第7話『氷弾審判-1』
「あなたはあのときの……。どうしてここに……?」
「すまない、ゆっくり話している時間はないみたいだ。君はここで待機していてくれ。ここなら雹のダメージを受けることはない。できればパーティーにだけ加入しておいてほしい」
アーチの下は雪も届かず、敵も先ほどのドラゴンのみで襲われる危険性もない。
パーティーの申請を承諾し、画面左上に表示されている自分のHP、MPバーの下に新たに情報が追加される。自分のステータスより一回り小さいHP、MPバー。それぞれ緑色、青色のバーの上に白い文字でオルト、と名前が、850、とレベルが表示される。
「でも、あなたは……?」
「俺は彼らを助けに行く。詳しい話は全員が揃ってからだ!」
黒髪の青年、オルトはカバンから朱色の液体が入った小瓶を取り出し、飲み干す。HPバーの下に持続回復の効果を示すアイコンが表示される。オルトは岩のアーチから飛び出そうとするが、先ほどから追ってきていたゴーレムたち六体に行く手を阻まれる。
「君たちの体力、使わせてもらうよ。『ヘヴンズライト』っ!」
オルトを中心として空を穿つように光が伸びていく。六体のゴーレム全てをその光で包み込み、光が消えたときに立っていたのはオルト一人だけだった。彼のHPバーは三割が白く染まっていた。黒はダメージを受けて減ったことを表し、白はダメージを吸収するシールドの量を表す。三秒毎に降り注ぐ雹を受けても先に白のゲージが削られる。このエリアに対しての万全の対策をし、オルトは雪原を駆け抜けていった。
「はあ……まさかこんなことになるなんて……」
三人は雪原を一直線に駆ける。自分たちの後ろを追いかけるゴーレムを尻目に神官の少女は呟く。
「リジェネもあと十秒、次に使えるのは七十秒後か。ステージギミックは三秒に五パーセント削ってくるから回復できなければ六十秒で私たちは死ぬわね……」
「いやいや、回復してくれよ? じゃないと俺ら死ぬんだぜ」
「そうしたいのは山々だけど回復するときには詠唱で立ち止まらないといけない。いくらこのゴーレムが鈍足でも雪で移動速度が落ちていたら振り切ることもできないし、詠唱に失敗したら間違いなく一発で半分以上は削られて死一直線よ」
「俺は暗殺術の技能のおかげで移動速度は落ちないけどな。ちなみにレベル200代のお前らと違って俺は一発で即死だ」
親指を立て、ドヤ顔で言い張る短剣使いの男。
「なら、あんただけ先に走って逃げたら?」
男はそれを聞いてぶんぶんと首を振り、親指で後ろのゴーレムを指差す。
「いや、話聞いてた? 俺、この岩野郎に殴られたら即死。しかもずっと初心者向けのエリアばっかいたからアクティブモンスターの警戒範囲とかわからねえんだよ……って今思えばあいつ、俺よりレベル低いのによくアクティブモンスターに対応できたよな」
「それには私も驚いたわ。あのレベル帯ならアクティブモンスターなんて見たことすらないはずなのに、全て完璧に避けるなんて……」
作業のように目の前のゴーレムたちを避け、新たに追手を増やさないよう的確に逃げていく。彼女の走るルートをついていくだけで若干の余裕があった男は周囲を見回し、異常な光景を目にする。次々と何もない場所から生まれるゴーレムたち。二秒に一度は新たに出現している。
「なあ、こいつらさっきから湧きすぎじゃないか?」
「こいつらは死ぬとすぐ別の場所でリスポーンするのよ。たまに狩場として使っている人もいるみたいだけど、この復活の早さは乱獲しまくっているやつがいるみたいね。レベル425前後のこいつらを一瞬で狩れるやつなんて今、このエリアには一人しかいないわ」
「オルト……なんで最前線のお偉い様がこんなところまで来てんだ?」
「そんなの私が知りたいくらいよ。ひとまず今は何としても生き延びないと……。せっかくここまで来たって言うのに死んで街に送られるなんて御免よ」
「同感だ。俺も街に戻れねえ用ができちまったからな」
二丁の銃を腰に下げた少女も頷く。
「リジェネも切れて体力は半分、か。ってねえ、あれ……」
少女が見ているその先には青白い球体がぽつりと佇んでいる。それが誰かは三人ともわかっていた。真っ先に彼の仲間である男が駆けつけ、その魂の前でしゃがみ込む。
「相棒……! なあ、蘇生は使えねえのか?」
「リザレクションのクールタイムは五分よ。そんなほいほい使える物じゃないわ。それに、使えたとしても詠唱時間は十秒、こんなところで呑気に蘇生なんてできないわ」
「くそっ、相棒……見捨てるしかないのか」
がっくりと膝をつき、拳を強く握りしめる。男はその怒りの拳を地面に振り下ろす。雪が舞い上がり、雹が虚しく男のHPを減らしていく。
少女が銃を取り、男に向ける。
「え、スゥ、どうしたの? まさか……。あんた、避けなさい!」
発砲された銃弾は男の背に立っているゴーレムに向けられたものだ。男を助けるために撃った弾丸のはずだが男が避けなければその銃弾は彼を貫いている。
「え? うおっ、危ねっ!」
自分に向かってくる弾丸を間一髪で躱し、銃弾はゴーレムの右足に直撃する。しかし、ゴーレムの体力は一割ほどしか削れていない。レベル200の差は絶大だ。
「けど、スゥ、今のであなたの方が……!」
彼女は銃を撃って静止した状態。男は助かったもののそれだけの隙を晒せば後ろのゴーレムには追いつかれる。危ない、と言い切る余裕もないほど事態は深刻だった。このままだとゴーレムが腕を振り下ろし、HPを全て消し飛ばすだろう。
もしも、この状況から救ってくれる人がいるなら助けてほしい。そんな心の声に答えるように男の声が聞こえる。
「――『ソニックアサルト』っ!」
剣の突進。あまりの速さにどこから現れたのかわからなかった。雪はその突進の影響で彼から逃げるようにして舞い上がる。追いかけてきていたゴーレムは一匹残らず葬られている。
「オルト……!」