第19話『黎明の開拓者』
「――まずはじめにお詫び申し上げます。私の意思ではないとしても皆様を傷つけてしまいました。世界を守る六幻獣の一人として恥ずかしい限りです」
「えっと……どういうこと?」
彼女が口を開けば開くほど新たな情報が入ってすぐに理解できない。
「そうですね……何から話すべきでしょうか。私たち六幻獣はこの世界を『災厄の化身』から守っているということはご存知ですか?」
「いや……って、むぐ――」
「おう、知ってるぜ!」
質問に答えようと口を開くがタップスに手で口を覆われて掻き消される。両手でタップスの手を引き剥がしてこそこそとタップスに耳打ちする。
「ちょっとタップス?」
「バカ、こういうのは大人しく頷いておけばいいんだよ。下手に聞けば話が長くなるかもしれねえだろ。ま、要は災厄の化身さんって悪者がいてそいつから世界を守っているっていう設定なんだよ」
肩を組み、ユニコーンの少女アニスに背を向けてタップスが小声で返答する。
「そんないい加減な……」
「俺たちにとっては災厄の化身なんてどうでもいいだろ。ゲームなんだからいい加減でいいんだよ」
「……あの、どうかしましたか?」
そんなボクたちを見てかアニスに声をかけられる。
「い、いや、なんでもない……よ」
「そうですか。それで、災厄の化身から世界を守っていた私たちですがある日、六幻獣の一人、闇の幻獣ファフニールの体に異変が起きました。突然、ファフニールは自我を失って暴れ始めたのです。私たち五人の幻獣はファフニールを抑えようと戦いましたが止められず、皆、ファフニールと同じように自我を失って各地に散らばったというわけです」
「なるほど……他の幻獣もさっきのユニコーンと同じように暴れているということか」
オルトが頷いて納得する。アニスが近づき、ボクの手を取る。彼女の額から伸びている角の先がボクの頭上にまで到達しているほど距離が近い。
「危害を加えた上にこのようなお願いをするのは図々しいかと思いますが……マスターの力で私と同じように他の幻獣たちを助けてはいただけないでしょうか?」
彼女が言い終えると画面中央にウィンドウが現れる。そこには『六幻獣の救出』というタイトルが表示されており、その下に『クエストを受注しますか?』という質問がはい、いいえの二択と一緒に表示されている。
「これは……クエスト?」
「隠しクエストだね。ある条件を満たせば受注可能でまだ発見されていないクエストも数多く存在するんだ」
それを聞いて隣に立っているオルトが解説する。
「ユニコーンをテイムして発生ってことは世界にたった一つのクエストじゃないか。すげえな……!」
ガラハドも興奮している。皆、ボクの手を見てどちらの選択肢を選ぶか期待している。アニスも目を輝かせてボクの返答を待っている。
滅多にこんなチャンスは訪れないことは隠しクエストに初めて出会ったボクでもわかる。ガラハドの言った通り世界に一人しかいない彼女をテイムしてこのクエストが発生したのだから。オルトのように強ければ深く考えずに頷ければいいのだがどうもそう簡単にはいかない。だが、この雰囲気で断れる勇気は持ち合わせていない。
「……わかった。一人でどこまでやれるかはわからないけど頑張ってみるよ」
隠しクエスト発見で盛り上がっていた場の空気が一気に静まり返る。
「……あれ?」
右と左を交互に見る。一瞬、ゲームが止まっているのかと思ったがタップスの言葉でそうではないと確信する。
「何が一人だよ、俺たちを忘れるんじゃねえぞノア! 俺たち六人で、だ!」
「ああ。俺たちは仲間だろ、遠慮なく頼れよ」
「そうよ。テイム中のあなたなんて無防備なんだから一人じゃ無理でしょ」
ガラハド、セラフもタップスに続き、スゥもセラフの隣で頷いている。
「でも、みんな用事とかあるだろうし……それに、オルトはギルドマスターだから……」
目が合うとオルトは空中で手を動かしている。こちらからは見えないがウィンドウを操作しているのだろう。数秒してその手の動きが止まる。
「――今、ギルドマスターを譲って抜けてきたよ」
「えっ……そ、そんな無責任な……」
オルトは笑って首を振る。
「はははっ、元々俺もこんな風にギルドマスターを譲られた身だ。近いうちにギルドマスターを降りるつもりでいたんだよ」
オルトはボクの肩に手を乗せる。
「それに、幻獣をテイムするっていうのは俺が言い出したことだ。それで隠しクエストが出現したなら協力しないわけにはいかないだろう。君のギルドなら楽しいことが待っていそうだし」
