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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
二章 鏖殺人と兄妹の免罪符
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九話

「しかし、無意味なことをしましたね。免罪符には識別のために番号を振っていますし、発行した相手の名簿は転生局で管理しています。だからこんなやり方で偽造したら、仮に判子が正しくなっていたとしてもやがてはバレたでしょう。有り得ない人間に免罪符が渡されていることになるんですから……失礼ながら、偽造免罪符を求める人たちはそれが分かっていないようです」


 長々と解説する鏖殺人に対しては、先手を打ったのは母親の方だった。

 細い腕に力をこめ、一気に鏖殺人に対して距離を詰める。

 喧嘩に慣れていない一般女性の行動としては、中々に思い切った行動だった。


 彼女には分かっていたのだ。

 目の前にいる相手を排除しない限り、娘はすぐにでも殺されると。

 しかし、その勇気は────残念なことに、この場では大した意味がなかった。


 パシンッと軽い音が響き、殴りかかったカケルの母親の体勢が大きく崩れる。

 そのまま、彼女の体は隣の壁に激突した。

 鈍い音が響く。


 母親は気絶でもしたのか、ずるずると壁に寄りかかるようにして崩れ落ちる。

 その奥では、左の拳を握り締めた鏖殺人が悠然と佇んでいた。

 彼が母親の攻撃を振り払ったのだと察して、カケルは身を震わせる。


「すまないが、手を引いているその子と少し話をさせてくれないか?」


 カケルを前にした途端、いきなり鏖殺人の口調が変わる。

 先程までの丁寧なものから打って変わり、不躾にも思える飾りのない口調に。

 その変化すらも恐怖に転じて、カケルはとても動けなかった。


「……もう一度言う。本当に少しだけ、話をさせてくれないか?」


 カケルはゆっくりと首を回して、ランの方を見る。

 さっきまで泣きそうな顔をしていたランは、今ではひたすら呆然としていた。

 口は半開きで、目は見開かれたまま瞬きすらしていない。


 ──初めて外に出ようとしたら、凄いことばかりが起こったから……理解できる範囲を越えちゃったのかな。


 どうでもいい思考が脳を埋めた。

 その瞬間、随分と近い距離から鏖殺人の声が響く。


「少し、触れさせてもらおう」

「……え?」


 気が付いた時には、カケルの足元に────ランの正面に当たる場所に、鏖殺人がしゃがみこんでいた。

 彼は無造作に右手を伸ばし、ランの目元に指を添える。

 彼の動きが余りにも早かったものだから、カケルはただ見ていることしかできなかった。


 鏖殺人は、ランの肌に本当に血が通っているのかを確かめるように、ゆっくりと指を動かす。

 やがてもう片方の手も添えて、両手でランの小さな顔を包み込んだ。

 その態勢のまま、彼は静かに問いかける。


「君の名前は?」


 意外なことに、ランの返答はすんなりとなされた。


「ほしの、ラン……」


 彼女の返答を、じっくり味わうように聞き遂げて。

 しばらく経ってから、鏖殺人は言葉を発する。




「……やはり、違うな」




 え、と顔を上げるカケル。

 口が「ん」を発した形のままで、固まるラン。

 そんな二人の様子を尻目に、鏖殺人は疲れたような様子で立ち上がった。


()()()()()()()()()()()()()()()……まず、間違いない」


 続いての鏖殺人の動きは迅速だった。

 混乱するカケルには目もくれず、突然玄関に向かう。

 やがて、数枚の書類とペンを持ってその場に戻って来た。


 どうやら玄関に手荷物を置いてあり、そこで目当ての物を探していたらしい。

 戻ってきてから、最初に彼は壁に寄りかかっているカケルの母親の元へ向かう。

 動かない彼女を見て、手慣れた仕草で首に手を添えた。


「寝てるだけか……」


 そう呟くや否や、胸ポケットから湿布らしい布を取り出して、母親のこめかみに丁寧に貼る。

 彼女の頭が、壁にぶつかったせいで腫れていたからだろうか。

 他にも二、三か所確認してから、気が済んだのか立ち上がった。


 続いて、彼はカケルたちの方を見やる。

 どこか、面倒くさそうな様子で。


 ──何か、疲れてる?


