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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
二章 鏖殺人と兄妹の免罪符
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三話

 異世界転生者は全て殺す。

 しかし、普通の人間は間違っても殺さない。


 それが転生局の基本理念。

 そんな彼らの重要な仕事の一つに、「捜査の結果、異世界転生者ではなかったと判明した者への対処」がある。


 考えてみてほしい。

 ある人物が、異世界転生者ではないかと疑われたとする。


 付近の住民は転生局に通報し、鏖殺人をはじめ、転生局の職員がその人物を調査する。

 その人物が本当に異世界転生者であったのなら、問題は起こらない。

 鏖殺人が殺害して終わりである。


 だが、実際は事実誤認であり、その人物が異世界転生者ではないことが転生局の調査によって判明したとなると────事態は面倒なことになる。

 まず、鏖殺人はその人物を、普通の人間を殺害する必要などないのだから、何もせずに本部に帰ることになる。


 問題になるのは、この次に起こることだ。

 果たして、こいつは異世界転生者だから殺してくれ、と通報した住民と一緒に、その人物はつつがなく日常生活を送り続けることが出来るのか、という話である。


 仮に、その誤報が悪意によるものであれば、まだなんとかなる。

 ティタンの粛清劇以降、悪意を持って普通の人間を異世界転生者だと通報した人間は、厳罰を受けることになっている。

 この場合は加害者側が、異世界転生者だと疑われた人物の周りから消えるため、そこまでの問題は起こらない。


 だが、悪意によるものではなく、純粋な思い込みによって誤報が生じる例もある。

 この場合、誤報だと分かった後、当事者たちはそれはそれは気まずい思いをすることになる。


 何しろ、いくら法律に従ったのだと言っても、相手が殺されることを承知の上で通報をしたのだ。

 特に、通報者が疑われた人物にとって近しい人間だった場合、それまでと同様の関係を維持するのは不可能と言っていい。


 互いに水に流しましょう、と大人の対応をする人間は限られている。

 転生者法が施行されて十年近くたった頃、すなわち、何件かの誤報による転生局の出動が行われた後、これらのケースが明らかになり、社会問題となった。


 例えば、ある婚約中の男女のケース。

 彼らは結婚に先駆けて同居することになったのだが、女性の方が恋人の様子や話し方を見て、異世界転生者ではないかと誤解した。


 実際のところ、少々変わった性格をした人物だっただけで、その男性は一般人だったのだが、恐怖に駆られた女性は転生局に通報。

 当時の局長である二代目ティタンが出動することになった。


 当然ながら、すぐに普通の人間であると判明。

 ティタンが帰った後、すぐに男性の方から婚約の解消を申し出たという。

 さすがに、自分を売り飛ばした女性を愛することは不可能だったのだ。


 あるいは、ある青年のケース。

 彼は発展教導院に通っていたころ、極めて成績優秀な人物だった。


 だが、彼の担任教師は異常なほどに猜疑心が強い人物だった。

 ほどなくして、「こんなに成績がいい人物は、再誕型の異世界転生者に違いない」と考えた教師は転生局に通報。

 これまた、二代目ティタンがその発展教導院に赴いた。


 しかし、実際のところ彼が成績優秀だったのは単純に彼自身の努力の成果であり、異世界由来の知識によるものなどではなかった。

 当然、誤報だとすぐに分かり、教師は責任を取って辞職した。


 しかし、この青年の方にはさらなる試練が待ち構えていた。

 風評被害である。


 転生局が彼のことを異世界転生者ではない、と宣言してからも、彼を異世界転生者ではないかと疑う人物は後を絶たなかった。

 むしろ、一度転生局の人間が彼の元を訪ねたという事実が、その疑惑を強くした。


 疑われるというのは、やはりそれなりの理由があるのではないか。

 本当は異世界転生者なのに、魔法で転生局をだましたのではないか。


 噂は噂を呼び、彼はいつしか常に陰口をたたかれるようになった。

 そんな噂は、就職という場で彼を傷つけることになる。


 民間での就職を希望していた彼だが、彼を雇ってくれる民間商社はどこにもなかった。

 彼の優秀な成績であれば、採用されて当然、というような小さなところですら、採用されなかった。

 明らかに、民間商社の人事部が、彼が異世界転生者だという噂を鵜呑みにした結果だった。


 仮にその噂を信じていなかったとしても、彼を採用すれば、その商社には「異世界転生者を援助している」という別の噂話が生まれる可能性がある。

 信用第一を掲げる商社にとって、いくら成績優秀であっても、彼は雇いたい人材ではなかったのだ。


 結局、全ての商社の採用試験に落ちた彼はいくつかの精神疾患を発症。

 最後の採用試験が行われた三か月後に、森の中で首を吊っている状態で発見された。

 遺書には、「僕は異世界転生者じゃない」とだけ書いてあったという。


 この他にも、異世界転生者だと疑われた人物が通報者を殺害するなど、とても放置できないケースが頻発することになった。

 これを受け、二代目ティタンが考案したものこそ、「当該人物における非異世界転生者証明に関する書類群」。


 通称、「免罪符」である。

 転生局はこの時から、異世界転生者ではなかったと判明した者に対して、公的な支援を開始したのだ。


 免罪符は、異世界転生者だと疑われながら、実際には異世界転生者ではなかった人物たちに渡される書類一式であり、転生局職員が去ってからの生活の保障となる証明書でもある。


