表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
一章 鏖殺人と普通の研修生
5/200

四話

 それから十分後。


 ライトの前に立つ鏖殺人が扉を開けると、冷たい空気が廊下にまで漏れ出してきた。

 ライトがぶるりと身を震わせる中、鏖殺人は全く気にしていないように部屋の中に入っていく。

 続けて室内に入ったライトは、部屋の様子を見て思わず声をあげていた。


「これが、転生局の倉庫……」


 眼前に広がるのは、数えきれない程の大量の本棚たち。

 それらには本だけでなく、鏖殺人が異世界転生者から押収した異世界由来の品も飾られている。

 特に分類されている訳でもなく、押収のたびに棚に詰め込まれているだけであるため、お世辞にも綺麗とは言い難い光景だが……それでも、ここまで並べば壮観だった。


 アレルでは見たことがない、薄いレンズの眼鏡。

 とても手では再現できない程に整然とした活字が並ぶ書籍。

 多くの棚に共通して置かれている、小さな黒い板のようなもの。


 かつてこれらの技術をめぐって戦争が起きたことなどが嘘のように、全ての品が乱雑に置かれている。

 禁忌とされる物たちがこうも簡素に放置されている光景を見たライトは、ある種のシュールさを抱いていた。


「これ、何なんですか?」


 好奇心に負けて、棚に並んだ黒い板について鏖殺人に尋ねてみる。

 異世界由来の技術品とはいえ、使用方法が何となくわかるものも多いのだが、この黒い板については使用方法が見当もつかない。

 正体が気になって仕方がなかった。


「向こうの世界でスマートフォンと呼ばれるものだ。それ一つで手紙を送ることができたり、辞書になったりするらしい。最近やってくる移動型異世界転生者がよく持ってる」


 さして興味もなさそうな様子で鏖殺人が返答する。

 それを受けて、改めてライトが黒い板をしげしげと眺めた。


 ──これ一つで……手紙や辞書に?


 わざわざ答えてもらったのに失礼な話だが、ライトには本当にこの黒い板でそんなことが出来るとは思えなかった。

 自分の常識からかなり遠いところにある代物なんだな、と理解するのが限界である。


「それの用途が何にせよ、今は関係がないがな。充電が切れているからこの世界では使えない」


 よっぽどスマートフォンに興味をひかれているように見えていたのか、鏖殺人から諫めているようにも聞こえる言葉がかけられる。

 慌てて、ライトは棚から体を引いた。


 それを見てから、鏖殺人は再び倉庫の奥へ足を進める。

 彼の両脇には、他にも気になる品が大量に並べられていた。

 しかし次は本格的に叱責されるだろうと分かっていたため、ライトは何も言わずについていった。


「ここだ」


 やがて、鏖殺人はとある収容物の前で立ち止まる。

 つられて棚を覗き込むと、倉庫に入る前に鏖殺人から聞かされていた通りのものが並んでいた。


 最初に目に入ったのは、この世界では使われていない硬貨と紙。

 恐らく、異世界の貨幣だろう。


 その隣には、桃色のとても小さなカバンのようなものが置かれていた。

 位置取りから推測すると、地球で使われている財布なのかもしれない。


 財布の隣を見ると、何枚かカード状の紙が並べられていた。

 名刺かとも思ったが、それぞれに書かれてある名前が異なることからすると違うらしい。

 食べ物らしき絵が描かれていることを見ると、地球の食事店で客に与えるカードなのだろうか。


 更に奥には、地球での教科書と思しき書物が立てかけられ、これら全てを納めていたらしい大きな鞄も置かれている。

 その奥にもいろいろと並んでいるようだが、ライトの位置からは鏖殺人が邪魔になって見えなかった。


「これが、一週間前に殺した異世界転生者からの押収品だ」


 説明と共に、鏖殺人が並べられたカードの中の一枚を拾い上げて見せてくる。

 ライトは最初、そのカードが何でできているか分からなかった。

 それくらい、不思議な見た目をしていたのだ。


 カードの表面は少し光沢があり、つるつるとしている。

 他のカードよりは結構厚い代物で、かなり堅そうだ。

 全体に茶褐色の汚れが付着しているために読み辛いが、カードの端には「学生証」と書かれてあるのが読み取れた。


 一歩棚に近づき、その「学生証」を見つめてみる。

 カード表面の左半分には、持ち主の写真──流石にライトも、地球の技術で写真なる物があることは知っている──が貼られている一方で、右半分には細かく何かが書かれていた。

