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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
二章 鏖殺人と兄妹の免罪符
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四話

 ファストの街に住んでいた頃、カケルは夜に出歩くのが怖かった。

 理由は単純で、暗くて恐ろしいからだ。

 あの街では光の届かない場所が驚くほど多く、その全てが恐怖の対象だった。


 暗がりの中には、人間を食おうとする鬼が潜んでいるんだよ。

 いつもは優しい父も、怪談話をするときは別だった。

 くだらない話を思いついては、カケルを怖がらせて楽しんで。


 しかし今にして思えば、ファストの街は夜になってもまだまだ明るかった。

 夜遅くまで開いている店もぽつぽつとだが存在していたし、何よりも街灯が一定間隔で設置されている。

 現在住んでいる村……エドル村に比べたら、雲泥の差である。


 エドル村の住民は、基本的に夜遅くまで起きていることがない。

 殆どの村人が農業に従事しており、朝早くから農作業を行うように習慣づけられているため、夕方を過ぎるとすぐに寝てしまう。

 加えて、村の殆どの場所には街灯が設置されていない。


 そのために、夜になると村は完全な闇に包まれる。

 頼りになるのは星の光だけだ。

 夜道を歩く際には、ランタンを持っていくしかない。


 そして今、カケルはそんな暗い夜道を一人で歩いていた。




 ──今まで住んだ場所の中でも、ここは格別に田舎だなあ。


 この村に来て以来、何度も抱いてきた感想が脳裏をよぎる。

 カケルの一家が引っ越しをするのは、ランの存在が発覚して、人目を避けなくてはならなくなった時。

 故にカケルの住む場所は、引っ越しを繰り返すたびに人口の少ない田舎に変化していたが……エドル村は、今までの居住地とは格が違った。


 ──まあ、そのお陰で呼び止められるようなことがないんだけど。


 都合が良いと思いながら、カケルは夜道を歩き続ける。

 時刻は現在、二十三時。

 本来なら、十二歳の子どもがランタン片手に外を出歩くような時間ではない。


 それなのに、カケルは夜の散歩に励んでいた。

 一日の楽しみなど、これしかないのだ。

 今くらいは、自由に動いても良いだろう……殊に、あんな手紙を受け取った夜くらいは。




 ……夕食の支度をしていた時、突然伝書カラスが届けてきた父親からの手紙。

 その内容は、大体はカケルの予想していた通りのものだった。


 偽造免罪符の購入資金を貯めるため、しばらく帰れそうにはないこと。

 生活資金はまた送るから、上手くやりくりしてほしいこと。

 何があっても、ランの世話だけは忘れないこと。


 最初の方は、そんな内容が列挙されていた。

 これについては、今まで何度も言われてきた内容である。

 しかしながら、最後には目新しい内容も記されていた。


「『言いにくいんだが、発展教導院は諦めてほしい』か……」


 足元を見つめながら、カケルはぽつりとつぶやく。

 父親がそう歎願してきた事情と、自分の今後を考えて。


 十二歳のカケルですら知っている常識だが、グリス王国内では義務教育の制度がある。

 基本的に、基礎教導院(六歳から十二歳の子どもが通う学校)と発展教導院(基礎教導院を卒業した子どもの通う学校)に通うことは子どもの義務だ。

