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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
一章 鏖殺人と普通の研修生
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二十一話

「先に警士庁の義務についても説明しておこう。先日の一件でも話したかもしれないが、中央警士局や地方警士局には、異世界転生者と思われる不審人物が現れた際、転生局に対する報告義務がある。これは、転生者が生きていようが死んでいようが関係ない。痕跡一つでも報告される」


 鏖殺人の説明はかなり基礎の部分から続けられる。

 真剣に頷きながら、ライトは話の続きを促した。




「だから今回の件では、二件目の直後から一応俺にに報告が入ってきたんだ。死体の状況がおかしすぎるから見て欲しいと。だから証拠品である燃え残りを調べたところ、腕時計の破片のようなものが見つかった」


「え、腕時計とは何か?一応この世界にもある物だが、流石に知らないか……アレルだと、金持ち向けの少数生産品だからな。簡単に言えば、人の腕に巻き付ける小さな時計だよ。向こうの世界ではけっこうな数の人間が身に付けているものだ」


「話を戻すが、現場には腕時計のパーツの一部が燃え残っていたんだ。仮にこれがアレルの物ならば、被害者はかなりの資産家ということになる。だが、もしもそんな人物が行方不明になっていたら、とっくの昔に大騒ぎになっているだろう。どこかの高級店で腕時計を盗んだ泥棒が殺された線もあるが、そんな盗難事件は報告されていなかった」


「要するに、その燃え残った腕時計がアレル原産である可能性は低いということだ。それを身に着けていた焼死体の身元もまた、アレルのそれではないことになる」


「因みに、中央警士局の方も連続殺人に対しては懐疑的だった。普通、殺人犯は死体を見つからないような場所に隠す。証拠隠滅のために、死体を念入りに燃やすような犯人なら特にそうだ。それにも関わらず、今回の死体は雪の中のような、春になれば見つかってしまう場所に置いてあった。本当にこれが計画殺人なら、そんな配置をすることは有り得ないからな」


「まあ、それ以外にも証拠はいろいろあったんだが……総合的に考えて、この焼死体は異世界転生者であり、腕時計も火事の犠牲者が身に付けていた日用品だったと推測された。中央警士局も、概ねこの考えに同意した……これが丁度三件目、模倣犯が現れる少し前のことだな」


「だが、三件目が起きたせいで状況がややこしくなった」




 そこで、鏖殺人は再び水を飲んだ。

 いつの間にか氷は全て溶けてしまい、ただの温い水になってしまっている。

 そんな水を鏖殺人が飲み干すのを待って、ライトは質問を滑り込ませた。


「一、二件目の真相は、焼死体が異世界転生をしただけのことだった。なら、三件目を起こした模倣犯は、実際には何も模倣できていないと言うか……元から模倣すべきものが無かったことになるんですかね?火災と異世界転生の組み合わせを殺人だと勘違いして、勝手に状況を真似たというか」

「そうなるな。恐らくその犯人としては、一、二件目の事件と似た方法で殺人を行うことで、自分の犯罪を連続殺人と思われていた事件の中に紛れ込ませたかったんだろう。普通、連続殺人は全部犯人が同じだからな。その流れに乗っかれば、自分が何人殺しても、その罪を一、二件目の事件の犯人に被せられるんじゃないかと期待したんだ」

「しかし実際のところ、一、二件目に犯人なんていなかった……」

「ああ、だから三件目の事件の犯人像は、すぐに絞り込まれた。一、二件目の真相を知っている人物なら、こんな模倣はしないから……三件目の犯人は、この真相を知らない人物になる。そして前にも言ったが、多少は現場の状況を知っていることからして、犯人は中央警士局の関係者でもある。だから恐らくは、重要な真相を聞かされる立場にいない下っ端の中央警士が犯人なんだろうな」


 さらり、と鏖殺人が三件目の真相を告げた。


「じゃあ、もしかして……その隠蔽のために、三件目の事件が起きてから、中央警士局は『犯人は異世界転生者だ』と言い張って、本格的に転生局を巻き込んだんですか?真犯人が身内だったから……」


