友達?
十数年も経つと、人はいろんな事を忘れます。
前世の私は、こんな時どうやって話してたんだろ。全然思い出せない。
(まず会ったその日に家に案内するって経験が初めてな気もする)
多分……そう?
(そうでしょ、常識的に)
いーや、居たね。私には出会った初日から意気投合して思わず家に誘っちゃうくらいの大親友がいたはず。
(いません)
いたってことにしとこうよ。
昔の知り合いなんて誰もいないこの世界でなら、どっちだって同じなんだから。
(それもそっか。……どうせなら、前世石油王だった事にしとく?逆ハーでイケメン侍らせてー、毎日パーティーでー、みたいな)
えー?あんまり好きじゃないんだけど。
(イケメンが?)
毎日パーティー!だいたいそれができるなら引きこもってないやい。
(ほんとに救いようのない)
どうしようもない!ってところに私のアイデンティティは存在するから。それでいいの。
(アイデンティティの意味分かって言ってる?それ)
まあどうでもいいや。それより、
対人の距離感とか全然覚えてない。今まではロクロとかメイドさんとか、人ってよりかはプログラムされた物を相手にしてる感じだったけど、今度のアンナちゃんはそうはいかない。
一緒にお茶会して、初対面から友達認定で、手を繋いで歩いた仲だ。私には新たなコミュニケーションスキルが求められている。
とりあえず、白いテーブルを挟んだ向かい側、私のお気に入りじゃない方のクッションに座ってもらって、私も大きくて丸くて淡い緑色のいつものクッションに体を沈ませる。
久しぶりに動いたからか、ふくらはぎがぴくぴくしてる。そおろっと伸ばして、クッションにうつ伏せの感じで寝転ぶと、アンナちゃんがこちらを不思議なものを見る目で眺めていた。
(なんかした?私)
そりゃ人を呼んでおいていきなり寝っ転がったら、誰だって困惑すると思うんだけど。
(あー。そうだ。人がいたんだった)
で?こっからどうしよっか?あの子まだ警戒してる感じだけど。さてさて、十数年ぶりに私の友達を名乗る人類と接触する私は、いったいどんなテクニックでアンナちゃんと打ち解けるのかな?
(ふふん。私には秘策があるのです)
ほう。
(それは、『会話には相手が存在する』って事。これが心理。いつもの脳内会話と違って、今日はもう一つ脳みそが参加するの)
……なるほどね!分かった!
つまり、アンナちゃんに任せちゃおうってわけ。少なくとも私に友好の意思しかない以上、彼女から話しかけてくれさえしたら一瞬で手と手を取り合える成功100%の大作戦だ。
だから、後はアンナちゃんが話しかけてくれれば良いんだけど……
「…………」
「…………」
気まずい。
(これさ、絶対私が話し出すのを待ってるよね)
同じ作戦……同波形は打ち消し合うって事⁉︎
(知らない。まあでもあれか、この部屋に連れ込んだのは私が発端なわけだから、別におかしくはないんだ。アンナちゃんは私が何考えてんのかすら分かんないんだし)
お互いカウンターを狙ってる感じだから、ひょっとすると居合いみたいな?先に動いた方が負け!ってやつ、よく見るよね。
(つまり?)
つまり、忍耐強い方が勝つって事。
負けたー。
無理だ。始まる前から負けてる。忍耐力がもう少しでもあれば(最近は無気力さがそれに代わりつつある)、私はこんな末路を辿らずに済んだはずなのだ。
えーと、あれなんだっけ。
思い出せ、思い出せ。反乱軍のアンナちゃんにとっては、一番効くのはあれのはず。
…………。
ずっとアンナちゃんの顔みてぼーっとしてるわけにもいかないし、視線を下げる。テーブルの上にはドーナツ。
お茶会終わりからずっと考えてたことが私の頭の中で激しく点滅する。ほとんど反射で私は口を開いていた。
「ね、アンナちゃ……」
あれ?
