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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
一章 鏖殺人と普通の研修生
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十七話

「人類……起源……?」


 初めて聞く単語だった。

 内容を推し量ることもできない。

 ぽかん、と先程とは別の意味で口を開けたままになるライトを尻目に、鏖殺人は淡々と話を続けた────彼なりの雑談として、豆知識を披露するように。


「君も、噂ぐらいは聞いたことがあるんじゃないか?この世界の動物や植物の名前は、実は異世界に由来しているという話」


 反射的に、転生犬のハウや伝書カラスの姿が脳裏に浮かんでくる。

「犬」も「カラス」も、元々はアレルから見ての異世界……地球でそう呼ばれていたという話だった。


「結論からいってしまえば、あの話は全て本当だ。犬も猫も山も空も、この世界の単語の殆どは地球由来の代物だ。ただ、同じものを指していないことがあるがな」


 伝書カラスについての噂話を思い出す。

 異世界の「カラス」と、こちらの世界に存在する「伝書カラス」は、両者ともに黒くて賢い鳥であること以外の共通点は無い。

 しかし、ただ似ているという理由で異世界での呼称に従っている。


「勿論、この世界にしか存在しないために独自の名前で呼ばれていものもある。例えば、ワクリという果物があるだろう?あの品種については、この世界原産だ。地球だとワクリに似た果物はあっても、ワクリそのものは無いらしい」


 今度は「ワクリのおじちゃん」の姿を思い出した。

 彼がワクリばかり育てていたことにも、ひょっとすると意味があったのだろうか。

 敢えてアレルにしかない品種を育てることで、自分が異世界転生者ではないとアピールしたかったのかもしれない。


「そもそも、こう考えないと矛盾が生じることがある。君は、異世界転生者の言語について疑問を覚えたことはないか?何故、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「言語?……いやでも、アカーシャ国でもナイト連邦でも言葉は通じますし、人間っていうのはこの言葉しか話さない生き物なんじゃないんですか?犬や猫に言葉が通じないっていうのなら分かりますけど、異世界転生者だって人間ですし……」

「違うな」


 ライトが常識として提示した知識は、一瞬で鏖殺人に否定された。

 その迷いのない態度にライトは混乱する。


 いつの間にか、彼の吐き気は消えていた。

 どうやら、自分はこの話にいたく夢中になっているらしい。

 ライトが密かな発見をしている前で、鏖殺人は解答を口にする。


「この世界における言語……俗に言うアレル語は、異世界で言うところの日本語に酷似している。多少は発音が異なる部分や、この世界にしかない名詞もあるが、文法や単語は瓜二つだ。そしてアレルに置いては、どの国に行ってもアレル語を話す人間だけだ……しかし地球においては、言語は一つではない」


 丁度そこまで言ったとき、鏖殺人は視線をふと上にあげた。

 ライトも鏖殺人の見ている方向に顔をやるが、そこにはただ馬車の天井があるだけである。

 しかし、何かを見つめているようにして鏖殺人は話を続けた。


「向こうの世界だと、様々な言語があるらしい。日本語、英語、ロシア語、フランス語、アフリカーンス語……訛りだとか方言だとかまで含めたら、数えきれないかもしれない」

「……じゃあ、異世界の人間はどうやって会話するんですか?使っている言葉が違う相手とは」

「元々は身振り手振りだろう。その内、両方の言語を理解している人間が出てきて、他の人間に教えるようになってきたんじゃないか?」


 一応ライトの質問に答えてくれたものの、もはや鏖殺人の目はライトを向いていなかった。

 誰に聞かせるでもなく────強いて言えば、自分に聞かせるように言葉を繋げる。


「多くの人間が様々な場所に住み、各々が独自に社会を形成すれば、本来なら自然と使用する言語は異なってくる訳だ。つまり言語の事情に関して、こちらの世界はおかしな状況にあることなる。この世界は、決して地球より狭いわけでは無い。だが、何故か全員が同じ言語を使っている」

「じゃあ、こちらの世界の言語が一つしかないのは……」

「簡単だ。太古の昔に日本から異世界転生者が現れ、こちらの世界で日本語を現地人に広めたからだ。恐らく、それまでのこの世界では、言葉を話す人間は存在しなかったんだろう」


 気がつけば、鏖殺人はさらりと衝撃的な事実を伝えていた。

 鏖殺人がこちらをみていないのを良いことに、ライトは遠慮なく驚愕の表情を浮かべる。


 この話が正しいならば────犬やカラスのような、単語の一つ一つどころの話ではない。

「言語」という概念そのものが、異世界から持ち込まれたということになる。

 以前心中に湧いた疑問が、もう一度立ち上がった。


 ──本当にこの世界にしかない物……異世界転生者の影響を受けていない物なんて、一体どれ程あるんだろうか?


