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大広間

天井からつり下がった、たくさんのシャンデリアで、きらきら輝く大広間。色とりどりのドレスで目が眩みそう。テーブルの周りには貫禄たっぷりのおじさん達が、グラスを片手に談笑している。


この夜会の様子を見る限り、あと数年でこの国が滅びるとはどうしても思えない……じゃなくて。


どうして。


どうしてこの空間に私がいるの?


ねえ?


大広間の一番奥、一段上がった玉座の隣に座っている私は、落ち着かなげに視線をさまよわせている。どちらの方向を向いても誰かと目が合うのだ。


そのたびに、素早く視線を逸らして、また逸らして……。それでも彼らは追いかけてくるように思える。


どこかで笑い声が聞こえるたび、自分が笑われているのだとびくっと体を震わせる。自分でも顔色が悪くなっていくのがわかる。


せめてマントみたいなのをはおれれば良かったのに。普段よりかなり豪華なドレスは、私の動作を隠すには向いてない。この際お布団でいいや。おら誰かお布団持ってこいよって祈る。


私の椅子の横には、ポップコーンの入ったお盆が置いてある。この間私が、おいしい!って言っていっぱい食べたやつだ。はちみつがどうとかで、キャラメルとかとは違う優しい甘さがあった。大広間の真ん中あたり、真っ白なテーブルクロスをかけられたいくつかの丸テーブルには、他にもマシュマロだの、ドーナツだの私がいい反応を示した食べ物が置いてある。


(ねえ、あの人どうして柴漬けが置いてあるんだってしてるよ)

そりゃ私がいい反応を示したからに決まってるでしょ。あれ意外と好きなんだよね。何個でも食べれる。いっつも甘いものしか食べないから、そのせいだろうか。

(いや、マシュマロ、鈴カステラ、柴漬けだよ?分からないって)

じゃあ、ザマアミロ。せいぜい混乱するがいい。


くっふっふ。私になんとかしてお菓子以外を食べさせようとした料理人さんの苦労なぞ、貴族どもには想像もできまい。


面と向かって笑ってやるにはいろいろと足りないけど、心の中で強がってみる。




私の食の好みは前世から全く変わりないから私がこれ食べたいって言えば済む話なんだけど、単語全然覚えられないし面倒だから、好きなものだけ食べるって方法で意思表示をしてたんだよね。


そしたらどうも野菜をあまり摂ってなかったらしく(葉っぱなら好きだけど硬いやつはあんまり)、私の食生活の責任者たる料理人さんは、次から次へと私の食卓に野菜メインの料理を並べ始めた。


ちなみに肉と魚については初めっから諦められてた。


私としては葉っぱものが比較的好きなんだけど、料理人さんの考えは全然違った。肉じゃがみたいなやつとか、煮物系とかそんなのばっかり。もっとこう、ほうれん草にかつお節乗っけたやつとか、つまとかが欲しかった。


追い詰められた彼は、白米を摂取しない私に対して漬け物を単品で出すという暴挙に出る。カステラとかドーナツとかに混じって、一皿だけ置かれた漬け物。なかなかシュールだった。追い込まれた人間のやけくそを感じた。


それがどんぴしゃだったのだから、料理を運ぶの担当のメイドさんがどんなに驚いたことか。それ以来、1週間に一度柴漬けが出されるようになったのだ。


(最近はだいぶ好みも把握されてきたよね)

本当に。ここまで長い戦いだったよ……。

(一度チョコドーナツを食べた時、次回からチョコレートが増えたのには絶望した)

私が好きなのはドーナツであって、チョコレートじゃないのにね。

(どこの誰が主食にチョコレートを食べるかって話。不健康じゃん)


ランダムで出される3〜5品の中から、自分が好きな物を選ぶ。選んだ物に応じて、次回はその結果を踏まえた3〜5品が出てくる。ってシステムのはずなんだけど、これが想像の何倍も難しい。


