第3話『永久凍土の初心者狩り-1』
穏やかに振るも永遠に止むことのない雪。極寒の地に咲く花はなく、葉の代わりに枝に氷柱をぶら下げた木々が並ぶのみ。『フロストフォレスト』、推奨レベル225。森全体を一望できる崖の上から二人の男が双眼鏡で森の入口を見ていた。胡坐をかいて見ていた赤い金属鎧に身を包んだ男は言う。
「……なあ、タップス。本当にこんなところに初心者が来るのか? 俺たちのレベルは81、対してここのエリアの推奨レベルは225だ。来るとしても200超えのプレイヤーしか来ないんじゃないか?」
「だからここに来たんだぜ相棒。あと、お前はレベル81かもしれないが俺はレベル82だ。いいか、俺たちが狙っているのはレベル200付近のソロプレイヤー、もしくは六人以下の低レベルプレイヤーだ。200超えのソロなら俺たち二人でかかれば殺れるし、低レベルなら言わずもがなってやつだ」
「そう上手くいくもんかねえ。大人しく推奨レベル30のエリアで初心者狩りしといた方が楽しい気もするけどな」
「それもいいがいまいち戦闘に手ごたえがないから飽きちまったんだよ。絶対に勝てる戦いよりもやっぱ勝つか負けるかの戦いの方が好きだわ俺」
「ま、どんな強敵が来ても俺たち二人ならなんとかなるだろ。頼りになる相棒ガラハド様に任せておけって」
金属鎧の戦士ガラハドはニッと歯を見せて親指を立てる。
「おお、言うねえ。じゃあオルトが来たらお前に任せるわ」
「おいおい、ランキング一位はさすがに勘弁してくれ。いくらタンク系のスキル取ってるったって五秒も持たねえよ」
「はっはっはっ、来るわけねえだろあのランキング一位様がよ。あいつは今頃最前線で戦っているんだろうさ。出会うことなんて万に一つ、いや憶に一つもないね」
「じゃあ、兆に一つはあるかもな。……ん、おいタップス、あれ見てみろよ」
「お、なんだ? あれは……なかなかかわいい外見してるけど男か……? 装備からして初心者も初心者だな。こっからステータス見れるか……?」
タップスは双眼鏡を覗き、森に入ってくる少年にカーソルを合わせる。すると、画面中央上に情報が表示される。
「お、見れた見れた。えーっと、ノア、レベル……35だってよ!」
「おいおいマジかよ、絶好のカモじゃねえか。なあ、タップス、もちろん……」
「へっ、殺るに決まってんだろっ!」
二人は双眼鏡をしまって山を駆け下りていった。
雪に覆われた森を一人で歩く。ここが第二の採取ポイント、フロストフォレストだ。こんな気候だというのに木々の横では牛のようなモンスターが気持ちよさそうに眠っている。氷角の闘牛、レベルは226だ。自分のレベルの何倍もあるモンスターだが攻撃しなければ襲ってくることはない。
「ひとまず目的の採取場所まで行かないとね……」
奥に進んだところにある青い木から蜜を取って冒険は終了だ。後は自宅に戻ってアイテムを制作したり捕まえたモンスターの世話をして一日を過ごす。いつものように何事もなくこの世界でスローライフ生活を送る予定だったのだが。
「へい、そこの少年、止まりな!」
「えっと……あなたは?」
目の前に現れたのは赤い鎧を着た高身長の青年、そして話しかけてきたのがやや低めの黒いフード付きローブに身を包んだ青年だ。それぞれ斧、短剣を構えて戦闘態勢に入っている。何やら嫌な予感がする。
「俺たちさ、実は初心者狩りってのをやっていてな。それであんたはレベル、装備を見るに初心者ってわけだ。あとは……わかるよな?」
「……っ! 『ハイド』っ!」
戦闘技能『暗殺術』のスキル『ハイド』で姿を消す。戦闘から逃げるためだけに習得したこのスキルは闇に紛れて相手に気づかれずに移動することができる。ハイド中は移動速度が低下するが、暗殺術のパッシブスキルの効果で軽量の防具と短剣を装備していればそのデメリットを無効化できる。
「へっ、ハイドしてても完全に見えないわけじゃないんだぜ。そこだ! 『シャドウクナイ』っ!」
短剣使いの男は手に持っている短剣とは別に腰から投擲用のナイフを取り出しこちらに向けて一直線に飛ばす。飛んでくるナイフを避けられず被弾する。
戦闘経験の浅いボクでもあの技は知っている。ボクが習得している暗殺術のスキル『シャドウクナイ』だ。短剣を扱う暗殺術において数少ない遠距離攻撃スキルの一つ。被弾した対象は三秒間『移動不可』の状態異常が付与され、移動系のスキル及び移動ができなくなる。本来、威力が低いスキルのはずだがこのレベル差だ。一撃を受けただけで左上に表示されている体力の一割が黒く表示されている。
「さあ、お前は三秒間動けないぜ。ここで暗殺術の先輩から一つ教えてやるよ。ハイドは逃げるためじゃなく敵を殺すために使うもんだってことをよ! 『ハイド』!」
男の周りに黒い霧が発生し、男は目の前から姿を消した。まだ相手との距離は離れている。この移動不可が解除される三秒後に全力で走れば逃げ切れるか。あと二秒、一、今だ。一歩踏み出して走り出そうとしたときだった。
「悪いが逃がすわけにはいかないんでね。ここで俺たちと戦ってもらうぜ……『決戦結界』」
もう一人の男が斧を地面に突き立てると男を中心に青白い結界が展開される。その結界の壁に阻まれ走っても進むことができない。
「この結界には俺、ガラハド様とハイドしたタップス、そしてお前さんの三人だけだ。俺を倒さない限りお前は三十秒間この結界の中に拘束され続ける。逃げは無しだ、せいぜい足掻いて死んでくれよ!」