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氷華の舞  作者: 楠 冬野
第3章 桃園の死闘
51/70

51 交錯する事実

    -51-

 

 優佳は鬼灯累の屋敷で起こった一連の出来事を語った。

 唯が自我を取り戻し金色の巫女であることを自覚していたこと。優佳が自我を取り戻す際に子供の姿の桃花と話をしたこと。唯に仕掛けられた鬼灯累の呪いの正体とその呪の解法のこと。鬼灯累の屋敷で起こった事の顛末と、身に起きた出来事の全てを優佳は打ち明けた。


「幼き桃花は言いました。唯と樹ちゃんは刃を交える定めにあると。だがそれでも心配はいらない、それは時の必然であるから戦いは起こるが唯は無事であると。しかし呪の正体である鬼灯累もまたいった。その戦いは血で血を洗うものになるのだと。黄玉は全てを見通して何重にも策を弄しているのだと」

「黄玉……それに銀の髪の桃花、銀か、銀のう……」


 優佳の言葉に引っ掛かりを覚えた澪は首を傾げた。


「そうです。私の前に現れたのは銀の髪と銀の瞳を持つ幼き姿の樹ちゃんでした」

「――幼き銀髪の加茂樹のう……。それに呪いの解法……」

「澪様、ご存じないことなのですか?」


 神無月がふと尋ねた。


「うむ、知らぬな……。じゃが確かに先代様ならばその様な解法も雑作なく成せたであろう。そのことには疑う余地はないのじゃが」

「その当時の犬童澪としての記憶はないの? 水音ちゃん」

「――そうじゃな……しかしのう……」


 優佳に問われて記憶を探る。しかし澪は曖昧な言葉しか出せなかった。


「澪様?」

「……鬼姫の呪が解かれたのは恐らく第二次鬼姫討伐。つまりは鬼姫との決戦の時であるのだが、どうしてだか、わしにその時の記憶が無いのじゃ」


 あやふやに答える。ここに来て新たに得た事実が澪を惑わせている。

 桃花の予言の時渡りと優佳が話す時渡りを比べると、僅かに彼女の話の方に具体性があった。それは何故の事なのか。優佳の前に現れた樹が何故に「時渡り」を知っていたのか。それが何を意味しているのか。


「それにしても、気になるのが銀髪の加茂樹ことなのじゃが」

「澪さま、ご存じないのですか? 銀髪の樹様は桃花の予言には出てこないのですか?」

「……そうじゃの、初耳じゃの」

「でも、夢見に現れた先代の桃花様も、優佳様の見た銀の樹様も桃花の時渡りに関しては同じことを言ってるじゃないですか」

「であるの……」


「水音ちゃん、これは一体どういう――」

「時渡りを語る銀髪の加茂樹のう……」

「私が出会った樹ちゃんは幼い子供の姿をしていた。あれが樹ちゃんであると絶対の確信を持って言えるのかと問われれば……。そうね、その時の樹ちゃんは、幼い姿には似つかわしくない言動をしていたし、そこに物事を悟ったような雰囲気もあった。そのことに違和感があったといえばそうなんだけど……。でも確かにあれは樹ちゃんだったわ。上手くは言えないのだけれど、本物であると感じた。というか……。ダメね、これでは勘だとしかいえていない。――でも、ちょっと待って、それならば、水音ちゃんはどうなの? 夢見に現れる先代桃花様とはどのような」


「うむ。夢見の先代のう……実はあの日……。それは、わしと優佳殿が初めて朱鬼と相まみえたあの日のことじゃが」

「私が死んだあの日……」

「そうじゃ。あの日、陰陽師、真中優佳は相打つようにして黄玉を刺した。それによりたまらず黄玉は去ったのじゃが、優佳殿も致命傷を負ってしまう。その時じゃ、突然わしの前に先代桃花が御出座しになられた」


「リアルに姿を現した先代? 夢見だけではなかったのですか? 澪様」

「うむ。言われてみれば、実際にわしは一度先代様にお会いしておった。夢見以外に桃花様が現れたのはあの時限りであるが、あれが先代様が現れた最初の時であるからして、その後、全て夢見で指図を受けるようになったことも特段に不思議なことではないのだが……」


