一話
二章の語り手:グリス王国辺境の村人 星野カケル
「そういえば、俺たちカケルの家に行ったことってあったっけ?」
友人の何気ない一言に、星野カケルは一瞬息を詰まらせた。
普段通りの、基礎教導院からの帰り道の話である。
仲のいい級友と話しながら帰路につく、ただそれだけのはずだった。
──まさか、何か知られて……?
一瞬にして、カケルの脳内は恐慌状態に陥る。
だが、友人はそんな様子は目に入っていないかのように言葉を続けた。
「いや、よっちゃんの家ではこの前遊んだし、キャベツのところはもう飽きただろ?じゃどこで遊ぼうかな、って思って」
そういえば行ったことないな、何でだったっけ?ほら、カケルは転校生だから……。
話を聞いていた友人たちが、口々にカケルの家について語りだす。
この流れを理解したカケルは、まずは安心する。
まだバレていない、と分かったからだ。
ただ単に、彼らは遊ぶ場所に困っているだけなのだ。
しかし次の瞬間、彼は緊張する羽目になった。
何とか誤魔化さなくてはならない、と察したからだ。
今から何とか、彼らを家に呼ばない理由をでっちあげなくてはならない。
「……うち、ものすごく古い家だからさ。多分来ても楽しくないよ」
何とか絞り出した回答が、これだった。
口にした瞬間、しまったと思う。
これでは、「そんなに古い家なら見に行きたい」という友人が出てくるかもしれない。
だが、友人の返答はあっさりしたものだった。
「ふーん、そう……そういえばさ、古い家と言えば、昼に先生がした怪談、怖くなかった?」
「ああ、あったあった!」
「え、そんなのあったっけ」
「お前、いつも寝てるからな……」
カケルの話題は数秒で忘れ去られ、別の話題に友人たちは食いつく。
カケルが目を白黒させている間に、いつの間にか話題の中心は遠ざかっていった。
──……誤魔化せたかな?
友人たちの目につかないよう、カケルは静かにため息をつく。
怪しまれることを覚悟していたのだが、思ったよりも都合良く進んでくれた。
友人たちとしても、あまり興味のある話題ではなかったのかもしれない。
──もしくは、転校生って立場が良かったのかも。
カケルがこの村に引っ越してきたのは、今から三年前。
グリス王国の中でも辺境にあるこの村に、若い一家が移住したことで、当初は大きく注目されたものだ。
だからなのか、カケルが多少変なことをしても、友人たちは「まだカケルは、この村の暮らしに慣れていないから」と許してくれる雰囲気がある。
──あんまり注目を浴びたらまずいんだけど、今回は助かったな……。
そんなことを考えている内に、友人たちの会話は終わりを迎える。
家が近づいてきたのだ。
「じゃあ、俺はこっちだから」
「おおー、じゃあなー」
「またねー」
各々で挨拶をしながら、帰宅中の生徒たちはそれぞれの家がある方向へ向かう。
友人たちが向かうのは、今歩いている道から見て左方向。
畑の中に混じって民家が広がる、村の人間の殆どが住む場所だ。
一方、カケルが進むのは右の道。
この村の中でも、さらに外れの場所である。
道には大きな岩がごろごろ転がっていて、畑など一つも見当たらない……そんな場所を、友人と別れたカケルは歩いていく。
ここには、民家はカケルの家しかない。
本来なら、人間が住むような環境ではないのだ。
しかし不思議なことに、友人たちは「どうしてこんな場所にカケルは住んでいるんだ?」とは質問しない。
──だけど、もう少し大きくなったら、皆が疑問に思うのかな……。
自分で評価するのも変な話だが、カケルは他の子どもと比べると老成していた。
教師たちから、「とても十二歳とは思えない」と驚かれるのはもう慣れっこだ。
しかし他の子どもだって、もう二、三年したらもっと賢くなるだろう。
──だから重要なのは、この秘密が何年持つのかって話だよな……。
黙々と家に向かいながら、そんなことを考える。
