第2話『それは交わるはずのない出会い』
推奨レベル30の風鳴きの丘を出て、推奨レベル40、50と転々とエリアを移動する。そうして到着した場所は推奨レベル60、白離の森。辺りを囲む木々の葉にはまだ溶け切っていない雪がちょこんと乗っている。
「……じゃあ、今日もお願いします」
自分の何倍も大きく、自分がこの世界に誕生するより前からここに根を生やしずっとこの世界を見守ってきたであろう大樹。その大樹の前で手を組み神に祈るシスターのように願う。数秒の間祈り、大樹の根元の葉を掻き分ける。
「白離の葉が三十、白離の枝が二十八か。三十ってなかなかいかないんだけどもしかしたら今日は運がいい日なのかも……」
生活技能『採取』。その名の通り草木や土、砂から素材を手に入れやすくなる技能だ。これがなくても素材を入手することはできるが技能を取っているのと取っていないとでは大違いだ。採取技能を持った人がニ十個獲得するのに対し、採取技能を持っていない人は一個、最悪の場合は獲得できないなんてこともあるほどだ。
「よーし! このまま流れに乗って次のエリア行ってみよう!」
次に向かう場所は『フロストフォレスト』。ここからさらに五つエリアを進んだ場所にある雪に覆われた森だ。推奨レベルは軽く200を超えるがこの辺りには好戦的なモンスターはいないのでこちらから攻撃しなければ襲われる心配はない。
一エリア移動するのに全力ダッシュで約七分。体力が尽きる心配はないので安心して走っていられる。それからニ十分ほどのことだ。森を出てちょうど半分移動したところで立ち止まる。飛んで登れる高さの段差を三段越えた先は家の草原よりもやや緑が濃い草原が左と前に広がっている。右側は海が広がっており高い崖となっているこの地から海を一望できる。
「これは……」
いつもと変わらないルートを通ったつもりだったが、そんないつものような景色は広がっておらずこの広がった草原にぽつんと小さな砦のようなものが建っていた。石でできた壁はところどころが綻び、砦の一番上に刺さっている旗の旗地は何が描かれていたのか推測できないほどに敗れている。
その砦の周りにはアルマジロのようなモンスターが日の光を浴びて休んでいる。小さい体、つぶらな瞳、その可愛らしい外見とは裏腹にレベルは240。このエリアの推奨レベルが170で、軽くそのレベルを超えている。
「もしかしてこれ……」
砦の壁に触れる。水色のウィンドウが表示され、白い文字で表示される。小城。所有者――未登録。
「こんなところに小城なんてあるんだ……。でも、これだけ開けた土地ならすぐに見つけられそうな気もするけど……」
砦の壁をよじ登って旗の刺さっている場所から辺りを見回してみる。そこから見えたのは草原とその向こうに森が広がっている景色だけ。海が広がっている一方向を除いて三方に似たような景色が広がっている。どの方向も三段の段差を越えなければこの台地に入ることはできない。だが、ここはエリアの一割も占めていない。この森に囲まれ、さらに他のエリアを見下ろせる高さのこの地を見つけるのは至難の業ということか。
「なるほどね。じゃあ、せっかくだし登録して行こうかな。特に倉庫とか土地に困っているわけでもないけど」
「――確かこの道を左だったかな。Ver2.0が公開されてからずっと第二大陸の方にいたからなあ……。一番最初の街から西なんて行ったこともなかったよ」
ネットで入手した幻獣ユニコーンの位置が記された画像と半分以上が黒で塗りつぶされた未完成のマップを照らし合わせながら歩いて行く。一度行った場所は自動でマップに書き込んでくれる。最初の街から行ける道は東西南北と分かれているが先に進むのであれば南の道しか通らない。このゲームのβテストに参加していたこともあってその情報を事前に入手していた俺はゲーム開始から約一週間ほどで次の街に辿り着き、最前線組への加入を果たした。
戦闘技能を四つのうち剣術、武士道、格闘の三つをレベルマックスまで上げたが残りの一つ、審判の技能だけはレベル100。中級者と変わらない程度のレベルだ。このゲームは敵に明確な経験値は設定されておらずスキルを使うことでその技能に経験値が入るようになっている。その経験値の獲得量は技能のレベルと実力が近い敵と相手することで増加する。つまり、今の審判のレベルを上げるには初心に返って初心者から中級者辺りの敵と戦わなければならないということだ。
「技能のレベルでステータスも変化するし今後のことを考えるなら使ってこなかった審判のレベルを上げないといけないか。まあ、それも幻獣巡りでもしながらのんびりとしようかな。みんなにはまだまだ追いつかれないだろうし」
推奨レベル170のエリア『グリーンプラトー』を越えて次のエリアの森に入ろうとするがその横にジャンプで登れそうなほどの段差を見つける。
「今日は時間に追われることもないし寄り道してみようかな。……よっと」
