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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
二章 鏖殺人と兄妹の免罪符
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五話

 しばしば、極端に緊張した人間の様子は、心臓の鼓動によって表現される。


 バクバクという鼓動が聞こえるだとか。

 不規則な鼓動が鳴りやまないだとか。


 これらは決して言葉の綾などではない。

 実際、緊張した人間は心臓の様子が気になるものだ。


 だが、彼の第一声を聞いた瞬間のカケルは、むしろ自分の心臓が止まったように思われた。

 自分でも怖くなるほどに、心臓の音が聞こえない。

 凍り付いてしまったのだろうか。


 いや、心臓だけではない。

 級友たちのざわめきも、廊下で遅刻者が走る音も、何もかもが聞こえない。

 ただ、転生局の副局長だという、白縫の言葉だけが脳内でリフレインしていた。


「まあ、自己紹介しておいてなんですが、皆さんに迷惑をかけるようなことはありませ、ん。めいめい、頑張ってくださ、い」


 生徒たちのざわめきを無視したように言葉を続けると、白縫はするり、と教壇から降りた。

 担任は驚いたように声をあげて引き留めたが、それを気にする様子もない。


 その長い手足を器用に折りたたんで、机と机の間を駆け抜けると、そのまま出ていってしまった。

 慌てて、担任が彼を追いかけて廊下に向かう。

 その瞬間、教室内では爆発するかのような勢いで生徒たちが話し始めた。







「結局さー、何で来たんだと思う?あの人」

「目的が分からねえよなあ……」

「単純にさ、異世界転生者を探しに来たんじゃない?目撃情報があったとか」

「馬鹿、それだったらわざわざ学校で挨拶する必要なんかないだろ?そいつに逃げられるじゃん」

「第一、そっち系の話だったら鏖殺人の方が来るんじゃない?」

「あ、そっか」

「んー、カケルはどう思う?」

「あ、うん……」


 突然話を振られ、カケルはあいまいな返答をする。

 正直、全然話を聞いていなかった。


「だからさあ、あの副局長とかいう人が何でこんなど田舎の、しかも教室の中に現れたのかって話!」

「ああ、うん。不思議だね、うん」

「そもそも、副局長って何やってんの?俺、鏖殺人しか知らないんだけど」

「あ、それ俺も」

「俺も鏖殺人しか知らなかった。というか、いたんだな、他の職員」

「ああ、鏖殺人しかいない部署なんじゃないかと思ってた」

「あー、確かあそこ、法律で働ける人数が決まってるらしいよ。親父から聞いたことがある」


 興味深い雑学を披露したのは、キャベツと呼ばれている友人である。

 名前通り、家はキャベツ農家だ。


「なんかさ、けんりょくのらんよー?を防ぐために人が少なくされてるとか何とか……だったっけ?えーと、どんな法律だったっかなー?」

「転生者法ですよ。その施行細則です」


 そこで突如、馬鹿丁寧な話し方で会話に割り込んでくる者があった

 彼は、役人とあだ名される友人だ。


 勿論、親は役場の職員である。

 一等職員を目指しており、実際結構な秀才なのだが、知識をひけらかす悪癖がある。


 だが、この状況ではその知識も役に立つ。

 カケルの友人たちの視線が、一斉に役人の方へ移った。

 注目されることが嬉しいのか、鼻をぴくぴくと鳴らしながら役人は言葉を続ける。


「転生者法で、転生局の人間は八名以下に留めなくてはならない、と定められているのですよ。理由は簡単で、昔大戦後すぐのころは、異世界転生者が憎いあまり、転生局への志願者が続出したからです」

「へー、そんな時代があったんだね」

「なんか、いまいち想像つかねーなー」

「何分、百四十年前のことですから。まあ、当時から局長がほとんどの仕事を処理していたので、これ以上はいらない、とのことでそう定められたというのが大きいようですが」


 そこで役人は言葉を切り、周囲を見渡して満足そうな表情を浮かべると、もったいぶった仕草で問いかける。


「ところで皆さん、あの人物に対する仮説を一つ、私は持っているのですが……。聞きたいですか?」

「おお、そんなのあんの?」

「聞きたい聞きたい」

「んー、しかしなあ。どうしようかなあ」


 役人は周囲を焦らしたいのか、なかなか話しださなかった。

 やがて、カケルたちのイライラが頂点に達したころ、ようやく語り始める。


「我らが基礎教導院には、偉大なる先輩がいますね?教師の方々が、説教のたびにしばしば引き合いに出す人物が」

「ああ、四宮なんとかっていう人だろ。この村の出身者で、初めて一等職員になったとかいう」

「下の名前って何だったっけ?」

「ライトですよ。四宮ライト。そして、ここだけの話なのですが……四宮ライト氏は、かつて転生局で研修を行った時期があるそうなんです!」

「……マジで?」

「……四宮さんってそういう感じの人?」

「……なんかイメージ変わるなあ」

「王都にいる文通相手が教えてくれました。確かな情報です」


 そこから、役人による伝書カラスを使った文通の素晴らしさの宣伝がしばらく続いたのだが、長いので省略する。


「まあ、何にせよ、四宮氏とあの白縫氏には、面識があるはずなんです」

「上司と部下ってことだもんな」

「そうなるな」

「そして、ここからが私の仮説なのですが……おそらく四宮氏は、白縫氏との会話の中でこう言ったのではないでしょうか。一度は故郷に帰り、後輩たちを前に錦を飾りたい、と。時刻は多分十五時。きっと天候は雨。転生局の一般的な昼下がりです」