 改めて鏖殺人の姿を見直したカケルは、そんな印象を抱く。

 数分前までは恐怖心で動けなかったカケルも、今では自分を取り戻していた。

 何せ、目の前の鏖殺人から一切の敵意が消えているのである……怯える必要がない。 


 そんなことを思っていると、鏖殺人は手に持った書類の中の一枚を、唐突にカケルに向かって投げ渡した。

 うわあ、と小さく叫んでそれ拾ったカケルは、何となく表面の文字を読み上げる。


「ばいしょう、書?」

「賠償書だ。治療費に使え」

「治療費って……」

「君のお母さんを殴ってしまったんでね。それを持っていれば、診療所の類は無料で入れる。今見たところ、軽く頭を打っただけのようだが……念のためだ」


 そこまで一気に告げると、少し慌てたようにして言葉を付け足す。


「言い訳になるが、攻撃を軽く払いのけるだけのつもりだったんだ。ただ、思った以上に彼女が弱っていて……君のお母さん、ものすごく体が弱かったり、最近睡眠不足だったりするのか?」


 恐らく後者だ、と思う。

 働き詰めの毎日の中、急いで家に帰り、鏖殺人襲来で叩き起こされたばかりだったのだ。

 疲れない方がおかしい。


 カケルが正直にそんなことを言うと、鏖殺人は納得したように頷く。

 そして、流れるように残りの書類を渡した。


「これは『当該人物に関する非異世界転生者証明に関する書類群』……君たちが言うところの『免罪符』だ。もう俺の名前は書きこんである。お母さんが目が覚めたら渡してくれ」


 カケルが反応を返す暇もなく。

 その書類は意外な軽さで、カケルの手の中にもたらされた。


 父親と母親が、大金をはたいてまで偽物を購入しようとしていて。

 多くの異世界転生者が、何でもするから渡して欲しいと目を血走らせる代物。

 カケル自身も、その存在を夢見た免罪符が────。


 まるでごみでも捨てるかのような気軽さで、鏖殺人から手渡された。




「では、さようなら」


 カケルの受けている衝撃も、事態についていけていないランの戸惑いも無視して、鏖殺人は家から出て行こうとする。

 呆然としていたのは、ほんの少しの間だった。

 何とか自分を立て直して、カケルは大声を出す。


「ま、待ってください!」


 ランと繋いでいた手を振り払い、カケルは俄かに走り出す。

 ランが後ろから呼んでいたが、それも無視した。


「鏖さ……き、局長さん!待ってください!」


 カケルは最大限の音量で声を絞り出し、それが聞こえたのか鏖殺人は足をピタリと止める。

 玄関に置いていた大きな荷物を担いで立ち去ろうとする彼に、カケルは再び呼びかけた。


「……色々と、説明してください」

「何を?」

「全部です。どうして、ランが異世界転生者じゃないって話になったのか。何であんなにあっさり、免罪符をくれるのか」


 少しでも説明されないと納得できない、と必死に訴える。

 昨日の白縫副局長、そして今日の鏖殺人と、意図もよく分からないまま現れ、さっぱり理解できないまま去っていく者たちが連続している。

 ここで彼を逃してしまっては、その真意は謎のままだ。


「とにかく、事情を教えてください……分からないことだらけで、おかしくなりそうなんです!」


 カケルの言葉を聞いた鏖殺人は、少しその場に留まって考える。

 そのまま「……ついでだ、あれを確かめておくか」と呟いた後、彼はカケルに対してこんなことを告げた。


「分かった、俺たちの判断の理由を話そう。だが、実を言えば俺としても君に聞きたいことがある。良いかな?」


 カケルが返答する間もなく、質問は投げかけられる。


「俺をここに呼んだ『通報者』の正体は……君だな?そうだろう、星野カケル君?」

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