十一話
「ま、待ってください!」
鏖殺人が口を閉じた瞬間、カケルは飛び込むようにして次の言葉を制止する。
これ以上言葉が続けられる前に、言いたいことがあったのだ。
「……そ、その推理では、ランが起こしたことについて説明ができません」
「そうか?」
鏖殺人は気分を害した様子もなく、言葉少なに応じる。
心なしか楽しそうだ。
「だって……ランが計算をした光景を見ても、俺はすぐには両親に話さなかったんです。バレたらまずいと思って。彼らに話して騒ぎになったのは、少し経ってからで……両親のどちらかがあの場にいたのなら、後から大騒ぎするのはおかしいんじゃないですか?普通、その場で何か言うでしょう?」
「いや、大しておかしい話とは思わないな。幼い日の君と同様に、君の両親もしばらくは現実を受け入れられなかっただけだろう」
変わらない調子で、鏖殺人がさらりと推測を告げる。
絶句するカケルを横目に、彼は淡々と言葉を紡ぐ。
「自分の子どもが異世界転生者かもしれないと思いつつも、どうしても認められない。より詳しく調べたらはっきりするかもしれないが、恐怖心からそれもできない。だからなあなあのまま放置する……よくある話だよ。珍しくもない」
「そう、ですか……」
「人間なんてそんな物だ。都合の悪いことには目を向けない」
何の感情も見せずに、鏖殺人はこちらの意見を叩き切っていった。
「……だけど、その後もランは計算をしたんですよ。両親の目の前で。貴方の推理では、これに説明がつかないのでは?」
「それについても、簡単に説明が付けられる。君がその光景を覚えているということは、三人で見守っている中で、彼女の計算能力を試したということだろう?だったら、幼児でも簡単に正答を口にできた可能性がある」
「そうなんですか?」
訳が分からず、首をかしげる。
それを前にして、鏖殺人は分かりやすく「やれやれ」と言った。
「その時、彼女がやらされたのは足し算だったはずだ。前と同じような計算を試すはずだからな」
「だけど、答えを口には出すようなことはしませんよ。声を出してしまったら、それこそ検証にならないじゃないですか」
「そうだろうな。だが気が焦るあまりに、こんな質問の仕方をした恐れはある……こう聞いたんじゃないか?『これの答えは一だと思う?二だと思う?』という風に」
それを聞いた瞬間、霧が晴れたかのように、カケルの脳裏にある光景が浮かび上がった。
当時住んでいた、ファストの家における様子だ。
まだ若い両親と基礎教導院に上がったばかりの自分が、一歳児だったランを取り囲んでいる。
場の全員がその手に石を持ち、目は安定せずに揺れている。
はっきり言って、異常な光景だ。
その中で、父親が口を開く。
「ラン、ここに石が三個ある。お父さんが二個捨てよう。残るのは……い、一個か、二個か。どっちだ?」
この時、「一個」と口にした時、父親の表情は激しく揺れ動いている。
そう答えられてしまうと、我が子が異世界転生者である可能性が増してしまう。
答えてほしくないという思いが、口調を変化させる。
一方で「二個」と言った時の口調は、普段通りのものだ。
大した変化はない。
所詮誤答だと分かっているためか、声にも力が入っていない。
父親と母親は、自分たちの口調の不自然さには気が付いていない。
ランが異世界転生者かもしれないという恐怖から、平常心を失ってしまっている。
そもそも二択の形で答えを聞いてしまえば、仮にランが適当に答えても正答率は五割になり、かなり高くなってしまうはずだが……意識が恐怖に持っていかれてしまっている彼らは、そのことにすら気が付かない。
一方、聞かれているランはそんな事情など分からない。
ただ、父親の顔だけを見ている。
二択を迫る中で、「一個」と言った時には面白い表情を浮かべる父親の顔を。
だから、彼女は答えてみる。
悪戯心も込めて。
「いっこー!」
両親の首が、がくりと落ちる。
実際はランは面白い顔をする方を言っているに過ぎないのだが、それだけで両親は「この子は異世界転生者だ」と思ってしまったのだ。
やがて落ち込んだ両親に変わって、次はカケルが似たような問いかけを────。
「要するに、君の妹が幼い頃から計算ができたというのは、色々な偶然から生まれた勘違いだ。ただの思い込みだよ」
「そんな……」
「それにあの子が異世界転生者ではないという証拠は、他にもある。実は君の妹の死亡届偽造などに関わった医者を既にしょっ引いているんだが、そこで興味深いことを聞いたからな。君の妹が生まれてすぐの頃の記録だ。それを見て、俺は君の妹が異世界転生者ではないことを確信した」
カケルが混乱している間も、鏖殺人の言葉は緩まなかった。
最早カケルの方には見向きもせず、結論を積み上げていく。




