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氷華の舞  作者: 楠 冬野
第2章 鬼姫の涙
47/70

47 対峙

   -47-

 樹の中に潜む鬼は赤月の桃花と名乗った。赤月の桃花は言った。未来を知っていると、加茂樹は消える定めにあると。

 樹には事の真偽は分からない。確かめる術もなかった。だが、たとえそれが定めであるとしても未来が運命というレールに乗せられ、自動的に決められた場所へ到達するものだとは到底思えない。

 樹は惑わせる鬼の言葉を心の奥に封じた。未来は今この場所に集う者達の行動の結果が形成するものだと強く自身に言い聞かせた。

 それでも心に重く圧し掛かる不安までは拭えなかった。

 朱鬼を倒し家族を救ことも、鬼姫を抑えて鬼化を解く方法を探ることも容易なことではないだろう。その上に自分の中に巣くう凶悪な鬼を封じ込めなければならないとなると未熟な己の力量をどんなに贔屓目で計ってみても足りない。我が身に課せられた使命は途轍もなく困難なものである。


 月夜の闇に更に三発の銃声が響いた。これで合計四発。その弾数がいやがうえにも不安を掻き立てる。


「樹様!」


 向けられた鈴の鋭い眼が樹に状況の厳しさを伝える。

 鈴が何を言おうとしているのかを直ぐに察して樹は目で応えた。


「私と蘭子で何とか朱鬼を抑えます。樹様は状況を判断して、先ずは治癒を」


 樹と蘭子は鈴の指示に頷いて了解を伝えた。

 

 掛け行く先に目的の場所が見えると心がざわつきを見せた。

 参道の入り口に到着する。境内を背にして視線を先へ延ばすと石畳の通路の中程に人影が見えた。


「蘭子! お待ちなさい!」


 勢いよく飛び込んでいく蘭子を鈴が強く諫める。

 前がかりにつんのめるようにして立ち止まった蘭子は歯を食いしばり拳に力を込めた。蘭子に歩み寄り、その様子を横目で見てから樹は視線を再び正面に戻す。


 素早く状況判断をする。

 視線の先に見える影を数えれば、立つ者が二名と残りが六名。地面に横たわる六名の内の三名は稽古場で気絶した者であろうと当たりを付けた。


 銃声は全部で四回、銃撃によって倒れたと思われる人の数は三名、数が合わなかったが、この際は数に拘っている場合ではない。樹は直ぐに気持ちを切り替えた。最優先に行うべきは人命の救助である。全体の状況判断は鈴に任せればいい。

 

 樹、蘭子、鈴の三人は息を整えながらゆっくりと戦場に足を踏み入れた。

 状況が見えた。そこには銃を構える岩井と血を流して伏せる大人が三名、気絶したまま横たわる大人が三名。それと……。悲惨な光景の中に恐怖におののく加茂玄眞の姿。見て腑に落ちた。予測に違わぬ三文芝居がそこにあった。


 それぞれの親が傷つき倒れていたが、誰も目の当たりにする惨状に声を上げなかった。静まり返った空気がその場の全ての動きを止めたようだった。

 蘭子も鈴も言葉を発しない。身体は身構えたまま、状況を厳しく見つめるだけであった。その静けさが蘭子と鈴の怒りをより現しているように思えて樹は息をのんだ。


「樹様」

「ああ、分かっているよ、鈴ちゃん」


 樹はサッと視線を下ろし手を見た。そこに緑に光る燐光を認めてから再び顔を上げ痛んで呻き声を上げる者へと視線を向ける。焦る必要はない。大丈夫だ。まだしっかりとした息がある。樹は拳を力強く握りしめた。



