第4話『永久凍土の初心者狩り-2』
結界が展開されそこで二人の攻撃を受け続ける一人の少年。その状況を森の入口の方向から遠い場所で二人の少女が見ていた。
「おお、やってるね。初心者の子一人に対してレベルが少し上の初心者……いや、PSは中の上かな? にしてもあのレベル差でよくあの子耐えてるなあ……」
結界の中で戦っている三人の体力が緑色のバーで表示されている。襲っている二人のHPは未だ七割程度。対して襲われている少年のHPの変化には驚くことが起きていた。二人の攻撃を受けて二十秒程度で一割まで減るのだがすぐに全回復しているのだ。
白い神官服を着た少女は隣に立っている赤髪の少女に裾を掴まれる。
「スゥ、どうしたの?」
スゥと呼ばれた少女は装着していたゴーグルを額に上げ、自分の目を指差す。
「目……? ってあれ、オッドアイってキャラメイクにあったっけ……? いや、あれってもしかして装備……?」
言葉を話さずとも意図を汲み取ったようであの目について考える。
「どこかで見たような……」
半年前、ギルド解散の前日だった。ギルド『アイン・マイスターズ』の拠点は風鳴きの丘の我が家だった。家の隣に海を一望できる展望台のような場所があった。そこでギルドマスターと二人で話していた。
「ねえ、ノアくん。最後に君に渡しておきたいものがあるの」
最後。何の前触れもなく告げられたその言葉が胸を締め付ける。
「最後って……マスターはどこにも行ったりしないですよね……?」
「……ごめん、ギルドは明日で解散することにするよ」
「な、なんでっ……!」
ここは心安らぐ自分の居場所であり現実世界とは違うもう一つの『家』だ。その家が急になくなることを知って落ち着けるはずもない。
「元々、決めていたんだ。誰か一人が欠けたらギルドは解散する。そしてギルドを解散するときは私もこのゲームを辞めるって。『アイン・マイスターズ』は十五人みんながいないと成り立たないから」
「マスター……」
「そんな悲しい顔しないでよ。次は君が居場所を作る番。そうだね……まずは友達を作ってみるとか。まあ、ノアくんなら自然にできそうだけど。はい、これ受け取って」
トレード申請を受ける。申請を承諾し、今までの感謝の気持ちとして渡す金貨の枚数を『39』に設定する。
「ふふっ、サンキュー……か。ノアくんのその優しいところは変わらないね」
受け取ったアイテムは『黎明の魔眼』。深紅の光彩をしたこの眼球はどこか妖しげな雰囲気を醸し出している。アイテムの種類は装飾品でレアリティは七つあるうちの一番上の伝説等級だ。このレアリティのものは世界にただ一つしか存在しない超希少な装備だ。
「マスター、これは……?」
「伝説等級の素材から作った黎明の魔眼。ノアくんって戦闘技能のレベル低いからレベル制限がついているものは渡せなくてね。そこでレベル1からでも装備できるこれを渡したの。なんでも、持ち主の成長度合いに応じてステータスが増加するらしいよ。レベルが上がっても腐ることがない一生使える装備、大切にしてね」
さっそく装備してみる。ステータス画面に映る自分の左目が深紅に染まっている。装備するとマスターがボクの両肩を掴んで至近距離で目を凝視する。マスターの目に大きく外見が変わった自分の姿が映っている。
「うん……うん! 超絶似合ってるよ! もし、戦わなければいけないときが来たらその目の力、存分に使ってね」
あのとき、もっと引き留めていればギルドもなくならず、マスターもゲームを辞めることもなかったはずだ。と、思い出すたび後悔する。
だが、これをくれたマスターの願いにも応えなければいけない。戦わなければいけないとき、きっとそれは今だ。
赤く染まった左目を押さえる。今こうして大きく離れたレベルの相手と互角に戦えているのもこの目と生活技能のおかげだ。体力が一割に近くなったのを確認すると右下に設定されたショートカットから『テラポーション』を選択する。体力回復は瞬時には行われない。三秒程度の時間をかけて徐々に回復していくものとなっている。そのはずだがポーションの中でも上位に値するこのテラポーションは絶大な回復量を誇る。一秒も経たないうちに全回復し、その後攻撃を受けても残りの二秒の間なら瞬時に再生する。これがレベルマックスの生活技能『錬金』で制作したポーションの力だ。
回復終了後、ショートカットに登録されたアイテムの欄を見る。先ほどアイテムを使用した影響でテラポーションのアイコンには『7』と表示されている。これは次にテラポーションが使えるまでの時間だ。その間に死ななければいくらでもこのポーションで回復できる。
「おい、タップス! アイテム使用不可のスキルはまだか! さすがに十秒じゃ俺たちの火力で削り切れねえぞ!」
「さっき使ったばっかだよ! それに、アイテム使用不可の状態異常をかけても五秒しか増えねえ。一分かけてようやく一割ってのにどうやって十五秒で削り切れるんだよ!」
「チッ、ホントにレベル35か……? レベル200、いやレベル300を相手にしてる気分だぜ。クソッ、アイテム切れを狙うしかねえか……。タップス、俺たちのポーションはあといくつだ。俺はあと二個だ」
「俺はあと一個だよ。元々勝ち戦しかやる気なかったから回復アイテムなんざ買ってねえって。後はあいつがいくつ持っているか次第だな……」
ひそひそと作戦会議をする二人。斧使いの男が前に出て質問する。
「なあ、少年。お前、あといくつポーション持ってるか教えてくれねえか?」
「バカか、お前そんなこと聞かれて正直に答えるやつがいるかよ」
「あといくつ……? えーっと……」
右下に登録されているポーションの個数を見て素直にその数字を読み上げる。
「あと985個……です」
「…………は?」