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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
一章 鏖殺人と普通の研修生
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二十二話

 レストランから出ると、鏖殺人は店の裏手に移動した。

 レストランの隣には古い民家がある。

 鏖殺人はレストランと民家の間の細い路地に入り込み、路地の中程にまで進むと、レストランの壁に寄りかかって停止した。


 ──あそこまでついて来いってことか?


 鏖殺人の挙動は、ライトにはかなり不可思議なもの映った。

 しかし、反論するほどのことでもない。

 体を捻りながらライトも路地に入り、鏖殺人の元へ向かう。


「……悪いな。体を隠せる場所であればどこでもよかったんだが、一応裏手と言ってしまったからな」


 並んだところで、鏖殺人から話しかけられる。

 ここで真相を話すのだと理解したライトは、先程から聞きたかったことを聞くことにした。


「教えて下さい。もしかしてここのオーナーの息子さんは……異世界転生者なんですか?」

「ああ、間違いなくな。再誕型だろう」


 やはり、といった納得がライトの心を占めた。

 最初の台詞からして、薄々分かっていたのだ。


 オーナーの息子が書いたという、この世界では使われていない書き方をしたアルファベット。

 鏖殺人が嘘をついてまでレストランに通い続ける理由。

 不自然な大声を出してから、店から出る自分たち。


 この光景が意味するのは────。


「局長は、異世界転生者を炙り出しているんですね。わざと姿を見せることで、相手を警戒させて……」

「そうだ。今回の異世界転生者は再誕型だから、証拠を集めるのが難しい……対象に精神的圧迫をかけて行動を観察するのが、一番良いんだ」


 どうやら、彼にとってはいつもの手口らしい。

 慣れているな、と思いながら細かい疑問も潰しておくことにした。


「オーナーの息子が異世界転生者だとすると……あの奇妙なアルファベットは、地球での文字をつい癖で書いてしまった、ということになるのでしょうか?」

「そうだと思う。地球で使われていながら、こちらには伝わっていない文字は結構あるからな」


 鏖殺人の言葉を聞いて、ライトは以前、転生局の倉庫で風野凛花の学生証を見た時のことを思い出した。

 あの学生証に書かれていた文字の一部を、ライトは読むことが出来なかった。

 すなわち、地球では身分証明書に用いるぐらいには当たり前に使われている文字でも、こちらに伝来していないことはある訳だ。


 鏖殺人から教わった「人類異世界起源説」によれば、アレルの文字や言語は、地球から持ち込まれることによって初めて、アレルでも使用されるようになったとのことだった。

 つまり、アレルの言語は持ち込んだ人物の知識量に大きく影響されているのだ。


 異世界転生者が知らない文字は、こちらでも誰も知らない。

 彼らがあやふやな理解をしていて殆ど用いなかった言葉は、こちらでは広まらない。

 あの筆記体のbとやらも、そうやってこちらに伝わりそびれた文字の一つなのだろう────そう理解したところで、鏖殺人がすらすらと解説を加える。


「中央警士局が送ってきた資料によれば、あのオーナーの息子はもう二十歳だそうだ。つまり、二十年間もこの世界に潜伏していることになる。流石に二十年も暮らしていれば、こちらの世界の常識も身に付けるからな……現状、尋問で正体を見極めることは難しい」

「再誕型なのは確定なんですか?移動型の異世界転生者を拾ったオーナーが、何らかの理由で店に匿った可能性は?」

「いや、オーナーの息子は普通に出生届が出されていたし、戸籍もあった。何なら、今もあのレストランで料理人として働いているくらいだからな……移動型なら当然戸籍なんてないから、再誕型の可能性が高い。それにオーナーの俺たちへの親しげな態度も考えると、オーナーは息子が異世界転生者であることに気がついていないんだろう。もしも気が付いていたら、もう少し警戒したはずだ……文字というミスはあったが、上手く隠したものだよ。異世界転生者も」

「そうですね……二十年間、親にすら隠し続けた訳ですか」


 鏖殺人としては何気ない言葉だったのだろうが、それを聞いたライトは一気に気分が暗くなった。

 鏖殺人がこれだけのことに気が付いた以上、オーナーの末路は決まってしまっている。


 そう遠くない未来……あのオーナーは自分が二十年育ててきた息子が異世界転生者であることを突然知らされた挙げ句、その息子を殺されることが決まっていた。

 とても気分が良い話ではなかった。

 そんなライトのことは気にせず、鏖殺人の説明は続く。


「この世界の常識を身に付けた再誕型異世界転生者が、今さらボロを出すとは考えにくい。しかしだからといって、オーナーの息子が子どもの頃使っていた物を無理矢理押収するのは悪手だ。感づいた異世界転生者が、それらを密かに処分してしまうかもしれない。だから、相手を焦らせて自ら証拠を出してもらうように仕向けることにした。中央警士局の一件に巻き込まれて、ここの警備に参加したことを利用してな。だから流れで言うと……」


