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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
一章 鏖殺人と普通の研修生
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四話

 ライトの前に立つ鏖殺人が扉を開けると、冷たい空気が廊下にまで漏れ出してきた。

 ライトがぶるり、と身を震わせる中、鏖殺人は全く気にしていないように、部屋の中に入っていく。

 続けて室内に入ったライトは、部屋の様子を見て思わず声をあげていた。




「これが、転生局の倉庫……」




 眼前に広がるのは、数えきれない程の本棚たち。

 それらには本だけでなく、鏖殺人が異世界転生者から押収した異世界由来の品が飾られている。

 特に分類されている訳でもなく、押収のたびに棚に詰め込まれているため、お世辞にも綺麗とは言い難い。

 だが、それでもここまで並べば壮観だった。


 アレルでは見たことがない、薄いレンズの眼鏡。

 とても手では再現できない程、整然とした活字が並ぶ書籍。

 そして、ほとんどの棚に共通して置かれている、使い道が分からない、小さな黒い板のようなもの。


 かつてこれらの技術をめぐって戦争が起きたことなどが嘘のように、全ての品が粗雑に管理されている様子は、ある種のシュールさを感じさせた。




「これ、何なんですか?」


 今は仕事中だ、と叫ぶ自制心を好奇心が凌駕し、棚に並んだ黒い板について鏖殺人に尋ねてみる。

 異世界由来の技術品とはいえ、使用方法が何となくわかるものもあるのだが、この黒い板については使用方法が見当もつかない。


「向こうの世界でスマートフォン、と呼ばれるものだ。それ一つで手紙を送ることができたり、辞書になったりするらしい。最近やってくる移動型異世界転生者が、よく持ってる」


 さして興味もなさそうな様子で、鏖殺人が返答する。


 ──これ一つで、手紙や辞書に?


 わざわざ答えてもらったのに失礼な話だが、ライトには本当にこの黒い板でそんなことが出来るとは思えなかった。

 自分の常識からかなり遠いところにある代物なんだな、と理解するのが限界である。


「充電が切れているから、今は使えない」


 よっぽどスマートフォンに興味をひかれているように見えていたのか、鏖殺人から諫めているようにも聞こえる言葉がかけられる。

 慌てて、ライトは棚から体を引いた。


 ライトの質問を受けて立ち止まっていた鏖殺人が、再び倉庫の奥へ足を進める。

 正直なところ、他にも気になる品はたくさんあった。

 だが、次は叱責されるだろう、と分かったため、ライトは何も言わずについていった。


 やがて、ある棚の前で鏖殺人が足を止める。


「ここだ」


 その言葉につられて棚をのぞき込むと、果たして倉庫に入る前に鏖殺人から聞かされていた通りのものが並んでいた。


 まず、あまり量は多くないが、硬貨と紙幣が並べられている様子が目に入る。

 恐らく、異世界の貨幣だろう。

 さらに、その隣には桃色のとても小さなカバンのようなものがあった。

 位置取りからすれば、これは財布、ということになる。


 もっと隣に行くと、何枚かのカード状のものが並べられている。

 名刺かと思ったが、それぞれに書かれてある名前が異なることから、違うものだと判断する。

 食べ物らしき絵が描かれていることを見ると、異世界での食事店で、客に与えるカードだろう。


 視線を横に映すと、複数の異世界の教科書と思しき書物が立てかけられ、さらにこれらを納めていたらしい大きなカバンが置いてある。

 その奥にもいろいろと並んでいるようだが、ライトの位置からは鏖殺人が邪魔になって見えなかった。


「これが、一週間前に殺した異世界転生者からの押収品だ」


 説明と共に、鏖殺人がピンで棚に張り付けられているカードのうちの一枚を指さす。


 ライトには、そのカードが何でできているか分からなかった。

 表面は少し光沢があり、つるつるとしている。

 他のものよりは厚くなっており、かなり堅そうだ。

 全体に茶褐色の汚れが付着しているために読み辛いが、カードの端には「学生証」と書かれてあるのが読み取れた。


 一歩棚に近づき、その「学生証」を見つめてみる。

 カード表面の右と左で記してある内容が異なり、ライトから見て左には持ち主のものと思われる写真──さすがにライトも、異世界技術の一つとして写真の存在は知っている──右には文字や数字が入り混じって、細かく何かが書かれている。

 文字の方は、ライトも知らない文字、すなわちアレルにおいて使用されていない文字もあって全ては読み取れなかったが、中央に「風野 凛花」と大きく印字されているのは分かった。


 一方、写真の方は汚れが多く付着していて、何やら女性の写真であるとしか分からない。

 学生証という名前、さらに顔と人名が記されていることからして、異世界における学生の身分証明書だろうと結論づけ、ライトは視線を学生証から鏖殺人の方に移した。


「この人について、どんな仕事が?」




 初仕事として渡された、ある移動型異世界転生者に関する資料。

 それは、内容としては平凡なものだった。


 一週間前、ファストという街の外れに広がる森において、ある猟師が、空が異常に光る現象を確認。

 慌てて転生局に連絡し、鏖殺人が早馬を飛ばして現場に向かった。

 ファストの街が王都から近い場所にあったことも幸いし、目的地点から移動していなかった異世界転生者を発見、排除した、というものである。

 報告書を見る限りでは、完全にけりが付いた案件のように思える。わざわざ新人に覚えさせるほどの仕事があるとは思えない。


 ──ということは、死体処理でもさせられるのか?