「おお、樹、よくぞ来てくれた」


 身体を震わせ、顔を引きつらせる加茂玄眞がか細い声を出した。

 そこには、恐怖に怯えていた者が救助者の姿を見て安堵したというような姿があった。――よくもまあぬけぬけと。


 目の前に肉親である玄眞の姿を見ても仇敵にしか見えなかった。

 隠しているつもりだろうが、その身から滲み出る鬼気を樹は手に取るように認識している。樹の目は玄眞を見るが、もはやそこに人の姿を見てはいない。


「お、鬼じゃ、ここにも鬼がおった!」

「……」


 誰も玄眞の言葉に反応を示さない。三人共にただジッと玄眞を見つめていた。

 そんな子供達の様子を見て玄眞が僅かに頬を引きつらせる。鬼はなおも芝居を続けた。鬼は身を震わせて怯えながら指を差して言った。


「こ、こいつが鬼じゃ。まさかこの岩井という男が鬼じゃったとは!」

「……」

「な、何をしておる樹。こいつが今しがた康則と十和子さんと恵子さんを撃って――」


 怒気が炸裂した。

 

 樹のすぐ横を燈色が走る。耳が轟音を捉えると残光の後に頬に熱を感じた。

 玄眞の言葉は遮られ辺りに一瞬の明かりが差す。

 憤怒を纏った炎が玄眞を標的として放たれていた。


「な、な、な、蘭子ちゃん、何をするんじゃ」


 尻餅をつくようにして炎を躱した玄眞が構うことなく芝居を続けようとする。その玄眞を蘭子は怒りを帯びた視線で刺した。


「バレておりますわよ、朱鬼」


 鈴の冷えた声が静かに辺りの空気に浸透していく。受けた玄眞はニヤリと笑った。


「つまらぬのう、実につまらぬ。少しは遊べるものと思うたがの。しかし巫女よ。何故に我が名を知る?」

「さて、そのようなことはどうでも宜しいのではありませんこと?」

「……」

「お話し合いや弁明の余地などお前に残されているとでもお思いですか?」


 朱鬼に語りかけながら鈴はそっと樹に目配せをした。

 樹は直ぐさま動いた。朱鬼は樹を目で追ったがその隙に鈴は銀のナイフを放つ。

 牽制の為に放たれた鈴のナイフは咄嗟に突き出された朱鬼の掌の前で止められ溶けて宙に消えた。


 銃で撃たれた者はみな無事であった。どうやら致命傷ではない。弾は急所を外れており出血も然程のことではなかった。

 白雉恵子を治し、猿楽十和子を治す。最後に加茂康則のところにかけよると樹は気丈に振る舞う父親に声を掛けた。


「父さん、大丈夫ですか? 具合は?」

「ああ、樹、大丈夫だ。それよりも御爺様が――」

「分かっています。あれが元凶であることも……」


 樹の強い眼差しを受け止めると康則は何も言わずに頷いた。

 常軌を逸した銃撃にショックを受けて気を失っていた他の二人とは違い康則にはしっかりとした意識がある。


「父さん、少々痛みますが」

「ああ、やってくれ」

 

 樹が康則の腹部に手を当てる。手から放たれた緑の光が患部を照らすと傷から弾が浮き出してきた。


「う、うう……」


 小さな呻き声が口から洩れ、顔は苦悶に歪む。だが康則は我が子、樹の仕業をしっかりと目に留めようとして見ていた。


「い、樹君」


 康則の治癒をする樹に、目覚めた蘭子の母、十和子が声を掛けてきた。


「樹君、私達の傷を治したのは……樹君のその力は……」

「はい、これが僕の力のようです」

「――力……蘭子も、鈴ちゃんも……さっき稽古場で見せていたあれも。それに化け物も……」

「はい。これは紛れもない現実です」

「……」


 十和子は顎に手を当て、深く何かを考えるようにして目を閉じた。


「す、鈴!」


 突然、悲鳴にも似た声が聞こえた。さっと声の方に顔を向けると十和子の横に叫ぶ鈴の母の焦りと怯える顔があった。白雉恵子が見つめる視線の先に目をやると、岩井の銃口が鈴に狙いを付けていた。樹は僅かに戸惑いを感じたがその様子を固く閉口したままでジッと見つめた。鈴のあの目を樹はよく知っているからだった。


