対決
静かな洞穴。
何度か曲がった先、袋のねじりきなこが半分を切ったあたり。私は洞穴の中間地点にきていた。いかにもそれっぽく一段高い台座に刺さっている魔剣を眺めながら、また袋からねじりきなこを取り出す。
……そろそろ飲み物が欲しい。
おそらく生涯で一番であろう私の大移動は順調だった。床はまるで人工物のように、多少の傾斜をつけながらも磨かれたみたいにつるつるで、おかげで私は転がるだけでここまでたどり着いた。ここまでくればもう、城の争いの音は聞こえない。
周りを見渡すと、水色に光る水晶の中から無数の私が見返してくる。常温の空間のはずなのに、不意に体温が下がった気がして、私は布団にくるまり直した。
ロクロには殺されなかった。
兵士達にも殺されなかった。
そもそも私は十数年前に死んでいる。
(結局私は、メリアにはなれなかった。売国奴の反逆者にもなれなかった)
だったら、せめて。
(私に良くしてくれた人達のために)
私に尽くしてくれた人達のために。
(私は)
滅びゆく王族の一人として死にたい。
足音がして、私は目を覚ます。手触りのいい毛布があっても、この硬い床ではよく眠れない。浅い眠りはすぐに破れ、侵入者の姿がまだ見える前から私はそちらを向いていた。
私が来たのと同じ方向から、彼らはすぐに姿を現した。
一人目は明るい茶髪。いつかの戦闘フォームそのままだけど、よく見ると端に金の刺繍が入ったり、少し豪華になってる。もう一人は紫がかった黒髪。一人目よりも背が高い。なんだかしばらく見ないうちに、少し大きくなった気もする。最後の三人目は、私が初めて見る人だった。肩に届かないくらいの明るい金髪で、目はお父さんと同じ青。三人の中では一番背が小さく、でも一番健康そうだった。
三人目が叫んだ。
「お姉さま!お姉さまがいます!初めましてお姉さま、私フローラと申しまして毎回毎回お姉さまの優しさと教養があふれんばかりの手紙を楽しみに読んでいました一読者であります!お姉さま、初めて出会ったので今までのことをまとめてお祝いさせていただきたく思いまして、まずはお姉さま誕生祝い、そいでもって次に一才誕生日、二才、三才と続いて十五才まで用意してあります是非ともお受け取りください、さらに私たちが手紙でのやりとりを始めてからもう半年ほどになるので、この場で初手紙、三ヶ月記念、半年記念をまとめてお祝いしましょう!私のこのつもりに積もった感謝と敬愛の念をただただお姉さまにぶつけるべく本日はこの場に立たせていただいております、改めまして、お姉さまの妹にあたるフローラです、よろしくお願いします!」
「ちょ、フローラ⁉︎」
茶髪の子……アンナちゃんが驚いている。黒髪のロクロは後ろから、こっちをじっと見ていた。
和やかそうで何より。
あー、ほんとにやだなー。
(そう?意外と楽しみなんじゃなくて?)
まあそうなんだけど。
私は台座に手を伸ばす。
「メリアさま。私です、アンナです。これまで私たちにたくさんのサポート、ありがとうございました。私たち、メリアさまを保護しに来たんです。王城の方の戦いはもうすぐ終わると思いますから、それまでお待ちください」
そう。私は頷いて、そのまま魔剣の方に転がった。
私は魔剣の柄をなんとか掴んで……遂に被っていた布団を捨てて、思いっきり横に倒す形で引き抜く。
抜いた途端、体に力が湧いてくる。
「あの、メリアさま?」
私はバランスを崩しそうになりながらぎりぎり上体を起こし、きええと小さく声を上げながら切先を三人に向けた。
「お姉さまなんて呼ばないで、逆賊ども。ここでミンチにしてあげる」
彼らの目に映った私の顔は、果たして意地悪く笑えていただろうか?
思えば、条件としては充分だった。ほとんど鏡ばりに近いこの洞穴に、寝台から引き離されたストレス。そして目の前に、生まれて以来ずっと羨んでいた主人公ちゃんがいるとなれば。
だから私は爆発する。
アンナと出会ったお茶会の日のように。
ロクロと別れたあの夜のように。
虹が光って、水晶に乱反射する。赤、青、黄色に紫。緑と橙、そして黄緑。色とりどりに煌めく水晶に囲まれて、まるで夢みたいな空間で。
最初の一撃は私からだった。
(とにかく切先を向こうに向けてればいいはず!)
ほんとにこれ当たるかな?
