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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
一章 鏖殺人と普通の研修生
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二十五話(一章 完)

 それからどうやって家に帰ってきたのか、ライトは覚えていない。

 池内大我の時もそうだった。

 一つ仕事が終わるたびに、ライトはまともに判断も出来ない中で本部に戻る。


 はっきりと記憶しているのは、転生局の本部に戻った後、ユキに三日間の休暇を告げられたことだけである。

 だからこれから記すことは、全て後から聞いた話だ。




 模範犯は、あの後すぐに捕まったらしい。

 今は中央警士局によってどこかに勾留されているんだ、と例の噂好きの同僚が熱心に話していた。

 その頃には、中央警士局もこの殺人事件についての情報を一般に公開していた。


 中央警士が殺人を犯したという事実。

 証拠を掴ませずに逃げ回り、逮捕直前にも地震の混乱の中で自身を尾行していた中央警士を殺害したという異常性。

 社会の注目を浴びるには十分であり、新聞は連日この事件を報道した。


 中央警士局への批判も募った。

 殺害された中央警士の家族が談話を発表した。

 犯人の子供の頃を知る人物は「とてもそんなことをする人間には思えなかった」とかいう、お決まりの言葉を述べていた。


 その影でひっそりと、中央警士局の長官が変わって別の特等職員が選ばれたことも載せられた。

 ついでに言えば、支局で夜警をサボっていた警士も更迭された。


 長官の変更は、今回の件の責任を取ったからのか。

 それとも、転生局に対して行った小さな陰謀が問題視されたのか。

 はたまた定年を早めただけなのか……理由について掲載している新聞は、どこにもなかった。


 他にも、報道されないことは多かった。

 例えば、逮捕直前に犯人は転生局の職員と異世界転生者を襲っていただとか。

 犯人は地球からやって来た死体を見て、それに便乗するようにして殺人を思い付いただとか。


 そういったことは、どの新聞にも載っていなかった。

 犯人は三月の終わりに突然同僚を殺したくなり、それを実行したという概要だけが発表された。


 犯人の動機もまた、分からず終いだった。

 そもそもにして、まともな取り調べが出来るような精神状態ではないようだった。

 ライトたちと相対した様子からすると、「誰でもいいから殺したかった」というところだろうか。


 ……しかしライトにとって、最早それはどうでもいいことだった。

 それよりも、あのオーナーの様子の方がずっと気になった。


 ライトは結局、あのレストランに再び向かうことはなかった。

 行ったところで、何を言ったら良いのか分からなかったのだ。

 ただ、すぐに閉店したらしいという噂だけ聞いた。




 あの事件以降、しばらくライトは職場に向かわなかった。

 自分に許された三日間の休暇が終わってからも、家に引きこもったままでいたのだ。

 申し訳ないと思ってはいたが、それと同じくらい……どうでもいいかと思っていた。


 上司であり、自分への評価書を書く立場にある鏖殺人への暴言。

 無断欠勤。

 異世界転生者を庇う発言。


 どう考えても、懲戒免職(クビ)になるとしか思えなかった。

 もっとも、何故かあまり後悔はしなかった。

 ただひたすらに、これからどうしようかな、とだけ考えていた気がする。




 ────結局、ライトが久しぶりに本部に向かったのは五月の始めになってからだった。

 どうせクビになるならさっさと宣告を受けておこう、という思いからである。

 二等職員時代に、引き継ぎを行わずに辞めた人間や、突然職場に来なくなった同僚に散々困らされた経験から来た判断だ。


 二週間ぶりに訪れた転生局は、当たり前だが全く変わらない姿で存在していた。

 ひどく凪いだ気分で、ライトは事務室に向かう。


「お久しぶりです、四宮さん」