高く跳躍し、一飛びで三段の段差を飛び越える。戦闘技能にはそれぞれ条件を満たせば常時発動するパッシブスキルがいくつか設定されている。今回のこれは格闘技能のパッシブスキル『跳躍』の効果だ。軽量防具を着ているならジャンプ力が上昇するようになる。
「ってあれは……!」
三方向に広がる草原の中央に寂しく建っている二階建ての廃墟の城。間違いない、あれは。
「小城……そういえば今日が出現日だったか。小城は二つ持っているけどどっちも向こうの大陸の方だし、こっちで一つは欲しいと思っていたところだったんだ。よし、さっそく登録しに行こう……ともう既に先客がいたか」
頂上に旗の場所に登って辺りを見回す銀髪の少年。白い布地の上に紺青色の衣を纏っている。装備から察するにアサシン系の初心者プレイヤーだろうか。ただ、見た目の装備だけを変えて実は凄腕のプレイヤーという可能性もある。その少年がこちらを見たところで互いに目が合う状況となった。
首を振って余計な考えを捨てる。彼が何者かはさておきこの小城はできれば欲しいがその権利は先に見つけた者にある。断られるだろうがダメ元で交渉してみよう。
「こんにちは、君がこの小城を見つけた人かな?」
「こんにちは。えっと……そうですね」
「実は君と交渉したくてね。ダメなら全然断ってくれても構わない。その小城を譲ってもらえないだろうか。もちろん、それに見合うだけの素材、お金、アイテムなどを提供するつもりだ」
それだけでも譲ってもらえないのが小城だ。本来、多額の金貨を払って買う土地を小城なら見つければただで手に入るのだ。立地次第では金貨何億枚という上位プレイヤーの所持金を軽く超える額で取引されることもある。
当然、そんな素材やアイテムごときで譲られるわけもない。少年の答えは交渉する前からわかっていたことだ。
「いいですよ」
「ははっ、やっぱりダメか。じゃあ、俺はこれで失礼することに……え? 今、なんて?」
交渉に失敗しても逆上して相手を不快にさせないよう笑顔で立ち去ろうとするが、思っていた回答と百八十度違ったような気がして途中で振り返るのを止める。そして、彼はもう一度、まるでそれが彼にとっての当然だと言わんばかりの表情で言った。
「え……だから、いいですよって」
「え、えええええっ! 本当かい? だってあの小城だよ? それを譲るなんて……」
少年は小城のてっぺんから飛び降り、俺の目の前に着地する。
「別にボクには必要ありませんので。それに、必要な人にあげた方が有効活用できるじゃないですか」
それを聞いて間違いではないとわかり、譲ってくれたことに感謝し深く頭を下げる。
「そうか……わかった。本当に感謝するよ、ありがとう。それじゃ、約束通り何か渡さないといけないな……何か欲しいものはあるかい? レベル700帯の素材とか金貨も一億程度なら手持ちで持ってるからすぐに渡せるけど」
「じゃあ、あの子を貰ってもいいですか?」
指を差された先にいるのは三体のアルマジロのような動物たち。名前は『タイニーストーン』、レベルは240だ。
「あの子……ああ、テイムか。全然構わないよ、護衛はいるかい?」
「いえ、必要ないです」
テイムということは彼は捕獲の生活技能を持っているのか。テイムはモンスターを捕まえる行為のことでテイムにかかる時間は捕獲技能のレベルとモンスターのレベルの差によって変化する。捕獲技能レベル100でこのレベル240のモンスターを捕まえるとするならば所要時間は三十分といったところだろうか。その時間の間は他のスキルが使えず、無防備な状態で攻撃をずっと受け続けることになる。
三体いるから計一時間半か。小城を譲ってもらったのだ、予想より長くなっても何時間でも待つ覚悟だ。
「ふう、お待たせしました。終わりましたよ」
小城の設定をしていると背後から声をかけられる。
「……ん、ああ、終わったんだね。お疲れ様――え? いやいやそんなはずは……」
恐る恐るモンスターの名前を見る。通常、敵対関係にあるモンスターは赤い文字で名前が表示されるがこのモンスターは友好関係を示す緑色になっている。どうやら本当にテイムを終えたらしい。
「じゃあ、みんな先に帰ってて。……あ、その、ありがとうございました」
タイニーストーンたちはひとつらに並んで森の方へとことこと走っていく。
「い、いや、礼を言うのは俺の方だ。本当に感謝しているよ。あ、そうだ。よかったらフレンドにならないかい? もし、困ったことがあったらいつでも呼んでくれて構わないよ」
「あ、ボクでよければいいですよ」
少年にカーソルを合わせてフレンドを申請する。申請してすぐにフレンドが追加されたと通知が来る。メニューからフレンドを開いてフレンド一覧を確認する。どうやら無事フレンドになれたようだ。その追加されたフレンドの名前とレベルを見て驚く。ノア、レベル……35。
このレベルであの三体を一瞬でテイムした……? いや、それよりもこの名前。まさか……。
「では、ボクは用事があるので失礼しますね」
「あっ……」
引き止める間もなく少年はテイムしたモンスターとは全く逆方向の森に進んでいった。