が話しかけてきたと思ったら、ねぐらから無理矢理に出されて挨拶を迫られるんだよ⁉︎これ犬なら噛みついてるよ!)

っていうかロクロさん近づいてきたし。


パニックを起こしている私と目線を合わせるように、ロクロはクッションの前に膝をつく。


「大丈夫ですよー姫さま。俺はあなたの護衛騎士なんで。味方です。いい人です。ほら、怖くない怖くない」


(やめろ、そんな目で私を見るな!お前まで私を獣扱いするというのかロクロぉぉ!)


外から見る私は酷い有り様だろう。自分でもこの間のお披露目会のショックが再発しかけてるのが分かる。


「はぁーー、はぁーー、ふひぅ……はぁーー」


(ほーら、ゆっくりな呼吸だよー。ざまあみろ、落ち着いた?ほらこうすれば落ち着くんでしょ?早く落ち着けよコミュ障)

いや、待って待って待って、頭くらくらする……。これいつもと違うやつ。とにかくっ、呼吸から、なんとか、しないと。

(なんかうるさいと思ったら、私の歯ががちがち言ってるじゃん。あー、ここまでメンタル追い詰められるのっていつぶりだろ?)

3日ぶりじゃない?

(……ひょっとして、ここまで全部悪夢の中だったりする?)

それだ!


それだ!じゃなくて。


目の前で、なんとか私を安心させようと笑顔を向けてくるロクロ。そして視界の外、多分私の右後ろにいるであろうメイドさん。


(つまり挟み撃ちだ)


でもね。


私だって、何もせず30年間を過ごしてきたわけじゃないのだ。小学校にだって、中学校にだって入れた。自己紹介なんて何度したか分からない(大抵の場合私が話しかけると、誰こいつ?みたいな反応をされるのだ)。


たかだか二人。しかもそのうち一人は前世からの知り合い。


この状況で、怖気付いて何にも言えないほど弱くなった覚えなんて、無い。


(でもさ、体温が下がるから早く布団の中に戻して欲しいっていうのが一番の理由だよね?)

うるさいな黙っててよ。


よろしくお願いします。


これだけ、たった一言でいいのだ。最早私にお喋りを期待する人間なんて、この世界には誰一人として存在しない。


それでも、せめて挨拶だけは。


(私は、人間でありたい……!)


「ょ、ょろひくおねがいします」


おおっ、とメイドさんが声を漏らす。


(なんだよ、そんなに珍しいですか)

うん。奇跡!

(自己診断の奇跡でしょ?)

でもすごいじゃん。最初のよ、でもうちょっと詰まると思ってたけど、ちゃんと言えたね。

(うん。びっくりした。やっぱし年季の違いだよね)

ふっふっふ。前世と合わせて三十年、人生経験の豊富さがものを言いました。

(ということは、私は)

人間じゃーー‼︎


喉から絞り出すような声を出して、体力的にも精神的にも限界の私に、後ろからメイドさんが抱きつく。


「姫さま……!15歳になって、ようやく挨拶ができるようになりましたね。ぐすっ、私、嬉しくって、嬉しくって……。今夜はお赤飯です!」


なんか泣いてるこの人。


そんなに私が喋れたことが意外なのだろうか。


(初対面の人相手にって所がポイント高そう)

確かに。メイドさん相手には返事するけど、ロクロは見知らぬ人だからね。


この世界の人にしてみれば。彼らは、私達が未来の殺人者と被殺人者だってことすら知らないのだ。


(っていうか、もう15歳だったんだね私)

ほんとにびっくりした。15歳って、だってこの前6歳のお披露目会をしたばっかりなのに。

(なんか今の言い方おばあちゃんっぽいよね)

やめなさい。


いかに私の今世に中身が無いか。身をもって思い知らされたって感じで……大満足。


(うふふ、昔っからやりたかったことだもんね)

せっかくお姫様に生まれ変わったんだから、たくさん贅沢しないと。


お金の浪費は二流の贅沢だと思ってる。


(私みたいな本物は違う。誰もが等しく持っていて、限度があるもの。ひょっとするとお金以上に、みんなの意識から離れないもの)


そう、時間を浪費するのだ。


作者です。主人公の前世の名前を、担任の先生に付けていただきました。がば がば子ちゃんだそうです。これからもがば子をよろしくお願いします。

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