 しかし基礎教導院はともかく、発展教導院については事情が異なる。


 家が貧乏で、学校に通わず就職を望む者。

 もしくは、発展教導院に頼らずに独学での勉強を希望する者。

 彼らに対しては、特例で発展教導院に通う義務が免除されるという制度があった。


 要するに、発展教導院については通わずに生きることもできるのである。

 カケルの父親は、カケルにそれを求めていた。

 進学を諦めて、一日中ランの世話をしてくれと。


 カケルの両親は常々、カケルが学校に通うことで、ランが一人で家にいる時間ができることを問題視していた。

 その間に誰かが訪ねてきたり、ランが外に出ていったりしたら困るからである。

 それでも基礎教導院に関しては、通わせないと親に罰則が課せられるので、通学を止める訳にはいかなかった。


 しかし発展教導院については、手続きさえすれば通わせないこともできる……両親からすると、良い話なのだ。

 カケルとしても、薄々予想していた話ではあった。

 それでも実際に言われると、やはり衝撃的だったというだけで。


「俺の最終学歴は、基礎卒ってことになるのか……」


 闇の中で、カケルはひっそりと呟く。

 いくら制度上は通わないことも可能だと言っても、大抵の人間は発展教導院に進学する。

 故に基礎教導院しか行かなかった者は「基礎卒」と呼ばれ、何かと馬鹿にされやすい立場にあった。


 はっきり言えば、「基礎卒」とは社会の落後者に貼るレッテルなのである。

 よっぽど頭が悪いか、何か家族に問題があって義務教育すらこなせなかった厄介者だと思われている。

 一年後には、カケルもその「基礎卒」の仲間入りをするのだ。


「また、書類とか偽造するのかなー……」


 我知らず、言葉が口から洩れていく。

 自分でも意外なほど、発展教導院に行けないことはショックだった。

 これまで幾度となく転校し、友達との別れも数えきれない程経験してきたが、ここまで辛くは感じなかった。


 ──まあ、だから散歩したくなったんだろうけど。


 カケルは、年齢にそぐわない自嘲的な笑みを浮かべる。

 夜の散歩をする際に、一度は浮かべる表情だった。




 カケルが夜の散歩をいつ始めたのかは、自分でもよく覚えていない。

 きっと今日と同じく、何か衝撃的な出来事があった日なのだろう、とは推測しているが。


 襲い掛かる理不尽に泣きたくなった時。

 一人でいることに耐えきれなくなった時。

 両親を恋しく思った時。


 そんな時の夜だけは。

 カケルはランを寝かしつけた後、密かに家を出て、夜道を散歩する。


 両親がこのことを知ったら、烈火のごとく怒るだろう。

 ランを一人で家に置いておくとは何事だと、叱りつけるに違いない。


 だから、カケルはこの夜の散歩のことは両親には知らせていない。

 両親のどちらかでも家に戻ってきている間は、この遊びは封印する。

 お陰で今のところ、カケルの趣味はバレていなかった。


 自分しか知らないこの趣味を続けることこそが、カケルにとって唯一の趣味であり、憂さ晴らしだった。

 敢えて危険な行為をすることで、両親にささやかな意趣返しをしているのかもしれない。

 少し前から、カケルは自分をそう分析するようになった。


 ──もし、こうやっている間にウチに誰か来たら……その隙にランが見つかってしまったら、どうなるんだろう?