 汚れもあって読みにくいが、中央に「風野 凛花」と大きく印字されているのは分かる。


 それ以外の文字については分からないところもあったのだが、幸いにして名前に使われている文字は、全てライトでも読むことができた。

 アレル語と日本語で、文字や文法がほぼ共通していることが幸いしたのだろう。

 異世界転生者の所有物に何が書かれているかは、簡単に知ることができる。


 一方で写真の方は汚れが多く付着していて、何やら女性の写真であるとしか分からない。

 何にせよ、地球における学生の身分証明書の類らしいと結論づけてから、ライトは視線を学生証から鏖殺人に戻した。


「それで……この人について、どんな仕事が?」


 ……十分前に初仕事として渡された、とある移動型異世界転生者に関する資料。

 そこに書かれていた内容は平凡なものだった。


 一週間前、ファストという街の外れに広がる森において、ある猟師が空が異常に光る怪現象を目撃。

 慌てて転生局に連絡し、鏖殺人が早馬を飛ばして現場に向かった。

 ファストの街が王都から近い場所にあったことも幸いし、目的地点から大して移動していなかった異世界転生者はその場で発見、即排除した────そんなことが書かれていたのだ。


 報告書を見る限りでは、完全にけりが付いた案件のように思える。

 わざわざ研修中の新人にさせる仕事があるとは思えない。

 だから資料を読んですぐ、ライトは疑問符を浮かべた。


 ──もしかして、死体処理でもさせられるのか?


 ここへの配属を通達された時から、ある程度は覚悟していた。

 それでも、死体に触れる自分の姿を想像してライトはやや気分を悪くする。


 だが予想に反して、資料を読み終わったライトに鏖殺人が告げたのは、異世界転生者の遺品確認だった。

 だからこそ、こうして風野凛花というその異世界転生者の遺品を見せにもらいに来たのだ。

 ……そうやって心の中で経緯を振り返ったところで、鏖殺人は静かに説明を始めた。


「……移動型の異世界転生者を殺した後、普段なら俺はしばらくその地域に留まり、異世界転生者が持ち込んだものを回収するようにしている。どこに何を落としているのか、さっぱりわからないからな。今回も、異世界転生者が転生した場所からほとんど動いていなかったとはいえ、現場を封鎖して俺が遺留品の調査をする予定だった」


 なるほど、とライトは頷く。

 文脈からして、続きは何となく予測できる。

 きっと、普段通りとはいかない何かが起こったのだろう。


「だがその日の夕方になって突然、中央警士局の職員が早馬に乗ってやってきた。要件は言えないが緊急だ、応援を要請すると言って譲らないものだから、仕方なく現場は地方警士局に保存させて、俺だけが王都に帰ることにした。だからこの異世界転生者の現場は、今も封鎖されたままになっている」

「……中央警士局が、応援要請をしたんですか?」

「そうだが、何か?」


 いくつか気になる点はあったのだが、最も違和感を覚えた部分がライトの口から零れる。

 鏖殺人はさして気にしていない様子だったが、ライトはそうはいかなかった。

 あの中央警士がどうして、という疑問を押さえられず、少し考え込んでしまう。




 ────ここで出てきた警士とは、内務省所属警士庁で働く職員を意味する。

 犯罪の取り締まり、町の警備、犯罪者の逮捕と法廷への護送などを行う組織である警士庁……その手足となって働く治安維持要員たちのことだ。

 元々は地球において同様のことを行っているらしい組織と同じく、「警察」と呼ばれていたのだが、佐藤トシオの死後、「佐藤トシオの故郷にある組織と名前が同じであるというのは気分が悪い」という理由で名称が「警士」に変更されたという歴史を持つ。