「え、ギルド……? ボクが作るんですか?」
「ああ。俺以外のみんなはギルドに入っていないみたいだし、これから協力していくならギルドはあった方がいいんじゃないかな」
「でも、それだったらギルドマスターをしていたオルトの方が適任じゃ……」
「いや、元々俺たちはノアを通じて集まったんだ。それに、幻獣の隠しクエストを受けられるのもノアだけだ。十分ノアの方が適任だと思うよ」
「おう、俺もノアの方がいいと思うぜ」
「賛成ね」
「ガラハド、セラフまで……」
ボクがギルドマスターとなって彼らを引っ張る姿など想像もできない。だが、ボクがギルドマスターになることに不平不満を言うものは誰もいない。これだけ信頼されているとなると説得してオルトをギルドマスターにはできそうもない。
ギルドマスターとしては実力も技量も不足している。荷が重いが仕方なく覚悟を決める。
「……わかった。未熟なギルドマスターだけどついてきてほしい」
「よっ、ギルマス!」
タップスが拍手をして茶化す。
「君ならできるさ。それで、ギルドの名前はどうするんだい?」
「ギルドの名前か……」
急に言われてもすぐには思い浮かばない。幻獣をテイムするために世界中を旅するから放浪者……というのはいささか風情がないか。ギルドの名前、ギルマスはどうやって考えていたんだろう。
「――ギルドの名前?
「はい。『アイン・マイスターズ』ってどうやって考えたのか気になって」
加入して一年のことだ。今更とも思えるがギルドの名前の由来についてギルマスに聞いたことがある。
「どうやって考えたのかって言われてもね……。私が選んだお墨付きの名工たちが集まっているから『アイン・マイスターズ』って感じかな。ギルドの名前なんて勢いだよ。大切なのは名前じゃなくてメンバーだよ」
かつてギルドの家だった我が家。ギルドのみんなで話せるように一つの大きなテーブルを十六個の椅子で囲んでいる。ボクとギルマスは隣り合って座っていた。皆、何かしら用事があったらしくこのときは部屋にはボクとギルマス以外誰もいなかった。
「い、勢い……」
「うん、勢い勢い。昔は『フロンティア』っていうギルドもあったんだよ。あれは開拓から引っ張ってきたみたいだったけどね」
「開拓、ですか?」
「そう、開拓。あ、開拓といえばこれ知ってる? 実はこのゲーム『/AlterOnline』の『Alter』は変えるっていう英語で『/』がこの世界と現実世界の壁を表しているんだよ。だから『/Alter』で向こうの世界を変える者、だからこの世界では私たちみたいな世界の開拓者のことを『アルターズ』って呼ぶんだよ」
「な、なるほど……」
勢い、か。ギルマスに貰った『黎明の魔眼』が埋め込まれた左目を優しく撫でる。『黎明の魔眼』、『/Alter』。この二つの言葉が頭の中で強く残る。ギルドの名前なんて勢い、その言葉を思い出して二つの言葉を繋げる。
「『黎明の開拓者』っていうのはどうかな……?」
「アルターズ……この世界の開拓者、か。そして『黎明』は紛うことなきノアを表す言葉だ。素晴らしいよ、ノア」
オルトは拍手をして賞賛を送っている。タップスもそれを聞いて何度も頷いている。
「『黎明の開拓者』か。いいな、すんなり入ってくるぜ」
「じゃあ、『黎明の開拓者』ギルドマスター、ノア。改めてよろしくね」
オルトに手を差し伸べられる。改めて言われると少し恥ずかしい。
「……うん、よろしく!」
すっかり六人だけの世界に入り込んでいたが肝心のテイムしたユニコーン、アニスを忘れていた。
「えっと、アニス……だったかな? よろしくね」
「はい、改めて。光の幻獣ユニコーン、アニス、この命をあなたに捧げます」
アニスは胸に手を当てて片膝をつく。
――ユニコーンをテイムしました。
――捕獲技能のレベルが上がりました。
左下のログに新たに二行の文章が流れる。
「あ、捕獲技能のレベル上がった」
「じゃあ999から1000になってカンストじゃない。あ、ランキングも更新されてる。うーん、改めて見るとここまでレベルが上がっているとちょっと引くわね」
セラフが手で口を覆う。
「え、引くって、ええ……?」
高い攻撃力を持ったその言葉で危うく心に癒えない傷が残るところだった。
「次は君が居場所を作る番。そうだね……まずは友達を作ってみるとか」
――ギルマス、第二の居場所、作れそうです。