 絶え間なく足を進めながら、カケルは思考を巡らせる。

 夜の散歩をする時には、いつも考えることだった。


 ──まず、転生局が来て……まあ、ランは殺されちゃうよね。


 自分の想像に対してそこまで心が揺れないのも、いつものことだった。

 所詮は仮定の話だからか。

 それとも、本当に何も感じていないのか。


 ──ランが殺されたら……父さんも母さんも、捕まるだろうな。


 転生者法違反の罰則が、どのくらい重いのかはよく知らない、

 しkし、異世界転生者を匿うことで転生局の業務を妨害しているのだから、無罪とはいかないだろう。

 死罪にはならないと思うが、結構長い間拘留されるかもしれない。


 ──だけど、俺は多分……。


 グリス王国では、異世界転生者を除けば、原則として十五歳以下の年齢のものは罰されない。

 どんな犯罪を行ったとしても、まだ子どもなので正常な判断を行えていないという扱いになるのだ。

 もちろん、更生施設などには強制的に入所させられるらしいが……。


 ──もしそうなったら……。


 きっと苦しいだろうし、辛いだろうけど。

 もしかすると、今よりもずっと────。


 そこまで考えたところでカケルは頭を左右に強く振り、仮定の話を頭から追い出した。

 その先を考えてしまえば、きっと……ランの世話はもうできない。

 だから慌てて思考停止するのもまた、いつものことだった。


 夜の散歩でいつもやっていることが終わり、一息つく。

 カケルはそこで立ち止まって、一度深呼吸をした。


 幸い、春先とは言えまだ肥やしは撒いておらず、臭いはきつくない。

 安心して大きく息を吸い込んだ、その時である。


「……ん?」


 気が付けば、声が漏れていた。

 何故か、周囲が妙に明るいことに気づいたのである。


 ついさっきまでは、ランタンが照らす自分の足元しか見えていなかった。

 それがいつの間にか、前方の光景がうっすら見えるようになっている。


 原因はすぐにわかった。

 百メートルくらい前方にある、とある民家。

 その家で、多数の人間が集まって明かりをつけていたのだ


 ふと周囲を見渡せば、カケルは村内の住宅密集地近くまで来ていた。

 人目につかないよう、できるだけ家の近くで散歩をしていたのだが、今夜ばかりは無心で歩いてきてしまったらしい。


 帰らなきゃ、とまずは思った。

 だが明かりの中から投げかけられた声が、カケルの思考をぶった切る。


「よーう!そこにいんのは、だれだー?」


 ──……見つかった。


 一瞬だけ警戒するけれど、すぐにそれを解いた。

 カケルに呼び掛けた声は、完全に酔っぱらった人間のそれだったのである。

 理由は分からないが、あの場所では宴会の類が開かれているらしい。


 ──相手が酔っぱらっているのなら、まあ、いくらでも誤魔化せられるか……。


 驚くほど冷静に、カケルは状況を理解する。

 そのまま、宴会を行っていると思しき場所に足を進めた。


 仮にここでカケルが逃げ出したなら、気になって追いかけてくるかもしれない。

 そうなったら、ランの存在が発覚する危険性がある。

 ならば敢えてあの宴会に参加し、適当な理由を説明した方がいいだろう────。




 ────結論から言えば、カケルは特に言い訳を並べる必要はなかった。

 カケルが宴会場に辿り着いた時点で、参加者全員がぐでんぐでんに酔っぱらっていたからである。

 民家に足を踏み入れたカケルは、すぐさま良く知らないおっさんに捕まり、何故か宴会に参加させられていた。


「……それで、この宴会は何で開かれているんですか?」


 叫ぶかのような音量で問いかけるが、目の前にいる酔っ払いたちは誰も答えようとしない。

 カケルと肩を組んでいる親父は若い頃の自慢話に夢中。

 目の前にいるそこそこ若い男性は、誰も聞いていないのに好みの女性について話しだした。


 全員、相当な量の酒を飲んでいるのだろう。

 意識がまともにあるのかすら怪しかった。


 案外広かった民家の軒先と庭で行われている、謎の宴会。

 カケルが参加して三十分は立つが、誰一人として宴会の目的に答えようとしない。


 農作業の都合上、ここの村人は全員が早寝早起きである。

 ここまで遅くまで宴会を開いているというのは、それだけで珍しい。

 何なら、非常識の範疇に入る。


 カケルとしても、何故宴会を行っているのかはかなり気になっているのだが────どうやら、答えを得ることはできなさそうだ。


 ──無理に理由は聞かなくても、どこかで逃げ出して帰ろうかな……。


 そう思った時である。


「ああん?何で宴会を、だってえ?」


 背後からそんな声が響き、即座に振り向く。

 そこにいたのは、カケルを宴会に巻き込んだ桃農家のおっさんだった。


 顔色はカケルを呼び止めたときと同様に赤いが、目の焦点は合っている。

 酒に強い性質らしい。

 コップに新たな酒を注ぎながら、おっさんはようやくカケルの望む答えを返した。


「そらあ、おめえ。あれよ。あいつの新築祝いよ」


 軽く言いながら、彼は無造作に庭の中心の方にいる男性を指さした。

 同時にカケルは、この家が非常に新しいことに気が付いた。

 酒の匂いに混ざりながらも、確かに新しい木材の香りがする。


「あいつのところに、あたらしくこどもができるっつーんで、家が手狭になるとか何とか……それで、思い切って家を新築したんだよ。んー?しらねえのかあ?」

「ああ、そうだったんですか」


 知らなかった。

 一応、新築祝いに人が集まるくらいだから、あの人物はこの村では力を持っている人物であろうことは分かったけれど。


 元来、カケルの一家は村の大人たちと親しくない。

 カケルの両親は常に出稼ぎに赴いているため、村の集まりなどに顔を出したことがない。

 村の大人たちも、カケルを一人村に置いて(ランの存在は当然知られていないため、村人からすればカケル一人がここに住んでいる認識になる)、外で働く両親のことを良く思っていないらしいので、交流が無いのだ……誰それの家に子どもができたなんて話、聞いたことも無かった。


