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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
二章 鏖殺人と兄妹の免罪符
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十二話

「一般にはあまり知られていないが、医療機関で子どもが生まれた際、この国の医師は子どもの様子を観察する義務がある。再誕型異世界転生者発見のためにな」


 そうなんだと驚きつつ、カケルはいつの間にか下を向いていた顔を上げる。

 鏖殺人もまた、カケルの理解を待つようにしてゆっくりと話を続けた。


「考えてみてほしい。異世界転生者は皆、地球では普通に人間として暮らしていたんだ。それが、ある日突然見知らぬ場所で赤ん坊として生まれ直す……そして再誕型の場合、肉体は赤ん坊のそれだ。だからどれだけ隠そうと思っていても、異世界転生者の行動は普通の赤ん坊のそれとは異なってしまう」

「どんな風に、ですか?」

「例えば……空腹になっても泣かない、漏らした時も泣かずに言葉で知らせようとする、などだな。魂の年齢はそれなりの年齢に達していることが多いから、羞恥心の方が勝るんだろう。そういった奇妙な行動をとる赤ん坊がいた場合、医師は転生局に通報する」

「……じゃあ、再誕型の異世界転生者が生まれたことは、医師がちゃんと観察したらすぐに分かるんですか?」

「そういうことだ。ただしこれは、その子どもが医療機関で生まれた時の話。この村のような場所では、未だに産婆を呼んで自宅で子どもを出産する家が多いからな。その場合、この手のチェックが碌にされないことがある。だから早期発見に失敗した再誕型異世界転生者というのは、出身地が農村であることが殆どだ」

「逆に言えば……都市部の病院で生まれて、おかしな行動をとったことがない赤ん坊は、まず間違いなく再誕型異世界転生者ではないっていうことですか?」

「そういうことになる。もっとも、人間がやることだから取りこぼしはあるだろうが」

「……ランは、どうだったんですか?調べたんですよね、医師を逮捕したのなら、その時の様子も……」


 カケルの問う声は、少し震える。

 対照的に、鏖殺人の声は震えない。


「隠されていた当時の記録に目を通したが、『異常なし』だ。改竄に協力した医師の方も、どうしてこんな普通の子どもを両親が異世界転生者だと思い込んでいるのか、不思議に思っていた程だったらしい」


 少し間を開けて、静かな音が響く。


「そして最終チェックとして行ったのが、先程の名前を聞くテストだ。異世界転生者はしばしば、この世界での新しい名前に馴染んでいないことがある。アレルで生まれた後に名付けられた名前を、使い慣れないことが多い」

「地球では、全く別の名前で暮らしていたから……」

「その通り。特に、この世界で暮らした年数が短い子どもはこの傾向が顕著だ。しかし……あの子の肌に触れて脈拍を測りながら名前を聞いてみたが、君の妹の話し方は普通だったよ。馴染めない名前を口にしていれば、多少は表情や呼吸に変化があるものなんだが」


 ここまでくれば、予想はできていた。

 次に鏖殺人が何を言うかは。




「転生局の局長として、ティタンとして保証しよう。星野ランは異世界転生者ではない。あの子は、ただの人間だ」




 その言葉を告げられた時、カケルの身に襲い掛かったのは歓喜の感情ではなかった。

 寧ろ心の内に占めるのは、それとは程遠い感情。


 鏖殺人の話が理解できなかったわけではない。

 話自体は、子どものカケルにも理解できる程度のことで。

 既にカケルから見ても、ランが異世界転生者だという認識は、不運から生まれたただの勘違いであることは明白だった。


 それが理解できたからこそ────虚しかったのだ。


 後悔か。

 悔恨か。

 いつの間にか、カケルは愚痴をこぼす。


「だとしたら俺たちはこの五年間、何のために……?こんな村まで来たことに、何の意味が……?」

「意味は無かったな。君の妹が計算ができるだのなんだの言いだした時に、転生局に来てくれたら良かったものを。そうすれば、五年前の時点で俺は免罪符を渡すことが出来ていた」