 事務室の扉を開けてすぐ、ユキの柔らかな声が響いた。

 彼女はライトの姿を見つけると、車椅子をきゅらきゅらと鳴らしてこちらに向かってくる。

 そうだ、彼女の車椅子はこんな音をしていたな、と腑抜けた頭で考えた。


 ……だが次の一言で、ライトの心は穏やかさを捨て去ることになる。


「前と同じで、動物たちの世話をお願いします。餌は倉庫の方にありますから」

「……は?」


 てっきり退職届の提出を迫られるなり、叱責を受けるなりされると思っていたライトは、かなり間の抜けた返事をすることになった。

 気色の悪い夢でも見ているのではないか、と思った程だ。

 だが、何秒経ってもその光景が消え去ることはなく……目の前のユキは、ニコニコとしているままだった。


「ですから、いつも通り世話をお願いします。ティタンさんからもそう言われていますので」


 それだけ言うと、ユキはまた車椅子をきゅらきゅらと鳴らして机に戻るのだった。




 かくして────この日から転生局での研修が終わるまでの二ヶ月間、ライトは動物の世話をして過ごすことになった。

 何故自分が懲戒免職になっていないのか、さっぱり分からないまま。

 呆然としたまま出勤し、呆然としたままハウや伝書カラスに餌をやり、呆然としたまま家に帰る……そんな生活を続けた。


 なぜその指示に従ったのかと聞かれたら、ライトにも答えられない。

 クビになる気で転生局に向かったのに何事もなかったかのように仕事を与えられたというこの現実は、ライトの理解を越えていた。


 理解を越えたなりに仕事をして、給料を貰い、そのまま研修期間を終えた。

 現場に連れ回されなくなっただけで、以前と変わりのない研修を行ったとも言える。


 ただ唯一、無断欠勤前と異なることがあった。


 ……鏖殺人だ。

 ライトが再出勤してから、彼はライトの前に姿を表すことがなかった。


 転生局に鏖殺人が居なかったわけではない。

 ライトの来る前に出勤し、ライトが帰った後で帰宅し、ライトが見ていないところで異世界転生者を殺しているらしい、とユキから聞いた。




「鏖殺人は、異世界転生者についてどう考えているのか」


 以前、馬車の中で感じたこの疑問。

 転生局にいる間、ライトはこれについてしばしば考えた。

 動物の世話だけしているのは暇だったので、それくらいしかやることが無かったのだ。


 最初に考えたのは、鏖殺人は度を越した仕事人間であるという仮説。

 次に考えたのは、鏖殺人は異世界転生者が憎くてたまらず、彼らを殺すことを楽しんでいるというもの。

 その次の解釈は、もう忘れてしまった。


 この思考は結局大した成果を残さなかったが、一つだけ、過去を振り返ったお陰で思い出せたことがあった。

 模倣犯と相対した時、ライトはその目付きに既視感を覚えた。

 その正体についてである。


 今なら分かる。

 あの既視感は、「鏖殺人の目付きに似ているな」とライトが考えたことによるものだ。

 だからライトは、模倣犯を見た時にどこかで見たことがあるような感覚を抱いたのだ。


 勿論、鏖殺人は常に仮面を身に付けているから、目付きなどわかるはずもない。

 しかし、ライトがあの仮面を見るたびに何となく思っていた、「彼はたぶんこんな目付きだろう」という想像図が、模倣犯のそれとよく似ていたのだ。

 ライトは無意識の内に、鏖殺人を連続殺人犯とほぼ同一の人間性を持っていると考えていたらしい。


 ……そんな意味もない発見をしてからも、大した意味のない思考を繰り返す。

 どの解釈でも、考えていく中で矛盾が生まれた。


 どうすれば、あのように冷静に異世界転生者を殺していく苛烈なまでの姿勢を維持できるのか。

 ライトの頭では、想像も出来なかった。

 自分はどう頑張っても彼のようにはなれないし、なりたくないな……それだけは理解したけれど。


 ────やがて、転生局で研修を行う最後の日がやって来た。


 その日も、ライトは相変わらず動物たちを世話していた。

 夕方になってから掃除用具を片付け、事務室に勤務終了を報告をする。

 すると、ユキからは久しぶりに局長室に向かうように言われた。


