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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
一章 鏖殺人と普通の研修生
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二十話

「最初に確認しておきたいことがある……言うまでもないことだが、<門>とは、死に瀕した人間の側に現れ、その人物を異世界転生させる代物だ。これはいいな?では、問題だ。大量の<門>が発生する時というのは、どういった状況が考えられる?」


 鏖殺人の説明は簡単な質問から始まった。

 ライトは、考えるよりも先に反射で答える。


「大規模な自然災害などで、大量の死者が出たような場合です。死に瀕した人間が短時間で数多く存在することになるため、一度に複数の<門>が開くことがありま……」


 口にしながら、ライトは言葉に詰まる。

 ようやく、真相に思い至ったのだ。


 今回の被害者たちの死体は、揃って炭化していた。

 それこそ、大火事にでも巻き込まれたかのように。

 今回の事件が殺人だとみなされたのは、それが人為的なものだと考えられたからだ。


 だが……異世界転生が関わっているとなると、話は変わる。


「まさか、()()()()()()()()()()()()()()()()()……」

「その焼死体が<門>を通って転生したんだろうな。いや、転生というよりは転死か」


 あっさりと鏖殺人が相槌を打つ。


 呆気ない真相だった。

 あんまりと言えばあんまりな結論に、ライトの頭は真っ白になりかける。

 そんなライトの思考を置き去りに、鏖殺人は説明を続けた。




「死体はほぼ完全に炭化していた。恐らく火災で建物が崩落し、生き埋めになった人物がそのまま焼死したんだろう。それ程までの大火事だったということだ」


「ひょっとすると、死者が何十人も出るような大火だったのかもしれない。何にせよそのような災害が異世界で発生して、炎の中に取り残された人物は瀕死になり、やがては<門>が発生した」


「だが恐らく、この時発生した<門>は、人を丸々通過させるほどの大きさがなかったんだろう。もしそれくらいの大きさがあったならば、焼け死ぬ前に彼らは<門>を潜っているだろうから。それが出来なかったということは、<門>の大きさが中途半端で逃げ道にはならなかったということ。<門>からこちらの世界に渡ってくることは叶わず、彼らはそのまま焼死した……問題はこの後だ」


「死後、炭化した遺体は脆くなり、自然とバラバラになった。或いは、建物が更に大きく崩れたのかもしれない。向こうの世界では結構な数の高層建築物があるらしいから、十分有り得る話だ」


「当然そうした大規模な建物が崩壊すれば、死体も地面に叩きつけられる。特に、高層階に取り残された人物の死体はな。かくして死体はバラバラになってしまって……より小さくなったことで、偶然にも<門>を潜れる大きさになったんだよ」


「一度<門>が発生しても、通常ならその維持時間はせいぜい十秒。だが一気に大量の人間が瀕死になるような火事であれば、建物のどこかで数分置きに<門>が発生することになる。ある<門>が消えれば次の<門>が、それが消えたらまた次が、という具合にな。恐らくその時点では他に瀕死の生き残りがいたとかで、他にも<門>はあった。だからそれらを通り抜ける形で、こちらの世界に三つの焼死体が転がり込んできた」


「一つの<門>は、こちらでは積もった雪の中に開き、一つの焼死体をそこに置いた。そしてもう一つの<門>は、二人分の焼死体を公園の砂場に届けた」


「二件目に関しては現場に焼けた砂があったから、焼死体以外のまだ燃えている物も転がってきたんだろうな。まあ、量から言ってすぐに燃え尽きたようだが」


「恐らく、これらの焼死体はほぼ同時にこの世界に辿り着いたはず。しかし偶々近づく人が少なかったために、それぞれの発見には一ヶ月の時間差が生じた」


「だからひょっとすると、まだ見つかっていないだけで、四人目や五人目の焼死体がこの世界のどこかで置き去りになっているかもしれないな。全部をこちらで回収するのは不可能だから、これについては発見されるのを待つしかないが」


「……多少推理の粗を妄想で埋めたが、こうした経緯で死体がこの世界にやって来たのは間違いないと思う。詰まるところ、大火事で焼け死んだ地球の人間が、バラバラになって墜落してきただけだ。しかし、この現象をこちらの世界の人間から見ると────」




「……バラバラにされた挙げ句に燃やされた死体が、突然一ヶ月置きに出現した、という奇妙な出来事に見える」


 最後の言葉はライトが発した。

 更に、ライトはその後の推理を引き継ぐ。


「発見した人は、当然<門>の発生なんて見ていない。厚く積もった雪や砂場の中で起こった出来事だから、目に届かなかった。結果として、二つの場所で似たような死に方をした死体がそれぞれ発見されたことしか分からず、連続殺人事件と捉えられた……」