 だとしたら、かなり黒い組織だな……と呆れとも恐れともつかない感情がライトの脳を占める。


「まあ、そうなる。一応言っておくと、この小さな陰謀は中央警士局の総意ではない。あの部署は本来、身内のやらかしたことにはかなり厳しい」


 続けての言葉は、ライトにとって意外なものだった。

 一般的な中央警士局の印象通りではあるが、今までの話と繋がらない。

 だから、訝しく思いながら聞き返す。


「じゃあ、何で責任の擦り付けなんかを……」

「今の中央警士局の局長は、梶原という特等職員だ。しかし、彼は今年で引退予定でね。どうも貴族の間での評判を保つために、綺麗な経歴のまま終わりたかったらしい。下っ端の中央警士が自分の任期の最後に事件を起こしたなんて、局長としては恥だからな。その結果、部下にも告げずにそんな主張をしたそうだ。全ては異世界転生者のせいで、部下は悪くないと言って……後で向こうの一等職員たちに謝られたよ。鐘原さんもわざわざ謝りに来たな」

「……ということは、ここで警備するはめになったのも、向こうの梶原局長の独断と我が儘のせいってことですか?」

「そうだな。傀儡の特等職員と言えど、局長くらいになるとある程度の判断力がある人間が宛がわれるが……それでも彼らが急に我が儘を言い出して、一等職員たちが必死で宥めることはしばしばある。君も二等職員の頃に多少は見たことがあるだろう?もっとも、身内に厳しい中央警士局でもそんな光景が見られたのは、少し意外だったが」


 ライトはこの事件の説明をされた時、鐘原が転生局が巻き込まれた理由について言い淀んでいたことを思い出す。

 傀儡とはいえ自分達のトップが迷惑をかけているというのは、流石に言いにくかったのだろうか。


 とにかく、中央警士局の陰謀がどうのと言っていたのは、あくまで局長の独断らしい。

 彼を宥めるために、転生局も──最初の事件はただの異世界転生で、三件目はその模倣だと知りながら──言われるがままに捜査に加わっていた、というのが真相のようだった。


「何にせよ、そんな局長の我が儘を宥めつつ、模倣犯の捜査が始まった。といっても、流石は中央警士。すぐに犯人と思われる人物を見つけ出した。二日もかからなかったな」

「聞きたかったんですが、どうして今に至るまでその人物を捕まえられていないんです?逮捕さえできれば、ここの警備だって……」

「俺も詳しくは聞いていないが、どうも案外尻尾を隠すのが上手い犯人らしい。三件目の犯行自体はかなり雑なものだが、逃げ足だけは早かった。しかも、ボロを中々出さない」


 聞いていて、ライトは意外な気持ちだった。

 正直、かなり粗忽な犯人像を推測していたのだが、どうやら切れ者の側面もあるらしい。

 何故、そんなにもボロを出さないことにだけ無類の上手さを見せるのだろうか。


「恐らくだが、三件目の事件を思うようにこなせなかった──死体は燃え残ったし、動揺したのか凶器さえ置いていった──のがこたえたんだろう。これ以上証拠を残さないように、病的に用心深くなったんじゃないか?そんな緊張状態が続いているんだから、今では精神に異常をきたしているかもしれないな」


 ライトの疑問を見抜いたのか、鏖殺人が補足をいれた。


「少し脱線したな。話を戻すぞ……先程説明した通り、ここの警備は特等職員の我が儘に巻き込まれる形で無意味に始まった。二回ぐらい来てもらえたらそれ以降は来なくても構わない、と鐘原さんから言われていたくらいだ。ある程度の義理さえ通せば、もう帰って良いとの話だった」

「しかし、今もここにいるということは……ずっと警備しないといけない理由を見つけた、ということですか?」

「ああ、ある意味幸運だった。最初に来た際に俺に配られたコップは、今持っているこれと同じだったんだからな」


 そう言いながら鏖殺人はコップを────ライトには、書き損じにしか見えない文字が刻まれたコップを掲げた。

 そして、やや不自然なほどの大声で言葉を続ける。


「これ以降の話はここではよそう!店の裏手で話そうか!」


 そのまま、鏖殺人は少し笑う。

 彼の笑顔に、ライトはふと既視感を抱いた。


 ──どこかで……それも最近、この顔を見たことがなかったか?


 幸い、すぐにその既視感の正体は浮かんできた。

 池内大我の一件の最中だ。

 もう一人の異世界転生者の存在が確定した時……確かに、鏖殺人はこの顔をしていた。


 「手間をかけさせてくれる」などと言いながら。

 彼は間違いなく、少し笑っていた。

 楽しそうだった。


 ……ライトの背中が、急に冷たくなったような気がした

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