「まるで見てきたように話すな……」

「何で天気まで分かるんだ?」

「まあ、拗ねるとまずい。話させておこう」


 自分の世界に入り込む役人とは対照的に、周囲の空気は冷めていく。

 やがて、役人を無視して、皆密かに話し出した。


 役人の扱いは普段からこんなものである。

 だが、そんな空気は気にせず、役人の口は止まらない。


「一度は故郷に帰りたい四宮氏。しかし、一等職員の仕事は激務。とてもじゃないが帰る暇はない。涙を呑む四宮氏。優秀であっても、新人である彼の仕事はまだ書類に判を押すだけのこと。しかも、最近の判子は滲みやすいので、故郷に思いをはせている間にまた判子を読めなくさせてしまい、鏖殺人に叱責されてしまう……」

「とうとう先輩のミスまで偽造し始めたぞ、こいつ」

「けど、本当に最近の判子って滲みやすいらしいぜ。この前、先生の仕事を手伝わされた時も、少し前の書類は判子が読めなくて大変だったってこぼしてた」

「そうなんだ。何でだろ?」

「なんか、作ってる民間商社が変わったとか言ってたような……」


 だんだんと、話題の中心から役人は離れていく。

 しかし、役人はまだあきらめない。


「よく聞きなさい、ここからが重要です。この場面で、上司である白縫氏が一肌脱いだのです。『分かったよ、四宮く、ん。私が代わりに行っといてやろ、う』と──。そこで雨は上がり、窓では小鳥が歌いました」

「だから、何で天気が分かるんだ?」

「地味に口調を再現しているのが腹立つな……」

「というか、部下の故郷に上司が行っても、意味ないんじゃない?」

「錦飾ってないよな、それ」


 仮説というよりは妄想を展開する役人に鋭い突込みが浴びせられるものの、もちろん彼は気にしない。


「そして今日、ついに彼は来たのです!部下の代わりに、私たちに対して講演をしてくれるために!そして、講演中彼は気づくのです。生徒の中に才気あふれる少年がいることに!そして彼は決めます、この僕を一等職員にすることを!」

「ついに本音が出たぞ」

「今日の妄想は長かったなー」

「自信ありげに語りだすから、ついつい聞いちゃうんだよな、こいつの話」

「全部最後はこいつが一等職員になるからな」

「どの話題でもそこに持っていけるのはある種の才能だよな……あれ、カケル、どうした?」


 ──聞くほどの価値はなかったけど、バカバカしすぎて逆に落ち着いたな。


 密かに役人に感謝しつつ、カケルは荷物を抱えて立ち上がる。

 白縫が出ていって十五分。彼は依然として帰ってこない。

 担任教師もだ。


 理由は分からないが、トラブルが発生しているらしい。

 だとしたら、帰るタイミングとしては好都合だ。


「ごめん、俺、早退する」

「え、何で?」

「まさか役人の話がそこまで……?」

「違うって、まだ風邪治ってないから、だんだん気分悪くなっちゃったんだよ。先生にはそう言っておいて」


 それだけ告げると、カケルは唖然とする友人たちを置いて、廊下へと飛び出した。




「とりあえずはこれで良し、と」


 家に帰ったカケルは、三羽の伝書カラスを空に放ち、ようやく一息つく。

 その場にうずくまると、ランが興味深そうにトテトテと歩いてきて、「にーちゃ、つかれたー?」と聞いた。


「……疲れてないよ、安心しただけ」


 空にはばたく伝書カラスを見つめながら、カケルはそう呟く。

 今放った伝書カラスは、カケルが両親から緊急用にと渡されたカラスたちである。

 他の鳥による捕食の危険性も考えて、複数放つことにした。


 この伝書カラスは、普通の伝書カラスよりも早く飛べるが、結構な値段の特殊な餌しか食べないという曲者たちで、これの世話もカケルの仕事だった。

 両親からは緊急時しか使うなと、念押しされていたのだが──。


「学校に転生局の職員が来るっていうのは、まあ、緊急だろう」


 抱っこをせがむランを適当にあしらいつつ、そうぼやく。

 内心、過敏すぎるのではないか、とも思う。


 まだ、バレたと決まったわけではない。

 役人の話ではないが、本当にただ講演に来ただけの可能性も──。


 ──だけど、何もしないわけにはいかない。


 これでもし、ランに何かあったら、一生後悔する。

 緊急用の伝書カラスを飛ばした以上、明日には両親が返ってくるはずだ。彼らと一緒に善後策を練って──。

 そこまで考えた時だった。


「ごめんくださー、い!」


 玄関から聞こえてきた声に、カケルは再び心臓を凍らせた。

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