そうしている間にも、小さな虫がぶんぶんと羽音を立てながら顔にまとわりついてきた。
碌に駆除する人間がいないため、好きなだけ繁殖しているのだ。
できるだけ気にしないようにしたまま、足を進める。
カケルくらいしか歩く人間のいない砂利道は、三年かけても踏み固められることがなく、歩きにくいままだった。
三歩置きに捻りそうになる足首を庇いながら進むと、ようやく自宅が見えてきた。
友人たちに言った通りの、古い家だ。
恐らく、作られたのは何十年も前だろう。
レンガを雑に積み上げた、ボロボロの塀が悪目立ちしている。
砂や岩の間を縫って繁茂する雑草は、塀の内外で好き放題に繁殖。
どこまでが家の外で、どこまでが家の中なのかすら分からない。
母屋の柱もあちこちが腐食していて、なぜ崩れていないのか不思議なくらいだ。
母屋の隣を見ると、巨大なワクリの木と古い倉庫の姿がある。
カケルたちが住む前にここに住んでいた住民が、ワクリという果実の発酵に使っていた場所であり、かなり広い。
もっとも今では、こちらも腐食のせいで崩れかけているが。
──絶対、友達は呼べないよなあ……。
いい加減に見慣れた光景だったが、改めて見直してみれば酷いものだった。
もし彼らがここに来た場合、これがカケルの家であることをすぐには信じないだろう。
まずは笑い飛ばし、説明されると真顔になり、最後は生活を心配しだすかもしれない。
だからこそ、呼べないのだ。
カケルの一家について深く知ろうとする人間を、この中に入れる訳にはいかない。
もう一度ため息をついて、カケルは雑草をかき分けながら玄関に向かった。
「ただいまー……」
家の中に向かって呼びかける。
彼女の前では元気でいたかったのだが、どうしてもその声には張りがなかった。
「おかえりー!」
カケルとは対照的に、元気のいい返事が返ってくる。
やがてギィ……という音が微かに響き、続いてトタトタとはっきりした足音が響いた。
床もかなり古くなっているために、足音に合わせてぎしぎしと耳障りな音が鳴っているのだが、それを気にした様子はなく────。
数秒もしないうちに、カケルの前に小さな影が現れた。
話しかける間もなく、その少女はカケルに向かって突進してくる。
そしてカケルの腰にしがみついた少女は、バッと顔を上げると、再び口を開いた。
「にーちゃ、おかえり!」
「ああ、ただいま」
間近で見ることになった、少女の顔────カケルの妹の顔は、朝見た通りの満面の笑みだった。
──昼間、よっぽど暇だったんだな……。
ここ最近は積み木遊びに満足していたようだが、さすがに飽きが来たらしい。
いくら学校に通わせていないと言っても、もう七歳だ。
人と話さない生活は、流石に辛いのだろう……本当なら、もっと外に出してあげたいのだが。
──ただ、そうすると父さんたちが怒るよな……。
どうにも解消できないジレンマを抱え、カケルはようやく妹を連れて家に入っていった。
カケルの妹の名前は、星野ラン。
ただし、この名前はカケルの一家が勝手にそう呼んでいるだけであり、正式に認められた名前ではない。
そもそも、彼女には戸籍がない。
かつてはあったのだが、とある事情で「記録上の星野ラン」は、満一歳で病死したことになっている。
つまりカケルに抱き着いているこの七歳の少女は、公的にはグリス王国に存在していない。
カケルの両親が出産に立ち会った人物全てに口止めをしたため、カケルの両親に第二子がいることを知る人間自体がほぼいない。
カケルの友人たちだって、この妹のことは知らず。
今まで転々としてきた家の近くに住んでいた人たちも、誰一人だって知らなかった。
そして何より、転生局の人間にも────今は何とか、知られていないはずである。
当然だ。
カケルがどれほど苦労しようと、彼女の存在だけは隠し通さなければいけないのだから。
何故かと言えば────カケルの妹が、再誕型異世界転生者と目される少女だからである。