 配属を通達された時からある程度は覚悟していたこととはいえ、死体に触れる自分の姿を想像して、ライトはやや気分が悪くなった。


 だが、予想に反して、資料を読み終わったライトに鏖殺人が告げたのは、異世界転生者の遺品の確認だった。

 もっとも、今日来たばかりのライトに倉庫の位置が分かるはずもない。

 そこで、鏖殺人に案内してもらい、この風野凛花という異世界転生者の遺品のところにまで連れてきてもらったのだ。


「……本来、移動型の異世界転生者を殺した後は、俺はしばらくその地域に留まって、異世界転生者が持ち込んだものを回収するようにしている。どこで何を落としているのか、さっぱりわからないからな。今回も、異世界転生者が転生した場所からほとんど動いていなかったとはいえ、現場を封鎖して俺が調査する予定だった」


 機密事項も含まれる説明であるため、本来なら転生局にまで戻った方がいいのだが、時間が惜しいのか、鏖殺人はそのまま倉庫内で説明を始めた。


「だが、その日の夕方になって突然、中央警士局の職員が、早馬に乗ってやってきたんだ。要件は言えないが緊急だって言って譲らないものだから、仕方なく現場は地方警士局に保存してもらって、王都に帰ることにした。だから、この異世界転生者の転生現場は、今も封鎖されたままだ」

「……中央警士局が、応援要請をしたんですか?」

「そうだが、何か?」


 いくつか気になる点はあったのだが、最も違和感を覚えた部分への疑問が、ライトの口からこぼれてしまう。

 さらに、仮面の上からわかるほどに、困惑を浮かべつつ肯定する鏖殺人の態度に今一度驚愕する。




 警士、というのは転生局と同様に内務省に属している、警士庁で働く職員たちのことである。

 そして警士庁とは、犯罪の取り締まり、町の警備、犯罪者の逮捕と法廷への護送などを行う組織である。

 元々は異世界において同様のことを行っているとされる組織と同じく「警察」と呼ばれていたのだが、佐藤トシオの死後、「佐藤トシオの故郷にある組織と名前が同じであるというのは気分が悪い」という理由で名称が変更されたという歴史を持つ。


 警士庁内部は、取り締まる場所の違いから、王都を中心に働く中央警士局と、それ以外の地域で働く地方警支局に分かれている。

 そして、そのどちらも、転生局の仕事にもしばしば関わってくる存在だ。


 転生局は、転生者法の施行細則第八条により職員数が制限され、少数精鋭で働くことが余儀なくされている。

 その代わりに、現場の封鎖や聞き込みなど、人手が足りないときには警士庁に応援を頼み、中央警士や地方警士を一時的に鏖殺人の部下として雇い入れることが出来る。

 このため、鏖殺人の説明にあった「現場の封鎖を地方警士局に任せた」というのは何も不思議ではない。


 ライトが不思議に思ったのは、中央警士局が鏖殺人を呼んだ、という点である。

 中央警士局は、国の中枢を守る組織であるため、警士の中でも優秀な人間を集めて作られる組織だ。

 そのためか、中央警士局の職員は極めてプライドが高いことで知られている。

 基本的に、同じ組織の中であっても、決して外部からの助力は受けないと宣言するほどに、彼らは自分たちの能力に自信を持っているのだ。


 そんな彼らが、早馬まで使って──早馬は国が管理しており、一回使うごとに決して安くはない使用料を取られる──鏖殺人に助力を頼んだというのは、二等職員時代から彼らの頑なさを知っているライトにとっては、非常に奇妙な話だった。




 しかし、奇妙だが今聞く話でも無い。

 とりあえず、話の腰を折ったことを詫び、ライトは鏖殺人に説明の続きを促す。


「王都に戻ってから中央警士局で振られた話が、さっき言った、今うちが関わっている案件の一つ、連続殺人事件についてだ。結構手間を食っていて、正直手が離せない。そこで、こちらの事後処理の方は君に頼もうと思った。それで、こうして説明させてもらった次第だ」

「……ということは、俺はファストの街に行って、その現場で異世界由来のものを回収し、封鎖の解除まで行えばいいんですね?」


 ライトは頭を働かせ、いくつかの初めて知る事実には驚きながらも、自分がしなくてはならないことを正確に把握する。

 口ぶりからして、どうやら死体は引き上げてくれたようだ、と安心しつつ。


「それで、いつ現場に向かえばいいんですか?」


 仕事内容を把握すると同時に、気になってきたことを鏖殺人に質問する。

 異世界由来の物を回収しろと言われても、ほとんど異世界転生者について知識がない今の自分では、どれが異世界由来のもので、どれがもともとこの世界にあるものか分からない。


 ──順当にいけば、一週間ぐらいレクチャーを受けてから、現場に行かされるのかな。


 そんなことを考えていたからだろうか、鏖殺人の返答に対して、ライトは今日何度目かの度肝を抜くことになった。


「今からだ。早馬と宿は用意してあるから、すぐに行ってきてほしい。地方警士を借りられる期間も限界があるから、三日以内に終わらせてくるように」

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