表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/22

侵入者

悪夢のようなお披露目会が終わって数日。私はまた薄暗い自室に引きこもり、夏だと言うのに(勘、もしくは第六感)布団にくるまってごろごろしていた。


(もうあれは悪夢だったって事でいいんじゃない?ああいう感じのたまに見るし)

でも、翌日のご飯がちょっと豪華になってたのは?


抹茶わらび餅、金箔付き。


最初お皿にパック入り豆腐大の金ピカが乗っかってた時は料理人さんの正気を疑ったけど、食べてみたらわらび餅だった。


多分わらび粉百パーセントのやつだ。あの大きさのやつは初めて見た。なんと、ナイフとフォークで切り分けて食べるのだ。ぷにぷにで超美味しかった。黒蜜も破壊的に甘くて最高。どろどろ具合がもう黒蜜じゃない。なんていうか、ゲルに近い。


思わず、また食べたいってメイドさんに喋ってた。


自分でもびっくりしたけど、メイドさんはもっとびっくりした顔だった。まさか私から話しかけるとは思ってもいなかったのだろう。あんまり上機嫌になったので、メイドさんがびっくりしたところでもう一度、にっこり笑ってまた食べたいって言った。


多分これから先、私に何かさせる時にはわらび餅でつるんだろうなーと思いながらも、悪い気はしなかったりする。


にへへ……。


抹茶の味なんてどこに行ったのか、あっまあまなわらび餅を思い出してにやにやしていると、扉に異変があった。


ノックの音だ。


どことなく荒っぽい音。


(メイドさん……じゃない。あの人のノックはもっと優しい音)

じゃ、お父さん?

(ううん。あの人は多分、ノックをするという考えを持たない)

あとは……あとは、お兄さん達とか?

(それならいいんだけどね。ひょっとしたら眼鏡の弟くんかもしれない)

うわ、めんどくさそう。


ゲームの時も、私は皇帝一家の1番下の弟であるエリックの事が好きではなかった。戦い方がねちねちしてるのだ。




脳内雑談をしてると、かちゃ、とノブが回されて扉が開く。


(返事が無いのに入るとは、一体全体何やつだ⁉︎)

でも私って返事したことないじゃん。

(そういえばそうでした)


それでも一応、まだ見ぬ侵入者を警戒して布団を引き寄せながら……息を吸い込んで、いつでも叫ぶ準備を。


(あれ?最後に叫んだのいつだっけ?)

えーとね、確か前世の

(分かったもういいや)

前世の自宅のタンスの影で、黒光りする

(やめて)


危ない。危うく思い出すところだった。


城の防虫がしっかりしてるのか、今世で虫に遭ったことがない。ひょっとしたら城全体、でっかい蚊帳みたいなのに入ってたりして。



緑に塗られた重厚な扉は音もせずすーっと開いて、背の高い青年が入ってきた。


(18……いや、多分19歳)

じゃあ私は17か20。

(つまり私の総合予想は?)

17から20のどれでもあたりってこと!

(最初2つに絞ったけど、自信無くって広げた感じが見え見えだよね)

そりゃまあ、この距離でお父さん以外の男の人を見たのが久しぶりだし。まずはウォーミングアップから、みたいな?

(ってことは、次の人はもうちょっと範囲小さめに予想するのね)

いや、しないけど。


生涯ウォーミングアップ宣言!


はじめ、扉から半身を覗かせているだけだった彼は、ベッドの上でプチみのむしとなっている私を認めると、そのまますっと部屋の中に入ってきた。


(ひょっとしたらジャイアントみのむしかもしれない)

いや、大きさじゃなくて。軽くくるまってるくらいからプチって言っただけ。

(というか自分にジャイアントって形容詞をつけたくない)

そりゃそうだ。


紫がかった黒髪に、青白くて秀麗な顔。ただし不健康そうには見えず、全体的に鋭い刃のような印象を受ける。服装は……多分騎士か何かの制服。ぴかぴかの新品で、なんらかのバッヂのような物を左胸につけているところを見ると、おそらく偉い役職についているんだろう。腰には、種類は分からないけど剣を下げている。


全体的に細めの体格。顔と同じように、ひ弱そうだとか、病弱であるとかの感じはなくて、寧ろ彼の鋭い雰囲気を作り出している。背すじはまっすぐ伸びて、白い手袋をした手は指の先までぴんと張っている。


ぱっと見た感じ、真面目でイケメンな若い騎士に見える、


はず。


(でも私は知っている)

うん。遂に来たかって感じだよね。

(この世界において、私を殺す人物)

帝国を守護する四晶家が1つ、黒晶家の長男。ロクロ・パランゴンで間違いない。


(あれ?ゲーム本編だともうちょっと年齢上じゃなかった?22でしょこの人)

あのね、この時点でそこまでゲームが進んでたら、私あと1年生きられないって事なんだよ?そんな永遠の22歳って訳でもあるまいし。

(あー。そりゃそっか。何年やってても22歳だから忘れてた)


……いや、でもしっかし。ね。

(ほんと。三次元に落とし込むとこうなるんだ)


ドット絵とファンアートくらいでしか知らなかったロクロ・パランゴン。今、目の前に本物が立っている。三次元で!