「いや、それにしてもあいつも大変なんだよおー……とくにさぁ、子育てがよお」


 いきなり桃農家のおっさんの口調が粘っこいものになり、目の焦点が合わなくなる。

 酔いが回ったようだ。

 酒に強そうな彼でも、流石に限界が来たのか。


「あいつの上の子どもはよお、なーんか成長が遅い子でなあ。歩くのも話すのも、村で一番遅かった。同じくらいの年の子が全員出来るようになってから、ようやっと様子を伺うみてーにして、それができるようになるんだ。あいつの女房は心配性だから、いつも気にして……もう基礎教導院に通ってんだけど、成績はいっつもビリ!だけど、そんなんだから逆に猫かわいがりされて……」


 話し好きなのか、おっさんはこの家の事情を語り続ける。

 しかし、もうカケルは帰ろうとしていた。

 気になっていた宴会の目的も分かり、ここにはもう用はない。


 参加者の様子からすると、カケルが子どもであることにすら気が付いた様子がない。

 これなら、今帰っても怪しまれないし、カケルの夜の散歩もバレないだろう。

 明日の学校のためにも、今は早く帰りたい……だが、肩を組んでいるおっさんがそれを許さなかった。


「ああん、お前、ほとんど飲んじゃいねえな?ほれ、飲め」

「……え?」


 抵抗する暇もなかった。

 視界がぼやけて、相手が大人だと勘違いしたのだろう。

 口元に突然、酒をなみなみ注いだ木のコップが現れて、カケルの喉には液体を流し込まれる。


 苦いと思った次の瞬間には、喉の奥がカッと熱くなった。

 まずい、これはお酒だ────。






 そこから何がどうなったのか、カケルは記憶していない

 何とか家に戻ってきたのは、まず間違いないけれど。

 数日経ってから、カケルはその意味に気が付くこととなる。






 時間は飛んで、夜の散歩をした二日後。


「よう、カケル!久しぶり!」

「……うん」

「元気ねーなあ。まだ風邪が治ってないんじゃないのか?」

「いや、治ってるよ、うん……頭はまだ、痛いけど」


 こめかみを抑えながら、カケルは小声で答える。

 宴会に強制参加させられた次の日……つまり昨日、カケルは学校を休んだ。

 二日酔いの影響もあって、学校どころではなかったからである。


 一日中兄と遊べることに、ランは喜んでいた。

 実際には、頭痛で遊ぶどころではなかったが……。


 その痛みを乗り越え、何とか今日は学校に来たのである。

 今は同級生と共に机に座り、担任教師を待っている最中だ。


「けど、なんか今日は先生おせーよな?」

「あ、それ俺も思った」

「普段なら、もう来てるよな?」

「……うん、そうだね」


 級友が次々と口にするどうでもいい話題に、何とか相槌を打つ。

 それから数分待つと、ようやく担任教師は姿を見せてくれた。


 子どもたちは一斉に、「やっと来た」と笑みを浮かべて……。

 次の瞬間、怪訝な顔をした。

 担任に続いて────見慣れない白衣の男が、いきなり教室に現れたからである。


 ──誰だ?


 カケルもまた、頭を抱えながら疑問符を抱く。

 少なくとも、学校では見たことがない男だった。


 外見の印象を言うと、身長はかなり高い。

 百八十センチ以上あるだろう。

 しかし筋骨隆々という訳ではなく、病的なまでに痩せていた……鉄柱のようなシルエットである。


 彼の細長い体は、これまた細長い白衣で包まれている。

 他の特徴と言えば、眼鏡をかけていることと、不気味なくらいに色白であることだろうか。

 特に手などは、どこまでが白衣と地肌の区別がつきにくい程だ。


 顔の方の造形については、正直特徴がない。

 眼鏡以外の印象は薄かった。

 薄く笑みを浮かべて子どもたちを見渡す姿は、何かの研究者のようである。


 子どもたちにジロジロと外見を観察されながら、担任教師とその男は教壇に立つ。

 率直に話を切り出したのは、担任の方だった。


「皆さん、驚かないで聞いてください……今日はこの学級室に、転生局からのお客さんが来ました」


 そう告げられた途端、教室から物音が消失した。

 全児童が絶句したのである。


 その静寂を待っていたように、白衣の男は間髪入れずに自己紹介をした。

 言葉の末尾を区切る、とても奇妙な話し方で。


「どうも皆さん、こんにち、は。内務省所属平和庁直属特務機関『転生局』()()()白縫しらぬいキョウヤで、す。よろしくお願いしま、す」


 ……カケルの頭痛は、一層酷くなった。

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