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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
二章 鏖殺人と兄妹の免罪符
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六話

 早すぎる。

 カケルが最初に感じたことはそれだった。

 しかし動揺する間もなく、彼の言葉は続く。


「申し訳ありませ、ん。星野さー、ん!」


 少しばかり間延びした口調。

 語尾を区切る、特徴的な話し方。

 間違いなく、あの白縫の声だった。


「にーちゃ、出ない?」


 頭が真っ白になる中、ランがカケルの服の裾をちょいちょいっと引く。

 話し方が相変わらずはっきりしないが、「お客さんが来ているのになぜ応対しないのか」と聞きたいのだろう。


 彼女にそうされた瞬間、反射的にカケルはランの口を塞いだ。

 正常な思考はまだ復活していなかったが、ランの声を聴かれたら終わりだと思ったのである。


 突然に口をふさがれたランは、しばらくきょとんとしていたが、やがて遊びの一種だと解釈したのか、笑みを浮かべてカケルに密着してくる。

 その温もりを感じて、ようやくカケルの意識は現実に戻った。


「……ラン、大切なことだから、よく聞いて」


 白縫の呼びかけを聞き流しつつ、小声でランの耳元に話しかける。

 泣かれては困るから、優しい声色で……しかし、緊急事態とは悟ってもらえる程度に低く。

 その真剣さが伝わったのか、覆われた口からふもふもと声を漏らしつつ、ランはカケルを見つめた。


「今から、お兄ちゃんはあのお客さんの相手をしてくる。ランは、ランのお部屋にいて。絶対に、部屋を出たらだめだよ。声も出したら駄目だ。全部終わったら、何かあげるから……できる?」