「実際、俺は日本語以外を話す異世界転生者に会ったことがある。<門>の多くは基本的に異世界における日本に繋がっているが、別の場所に繋がることもある。だから頻度こそ低いが、地球におけるまた別の国の人間が<門>を潜り、異世界転生者となることもある。大抵の場合、日本語が分からないことでアレルの人間とは話すことも出来ず、悲惨な末路を辿るがな」


 ただしアレルも、日本語以外の言語の影響を全く受けていないわけでもない。

 そう言いつつ、鏖殺人はライトに視線を戻す。

 突然無機質なバイザーが顔の正面に来たため、ライトは慌てて姿勢を正した。


「改めて聞くが……君の名前は四宮ライトだったな?ライトというのは、この世界ではどういう意味だ?」


 まさか名前の由来を聞かれるとは思っていなかったライトは、一瞬面食らう。

 しかし律儀にも二等職員時代の本能が発動したのか、すぐさま言葉を返した。


「ライトは……光の別名です。明るい子に育つようにってことで、父が名付けたと聞いています」

「そうか。そこで聞きたい。何故、光という一単語に別名が生まれたのか?略されているわけでもなく、全く関係がなさそうな音の羅列が、ちゃんとした別名としてこの世界に広まっているのか?」


 今まで考えたこともない問いかけだった。

 正直、理由なんて知るかと返したかったのだが、言えるはずもないため必死に考える。

 幸い、話の流れからすぐに答えは得られた。


「これのライトという言葉も……異世界由来の言葉だから、ですか?」

「そうだ。異世界で使われている英語の教科書を読んだことがあるんだが、光は日本語、ライトは英語らしい。同じ意味を持つ二つの言語が異世界転生者によってそれぞれ広められたから、こちらでは別名として解釈されたんだろう」


 そう言うと、鏖殺人の視線が再びライトから外れた。

 どこを見るでもなく、ぼんやりとした目つきに戻る。


「勿論、異世界転生者から伝承されたのはこれだけじゃない。例えば君は四宮という名字と、ライトという名前を持っている。名字は親からもらい、名前は生まれたときにつけられる形で……こうした名前の概念もまた、全て異世界由来だ。特に、名字の方を先に言うのは日本と共通のルールらしい」

「地球における他の国だと、そうは言わないんですか?」

「そうらしい……他にも、文字もそうだな。漢字、ひらがな、カタカナ。三種の文字で言葉を表現するやり方もまた、地球での日本から伝来した物だ。服の着方、物の食べ方、いやそもそも社会を作ると言う行動すら、きっと異世界由来なんだろう。異世界転生者の存在無しに、この世界は語れない」

「……なるほど」


 ……話を聞いたライトは、自分が静かに興奮していることを自覚した。

 いや、興奮と言うのは正確ではない。

 背徳感と呼ぶ方が正しいだろう。


 一般社会では禁忌とされる、異世界由来の知識。

 それらの禁忌技術を取り締まる存在である鏖殺人こそが、この世界は異世界の知識や文化無しには存在できないということを肯定している。

 その光景は、まるで知ってはいけないことを知ってしまったような、とんでもない禁忌を犯してしまったような……そんな感覚をライトに与えた。


 もっとも、雑談の種にしたくらいだから、実際は大した秘密ではないのだろう。

 ライトが今まで聞き及んでいなかっただけで、局長クラスになれば誰でも知っている常識なのかもしれない。


 一般人に喧伝していない理由も、容易に想像できる。

 魔法大戦からかなりの時間が経ち、転生者法のことは知っていても、ライトのように異世界転生者に対して特に憎しみを持っていない人間も増えた。

 少なくとも、鏖殺人の事を人殺しとして恐れる程度には。


 とはいえ、異世界転生者を異常なまでに毛嫌いしている人間は未だに存在する。

 転生局が禁止しているにも関わらず、彼らへの私刑をやめないような人が。


 彼らがこの事を────人々が享受しているこの世界の文化の大部分が異世界由来、という事を知れば、過激な行動に走るかもしれない。

 だからこそ、あまり公にはなっていないのだろう。

 そんなことをライトが考えている間にも、鏖殺人の話は続く。


「最初に話した『人類異世界起源説』は、これをもっと発展させた考え方だ。そもそも全く環境が異なるはずなのに、何故地球とアレルに同種の生命が存在しているのか?話はその疑問から始まる。何故、異世界にもこちらにも犬はいるのか?何故、人間が両方の世界に生息するのか?何故、両方の世界に生命が偶然存在しているのか?」