アンナちゃんって……アンナちゃん?
(と、言うと?)
アンナさん?それともなんとか何爵令嬢?
(ああ、言い方の話ね)
さっき呼んだっけ?呼んだならどう呼んでたっけ?
あー、やばいやばいやばい2時間ぶりくらいにまた変なスイッチ入っちゃったどうしよう。
アンナちゃんって初対面の人にちゃん付けされて良しとする人だっけ?なんかこだわりあった気がするんだけど……ごめんなさいキャライベ全然記憶無いです。
正直言って見慣れた戦闘スタイルで城に単騎乗り込んでる時点で私はかなり驚いているのだ。
で。
えっとね、ここは多分初志貫徹を貫くことが大切。
(貫徹を貫く?)
え、あ?あれ?いやそこは重要じゃなくて、会話は鮮度が命って言うし、呼びかけ途中で終わっちゃってるからどうにかしないと。
(ほんとだ、やばい。何よりドーナツの事だけ考えてたらなんも抵抗感なく話せてたのに、我にかえった瞬間焦りまくる私の脳みそがやばい)
みんなそんなもん。多分。
ちゃんでいいよね?いいんだよね?
ほら一応私の方が偉いし。フレンドリーさを出したいし。そもそもなんとか令嬢ってやつ全然分かんないよちくしょう!
(昨日だか半日前だかにメイドさんに教わったじゃん。全く覚えてないけど)
何が重要かって言うと、昨日覚えた事を今日覚えてないんじゃなくて、昨日の時点で覚える気が無かったってとこ。
大丈夫大丈夫。まだ終わらない。ここからより良い人間関係を築き上げていきたいです。
なんて、私がいつも通りにぐるぐるしていると、アンナちゃんが話しかけてくれた。
「えっと……メリア様。とりあえず、助けていただきありがとうございます」
「あ、うん」
くそう。この場にロクロさえいてくれたなら、私達は完璧な演技で仲良くなれたのに。二人っきりになった途端これだよ。
不思議でならないだろうなー。
どうして助けられたかもよく分かってないはず。
だってそうだよね。私、数時間前にお茶会をぶっ壊した張本人だし。あと王族だし。反乱軍のアンナちゃんにとって、間違いなくエネミーだ。
しかも助けて部屋に匿って、その後何にも伝えずにクッションに寝っ転がってる。
やっぱりやべーやつだ。彼女はまだ、自分がどうなるのかも分からないのだ。
敵地で、半分捕まったような状況。目の前にはラスボスである皇帝の愛娘。
あれ?ロクロとどんぱちしてた時の方がまだましだったんじゃなかろうか。
でも私からしてみれば、アンナちゃんと私はやっぱり知り合いで、何百時間と共に戦ってきた戦友なのだ。
(ロクロは?)