 その人物が住んでいる場所に住みにくくなったのであれば、国が引っ越し費用を捻出し、職業面でも面倒を見てもらえる。

 免罪符所有者に、その人物が一度異世界転生者だと疑われたから、という理由で差別的な扱いを行った者は、所有者が訴え出れば罰が与えられる。


 この他にも、転生局がその人物を疑ったことで生じる不利益を極力排除するべく、免罪符所有者には様々な権利が与えられる。

 尤も、人の意識というのはなかなか変えられないらしく、免罪符発行後も、所有者たちは心無い人間たちの風評被害に悩まされることになるのだが……。


 だが、ここで言いたいのは転生者法が抱える問題点についてではない。

 免罪符というものが、「転生局によるその人物が異世界転生者ではないことの証明」である、という点が重要なのだ。

 すなわち、何とかして転生局をだまし、本当の異世界転生者が免罪符を手に入れてしまった場合でも、もうその人物は転生局から疑われることはなくなるのだ。


 そうなれば、もう彼らの恐れるものはない。

 逃げ隠れする必要もなくなり、外を大っぴらに歩くこともできる。


 就職も、住居も、うまくやれば国が斡旋してくれる。

 仮にどこかでぼろを出しても、免罪符さえ提示すれば何とかなる。


 必然的に、グリス王国に潜伏している異世界転生者、あるいはその家族たちは何とかして免罪符を手に入れようと努力することになった。

 異世界転生者ではなかった人間たちの権利を守るための免罪符は、ここへきて真の異世界転生者たちの希望となったのである。


 だが、正規の手段を介して免罪符を手に入れる────すなわち、敢えて通報されて転生局の職員を呼び、彼らを何とか騙して免罪符を発行させる、というのは極めて困難な道だった。

 歴代の転生局局長は皆洞察力が高く、異世界由来の物についてもよく知っていた。

 半端な偽装ではばれてしまう。


 それでも一縷の望みをかけているのか、局長が代替わりした時、特に二代目ティタンから三代目ティタンに変わった時と、三代目ティタンから四代目ティタンに変わった時にはこの方法で免罪符を手に入れようとする人物が急増したという。

 今度のティタンはもしかすると無能かもしれない、という期待があったのだろう。


 だが、彼らの期待も空しく、その全てはただ単に転生局の業務をやりやすくするにとどまった。

 転生局を欺けた者は、誰もいなかったのだ。


 代わりに活発になったのが、非正規の方法で手に入れるやり方である。


 既に免罪符を手に入れている者から盗み、名義を書き換える。

 偽造する。

 転生局の倉庫から職員の振りをして盗む。

 転生局の職員を買収する。


 どれも困難な道だが、潜伏している異世界転生者は諦めなかった。

 やがて、裏の世界では、精巧に偽造された免罪符や、既に亡くなった人物の免罪符で、回収されなかったものが高額で出回るようになり、どんな宝石よりも価値がある、とまで囁かれるほどになる。

 カケルの両親が賭けた道も、この裏の世界で手に入れる、というものだった。




「……にーちゃ?」


 黄色い声が耳朶を打ち、カケルはフッと現実に意識を戻した。

 真下を見れば、ランが玄関で出迎えたときと同様、カケルの腰にしがみついている。


 さらに自分がいる場所は台所。

 眼前には火にかけた鍋。


 ──……料理してたんだったな。


 仕込みも考えると、夕方に夕食を取ろうとすれば、基礎教導院から帰ったカケルはすぐに料理を始めなければならない。

 今日もいつも通りにランの世話をしながら夕食を作っていたのだが、鍋を沸かしている間にずいぶん長い間昔のことを思い出していたようだ。


 出し抜けに、カケルは自分の頬をパン、パン、と張る。

 驚いたのか、しがみついているランは体をびくりとはねさせた。


 ──最近緩んでるな、気を引き締めないと。


 カケルの油断はランの死に直結する。

 ランの傍にいる間、気を緩めて良い時間など一秒とて────。


 そこまで考えたところで、ランが再び「にーちゃ」と声を発した。

 反射的にランの方を見ると、なぜかランは台所の壁にある窓──窓枠の半分が朽ちているが──の方を指さしている。


「ラン、どうしたの?」


 質問してみるが、ランはその仕草をやめなかった。

 いよいよ疑問に感じた時である。


 カケルの耳にも、「あほー」という鳴き声が聞こえてきた。


「伝書カラス?」


 慌てて振り返ってみれば、ちょうどカラスが窓枠に降り立とうとしているところだった。

 どうやら、ランはこのカラスのことが見えていたらしい。


 カケルはようやくランの行動に納得するが、同時にカラスの存在から、嫌な予感がする、と思った。

 ここにわざわざ伝書カラスをよこすのは、両親しか考えられない。


 そして、ここのところ両親からの手紙がいい知らせだったためしがない。

 重い気分になりながら、カケルは窓へと歩み寄った。

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