 そんな警士庁は活動場所の違いから、王都を中心に働く中央警士局と、それ以外の地域で働く地方警士局に分かれている。

 国の中枢を守るお巡りさんと、地方の警察署に勤めるお巡りさんの二つに分けられるのだ。


 そしてこれら二つの組織は、双方とも転生局の活動に関わる存在だ。

 というのも転生局は、転生者法の施行細則第八条により職員数が制限され、少数精鋭で働くことが余儀なくされている。

 例え人手不足であろうと、職員の数を増やせない法律があるのだ。


 その代わりというべきか、転生局の局長(鏖殺人)は人手が足りない時──現場の長期間に渡る封鎖や広範囲への聞き込みなど──には、警士庁に応援を頼み、中央警士や地方警士を一時的に鏖殺人の部下として雇い入れることが可能になっている。

 だから、鏖殺人の説明にあった「現場の封鎖を地方警士局に任せた」というのは何も不思議ではない。

 転生局と地方警士局は、そうやって助け合いながら各地で異世界転生者を殺しまわっているのだ。


 しかし地方警士局ではなく、中央警士局となると事情は変わる。


 中央警士局は国の中枢を守る組織であるため、警士の中でも特に優秀な人間を集めて作られる組織だ。

 そのためか、中央警士局に所属する警士たちは極めて誇り高いことで知られている。

 どんな状況でも決して外部からの助力は受けないと宣言するほどに、彼らは自分たちの能力に自信を持っているのだ。


 そんな彼らが早馬で鏖殺人に助力を頼んだというのは、ライトにとっては非常に奇妙な話だった。

 早馬を使うのも無料ではない……通常の馬よりも優れた脚力を持つ早馬の品種は、国によって生育が管理されており、一度使うだけでかなりの使用量をとられる。

 そんな早馬を使ってまで、誇り高い彼らが中央警士ではない鏖殺人に助力を頼んだとは、一体何事だろうか?




 ──いやでも、今聞く話じゃないか。俺のやる仕事とは、直接関係のない話だろうし。


 二等職員時代に、中央警士の頑なさと秘密主義については嫌という程に実感していたので、過剰な程に疑問に思ってしまった。

 頭を振って疑問を追い出したライトは、話の腰を折ったことを詫びてから鏖殺人に説明の続きを促す。


「すいません、続けてください」

「……とにかく、中央警士に言われて俺は王都に戻った。そして中央警士局で振られた話が、先程知らせた連続殺人事件についてだ。現在、転生局が関わっている事件の片割れだな……正直なところ、今の俺はそちらにかかりきりになっている。そこで、この風野凛花に関する事後処理は君に頼もうと思った。だから、こうして説明させてもらった次第だ」

「ええっとつまり……俺はファストの街に行って、現場に異世界由来の物品があったらそれを回収し、最終的に封鎖の解除を行えばいいんですね?」


 ライトは頭を働かせて、自分がしなくてはならないことを正確に把握する。

 口振りからして、どうやら死体は既に引き上げてくれたようだと安心してもいた。


「それで、いつ現場に向かえばいいんですか?」


 仕事内容を把握すると同時に、気になってきたことを鏖殺人に質問する。

 異世界由来の物を回収しろと言われても、異世界転生者についてそこまで知識がない今の自分では、どれが異世界由来のもので、どれが元々この世界にあるものか分からない。


 ──順当にいけば、一週間ぐらい仕事のレクチャーを受けてから、現場に行かされるのかな。そうすれば、ちょっとは危険な物品が何なのか分かるだろうし。


 そんな、甘い予測をしていたからだろうか。

 続いての鏖殺人の返答に対して、ライトは絶句することになった。


「……今すぐにだ。早馬と宿は用意してあるから、すぐにファストに行ってきてほしい。地方警士を借りられる期間も限界があるから、三日以内に終わらせてくるように」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