第17話『僅か一分の激闘-2』
タップスは大きく息を吸う。
「……うおおおおおおっ!」
そして、洞窟の天井に向かってただひたすらに叫び出す。赤い光がタップスの体を包み、やがてそれは炎に変わる。タップスは突進してくるユニコーンにがむしゃらにしがみつき、ついにタップスの体が爆発する。
「あれは……自爆技!?」
強制的に自分のHPを0にして相手に大ダメージを与える技、『闘志』技能のスキル『憤怒の断末魔』だ。使えばありとあらゆる強化効果を無視して死ぬ。その尖った特性から知名度はあるが、実際に使う者はほとんどいない。
タップスの決死の攻撃はユニコーンのシールドを全て削り飛ばしたがHPの変化は微々たるものだった。だがそのおかげでユニコーンの攻撃でHPが削られることはなく、『ヘヴンズライト』、『閃光の矢』が使用可能になる。
魂の状態になったタップスの前に立ち、未だ心に残っているあの言葉を思いながら胸に手を当てる。
「……ごめん、タップス。どうやら俺は君たちを心の底から信頼できていなかったようだ。もし次があるのなら、そのときは頼らせてもらうよ」
胸に当てた手を下ろし、もう一度剣を取る。
「そして、ありがとう。君たちの行動は絶対に無駄にしない!」
何が一人では一分間耐え切ることができない、だ。
「……みんなでなら耐え切れるっ!」
ノアは俺たちを信じて無防備な状態になりながらテイムに徹しているのだ。出会ってまだ数時間しか話したことのない俺たちに命を預けてくれている。それに応えずしてどうするというのだ。
使用可能となったヘヴンズライト、閃光の矢を使い、まだ次の魔法を使うには時間がまだ足りない。前述以外の三つの魔法はクールタイムが長く、次に使えるのは比較的クールタイムの短いスキルである閃光の矢。クールタイムは残り十三秒、残り時間は二十五秒だ。
魔法でなければユニコーンのシールドは削ることができない。であれば今できることは。
「……来いっ!」
剣を構え、防御の態勢を取る。ユニコーンはその声に応えるように地面を蹴って突進してくる。
何も成すすべがないからと諦めたわけではない。左上に表示されているHPの六割が黒に染まる。だが、微量ではあるがHPとその下に表示されているMPが回復する。この羽織っている『王者の赤マント』の、受けたダメージの十パーセント分HPとMPを回復する効果によるものだ。
それでも、ピンチであることには変わりない。すぐさま回復アイテムを使って体力を回復し、HPは残り八割となる。
変化したのはHPだけではない。攻撃を受けた瞬間、『閃光の矢』のアイコンの上に表示されている『13』というクールタイムを表す数字が『12』に変わる。まだ時間は一秒も経っていない。左手の人差し指に着けている装飾品『時駆けの指輪』の効果だ。その効果は、敵の攻撃を受けるとそのダメージに応じて全スキルのクールタイムが最大一秒短縮されるというものだ。
「……まだだっ!」
三秒後に単調な突進攻撃が行われ、二度目の攻撃を受ける。クールタイムは残り八秒。ヘヴンズライトで与えたダメージもあまり多くなく獲得したシールドはほぼゼロに等しい。体力は二割まで減り、回復アイテムはクールタイムの関係で使用できない。次に攻撃を受ければ普通は死ぬ。そう、普通は、だ。
三度目の突進攻撃を受けたその瞬間、左手の中指に着けている装飾品『空映しの指輪』の効果が発動する。死に至るダメージを受けてもHP1で耐えることができ、五秒間無敵状態となる伝説等級の装備に相応しい強力な効果を持っている。クールタイムは残り四秒、そして五秒の無敵時間を合わせれば『閃光の矢』を使用できる。
右下に表示されているテイムまでの残り時間は十三秒となる。
「……『閃光の矢』!」
閃光の矢が発動する。そして、使用可能となった回復アイテムを使用し、次にクールタイムが終わったヘヴンズライト、そしてルクセンシア・ブランまで使用する。これで六秒の時間を稼ぎ、残りはついに一桁、七秒となる。MPには余裕があるがクールタイムの関係でまだ魔法は使用できず、体力は回復したといっても残り三割だ。まともにあの攻撃を受ければ今度こそ間違いなく死ぬだろう。
「残り七秒……十分だ。……『無我の境地』」
剣を鞘に納めて呟く。その瞬間、左上に表示されている自分のHPがたった一ミリを除いて全て黒になる。
武士道技能のスキル『無我の境地』。強制的にHPを1にして五秒間、HPが変動しなくなる。発動時に全スキルが使用可能になり攻撃力が大幅に上昇する。効果終了後、一分間は一切の回復効果を受け付けず、さらにその間に死亡した場合は三分間復活できないなどの制約がついてくる。
「……『フリューゲルファルナ』、『ヘメラシュトラール』」
無我の境地の効果時間が切れるとすぐにスキルを使用する。
習得しているスキルの中で最も火力が高いスキルだ。今やユニコーンのシールドは最大HPの二割にまで増えている。いくら魔法が効果的だとはいっても並大抵のものでは一撃で削ることはできない。
フリューゲルファルナの十二連撃でシールドを半分、その後に繋げたヘメラシュトラールでもう半分を削りユニコーンにダメージを与える。
だがどれだけ体力を削っても意味がないことはわかっていた。この状態ならどれだけのダメージを与えられるのか、ただの興味本位で攻撃しただけに過ぎない。
体力が満タンではないユニコーンの攻撃であっても残りHPが1ではどんな攻撃も受け切れない。さらに無我の境地の効果終了後、一分間は自身にかかる回復やシールドを無効にする。どう足掻いても生き残ることはできない。
「生き残れなかったけど、作戦は成功か……」
二秒、一秒と減っていくタイマーを見て安堵の息をつく。これでテイムは無事完了、死んでも大丈夫だ。
そう思っていた。その角で貫かれHPが減ったのは俺ではなく、俺の一つ下に表示されている者だ。目を逸らしていたが白い尻尾が目に入り、顔を上げる。銀髪の少年が目の前で両手を広げその攻撃を受け止めていた。
「ノア……っ!」
「まだ死ぬのは早いよ、オルト」
助けられたことはもちろん嬉しかったが、それよりも嬉しかったのはようやく対等に話してくれたことだった。
「……ようやく、か」
タイマーがゼロになり、アラームが鳴る。かつてないほどの達成感で体の力が抜け、洞窟の床に大の字になって寝転んだ。