「そ、それで先代桃花様はその時如何なされたのでしょうか?」

「あの時、わしは力を使い果たし気脈も細くなっていた。しかし、先代様がわしに力をお貸し下さった。わしは先代様の命より、僅かばかりに回復した力を使って、死んだ父と母、そして優佳殿を仮死のままに氷棺に封じて隠したのじゃ」


「それでは私の身体は、その時は、まだ死んではいなかったと? では身体は? 私の身体は今どこに」

「……」

「魂はここにあります。しかし肉体は? そもそも何故、私はこのようにして生かされたの?」

「これは言いにくいことなのだが、実は……肉体は既に失われたと思われるのじゃ」

「……」

「数日を待たず、わしは父と母を弔うためにあの場所に行った。じゃが、確かにそこに隠した氷棺が、なぜか遺体共々に消え失せておった。優佳殿の肉体も然りじゃ」

「そ、それじゃ、優佳様も自分の肉体には戻れない。……あ、」


 思わず絶望を口に出してしまった神無月はバツを悪くして下を向いた。


「気にしなくてもいいわ、神無月。身体などもうどうだっていいの」

「し、しかし……」

「どちらにしても、あのように傷ついた身体に魂は戻せぬ。傷の治癒、これは加茂樹が桃花として目覚めて初めて成せることである。そして、回復した優佳殿の身体に魂を戻すことが出来るのも桃花しか成し得ぬ。わしには無理じゃ」

「……澪様」


「優佳殿の魂についてはもう一つ。これも言いにくい事なのじゃが……」


 澪が優佳を見る。優佳が静かに頷いた。


「そのことも、銀の加茂樹に聞かされておるのか?」

「ええ、聞いているわ」

「澪様、それは……」

「――肉体を持たない魂は人を現世に留めさせることが出来ない。魂の入れ物である式神は傷ついてしまった。その上に、自ら記憶の封を解き自我を取り戻してしまった私には、もう僅かな時間しか残されていない」


 優佳は幼き樹に告げられたことをそのまま心静かに口に出した。


「そんな、そんなことって!」

「であるから、ここに来たのか優佳殿」


 そうね、それもあるかも。と少し困った顔で笑い優佳は頷いた。


「あの……」

「なんじゃ神無月」

「その、実際に澪様も優佳様も、水音様になったり式に移ったりしておられたのでしょう? その事にひょっとしたら優佳様を救う手立てがあるのではないですか?」

「――なるほどの、優佳殿を新しき式に移すか。しかしそれは期待が薄いの。今ここに先代様が現れでもしない限りは無理じゃな」

「そんな……」

「現れた先代様は、わしが幼少期に作り上げた式の犬童澪と、上狛水音の身体を使えば優佳殿の魂を現世に繋ぎ留める事が出来ると言われた」

「先代桃花様が……。して、それはどのような理屈なのですか。それが分かれば」


 期待を抱く神無月が澪を見る。しかし向けられた視線に澪は首を振った。


「同じ水と氷の属性を持つ者ならばそれが出来ると。自分が力を貸せば事は無事に成せるだろうと。その時の先代様の言葉はこうじゃ。そして、先代様がその力を持って式神の犬童澪と上狛水音の身体、上狛水音の魂と上狛優佳の魂を結び付けられた」


「くそっ! どうあっても桃花様のお力が必要なのか! しかし何故、先代様はそこまでして、優佳様を別の人格にしてまで蘇らせたかったのでしょうか? そもそも、それほどの力を見せていたなら直ぐにでも生き返らせればよいではないですか!」


「であるのう……。そこには優佳殿を真中優佳として蘇らせてはいけない理由があったとしか思えぬな。別人にしてでも優佳殿の存在が必要であった理由か……。分からぬのう……そこには何か理由があるはずなのじゃが……。あの時は何故そうなさりたかったのか理由までは聞いておらぬでの……」