 いつのまにやら、話が壮大になってきた。

 既にライトがついていけるスケールを越えているので、余計な質問はせずに聞き手に徹することにする。


「確率論で言うなら、二つの世界で同時に生命が誕生する可能性は、本来かなり低いはずだ。ある宇宙で生命が誕生する確率だけでも低いのに、座標が隣り合った二つの世界で、両方ともに偶然生命が誕生するなんて……それは一種の奇跡だろう」

「……はあ」

「だが、こう考えれば奇跡ではなくなる。生命が誕生したのは、実は地球の方だけだった。しかし、誕生した生命は偶々発生した<門>を潜り、アレルへと異世界転生した。結果として、二つの世界に同種の生命が生まれた」


 ふと鏖殺人の腰をみれば、彼は左手を愛刀に添えていた。

 まるで気をしっかり持とうとするかのように。


「両方の世界で生物の特徴や生態系に差異があるのは、それぞれの世界で独自に進化したからだろう。つまり、俺たちが元々この世界に存在するものだと信じている生き物でも、元を辿れば異世界の物だったという事例は結構あるはずだ……アレルの人類がそうではないと、何故言い切れる?」


 そのまま、少し無理したように鏖殺人は話し続けた。

 最後に、結論を述べるまで。


「人類の起源は異世界だ。この世界の人間は皆、かつてこの世界に現れた異世界転生者の子孫なんだよ」


 ……何と反応すれば良いのかわからなかった。

 驚けばいいのか、悲しめばいいのか。

 ただ、この事実を嫌う人は結構いそうだとだけ感じた。


 ただライトとしては実際のところ、意外でこそあったがどうでも良い話だった。

 ライトは大戦の混乱を知らない。

 異世界転生者の脅威も、魔法の恐ろしさも、肌で味わったことがない。


 だから、異世界転生者を格別嫌ったことはない。

 興味が無いというか、転生局に来るまで深く考えてもいなかったくらいだ。


 だからこそ、殺される転生者たちの姿が吐く程に辛かった訳で……転生者法の残酷さについても、改めて考えるはめになった訳だが。

 その分、自分が異世界転生者の子孫と言われても大した衝撃ではない。

 そうなんだ、と思うだけだ。


 一部の、異世界転生者を過度に憎む人間には受け入れられない話だろう。

 だが、平凡な生まれであるライトの反応としてはこんなものだ。


 寧ろ、何故鏖殺人がこんなにも苦しそうなのかが分からなかった。

 まだ会って一週間も経っていないが、鏖殺人は異世界転生者を淡々と殺しているばかりで、相手にそこまでの感情を抱いていないように見える。

 これが仕事だから殺している、という風に割り切っているように。


 実のところ、鏖殺人は異世界転生者についてどう考えているのか────。


 ワクリのおじちゃんがいなくなった日の、先代の姿。

 風野凛花を殺したことを、何でもないように語る姿。

 池内大我を無感動に殺す姿。


 様々な鏖殺人の姿が思い返され、今まで何となく聞けなかった質問が口に出そうになる。

 だがそれが飛び出る前に、馬車の方が動きを止めた。


「お待たせしました、到着です」


 疲れた様子の御者の声が響き、鏖殺人とライトは自分を取り戻す。

 まるで夢の中にいたような馬車の中の奇妙な雰囲気は、一瞬で霧散した。


「じゃあ、現場で四件目の説明をしよう」


 普段の口調に戻った鏖殺人がいち早く馬車から降りる。

 ライトもまた、慌てて布袋と荷物を掴んだ。


 ……惜しかったな、と思う。

 あの場で聞いていたら、鏖殺人も本音で自分の考えを答えてくれた気がしていたのに。

 何故だか、そう思った。


「四宮君?」


 気がつけば、鏖殺人はもう目的のレストランの前に立っていた。

 周囲に見える人影は中央警士だろうか。

 どうも待たせているらしい。


「すいません、今行きます!」


 答えながらも、ライトは依然として気になっていた。

 鏖殺人は、異世界転生者をどう思って殺しているのか。

 異世界転生者を殺すのは当たり前だと教えられてきたライトとしては、中々想像出来ない視点だったから。

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