あれはねー。ちょっと、三次元で見るときらきらしすぎてるっていうか。器用貧乏のアンナちゃんと違って真っ当に最強キャラの一角だし。
そんな事考えてると、アンナちゃんがまた口を開いた。
「それで、私はこの後どうすればよろしいのでしょうか?差し支えなければ、もう少しだけ王城の見学をしたいのですが」
「え……あー、多分それするとロクロに捕まると思う。うん」
「では安全に脱出できる方法とか、そういうのは」
そう言いながらアンナちゃんは部屋全体をぐるりと見渡す。
お茶会の会場より、数段薄暗い陰気な部屋。少し前に釘で打ち付けられた開かない窓。何十年も前からそこにあるような、てこでも動かない雰囲気が染み付いてるタンス。
天蓋付きのベッドには奇妙なマーブル模様の分厚い毛布が何枚も横たわっていて、花や絵画といった装飾品は一切見当たらない。
奥の方、窓のそばの最も暗い区域には何かがうずくまっているようにみえるけれど、あれは椅子や使わなくなった棚に花柄の布を掛けたもの。私の記憶が正ければ、ここ数年間で二倍から三倍の量に増えている。
壁紙は薄い黄色。近くでよく見ると細かな植物ベースの模様が入っている。ただし部屋が暗いせいでそこまで分からない。めげずに根気強く探すと、一部分だけ新しい壁紙に貼り替えられているのが分かる。もともと鏡があった場所だ。叩き壊してやった、ざまあみろ。
足元の絨毯は半分毛皮のようなもの。歩くだけで足を取られそうになる。週2ペースで洗われてるらしいけど、私の熟睡を狙っているのか動かされたところを見たことがない。
真ん中の白いテーブルは私の自慢だ。なんとこのテーブル、もうかれこれ数年間使ってるけど一切日焼けしていないのだ。窓を開けないのだから、陽の光で劣化しようがない。角を丸くして、高さもクッションに合わせた特注品。お父さんが、
「この純白のテーブルは北の山脈でしか採れない貴重などうたらこうたら」っていってたけどよく覚えてない。
つまりこの部屋の出入り口は、正規非正規合わせてたった一つ、私たちが入ってきた扉しかないという事。
「……扉を通らず外に出る方法は無いようですね」
うん。
ロクロが私を無視してアンナちゃんを捕まえようとすれば、多分廊下にいた時より状況は悪化してる。
でも、彼がそんな事しないっていうのは私が一番よく分かってるつもりだ。
「ロクロはきっと入ってこないから大丈夫」
「そうですか。それなら良かった。きっとが付くところがものすごーく不安ですけど、まあ、メリア様がそう言うなら」
そうなのでしょう。だよね。
私も、ロクロがクビになる危険を犯してまで(物理的にかもしれない)、護衛対象が友達だと称する不審者をとっ捕まえようとはしないだろうって願望があるだけなんだけど。
でもそんな彼は数年したらその護衛対象たる私の首を斬るのだ。
こんな仕事いつでも辞めてやるって思ってるのかもしれない。
……不安だなあ。
そんでもってあれだ。ドーナツだ。
ロクロのこと考え始めてぐるぐるしてた思考を強制終了。危うくまた頭痛くするとこだった。(考えてみれば、私の部屋に私専用のギロチンが置いてあるようなものだ。思ってる以上に切実な気がする)
お茶会で大判焼きを差し出された時思いついてから、ここまでたどり着くのにどれだけ時間をかけたことでしょう。
でももうすぐだ。どうせアンナちゃんはロクロに睨まれてるからしばらくはこの部屋から出られないし、そんなら私の目的に付き合ってもらおう。
「アンナちゃん、ここにドーナツがあるでしょ?」
「はい。ありますね」
アンナちゃんはいきなり何を言い出すんだこいつって顔でこっちを見るけど、私は目標があると強気に出られる人間だ。
さっき散々悩んだ呼び方すら、もうなーんにも気にならない。部屋を飛び出した時点ではこんなふうに繋がるとは思ってなかったけど、今となってはドーナツのために助けたのだと確信がある。
「ドーナツをいい感じに焦がすことってできる?」
「え?……まあ。一応」
よしきた!
そう。基本的に私のご飯は、この部屋に運ばれてくるまでに冷めてしまっている。でも、アンナちゃんなら炎系のスキルを使うことができる。大判焼きが熱かった時にちょっと違和感を感じたのだけれど、やっぱりそうだった。
アンナちゃんは、自分のスキルで物をあっためられるのだ。
さあ、リベークだ。確かリベークで合ってた気がする。違ったっけ?
どうでもいいや。
前世ではドーナツをオーブンでちょっと焼いて、表面をかりかりにしてから食べるのが好きだった。
ドーナツ次第だけど、よく買ってた百円の袋詰めのやつはそれがどんぴしゃりだったのだ。
なんか似てる気がするし、いつも食べてるこのドーナツもいける気がするんだよね。