 話しながら、ライトはこの件を鏖殺人が「事故」と表現した理由がようやく分かった。

 誰かが、悪意をもって事件を起こしていたわけではない。

 ただ偶然と偶然が絡み合い、それを見た人々が勝手に凶悪な事件を想像していたのだ。


「じゃあ、一ヶ月置きに死体が見つかったことや現場が丁度一キロ離れていたこと、それに一件ずつ死体の数が増えたことも……」

「全て偶然の産物だ。もしも雪掻きをもっと頻繁にやっていれば、或いは子どもたちがもっと早く砂場で遊ぼうとしたら、そんな感覚も無しにその時点で発覚していたさ」


 ライトの肩から一気に力が抜ける。

 この件を「連続殺人」と躊躇いもなく発言していた今までの自分が、何だか急に恥ずかしくなってきた。


「けど、何でこれを教えてくれなかったんですか……?」


 恨みまがしい質問が口から飛び出る。

 この一週間、ライトはこの件について普通に連続殺人犯だとか犯人だとかいった言葉を使ってきた。

 真相が分かっている鏖殺人からすれば、失笑物だっただろう。


 言ってくれさえすれば、恥もかかなかったのに────。

 そんな意図も含めた質問だったが、返ってきたのは苦笑だった。

 彼の口元が、少しだけ緩められているのがマスク越しにも分かる。


「この一件について資料を見ながら説明していた時、近くに鐘原さんがいただろう。彼女はかなり生真面目な人で、資料に書いてないことを説明すると酷く怒るんだよ。だから、あの場では言えなかった」


 意外な理由を説明されて、へえ、と驚きつつ頷いた。

 そういえば話の後半で鏖殺人は彼女を退室させていたな、と当時の風景を思い出す。


「だけど、どこかで説明しようと思えば出来たんじゃ……」

「あの後、説明に時間を使い過ぎたからすぐに馬車に飛び乗っただろう。本当はそこで説明しようと思ったんだが……君が馬車酔いで吐き始めたから、流石に言えなかった」


 うぐ、とライトは喉をならす。

 確かにあの時は乗り物酔いがひどく、正直意識が霞む程だった。


「吐き気を紛らわせるために会話してくれとも言われたが、青い顔をしている君に話しても、正しく理解してくれるか不安だったんでね。結局は、人類異世界起源説とかいう変な話題になった」

「な。なるほど」


 鏖殺人が馬車の中で、会話の種に困っていたことも思い出す。

 あれは果たして話したところで理解されるかどうかわからないが、どうしよう、という別種の苦しみだったようだ。


「そんなことをやっているうちに、ここに着いただろう?正直、ここの警備自体は別に一、二件目の真相が分かっていなくてもこなせる仕事だからな……結局、話さないまま今日まで来てしまった」

「何だか、俺の馬車酔いのせいで変に困らせたみたいで……すいません」

「いや、謝るほどのことじゃないが……」


 まさか、自分の馬車酔いのせいでここまで困るとは思っていなかった。

 かなりの羞恥を覚えたライトは必死で話題を変える。


「この件、局長が真相に気づいたのはいつなんですか?」

「二件目が起きた直後だな」


 一度は普通に頷き。

 次に違和感を覚え、最後にライトは聞き返す。


「それって……三件目、つまり模倣犯が現れる前ってことですか?」

「そうだ。中央警士局にもその時点で真相を伝えていた。あのまま何も起きなければ、中央警士局の捜査本部も今頃は解散できていただろう」

「……えー、ちょっと待ってください」


 ライトの思考が一気に混乱し、話を一度整理する。


「局長がこの件に巻き込まれたのは、三件目で中央警士局の職務怠慢があって、その帳消しを狙ってのことだって説明されていましたよね?それが何故、二件目の直後に真相を掴んで中央警士局に教えられるんです?独自に事情聴取でもしたんですか?それと、さっき話したここのコップに変な文字がどうのというのも未だに説明が……」

「……『巻き込まれた』のは確かに三件目以降だ。だが、それ以前から通常業務としてこの件に関わっていたよ」


 コップの件以外は返事があったが、口で聞いただけではよく分からず、ライトは何も言えずに押し黙る。

 その様子を見て、鏖殺人は頭を掻いた。


「転生局の中にいると分からなくなるが、他部署の仕事への理解なんて普通こんなものか……長くなるが、時系列に沿って最初から説明しようか?」


 ライトは力なく、はいと返事した。

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