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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
一章 鏖殺人と普通の研修生
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十八話

 ここで、時間は一週間ほど飛ぶ。




 カランと綺麗な音を鳴らしながら、ライトが開けた扉はゆっくりと閉まっていく。

 ふと見上げてみれば、扉の上部には大きな鈴が取り付けられていた。

 来客を知らせるための仕掛けだろう。


「いらっしゃい」


 少し嗄れた声に振り向けば、店の奥からオーナーが顔を出していた。

 禿頭のせいで老齢に見えるが、資料によればまだ四十代のはずだ。

 実際、店の名前が書かれたエプロンを来て厨房を動き回る姿は、若者と見間違うほどに機敏である。


「空いてるお席にどうぞ」


 オーナーの言葉に従って店を見渡せば、三人の常連客に紛れて、隅の方に鏖殺人が座っていることが確認できた。

 特に位置を遠ざける理由もないので、鏖殺人の席に向かうことにする。


「おはようございます」

「ああ、おはよう」


 オーナーが好意で置いてくれている新聞を読んでいた鏖殺人は、ライトの声を聞いて顔を上げた。

 そのまま、目で相席を促す。

 ライトが席につくと、鏖殺人はまた新聞に目線を戻した。


 二等職員時代から、ライトは上司がこうした態度をとった時は全力でお世辞を言うように刷り込まれている。

 しかし、鏖殺人に限ってはいつものことなので気にしなかった。

 世間話だとか、挨拶だとか、社交辞令の類いを彼はあまり重視していない。


 レストランでの警備を始めて一週間。

 ようやくライトも、鏖殺人の気質というか、物事への態度と言うものが少し分かってきた。


「いやー、いつもすいませんね、お二人さん」


 いつのまにか、ライトの背後にはオーナーがやって来ていた。

 眼前に氷水を入れたコップが置かれ、ライトは一礼する。


「朝早くから警備なんて、疲れるでしょう?なにか要りますか?」

「あー、じゃあ、ハムパンをください」


 そこまで空腹なわけでもなかったのだが、席を一つ埋めてしまっている以上は、できるだけ注文するよう心がけている。

 鏖殺人の方にも視線をやるが、彼は特に注文は無い様子だった。

 これまたいつものことなので、特に気にはしない。


「はい、じゃあすぐにお持ちします。いやあ、しかし……」


 そこで、オーナーはぐっとライトに顔を近づけた。

 周囲に聞こえないよう、小さな声で会話を続ける。


「異世界転生者がここで放火を企んでる、なんて話を聞かされた時には肝を冷やしたもんですが……特に怪しいやつは来ませんね。本当に来るんですかね、そいつ?」

「……私に聞かれても、なんとも……」


 実際のところこれは鏖殺人が用意した建前で、本当に来るかもしれないのは殺人犯である。

 仮に来たとしてもそれを捕まえるのはライトたちではなく、店の周囲でオーナーに気がつかれないように潜んでいる中央警士だろう。

 しかしその辺りは口止めされているので、ライトは曖昧な返答しか出来なかった。


「まあ、こちらは万全の体制で望んでいるのでご安心ください」


 オーナーはへえ、と返したが、あまり納得していない様子だった。

 警備として転生局の人間が来た挙げ句、毎日毎日店の一角でずっと座り込まれては、不審に思うのも無理がないだろう。

 転生局と中央警士局の間の微妙な関係など、オーナーが知るはずもない。


「ま、うちとしては注文がちょこちょこ来るんで嬉しいんですけどね。では、ごゆっくり」


 そう言うと、オーナーは再びスタスタと厨房へと戻っていった。

 昼に備えて食材の仕込みにかかったのだろう。


「……転生局の人間を相手に、あそこまでぐいぐい来る人も珍しいですね」

「そうだな。普通はもう少し遠巻きに見られるものだが」


 殆ど独り言だったのだが、丁度新聞を読み終わった鏖殺人から返事がなされる。


「まあ、こっちからお願いして詰めさせてもらってるんだ。興味を持つぐらいは仕方ないだろう」


 そう言いながら新聞を綺麗に畳むと、鏖殺人は腕を組んで少し俯いた。