要は一番マシなやつを選ぶ必要があるのだけれど、料理人さんの解釈が独特なのか、私の選択が悪いのか、なかなか焼き菓子系にたどり着かなかったのだ。


一時期なんて、ほとんど絶食状態に近かった。あいつ私の甘いもの好きをどう曲解したのか、ほぼ全ての料理に芋が入るようになったのだ。


芋はもしゃもしゃするから嫌い。


注意したのは、なるべく目指す物を1ジャンルに固定すること。例えばワッフルを食べた次の日に海藻サラダを食べたりすると、料理人さんは混乱してそこまでの絞り込みが全て無に帰してしまう(割と初期段階から、私がただ1つのジャンルを求めているというのはお互いの共通認識だったように思う)。


ザラメのカステラを選んだら金平糖が増え、たい焼きを選んだら焼き魚が増え……長く果てしない戦いだった。


途中メイドさんが、どんなのがいいか料理人さんに伝言しましょうか?と言ってきたが突っぱねた。


その時にはもう、食生活を巡る私たちの手探りの対話は、私の生活の中で立派な娯楽となっていたのだ。


だってあの部屋、なんも無いんだもん。




まあどうでもいいや。それよりもなんで私がこんなとこにいるのかが問題だ。悪夢って言われたらそっちを信じる。私が大広間で晒し者になるだなんて、夢にも見たくなかったけど妥協する。


(え?まずメイドさんとお勉強しててー)

お昼食べて。

(午後はなんかセリフ練習?みたいのして)

それで、そのあと眠くなってきて。

(寝た)

うん。多分、そう……なのかな?

(だって睡眠欲には逆らわなくていいのが王族暮らしの良いところ、でしょ?)

そりゃそうだけど。


えー。


なんとなく、なんとなーくだけど分かる。


(これさ、私が調子いい日を狙ってわくわく社交界デビューー!(数年ぶり2度目)だよね?)

2度目なら復帰なんじゃない?

(いやー、はめられたね。起きたら服まで変わってるし。ほんともう全包囲って感じ)

そんな事よりこれどーする?ヤバくない?

(うん、マジでヤバイ。絶対メンタル保たないやつ)


その時、遠くのテーブルでどっと笑い声がわいて、私は体を竦ませる。


(何が追い詰められるかって、メイドさんがいないんだよね)


そう、今の私は玉座の近くの椅子の上から動けない状態。大広間の一番奥の、一番目立つとこ。本当に、誰かがなんらかの悪意を持って私を晒しものにしたいのだとしか考えられない。


ただひたすらに天井を見て(視線はそこに落ち着いた。ちょっと眩しいけど床眺めてるよりかはましな気がする。なんか消えたくなってくるから)、時折ポップコーンをつまむだけ。


考えるな、考えるな。


これならまだお父さんの膝の上でパーティーに出た時の方が良かった。


あれは何才くらいだっけ?まだ私が異世界語を何1つ理解してなかった頃の話だ。


まるで小さい子を相手にするかのように猫なで声で近寄ってくるおじさん達が気持ち悪くて、ずっとお父さんにしがみついてたっけ。


目の前から逃げるように、そんな昔のことを思い返していると、突然広間に大きな声が響き渡った。


「これより、我が娘の専属騎士叙任式を始める!」


前を警戒するのに精一杯だった私は、いきなり後ろから聞こえた大声に驚いて、背骨の真ん中まで冷たくなる。


帰りたい、帰してください、帰りたい、帰りたい、帰りたい、帰りたい。


私が悪かった。生活に変化なんて要らない。メイドさんがいて、時々お父さんが来て、料理人さんと無言のコミュニケーションがとれればそれでいいってことが十分に分かった。分かったから帰してください。


愛しい愛しい、壁のシミから机の脚の歪み具合まで寸分の狂い無く思い出せるあの私の寝ぐらに帰してください。もう一生出るなって言われたならそうする。花瓶割るなって言われたら少しは我慢する。食事のレパートリー永遠に変わらないって言われてもいい。