 普通なら、子どもに向かって出すことなどありえない種類の命令だ。

 しかしランは、カケルと共に何度も引っ越しを繰り返してきた猛者である。

 意外にも物分かりは良く、すぐさまこっくりと頷く。


 カケルがパッと手を離すと、言われた通りにランは自分の部屋へと走っていった。

 その後ろ姿を見ながら、カケルは覚悟を決める。




「……君が、星野さ、ん?」

「はい、星野カケルです」


 扉を開けてみると、自分の口からは割とスムーズな自己紹介が飛び出てくれた。

 焦っている割には上出来だろう。

 ジロジロとこちらを観察しながら、白縫はそんなカケルに質問を投げかける。


「お父さんと、お母さんはいるか、な?」

「父も母も、出稼ぎに行っているので……しばらくは戻らないかと」


 ここは真実を口にした。

 実際に家の中に両親はいないので、嘘を言ってもすぐに分かってしまう。

 隠す理由はないだろう。


「じゃあ、君はこの家に一人、で?」

「はい、そうですが……」


 間違っても、ランの存在を口走るわけにはいかない。

 違和感を持たれるかもしれないとは理解しながらも、カケルはこれを肯定した。


 傍から見れば、まだ十二歳の子どもを一人で廃墟のような家に住まわせているのは、相当異様な図である。

 それでもランが殺されることに比べたら、両親が育児放棄でしょっ引かれる方がまだマシだった。


「あの、何の用ですか?」


 白縫の反応を待たず、今度はカケルの方から質問する。

 もしも、彼が既にカケルの一家を疑っているのならば、こんな質問ははぐらかすだろう。

 逆に全くの別件だったなら、本当のことを話してくれるかもしれない。


 さあどう来るか、とカケルは固唾を飲んで待つ。

 カケルとは対照的に、白縫はへらへらと笑いながらこう答えた。


「いやあ、早退した子供がいるというから、心配になって、ね。様子を見に見たんだ、よ」

「はあ……」


 嘘だな、とすぐに分かった。

 いきなりこの村に来た転生局の職員が、たまたま早退した生徒の見舞いに駆け付けるなど、非現実的にも程がある。

 これなら、まだ役人の与太話の方が真実味があるだろう。


 しかし、これで確信できた。

 間違いない……理由は不明だが、彼はランの存在に気づいている。


 きっと、ランのことを知るカケルに敢えて直接接触することで、反応を見ているのだろう。

 これが転生局の手口なのか、とカケルは一層警戒する。

 しかしそう思った瞬間、白縫は笑って反対のことを言った。


「嘘だよ、ごめん、ね。私は、別のことをしに来たん、だ」


 早過ぎる前言撤回。

 返答するのも馬鹿らしい。

 何も反応しないように、カケルは黙り続ける。


 両親の話によれば、転生局の職員は、異世界転生者がいると思われる場所を何の承諾もなしに捜査できるような権限があるらしい。

 だから、ここで白縫が「転生局の業務として、家の中を見せていただきたいんで、す」とでも言えば、カケルにはそれを防ぐ手段はない。


 仮に彼が異世界転生者の存在を確信しているのであれば、そうやって来るはずなのだ。

 躊躇う理由は何もない。

 それなのに、わざわざカケル相手に揺さぶりをかけているということは────恐らく、まだ異世界転生者がいると確信している訳ではないのだ。


 無論、疑ってはいるのだろう。

 そうでなければ、こんなところに来ることはない。

 しかし、まだ証拠がないのだ。


 逆に言えば、ここで証拠さえ与えなければ、切り抜けられるかもしれない。

 そう考えたカケルがじっと黙っているのを見て、白縫は僅かに感心したような表情を浮かべた。

 続けて、少し愉快そうな目を浮かべてこう告げる。


「私がここに来たのは、この家の様子を見るためだ、よ」


 ──家の様子?


 声には出さなかったものの、心中では疑問を抱く。

 カマをかけるために無茶苦茶な理由を言ってくることは予想していたのだが、家の様子というのは突飛だった。

 この廃墟寸前の家が、どんなふうに転生局の業務と関係しているというのか?


「もう十年以上前になるけどね……この家には、とある異世界転生者が住んでいたん、だ。だから、様子を見に来たんだ、よ」

「えっ……?」


 初めて聞く話だった。

 思わず、反応してしまう。


「興味あるか、い?今度は嘘じゃない、よ。ここには異世界転生者が住んでいたん、だ。ワクリの農家として、結構な期間潜伏していたんだ、よ」


 そこまで告げると、不意に白縫は家の庭の方を指さした。

 指の動きにつられ、カケルもそちらの方向を向く。


「あそこに大きなワクリの木がある、ね。あれは、その異世界転生者が育てていた木だ、よ。今でも残っているとは思わなかったけ、ど」


 この話は恐らく事実だ。

 初めて聞く話に混乱しながらも、カケルはそう感じる。

 彼の話は、カケルが前から密かに抱いていた疑問への回答となっていた。


 ずっと疑問だったのだ。

 どうしてこの家は、他の家とは離れたところに建っているのか。

 そして、長期間腐りかけたような状態で放置されているのは何故か。


 前の家主が異世界転生者だというのなら、このことにも合点がいく。

 今のカケルたちと同じように、村人たちから隠れるようにして、異世界転生者がここに住んでいたのだろう。

 作物であるワクリを売る時はともかく、日常の仕草で正体がバレないように気を使っていたのかもしれない。


 そして────白縫が過去形で話している以上、彼は転生局に見つかって殺されたのだろう。

 だから、この家は取り壊されもせずに放置されているのだ。

 異世界転生者が住んでいた、曰く付きの物件であるために。


 そう理解したところで、白縫は立て続けに知識を披露してきた。


「異世界転生者が住んでいた場所は、普通だれも住みたがらな、い。普通の人は怖がるから、ね。だからその家は取り壊されることが多いし、残っていても廃墟同然になるん、だ。これは分かるかな?」

「え、ええ」

「逆に言えば、その手の曰くつき物件は、異世界転生者が隠れるにはもってこいの場所なん、だ。普通のやり方では家を借りられないような人が多いから、ね。かつて異世界転生者が住んでいた場所に、新しい異世界転生者が逃げ込んで住み始めることはよくあ、る」

「……そうですね」

「だから転生局の人間は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()調()()()という仕事があ、る。新しく住み着いた人がいないかを確認するために、ね。今回も、そのために来たん、だ」


 流れるように解説してから、白縫は喉を整えるようにしばし黙る。

 そして、改まった口調でこう問いかけた。


「だからこそ聞きた、い。こんな曰く付きの場所に住んでいる君たち一家は、いったい何者なのか、な?」

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