三次元で‼︎


しかも若い!本編より若い!かっこいい!


(うわー。感激なう。悪役のわがままお姫様って言っても、プラス要素あったじゃん!)

いや、今のとこ生活面だけ見るとプラス要素しかないんだけど。

(三次元になっても分かるもんなんだね。しかもちゃんと美形だし)


感謝。神さまに感謝。私にだけ記憶引き継ぎを許してくれた、誰だか分からん人に感謝。ドット絵の

原作の感じを損なう事なく、街を歩くだけで十人が十人振り返って顔を見てしまうような圧倒的イケメンに昇華してこの世界に存在させてくれたシステムに感謝。


というわけで。


(どうする?拝む?)

待って!なんか話してる。


布団にくるまったままの私がじっと見つめていると、彼は気をつけの姿勢のまま何やら話し始めた。


(あ、声も良いね)

本当だ……。ロクロはこの声で主人公ちゃんを助けに来たり、赤晶や青晶の人たちとつるんだりする、んだ、ね。

(あーう、今更になって主人公ちゃんが恨めしい。別に恋愛ゲームって訳でもないのに男女比偏ったパーティで冒険しやがって)

しょうがない、戦闘ゲームなんだから。あんまり女の人ばっかり出してもなんか違うし。

(まあ恋愛ゲームでもないし、そこまで考える事じゃないよね)

でもそれ系のイベント、全部回収してたよね?

(ううーあああ、言わないで、言わないで)


それでさ、

(え?)

正直言って、金箔わらび餅と比べてどっちが感動した?

(わらび餅)


即答なんだ……。


(だってどっちが非現実的かって言われたら、人はまだおかしくないと思わない?)


原型が分からないほど振りかけられた金箔。おそらくわらび粉100パーセント、ここでしか味わえないであろう高級感。口の中でいっぱいに広がる抹茶の香りに、それら全てを破壊してなお主張をやめない冒涜的な、どろりと濁った濃い黒蜜。


料理人さんも私の好みが分かってるじゃないか。


こんな贅沢は王家でないとできなかっただろう。


「姫さま?あのー、姫さま?」


まあでも、強いと思うよ?ロクロ。


ストーリー終盤で、四晶の中では最後に加入するだけある。高い耐久、かなり速めの素早さ、そして恵まれたスキル。


通常一度の戦闘につき一回限りの絶技。射程1、防御無視、命中率100パーセントで回避は不能。通常攻撃の4倍のダメージを与える大技を、2枠スキルのおかげで何度でも放てるのだ。


短めの射程は暗殺者の定番スキルである2回移動で補って、1ターン目から7割を削る超火力をお見舞いできる。加護の配置は多少歪んでるけど、気になるほどじゃない。


ウィキも星5つで認める、大体の敵に真正面から殴り勝てるバランスブレイカーなのだ。シンプルに使いやすく、私のお気に入りでもある。


ふむ。ほんとに主人公ちゃんがムカついてきた。こいつは私を殺してまで、主人公ちゃんの味方をしに行くのか。


どこかの誰かに代わってほしーなー。


(美味しいわらび餅はどうするのさ)

あ、代行の話やっぱ無しで。


……ところで、この男は何をしに来たんだろう?


(さあ?さっきからなんか話してるし、聞いてあげたら?)

いや無理。私今から寝るとこだったし。もうまぶた落ちかけてるから。

(多分その逃げが通用するのはメイドさんくらいだと思うの)

えー?だってさ、どうしてこいつがここにきたのか全然分かんないんだけど。


目の前の彼は困ったようにこちらを見ている。


(ひょっとしてさ、私とおしゃべりしたいのと違うかな?)

そんなまさか。たかだかお話するためだけにラスボスの愛娘の元を訪れる人がどこにいるっていうの。

(そりゃまあ、機嫌を損ねたら死刑!っていう緊張感を会話に求めてる人、とか……?)

うん。自分で言っててないなって思った。


(じゃあ、殺人の下見に来たとか?)

ロクロはそんなに間抜けじゃない。

(道に迷った)

そんなに間抜けじゃない。

(間違えて部屋に入って、可愛い娘がいたから話しかけてみようとか?)

だからロクロはそんなんじゃない!


よし。


(今日はなんかもうコミュ的に駄目そうだし、一旦寝よっか)

さんせーい。


また何やら話し始めた彼を背中に、私は頭まで羽根布団をかぶった。見知らぬ人の侵入で疲れていた私の脳みそは、淡いパステルカラーの虹世界に包まれてぐずぐずに溶けていく。ごそごそと脚の位置を微調整すれば、こすれたシーツの感触が私を優しく眠りに誘う。




おやすみー。


今日は満足。


かっこいい人にも会えたし、今日もいい夢見れますよーに。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