 この店でいる時間の多くを、彼は常にこの態勢で過ごす。

 これもまた、一週間で分かったことだった。


 ──実は寝てるんじゃないよな、この人。


 仮面で隠れているため、鏖殺人の表情は観察できない。

 それを良いことに、ライトは勝手な想像を膨らませる。


 ──まあ、仮に寝ていたとしても、問題はないだろうけど。


 暇すぎる仕事にいい加減うんざりしながらも、ライトは氷水を手に取った。

 その途端、ライトの指先に何か奇妙な感触が走る。

 何だ、と気になったライトは、思わずその木製のコップを凝視した。


 ──これは……コップの表面が削れているのか?その削れた部分を触ったから、何か変な感じに……。


 よくよく見ると、綺麗に漆で塗られているはずのコップの側面に古い傷跡が残っている。

 模様と言うよりは、後から誰かが無理矢理引っ掻いた痕のように見えた。

 敢えて読み上げるなら、アルファベットの小文字で「d」と書いているように見える。


「オーナーの息子さんが、子供の頃に書いたらしい。本人としては、コップが数えやすくなるんだと思ったんだそうだ」


 ライトがコップをしげしげと観察していると、いきなり鏖殺人から説明が飛んできた。

 寝ていなかったのか、とライトは軽く驚く。


「なるほど、子どものやりそうなことですけど……数えるんだったら、何で数字にしなかったんですかね?アルファベットなんてマイナーな記号を使う人、かなり珍しいですけど」

「数字は本宅のコップにやったらしい。だから、店用のコップはアルファベットで統一されている訳だ。買い直すのも勿体ないからそのまま使っている、と言っていた」


 聞き返してみれば、意外にしょっぱい事情が帰って来た。

 オーナーの息子さん、ひどく怒られただろうなあ、とライトは埒もない想像をする。


 やがて会話は途切れ、互いに無言となった。

 しばらく黙って座っていると、オーナーとは別の店員が頼んでいたパンを運んでくる。

 ライトがそれをモソモソ食べている間も、鏖殺人はずっと無言だった。


 ……暇に任せて、ライトは一週間前のことを思い出す。

 初めてこの現場────四件目の犯行が行われるかもしれない、このレストランに連れてこられた時のことを。


 オーナーに挨拶したライトに与えられた仕事は、レストランの見張りだった。

 適当な名目で店の中に入り込み、ずっと中にいろと言われたのだ。


 連続殺人については、店側には話していない。

 店の安全と口止めを考慮して、オーナーには事件の概要は伝えられていないからだ。

 異世界転生者が来るらしいという情報があるからここで警備をする、という建前しかこの店の人間は知らない。


 そして真に犯人逮捕に執念を燃やす中央警士たちは、店の中にはいない。

 全員が正体が分からないように変装をして、店の周囲を守っているからだ。

 かくしてライトと鏖殺人は、二人してずっとこの店に通い詰める形になっていた。


 流石にここまでやれば、模倣犯の方は犯行を起こす前に捕まえられるだろう────そう思いながら、ライトは回想を打ち切って鏖殺人の方を見る。

 彼は相変わらず、腕を組んで俯いていた。


 この一週間、いつもそうだ。

 わざわざ来ている割に、何もしていない。


 ──というより、何でわざわざここに来てるんだ?それも毎日……。


 五日前辺りから考えていたことを、ライトは改めて思考する。

 そもそもこの警備は、転生局が事件に巻き込まれた以上は警備に参加しないというのもおかしい、という理由で来ているだけなのだ。

 鏖殺人も含めて、二人も現場に来ないといけない案件ではない。


 だからライトは、てっきりここは自分に任せて、鏖殺人は別の仕事に向かうものだと思っていた。

 最初に仕事の引継ぎを命じられた時も、そんな風に言っていた気がする。

 だが実際には、ライトをここに呼んでからも律儀に鏖殺人は姿を見せていた。


 これ自体が既に変だが、彼が姿を堂々と見せているのはもっと変だった。

 彼の姿は有名だ。

 新規の客は隅にその姿を見つけただけで小さく悲鳴をあげ、酷いときは帰ってしまったりする。


 オーナーが気のいい人なので許してくれているが、普通なら営業妨害として追い返されそうな勢いだ。

 なぜ、そこまでしてこの現場に来ているのか?