 朱鬼が鈴に言い放つ。


「巫女よ、如何する? その者の銃弾を避けてみるか? それとも自慢の刃で斬ってみるか?」

「……」

「お前は未だ真に目覚めてはおるまい。さてどのようにする?」

「……」

「どうした、試しに力んでみるか? 少し待ってやっても良いぞ」


 朱鬼が楽し気に言う。そこには計算など無いだろう。その饒舌は相手を歯牙にも掛けぬと見下す様を示している。


「避ける自信が無いというのであれば、そうであるの……。おお、そうじゃ、こいつを、お前の飛び道具で殺してしまえばよい。ククククク、アハハハハハ!」


 岩井の方を見ると銃を構える全身が小刻みに震えていた。目は何かを訴えているようであった。


 鈴が動きを見せた。

 伏し目がちに視線を一度地に落とし、そこで息を吐いた鈴は、吐き出した息ともに肩の力をスッと抜いた。

 岩井の方へとゆっくりと歩み始める。鈴の顔には柔和な笑みが浮かんでいた。


 鈴のことである。きっと何か考えがあるに違いないとは思うのだが、想定外のことが起こることもある。はたして鈴はどんな意図で動いているのだろうか。

 樹は手に汗を感じた。このままジッと見ていてよいものか迷った。それでも悠々とした鈴のその歩みが、今は黙って見守るしかないのだと樹に隠忍を促した。樹は己の鼓動を聞きながら、鈴の挙動を見つめた。


 鈴は躊躇することなく正面からゆっくりと岩井に歩み寄った。

 一歩また一歩、銃口へと近づいていく。

 やがて鈴は岩井の至近距離まで詰めていくと銃口を自分の額に付けた。そこでもう一度微笑む。その目には全く焦りや動揺はなかった。

 銃口を額に付けたまま、鈴は柔らかな眼差しを向けそっと銃を握る岩井の手に触れた。途端に岩井の肩から力が抜けていくのが見えた。


「むむむ、良い度胸じゃの巫女よ。我に胆力を見せたつもりであろうが、しかしその程度で――」

「フフフフフ」鈴が不敵に笑う。

「ん、なんじゃ」


 訝しんだ朱鬼が眉根を寄せて鈴を伺う。


「おや? まだ分かりませんか? 仕方のないことですわね、ではおバカさんのお爺さんにもお教えて差し上げますわ」

「なぬ……」

「一般的に日本の警察官の使う拳銃は二種類。ニューナンブ M60、それと岩井さんが持つS&M M360J SAKURA。そのどちらともがリボルバー式で弾倉は五発。ですが誤射等を防ぐ為に装弾数は四発と決められております。岩井刑事が発射させた弾はこれまでに四発。もうこの拳銃に弾は残っておりません」

「うぬぬぬぬ」

「ただのバカかと思ったら、案外、こらえ性もあるのですね。感心致しました。それにしても、勇んで撃てばもっと間抜けを晒すことになったのに、残念ですわ」

「小娘が、生意気を言いおる」

「猿芝居をするにしても、もう少し勉強してからの方が宜しいのではないでしょうか」


 鈴はフンと鼻を鳴らし、その後、解放した岩井を見た。


「岩井さん、どうかされましたか? 先程、縛りは解けたはずですよ。もう動けるのではございませんか。まだダメですか?」


 鈴の言葉を聞いて岩井の様子を窺う。そこには鈴によって呪縛から放たれたはずの岩井が、未だに小刻みに震えたまま立ち尽くす姿があった。


「しょうがないですわねぇ、蘭子! お願いしますわ、岩井さんにちょっと喝を入れてあげてください」

「ああ」


 短く返答した蘭子が徐に岩井の前に立った。直後、岩井の腹に拳が刺さる。


「げふっ!」


 岩井は目を見開いて身体を折り両膝を地に落とした。


「うっ、痛ててて、ちょっと蘭子ちゃん! 流石はと言ってやりたいがの、ぬしも、うら若き乙女であろう、もうちょっとやりようがあるのではないか! これでは、悶絶して、気絶して、失神して、儂の気が抜けてしまうじゃろ!」