 鏖殺人の説明を聞かずとも、そこからのことはライトにも分かった。

 まず、鏖殺人は本当に仕方なく、連続殺人絡みでここの警備を始めたのだろう。

 先程聞いたように、一、二回義理で警備に参加しておくか、くらいの気持ちだった。


 ところがその一環で店内に入ったことで、コップに刻まれた「筆記体のb」を見つけたんだろう。

 だからこそ、オーナーの息子は異世界転生者だと踏んで、独自に調査することにした。

 連続殺人や模倣犯に関係なく、彼本来の仕事を始めたのだ。


 その手法を────ライトは自然と推察して口にしていた。


「……まず、適当な容疑をでっちあげてこのレストランに通い詰めます。これが第一歩です」


 気分は暗くとも、理性というのは案外働くらしい。

 鏖殺人が少し驚いている様子を横目で見つつ、ライトは言葉を続ける。




「事件自体はほぼ嘘で、『不審者が来るかもしれないから警備のために毎日来る』ということだけオーナーに伝えておく。そして実際、特に働くでもなく無為に店内で時間を過ごすことを繰り返す」


「これによって、異世界転生者に転生局はまだ自分の正体を掴めておらず、この店に来たのはたまたまだと印象づけます。異世界転生者にも、周囲の人間にも……そう仕向けるために、敢えて営業停止にはさせなかった」


「しかし異世界転生者からすれば、毎日職場に転生局の人間が来ているのは穏やかではありません。警備のために開店から閉店までずっと居座っていて、気が休まるときもない。事情を知らない父親は転生局の人間に折を見ては話しかけていて、まだ詰めが甘かった自分の子どもの頃の話すらしている」


「異世界転生者としては、気が気でないでしょう。このままでは自分の正体を突き止められてしまうかもしれない……なら、どうするべきか」


「容疑から外れるために、店内に残る自分の正体にまつわるものは全て消し去らないといけないんじゃないか……異世界転生者は、そんな風に考えました」


「やがて転生局の局長が、関わっている事件の真相を突然新人に語り始めます。しかも、自分がかつて何かを書いたコップを片手に、何やら話し込んでいる。何を書いたかは昔のことなので本人も忘れたんでしょうが、危険な光景なのは変わりがない」


「不味いと思ったでしょうが、直後に何故か、二人とも席を外してしまった。よし、これはチャンスだ。今の内に証拠を処分してしまおう……異世界転生者がそう考えるように、局長は仕向けた」




 パチパチパチ、と小さな拍手が聞こえてきた。

 横を見れば、鏖殺人が軽く手を叩いている。


「店内での推理は外したが、今度は完答だな。正解だよ。異世界転生者の心情がよくわかっている」


 ──分かりたくなかったな……。


 ライトの気分が更に重くなる。

 心の中で、オーナーの息子に対して同情し始めている自分が産まれたことをライトは自覚した。

 池内大我の時と同じように。


 自分が来てからだけでも、オーナーの息子は一週間も緊張状態に置かれていたことになる。

 鏖殺人が一人で来ていた時期もあったはずだから、実際の期間はもっとだろう。

 それだけの間、彼は果たしてどんな心情だったのだろうか。


 正体がバレたら殺される世界で、親にも素性を内緒にしながら二十年間生きてきて。

 何とか成人まで来たところで……職場に突然、鏖殺人が現れる。


 事情を知らない親は、あっさりと彼を受け入れた。

 故に、自分もなんとかボロを出さないようにしながら、転生局の人間のために料理を振る舞ったのだろう。

 生きた心地がしないまま、彼はずっとライトたちを見つめていたのだろうか。


 そして今、彼は必死にあのコップを処分しようとしているのかもしれない。

 鏖殺人の思惑通りに。


 そこまで考えた時、ライトは路地に入ってくる新たな影を認識した。

 まさかオーナーの息子か、と一瞬身構えたが、中央警士の制服を着込んでいるのが目に映り、警戒を解く。

 その中央警士はライトから少し離れたところで足を止め、敬礼の姿勢をとった。


「准士長の久留ジャクです!ご命令通り、報告に上がりました」


 走ってきたのか、息が荒かった。

 まだ若いが、眼光は警士らしくやけに鋭い。

 模倣犯の現行犯逮捕のために、レストランの周りに潜んでいる中央警士の一人だろう……どうやら彼らは、オーナーの息子の監視も同時にしていたらしい。


「ご苦労様。彼はどうだ?」


 ライト越しに鏖殺人が声をかける。


「はい!お二人が店を出てからすぐ、対象は休憩を申し出て外に出ると、店から少し離れた水路にとある物を捨てました。すぐに回収したところ、ティタン局長のおっしゃる通り、奇妙な文字が刻まれたコップを捨てたようでした!」

「なるほど、ご苦労」


 鏖殺人が労をねぎらい、中央警士は去っていく。

 それを見て、ライトは全て終わったことを察した。


 ──もう、二、三日しない内に殺されるな……


 この時、何故かライトは池内大我の眼差しを思い出していた。

 生きたがっているような、死にたがっているような、あの眼差しを。

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