「私の存在……」

「うむ、そこに何かあるはずなのじゃが……」

「そういえば」

「そういえば?」

「樹ちゃんは、唯の為にも私を救いたいと」

「ほう、真中唯の為にのう」

「彼はこうも言ったわ、私は桃花の時渡りに関して大きなイレギュラー因子となりえる。と」

「唯様の為にも唯様の母を救いたい。しかし普通に生き返らせては不安要素になりかねない。そういうことを言っているのでしょうか」

「――そうじゃの、これはジレンマじゃのう。しかし、優佳殿を救うことの意味が単に唯の為だけとも思えぬが……。一体何を考えておるのじゃ、そやつは」

 

 謎は深まるばかりではあった。それでも澪は断片的な事象が朧げに繋がりつつあることを感じていた。

 ――これは、もしや……。

 夢見に現れる先代桃花と桃花の予言、優佳が出会った銀髪の樹と彼の話したこと。偽りの水音と真の水音。唯と鬼姫。これら全ての因と果は「桃花の時渡り」の一点で結び付くことではないのか。


「澪様、先代桃花様のお考えを量ることも大事ではありますが、今は優佳様を」

「いいのよ神無月、それはもういいの」

「いや、まだです。きっと何か手があるはずだ。――ある時は古の巫女として、そしてある時は上狛の陰陽師として……。式と水音様、澪様と優佳様が入れ替わるようにして……。そうだ! 式だ! その優佳様の入っておられる式神が澪様が作られたものであるのならば、今一度、優佳様が水音様の身体に入られ共存してから澪様が式神を修復されるなんてことは……」


「なかなかに無理を言いよるの、神無月よ」

「はぁ……。やはり無理でございますか」


 澪の苦い笑いに神無月がしょげる。


「神無月よ、まず生命の根本として一個の肉体に一つの魂というのは根源的な不文律である。そして、このことは如何にしても歪まぬものなのじゃ」

「で、でも多重人格っていうものがあるではないですか!」

「神無月よ、考えてもみよ。それは人格が多重であるということであろう」

「あ……」

「そうじゃよ。複数の人格を持っておってもその魂は一つというわけじゃな」


 澪は幼子を諭すように優しく答えた。


「であるからして、二つの魂がそれぞれ別の自我を持ちながら一つの肉体を共有する事など出来ぬのじゃ。そしてそれは式の体でも同じことである」

「し、しかし、実際には澪様と優佳様は――」

「わからぬか? 真の肉体と式である疑似の肉体。それは別物のようではあるが実は双方とも本質は上狛水音なのじゃ。然らば真の魂と疑似の水音の魂も上狛水音であらねばならぬ。つまり優佳殿の魂は先代桃花様によって記憶を封じられ、わしの人格の元に統合されていたからこそ肉体と式を共有出来ていたということになるのじゃ」

「……そんな」

「今もわしは水音の肉体と式を行き来できる。しかし水音の人格の殻を失った今の優佳殿にそれは叶わぬ。これまでの優佳殿の魂は優佳殿であって優佳殿ではなかった。優佳殿の魂は水音の魂として生かされていたからそれが可能であったといえるのじゃ」

「……なんだよ! ちくしょう!」


 老婆が悲し気に俯くと、神無月が顔を歪め拳を打って悔しがった。だがその時、澪の話を黙って聞いていた優佳が何かに気付いたようにハッと顔を上げる。


「ちょ、ちょっと待って水音ちゃん! 私の記憶を封じたのが先代の桃花ですって」

「そうじゃが、それがどうかしたかの?」

「わたし、なんで今の今まで気が付かなかったのかしら」

「なにがじゃ?」

「い、いえ、でも、まさか……」


 澪に問われて優佳が眉根を寄せる。

 優佳の困惑の表情と言葉から新たなカードがめくられることを推量した。

 澪が低く唸る。まだ見えないことはあるが、そこに何者かの意図がある事だけは、もう確かな事だろう。優佳の口から出るのは果たして好事なのか、それとも凶事なのか。




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