とにかくここから逃げ出せればそれでいいから。


顔が真っ赤になるのが分かる。ひょっとしたら真っ青かもしれない。今まで数人ごとに固まって話していた貴族のおじさん達、ドレスで着飾った女の人達は、話をやめてこっちを見てる。


分かる。私には分かるのだ。


私の位置からじゃ遠くてろくに見えないけど、その目を見れば嫌でも分かる。この広間にいるみんなの眼球がこっちを見てる。私の体の隅から隅まで解剖されるような、私の頭の上から粉々に押しつぶすような、そんな視線。


一族の厄介者を見る眼。出来損ないを見る眼。問題児を、例外を、可哀想な子を見る眼。居なくても良い3人目。史上最強の王様と、魔界最恐の邪神様の掛け合わせ唯一の失敗作。


ワタシノタマシイガ ハイッテシマッタバッカリニ


みんなが何を考えているのか簡単に想像できる。


(ほう、あの子が問題の)(ろくに喋れもしないんですって)(いつも部屋で寝ていると聞いた)(獣にも劣る知性だ)(訳の分からない呪いを唱えるとか)(精神の成長が遅いのか)(うちの子もあそこまで酷い偏食ではないわ)(意志の弱そうな目)(すぐ真っ白になって数年前と何にも変わってない)(あんなのでもやはり自分の娘は可愛いか)(弟はもう軍で戦っているというのに)(目も合わせられないようじゃ、嫁がせるのも一苦労だ)(急に呼び出されて何かと思えば)(デビューのお茶会ではすぐ逃げ出して)(座ることくらいは覚えたのか)


((((どうしてこいつは存在するんだろう?))))


こいつは何のために生きているの?こいつは誰かを幸せにした事があるの?こいつがいる事で誰が得をするの?どうしてこんなになってまでこいつは生き続けてるの?


いやだ。待って。


この考え方はやばい。2、3日そのままで頭の中をぐるぐるした後、どうしてあんな事考えたんだろ?っていうのになってまた1週間ほどぐるぐるするのだ。


(いきなり自分の存在価値がどうとかって、なんかイタイやつだよね)

うん。わかった、わかったからやめて。


お叱りは後で存分に受ける。やーい、やーい、自意識過剰!なにが、私には死しか残されていないの……⁉︎だ、ここまで存分に食っちゃ寝引きこもりを楽しんできただろうが豚が、今さら何できない事ほざいてやがるまじで鬱陶しい。


自分から引きこもっておいて、私コミュ障だからどーしよーもないのーみたいなやつほど私が嫌いな奴はいないのだ。


(よし、やめやめ。やめー!)


初めの数年の失敗くらい、この肉体には私の魂しかいないのだと気づいた時点で充分取り返せたはずなのに。


いや、ひょっとしたら私は、自分を第2人格とかバグみたいな扱いにする事で、努力から逃げていたのかもしれない。勉強は嫌いだものね、ありえる。


少なくとも本来の人格がいる間は、彼女の邪魔にならないようごろごろしてれば良かったのに。ちくしょう、どうして消えてしまったんだ。


(元からいなかったんだけどねそんなの。またゼロから言葉を覚えるのが嫌だって理由でもう1人の私を妄想するなんて、終わってる……っていうか!だから!そんな事考えてる暇ないから!)

え?

(すぐに自分の殻の中入って出てこなくなるの、自室なら使えるだろうけど大広間じゃ無理!)

ふん。ばーかばーか、大広間で、なんらかの式典で、主役が私って現状を理解したくないから自分をぼこぼこにしてるのよ!


しまった。


一瞬、意識が浮き上がって、目の前の光景が飛び込んでくる。貴族のおじさん達はみんなこちらを向いて、眼、眼、眼、眼、眼……


あ、これ無理。



そう思った途端、私は何やら暖かいものに包まれて。そこから先の事はよく覚えてない。


でもまあ、記憶に残ってないってことは、上手くやったんだろう。多分。


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