 少しは緊張するかと思ったのだが、これは案外すんなりといった。

 さらりと入室してからも鏖殺人の姿を見つけても、緊張することはなく。

 ライトは自分でも意外な程に、冷静さを保ったまま彼に正対した。


 二ヶ月前と同様、鏖殺人は机に座っていた。

 違いと言えば、最近暑くなってきたからか、上着を脱いでいることくらいか。


 青色の仮面は、相変わらず身に付けていた。

 その仮面越しに、彼はライトのことをチラリと見る。


「お疲れ様」


 ライトが何か言う暇もなかった。

 ただそれだけ言うと、鏖殺人はライトから視線を外す。

 以降、言葉は無かった。


 ライトの転生局での最後の思い出は、この「お疲れ様」という言葉になった。

 この日を最後にライトは転生局を去り、次の研修先に向かうことになる。






 ライトが転生局のことを思い出したのは、この日から半年以上経った頃。

 研修が全て終わり、正式に一等職員になって……。

 最終的には法務省に配属されることが決まり、研修終了の記念として今までの世話係が書いた評価書が手渡された時のことである。


 研修生は研修をしている間、この手の評価書を見ることは出来ない。

 しかし、正式に配属された後は自由に見られるようになるのだ。


 三ヶ月ごとに配置変えをして、二年間研修したのだから、一等職員になりたての人間には八枚の評価書が手渡されることになる。

 研修中の自分が、各部署の新人の世話係からはどう見えていたのか、初めて知る機会を得られる訳だ。


 読んでみると、割と高評価されている部署もあれば、意外に低評価の部署もあった。

 とりわけ、ライトが転生局に行く直前まで働いていた経済省の評価は凄かった。

 ライトは自分のところではとても面倒を見きれないと評した上で、適性があるのは他の部署と毛色が違う転生局ぐらいではないかと書いている……評価書というよりは、嫌がらせじみた怪文書のようだった。


 ──まさかこの評価が本気にされて、俺は転生局に行くはめになったんだろうか……?


 配属当初、どうしても納得がいかなかったことの意外な真相だった。

 そういえば、経済省の世話係とはそりが合わなかったな……なんてこともついでに思い出した。


 ……当然ながら、鏖殺人が書いた評価書も返還された。

 あれも研修ではあったので、鏖殺人は上司として評価書を書く義務があるのだから。

 恐る恐る覗き見たその内容は……意外にも、真っ当なものだった。


 曰く、まだ不馴れな様子は見せるが、仕事に支障が出るほどのことではない。

 曰く、正誤はともかく、自分の頭で状況を整理して真相を推理しようとする気概を持ち、高く評価できる。

 曰く、転生局では残念ながら適性があるとは言えないが、他の部署ではどこでも上手くやっていけるだろう。


 異世界転生者の確保に失敗して迷惑をかけたとか、現場で吐いて始末書を提出したとか、無断欠勤をしたこともあるとか。

 そういったことは記されていなかった。

 何なら、他の評価書と比べても一、二を争うくらいに高くライトを評価している。


 これを読んで、ライトは鏖殺人という人物のことが一層分からなくなった。






 その後、ライトは一度だけ鏖殺人と出会った。

 評価書を貰って、更に半年経った頃の話である。


 この時のライトは、ある古い資料を探して倉庫の中をウロウロしていた。

 ようやくそれを見つけて倉庫から出ようとした時、鏖殺人とばったり出くわしたのである。


 ライトの方は、心臓が止まりそうなほどに驚いた。

 呼吸すら一瞬忘れた。


 だが、鏖殺人の方は特に感情を見せなかった。

 挨拶代わりに小さく頭を下げて、そのままライトの横を通って倉庫へ向かう。

 それだけだった。


 倉庫の扉が閉まった後も、ライトの心臓はしばらく嫌な鼓動を繰り返した。

 しかし二、三分もすれば、それも終わる。

 資料を持ったまま息を整えたライトは、何事も無かったかのようにそのまま歩き出すのだった。

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