 鏖殺人の返答は、容赦というものを知らなかった。

 カケルたちが必死の思いで過ごした五年間を、無意味の一言で切って捨てる。


 鏖殺人の立場からすれば、転生者法を守ることを嫌がった家族が、やらなくてもいい苦労を自ら引き受けたように見えているのだろう。

 ただひたすらに、異世界転生者に対する理解を欠いた人間が、娘が異世界転生者ではないかと騒いでいただけの案件。


「……こういう例、結構あるんですか?」


 哀願するようにして、カケルは問いかける。

 自分たちの行動が、そこまで間抜けなものだと思いたくなくて。


「……しょっちゅうだ。転生局の仕事の半分は、今回のような誤報への対処だからな」


 その言葉は、どうやら本当らしかった。

 カケルを慰めるために、嘘を言っているようには見えない。

 しかしその答えを聞いても、やはりカケル心は晴れなかった。


「うちの一家は、勘違いでずっと逃げ回っていたんですね……」


 どう考えたところで────この事実は消えない。






 それからしばらく、沈黙が続く。

 しかしカケルの様子は、鏖殺人の目にも酷く落ち込んでいるように映っていたのだろう。

 流石に気になったようで、不意に声をかけてきた。


「……喜ばないんだな、君は。今まで免罪符を渡した家族は、概して歓喜したものだが……君のような落ち込み方をする人間は、見たことがない」


 カケルが何も言わないでいると、鏖殺人の言葉はさらに続く。


「いや、寧ろ君は……妹が本当に異世界転生者であることを、そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 バッ、とカケルは一瞬で顔を上げる。

 鏖殺人はいつの間にか、手荷物──何を入れているのか知らないが、米俵くらいの大きさがある大きな袋だった──から一枚の紙を取り出して、カケルの方に突き付けていた。


 子どもが書いたと一目でわかる、汚い字で書かれた手紙。

 紙はこの村の雑貨屋で売っているもので、インクは学生がよく使う青いインク。

 そして筆跡は、間違いなくカケル自身のものだった。


 ──やっぱり、出していたんだな。


 ここまで来ると、カケルはその事実を落ち着いて受け止めることが出来た。

 手紙の内容にも動揺することなく目を通す。


 教科書の例そのままの時候の挨拶から始まり、次の行にはカケルたちの家の住所が書かれている。

 更に異世界転生者と思われる少女の外見や、彼女が起こした計算に関する不思議な出来事についても書いてある。

 詰まるところそれは、カケルの手で書かれた星野ランを告発する文書だった。


「もう一度聞こう。この手紙を出して、俺や白縫をこの村に呼んだのは……君だな?」

「……はい」


 今度こそ、はっきりとした返事を返すことが出来た。


「俺の立場としては、君の行動は賞賛すべきものだ。異世界転生者だと疑われている者の存在を、自ら教えてくれたんだからな。例えそれが誤報だったとしても、市民としての義務を果たしてくれたと言えるだろう」

「……はい。そうでしょうね」

「だが、一応聞いておこうと思う。何故、君は今になってこんな手紙を送ったんだ?今まであの子の存在を隠すことに尽力していながら、どうして急にこんな行動を起こした?」

「……それ、答えなきゃ駄目ですか?」

「いや、これは俺の個人的な興味から出た質問だ。義務はない。しかし……」


 そこで鏖殺人は首を回し、カケルを正面から見据える。


「君も、思いっきり話したいんじゃないか?だから俺を呼び止めたんだろう?」


 その言葉は、不思議とカケルの心に結構な影響を及ぼして────自然と、カケルは打ち明けることにする。

 あの日、宴会に巻き込まれた挙げ句に酔っぱらって、手紙を伝書カラスに括り付けた日のことを。

 そしてそれ以前から、ランに抱いていた感情のことを。

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