 岩井が脂汗を流しながら腹に手を当て皮肉をいう。


「気絶も、失神も同じような意味なんだけど、言葉遣いもなんだか爺さんみたいになってるけど、まぁいい。ちょっと混乱しているだけだろう、大丈夫だな」


 蘭子が痛がる岩井を見てニッと口角を広げて笑った。


「岩井さん!」


 樹は目を覚ました岩井に声を掛けた。岩井が振り向くと樹は直ぐに手招きで呼び寄せる。


「――ったく人使いの荒い子供達じゃ……」


 足をふらつかせながら岩井が合流すると、樹は大人達を連れて本殿の上にある大岩の下の風穴に避難するように言った。岩井は山の上を見上げ頷いた。


「蘭子! 鈴ちゃん!」


 樹が二人の名を呼ぶと、蘭子も鈴も直ぐに了解の旨を目で答える。三人は大人達と朱鬼の間に割って入った。


「さあ、早く! 今のうちに」

「樹……」


 樹の手当により気絶から目覚めた母、加茂美里が心配そうに見つめていた。


「母さん、大丈夫ですか? 歩けますか?」

「ええ、大丈夫よ、それよりもあなた達が――」


 その美里に猿楽猛が声を掛ける。


「美里さん、行きましょう。お社の後継の者たちならともかく、この場は私達ではどうにもならない。これ以上ここに居ては子供たちの邪魔になるだけだ」

「そうですよ、美里さん、私達はただでも気絶などして足を引っ張ってしまった。彼らのやろうとしている事は危険極まりないが、それでも今は彼らに頼らざるを得ない。親として、大人としては情けない限りではありますが……」


 白雉英一郎が口を添えた。


「で、でも……」

「美里、子供達を死地へ向かわせていると心を痛めているのは皆同じだ」


 康則が言った。美里が皆の顔を見回すと、それぞれが康則の言葉に頷く。


「上に行っても、また危険な状況に陥るかもしれない。今度こそ皆、命を奪われるかもしれない。状況は先程の稽古場の時となんら変わりはありません。しかし、あの子らは稽古場に現れた化け物を倒してここに来た。残念ながら今はもうあの子らに頼るしかない。急ぎましょう」


 岩井が避難を促した。


「樹君」

「はい」

「頼んだよ。そしてこちらのことは気にせず戦ってくれ。僕らは皆一度死んだも同然だ。いまさら君たちの足を引っ張ってまで生きようとは思わない。存分にやってくれ」


 岩井の言葉に、大人達は強い眼で同意を示した。


「わかりました」


 大人達は山の上を目指した。避難する一行の先頭を康則が行き、最後尾を岩井が務める。


「さてと、覚悟はいいか朱鬼」


 蘭子が朱鬼を睨みつける。これで心置きなくやれるというふうに蘭子が自信を見せた。

 樹、蘭子、鈴の三人が朱鬼を向こうに陣形をとる。

 蘭子は素手で構え、樹と鈴は先の戦いの通りに鈴の生み出した太刀を構えた。


 その三人に去り際の岩井刑事の大きな声が届く。


「しっかり頼んだぞー! それから鈴ちゃん!」


 名指しされた鈴が岩井を見て怪訝な表情で首を傾げた。


「この拳銃は確かにサクラだけどぉ、最近の警察は五発全部装填してるんだよ、まだ一発残ってるんだ。危なかったねぇ、鈴ちゃん。あと、これって、最近のニュースにも出てたよ。ちゃんと新聞も読んだ方がいいよ。まだまだだね鈴ちゃん。それじゃ、白金の巫女軍師殿、桃花、紅の巫女殿、頑張ってぇ!」

「な、…………」


 軽妙な調子で鈴にツッコミを入れ、お気楽に破顔して大きく手を振って去っていく岩井。鈴を見れば泡を喰って固まっていた。



 ――次回より三部です。「鬼姫と氷華の舞」完結に向かいます。

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