第1話『生活技能レベル999』
この世界、/AlterOnlineには剣、弓、魔法などを扱える戦闘技能とは別に鍛冶、料理、釣りなどの生活技能が存在する。明確な職業は定められておらず、プレイヤーは豊富な技能の中で戦闘技能から四つ、生活技能から四つの最大八つを選んで自分のキャラを創り上げる。
「おはよう、みんな元気?」
プレイヤーの影はどこにもない。この挨拶は家の前にいるモンスターたちに向けたものだ。家と同じ高さの草食恐竜、農作物に隠れるロブスター、辺りで採れた鉱石や木材などの物資を運ぶ石人形たち、彼らは本来自分たちプレイヤーと敵対関係にあるが襲ってくることはない。彼らが皆、友好的なモンスターであるからということもあるが、全てボクの生活技能『捕獲』で捕まえた同じ土地で暮らす家族のようなものだからだ。レベルはほとんどが300を超えている。モンスターたちは鳴き声、動作などで各々挨拶に応えてくれる。
「そういえば今日が『あの日』、か……」
そう呟くと遠くから鳥の声が聞こえてくる。それは我が家の上を飛んでいるあの大きな鳥ではなく草原の奥からこちらに向かって飛んでくる小鳥の声だ。だんだんとその鳴き声は大きくなっていき、やがてその姿もはっきりと目に映る。口に手紙をくわえた白い鳩のような鳥だ。
「いつもありがとうね」
その手紙を手に取ると「新着メールがあります」というメッセージが表示される。手紙の中身を確認するが、開ける前から内容は予想がついていた。
「……やっぱり、か」
差出人は『/AlterOnline運営』、件名は『6thアニバーサリー記念プレゼント』と黒い半透明のウィンドウに白字で書かれている。
――いつも『/AlterOnline』を遊んでいただき誠にありがとうございます。皆さまのおかげで六周年を迎えることができました。日頃からの感謝を込めてプレゼントをお送りいたします。
その本文の最後には添付されているプレゼントのアイコンと名前が記載されている。時計のマークの横に書かれていたのは。
「六周年記念経験の懐中時計? えーっと……効果は一時間戦闘で得られる経験値が十倍……。これが十個入っているから合計十時間か……」
特に喜ぶこともなくそっとメールを閉じる。送られてきたプレゼントが酷いわけではない。これを貰って喜ぶプレイヤーは多いはずだ。
「うーん、でも戦闘なんてしないしボクには必要ないかな……」
運営から送られるアイテムは基本誰かに渡すことも売ることもできない。今までも経験値増加系のアイテムは送られてきたが全て使わずに未だ倉庫に眠っている。このアイテムも同じように倉庫で永遠の眠りにつくことになるのだろう。
サービス開始と同時にゲームを始め、戦闘技能のレベルが30で解放される生活技能を習得してからずっと何かと戦うことはしなかった。そうして習得した四つの生活技能は捕獲、採取、錬金、料理。それらを習得して六年が経ち、気が付けば生活技能のレベルは捕獲が249、他の三つの技能が現時点でのレベル上限である250、これらを合計して生活技能レベル999になっていた。
「あれ、誰かいる……。珍しいなあ、こんな辺鄙なところに人が来るなんて」
家の敷地から数歩出た辺りで大きな剣を背中にぶら下げた青年と木製の杖を手に持っている少女があちこち行ったり来たりしながら周囲を見回している。何かを探しているというのは遠くから見てもわかる。
この風鳴きの丘で人を見かけるのはいつぶりだろうか。友人が来ることはしばしばあるのだが、顔も名前も知らない人が来るのは珍しいことだ。その理由はここに住んでいるボクにもわからない。
「こんにちは」
定型文として登録されている挨拶で彼らに話しかける。
「あ、こんにちは! もしかしてあなたも小城を探しに来たんですか?」
「小城……?」
「はい! 一ヶ月に一度、この世界のどこかに小さな城が生成されるんですよ! 自分の土地にして農業をしたり、アイテムだってたくさん収納できるらしいですから大きな倉庫として利用したりも――むぐっ」
だんだんと早口になり、ヒートアップしていく青年の口を少女が塞ぐ。どちらも同じ黒い髪をしており、顔も似ているように感じる。現実世界の恋人同士がキャラの見た目を合わせたりするという話が聞いたことがあるが、彼らもそうなのだろうか。
「すみません、うちの兄が……。兄さん、熱くなるといつまでも語り出すから……」
少女は左手で兄と呼ぶ青年の口を塞ぎ、もう片方の手で頭を動かしてお辞儀をさせる。
「えっと……二人は兄妹、なんですか?」
「あ、そうなんですよ。俺たちリアルで兄妹でしてよく同じゲームを一緒に遊ぶんです。それで、名前は聞いたことがあるけどプレイしたことはないからってことで一ヶ月ほど前に妹と一緒にこのゲームを始めたんですよ」
「なるほど……」
彼らの名前とレベルを見て頷く。兄の名前はツクモ、妹はひととせというようだ。レベルはツクモが91、ひととせはそれの一つ下、90だ。さらに、彼らの名前の下には『駆け出し者』と表示されている。
他人から見られる情報はせいぜい視界にはっきりと映った相手の名前、何の戦闘技能を習得しているか、戦闘技能の合計レベル、あとは。
「見たところ、あなたもこのゲームを始めたばかりですよね? 僕たち初心者ギルドに入っているんですけどよかったら来ませんか?」
そう、彼らの名前の下に表示されている『駆け出し者』というのはギルドの名前だ。
そして、彼らからはボクの名前や戦闘技能に関する情報しか見られていない。つまり、レベルマックスに近いこの生活技能の情報など彼らは知らず、ボクのことを戦闘技能レベル35の初心者と認識しているわけだ。
「いや、ボクはギルドとかあまり興味ないから……」
「あはは……」と苦笑し、断る。彼らと違い戦闘技能のレベルを上げたい、もっと強くなりたい、目指せ脱初心者という立派な目的はない。違う目的の者がギルドにいてもお互いにいい思いはしないだろう。
「……そうですか。残念だけど無理強いはできないですからね」
「兄さん、小城の情報が更新されたみたいですよ。そろそろ……」
ひととせはツクモの袖を掴んで声をかける。
「……ああ、わかった。では、僕たちはこれで。縁があったらまたゆっくりとお話ししましょう!」
「……はい、そのときは」
互いに手を振って別れる。
礼儀正しく優しい人たちだ。だが、彼らとボクは戦闘と生活、真逆の世界で生きている。出会うことは滅多にないことだ。それを知っていたから笑顔で別れることはできなかった。
東から来た彼らは南東へ、そしてボクは日課をこなすため南の森へと向かった。