(知らないよ、私今まで手からビームなんて出したことないもん)
エフェクトはビーム違う!……いや、そういう問題でもなくて。
とにかく。
「死ね!」
≪精霊曲、剣≫
射程三、通常攻撃の八割のダメージ。ただし二度目からは、それまでに相手に当てた回数分だけ威力が上がる。前世の私のお気に入り。
(アルモンドは機械士のエキスパートだった。ポワチエは暗殺者、デミスは剣士。お父さんは祈り手でお母さんは魔法使い。なら私は?)
主人公ちゃんが専用スキルを使う以上、残った一つに決まってるじゃんね。
私の剣先から頼りなげに飛び出した緑色の精霊を、ロクロは一歩ずれただけでかわす。精霊は水晶の床にぶつかって、じゅうと音を立てて消える。
「あの、それ本気で言ってます?」
「本気も本気、超本気!ねえロクロ、考えてみて。あなた達のスキル構成を指定したのは誰?あなた達の加護を指示したのは誰?これまでの百戦百勝の作戦を考えてきたのは?敵の配置を全て記憶していたのは?正直言って私、負ける気がしないの」
(さすがに一発目から当てるのは無理だったけどね)
でも、それなら。
「≪地形変化・森≫!」
周りに蔦が生い茂る。次からは彼らの回避率も下がる。
(やろうと思えばできるもんなんだね、こういうの)
うん。私もびっくりした。
すると、本気だと分かってくれたのかアンナちゃんが飛びかかってくる。
「すいません、メリアさま!」
杖を振り上げ、短い間合いから繰り出すのは
≪木霊≫。
でも、その攻撃を私は、十五年前から知っていた。
私は≪木霊≫に使用する、葡萄の識の加護を持っている。
加護を持っているなら、回避率は八割を超える。目の前に迫る同じく緑のエフェクトを、私は魔剣ではたき落とした。
「姫さま、後ろがお留守ですよ!」
どんなもんだと胸を張った私の背後から、ロクロが剣を振り下ろす。私は慌てて体勢を崩し、そこにロクロの剣が迫るけれど……≪森への適応≫。自分のスキルで地形を変化させ、別のスキルで補正をかける。精霊術師の常套手段。私の足元の蔦が、私を動かして逃してくれる。
「え?何?戦う流れでしたか⁉︎アンナさん、ロクロさん、何がどうなって戦い始めたんですか?」
「知るかそんなもん!こいつやっぱりイカれてやがる!」
「多分魔剣が関わってるんじゃないかって思うわ」
ロクロ、それでいい。
どうせなら、王族として戦って。こんな綺麗なところで散れたら、それだけで幸せだと思いませんか?
(どういー)
剣撃をかわされたロクロの姿が急に消える。どこに行ったんだろうと探す私の頭上に現れて、
「≪二段移動≫。そんでもって絶技、破壊」
紫色に輝く剣が、私の右手に振り下ろされ、
「じゃあそれに絶技。防護」
防壁に阻まれたロクロの剣が、発した紫色の閃光を再び回収しようとする。
うんうん、知ってる知ってる。私は何度もこの場面を繰り返してきた。
再生を破るには、霜の法の加護が必要。これはもちろん、私が持っていないはずがない。魔剣が一人でに動き、紫の光は散らされてしまう。
完全に無防備となったロクロに、私はもう一度≪精霊曲≫を試みる。ロクロの持つ加護は芽の鍵、風と牧と実の樹、雪と霜の魄の六つ。≪精霊曲≫は牧の識の加護だからかなり避けづらいはず(一発目軽くかわされたけど)。
「≪強化≫、さらに目視距離で撃つため≪煌き≫、≪追撃≫これも成功でダメ四倍!くらえ≪精霊曲≫!」
「絶技、防護!」
アンナちゃんだ。
私がロクロに集中している間に、いつの間にか近くまで来ていたのだ。アンナちゃんはそのまま、杖を高く振り上げ宣言する。
「≪地形変化・煉獄≫!」
「重ねて≪地形変化・森≫!」
地形は一つしか発動できない。それを分かった上で地形依存の森型でアンナちゃんに張り合おうとしたけれど。レベルの差は今更どうしようもないのか、私の蔦は炎に焼かれて灰となる。
「そういえばアンナちゃん、どうしてここが分かったの?」
アンナちゃんは私の≪精霊曲≫を軽々と避けて言う。
「ネックレスの宝石に、探知の魔法をかけておいたんです。幸いロクロさんが城の地理をよくら知っていたので、助かりました」
「私は全然助かってない!」
絶技を失ったロクロならさほど脅威ではない。私はアンナちゃんを集中して攻撃する。
「大体なんで私を仲間にカウントしてたのあなた達は!王族って言ったら敵も敵、一番殺すべしな相手でしょうが!」
「さんざん協力してくれたじゃないですか、何を今さら。すぐに魔剣の支配から救ってあげますから」
未完です。
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