 暇潰しもかねて、ライトは何度目かの思考を働かせる。




 ……気がつけば、昼時になったためか客の姿が多くなってきた。

 その全員が朗らかに来店して、即座に鏖殺人の姿に驚き、気持ち静かになってから着席する。

 迷惑かけてるなあと申し訳なく思いながらも、ライトは思考を続行した。


 ──逆に考えれば、どうなる?彼のこの行動に、何か意味があるとすれば……。


 すなわち、鏖殺人がここにいなくてはならない事情があるとすれば、それは何か。

 それは、どんな時か。

 それさえわかれば、鏖殺人の行動の意味もわかるはずだ。


 そんな思考に没頭していたからだろうか。

 何となく氷水を口にしていると、ライトは忙しく店内を駆け回っていた店員と手がぶつかってしまった。

 よりによって、そのぶつかった手が氷水を持っていた方だったのは、店員にとって不運だったことだろう。


「あっ、すいま……」


 謝罪は間に合わなかった。

 弾け飛んだ水が、店員の制服にかかってしまう。


「す、すいません!お客様!」


 条件反射だろうか。

 被害にあっているのは向こうだというのに、店員の方から謝罪される。

 或いは、転生局の人間への恐れもあるのかもしれない。


 いえいえ、と言葉を返す暇もなかった。

 すぐに店員がコップを掴んで引っ込み、代わりにオーナーが出てくる。


「すいませんね、お客さん。あの子は新人なもんで……」


 オーナーの方はある程度話したことがあるため、さすがに大袈裟に恐縮はしていなかった。

 鏖殺人もライトも、この程度のことで怒るような人物ではないと理解されているのだろう。


「いや、悪いのはこっちですよ。考え事をして通路に腕が寄っていたみたいです。すいませんでした」

「いやいや、こっちは客商売ですから。そういうのも気をつけないといかんのですよ。重ね重ねすいませんでした。あの子はこちらからちゃんと叱っておくんで」

「いえいえ、叱るようなことでもないですよ。すいませんでした、本当に……しかし、大変ですね、オーナーも。教育から謝罪から色々としなくちゃならないなんて」


 謝罪合戦の形になってきたため、話を打ち切るため話題を無理矢理変える。

 オーナーの方もそれを察したのか、やや苦笑いを浮かべた。


「ええ、新人っていうのは一旦試さないと伸びないもんで……。それを教えてやるのも上司の仕事の一つですよ」

「……なるほど」


 オーバーが放った、何でもない言葉。

 その一つが、何故かライトの心に強く残った。


「では、改めてごゆっくり」


 いつの間にか、オーナーは去っていった。

 だが挨拶もそこそこに、ライトは再び思考に没頭する。

 自分の中で考えがまとまっていくのが、手に取るように感じられた。


 何か、分かりそうな気がしたのだ。

 毎日毎日変な警備をさせられ、しかもずっと鏖殺人が付いてきているというこの奇妙な状況。

 その真相が、掴めそうな気分になっていた。


 だからライトは考えて、考えて、考えて────丁度、十二時頃。

 彼は一つの結論を得た。




「……ティタン局長」


 息を整え、一度呼び掛ける。

 起きているだろうなと元々思っていたが、予想通り鏖殺人はすぐに顔を上げた。


「申し訳ありません、お話があるのですが」


 この人物に、前振りは必要ない。

 単刀直入に話を切り出す。

 そしてライトは、鏖殺人の反応も見ずに自分の疑問を捲し立てた────オーナーたちには聞こえないような小声で、だが。


 この仕事に二人も関わる意義が見いだせないこと。

 店に迷惑をかけてまで居座るのは流石におかしいこと。

 鏖殺人が毎日来ているのもおかしいこと。


 疑問点を何個話したのかはわからない。

 今までの不満がなせる技だろうか。

 気がつけば五分ぐらいの間、彼はこの仕事のおかしさを熱弁していた。


 それらを全て聞き終わったところで、鏖殺人が質問をするようにすっと挙手する。


「それで君は、俺が何を思ってこうやっていると考えたんだい?」


 その口調は、怒っているようではなかった。

 寧ろ、ライトを試しているように聞こえる。

 自分の中の結論を確信に変え、ライトはその言葉を言い放つ。




「ティタン局長、あなたはこの連続殺人事件の真相、もう全部分かっているのでは?」

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