金平糖
秋の冷たい空気が、王城奥深くに位置するこの部屋にまで流れ込んでくる。
私はぶるりと体を震わせると、毛布の先をを肩の下に巻き込んで防備を整えた。首のところの隙間が、睡眠時の弱点。そこを押さえてしまえば、あとは勝手に暖かくなってくれる。
自分の支配領域である布団の中で足をぐるぐる動かして、滑らかな布に擦れる感触を味わいつつ、私は重い頭を放り出そうと、夢に向かって目を閉じる。
「おい、起きろ姉さん。今何時だと思ってる」
私は揺り起こされた。
うわー、すごくびっくりした。私が揺り起こされるのって何年振り?深いところから一気に引き上げられたせいで、頭の芯がずきずきする。
私は、目を閉じたまま乱れた布団を元に戻すと、また柔らかな枕に頭を預け、夢の世界に……
「姉さん!寝ないでくれ頼むから」
また揺すられる。
「俺だよ。第三王子のアルモンドだ」
「ん……」
「姉さんに聞きたいことがあって来たんだ。もう俺は前線に行かなくちゃいけないから、今じゃないと無理だ。頼むよ、起きてってば。……しょうがない」
言葉の意味もわからず、私が混濁した頭で動かないでいると、カシャカシャという音の後、口に何かを押し込まれた。
甘い。
口の中にものが入った状態で寝るわけにはいかない(割と寝れるけど)。
寝れるっけ?
寝れるか。
寝た。
私が目を覚ました時には、もう日が昇っていた。窓の無いこの部屋でもなんとなく分かる。気温?それとも匂い?湿度?
とにかく真昼だった。
目をぱっちり開けて、薄ぼんやりした豆電球におはようを念じて、お腹すいたなーって思って机の方を向くと、人が座ってた。
少年だ。私より若い。でも軍服を着ている。ロクロとは違う、青白い細さ。
彼は私のお気に入りな方のクッションに座り、こちらをじっと見ていた。
「姉さん、起きた?」
………………。
私はこの子に覚えが無い。
「姉さん、僕だ。弟のアルモンドだよ。6歳のお茶会の時に会ったことあるだろ?覚えてるかな?」
………………。
アルモンド……。こんな顔だったっけ?
一応知ってる名前だった。ラスボス一家の末っ子で、魔術の天才。ただし職業は魔法使いじゃない。その枠はお父さんだからね。
彼の特徴は、その多芸さ。
元々手数の多い機械士の共通スキルを最大ランクまで使うことに加え、ボスの特権でスキル枠が異常に多いせいで一ターンに三回も四回も行動してくる。
『各職業の共通スキルを最大ランクまで』で統一されてる王族一家の中では、多分一番その特性を活かせてるキャラだ。
本編ではずっとマントを羽織ってたから分からなかったけど、中身こんな可愛かったんだ。びっくり。
「えいくそ、フリーズしやがった!ほら、甘いの。甘いもの好きなんだろ姉さん。頼むからからなんか反応してくれよ」
考え事をしていた私の口に金平糖を突っ込んでくる。
うん。
甘い。
ってことはいい人だ。
私が警戒を解いたように見えたのか、アルモンドは話し始めた。
「姉さんは、俺たちにもう一人妹がいる……って話を聞いたことがないか?なんでもいい。父上と話してる時に聞いた、でもいいし、メイドが言ってたでもいい。何か知ってるなら教えてくれ」
彼は私の目をじっと見つめて、真剣な口調でそんな事を言った。
うわお。既にバレかけてたなんて。
口の中で金平糖を転がしながら私は驚く。
本来主人公ちゃんが自分のルーツを知るのは、もう一つ後のボス、つまり私たちの長男である剣士のエキスパートさんの時なのだけれど。
さすが天才児アルモンド。
というかやばい。このタイミングに本気で潰しにかかられたら、まだまだレベルの低い主人公ちゃん一行はすぐにやられてしまう。
私が溢れ出んばかりの動揺を隠そうとして黙り込んでいると、アルモンドはまた口に金平糖を押し込んできた。
「一応これは軍事機密なんだが、姉さんに言う分には問題ないだろ。既に下の兄さんが行方不明になってるんだ。四晶家の奴らが関わってるって噂もある。限られた精鋭のみで組織された、対王族用の一撃必殺部隊……みたいなもんなんだろうな。僕たちと戦う場合、たくさんいても薙ぎ払われちゃうだけだから」
また金平糖を押し込まれる。
「そいつらの中に、僕たちの妹が混じってるんじゃないかって僕は考えてるんだ。ほら、いつかの生意気な聖女がいただろ。あいつがお父さんの種を宿してたって不思議じゃない」
金平糖を押し込まれる。
「聖女とか神官って奴らは、僕たちに対して特効があるからね。それでその線を考えてたんだ。父上の血も引いてるなら、魔力も馬鹿にならん量だろう」
金平糖を押し込まれる。
「別にいるって証拠があるわけじゃないからさ。知ってたらでいいんだ。父上と食事をするのは姉さんだけだから、何か聞いてないかって思っただけで」
そう言うと、アルモンドはまた金平糖を私の口に押し込んで、私を奥の奥まで探るように目を合わせる。
私は必死に目を逸らそうとするけれど、顔の両側をがっしりと掴まれ逃げられない。
……こんなに美少年に迫られたことあったっけ?
もしかすると今私は一生で一番の幸せを味わっているのでは。
「もごもご」
でも残念なことに、何を話そうとしても金平糖が邪魔して声にならないのだった、無念。
アルモンドは諦めたように立ち上がると、私の頭を少し撫でて、テーブルの上に置いていたマントを被って扉から出ていった。
去る時に彼が残した言葉。
「上の兄さんは翼と尻尾がついて、下の兄さんは顔と両腕が見せられない。日の下に出られない僕に、頭をおかしくした姉さん……か。いつ考えても、酷い化け物一家だ」
私は声を大にして言いたい。
私の頭は別におかしくなくて、ただちょっと人と違う髪質なだけなのだと。他の人よりほんの少し室内が好きなだけなのだと。
「もごもご」
でも、私がそう返事をする前に彼は出て行ってしまった。
口いっぱいの金平糖は硬くて、どれもまだ溶けそうにない。




