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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
一章 鏖殺人と普通の研修生
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十六話

 ────それから数時間後。




 馬車という乗り物がある。

 車輪をつけた駕籠のような座席を馬が引いて移動するという、昔から使われてきた移動手段であり、現在でも現役で働く乗り物だ。

 最近では自転車という乗り物が発明されたため、そちらに乗る人間も多いが、馬車の方が数は多い。


 早馬のような速度専門とする馬を例外として、普通の馬は庶民でも多少働けば買うことが出来る。

 そのため、馬車を個人所有している人間はかなり存在していた。

 故にグリス王国の王都では、五分も歩けば一人くらいは馬車引きに出くわす。


 当然ライトも、王都に来てから何度か馬車に乗ったことがある。

 しかし、何度乗っても慣れることがない。

 ライトにとって、馬車に乗るというのは非常に疲れる行為なのだ。


 田舎育ちのライトは、揺れる馬車の中でじっとしているよりも、直に馬の背中に座る方がずっと慣れている。

 だから金さえあれば、常に早馬で移動したい性格なのだ。

 逆に彼の場合、馬車に乗っていると感じる、規則的な振動というのがどうも気にくわない。


 というのも────。


「おえっ……」


 本日何回目かの吐き気を催して、ライトは持参した布袋の中に顔を突っ込んだ。

 もう大体の内容物を吐き終わっているため、えずいたところで何も出てこないのだが、吐き気が収まることはない。

 生々しい音を立てながら、彼はずっと布袋を覗いていた。


 向かいの座席では、鏖殺人がどこか呆れた表情でライトの醜態を見つめている。

 別に彼もこんな光景を見たい訳ではないのだろうが、狭い馬車なので気にせざるを得ないのだ。

 申し訳ないと思いつつも、ライトは布袋の中から顔を上げられない。


「しかし、君はよく吐くね」


 ぽろっと鏖殺人が言葉をこぼし、ライトは羞恥を覚える。

 言われてみれば、前回の事件の時も──池内大我の死体を抱えた後に──彼には自分が吐く姿を見られている。

 一週間で二回も吐いている部下が鏖殺人の目にどう映っているのか、想像出来るだけに恥ずかしかった。


 ……丁度そこで何かが馬車の前を横切ったのか、御者が馬の動きを止めた。

 必然的に馬車の振動も止まり、ライトの吐き気も多少はマシになる。


「すいません、乗り物には弱くて……馬車に乗るとすぐにこうなるんです」


 その隙を見計らって、ライトは謝罪の言葉を滑り込ませた。

 鏖殺人が馬車で次の現場に向かうと言った時、事前に謝っておけば良かったな、という後悔も込めて。


「……今までだって、馬車に乗る機会はあっただろう。どうやり過ごしていたんだ?」

「二等職員の頃は書類仕事ばかりでしたから、馬車に乗ることはまずありませんでしたし……研修一年目の頃は、出来るだけ火急の用件ばかり担当して、事務から早馬代を出してもらえるようにしていました」

「馬に直接乗るのなら、酔わないんだな」

「ええ、そっちは小さい頃から慣れてるんで……」


 そう言った直後、馬車が再び動き出した。

 慌ててライトは布袋を顔に近づけ、鏖殺人は気を遣ったのか目線をそらす。

 ライトが再び顔色を悪くするのに、一分もかからなかった。




 鐘原を下がらせて、連続殺人に関する説明を終えた後のことだ。 

 いよいよ現場を見ることになったライトは、鏖殺人と共に直接そちらに向かうことになった。

 正確には、「次に現場になりそうな場所」が目的地となる。


 二件目の事件が起こった公園は、一件目の現場から西に一キロ離れている場所だった。

 そして模倣犯の犯行ではあるものの、三件目が起こった中央警士局支部もまた、二件目の現場から西に一キロ離れている。


 必然的に、今月……四月末に事件が起こると予測される場所は、中央警士局支部から西に一キロ離れた場所になる可能性が高い。

 それが、鏖殺人と中央警士局の推理だった。


 地図で示されたその場所は、繁華街内に店を構えるレストランだった。

 既に中央警士局が捜索を行っているらしい。

 ただし、死体の欠片も発見されることは無かったそうだが。


 三件目の事件で動きが無かった以上、一件目と二件目を起こした殺人犯がここに来る可能性は低い。

 だが、三件目を起こした模倣犯がやって来る可能性は依然として高い。

 だからこそ、巻き込まれた転生局も含めて張り込みをすることになったのである。


 ──いつの間にか、かなり大掛かりな捜査になってるが……仕方がないよな。犠牲者の数、これから増える見込みもあるんだし。


 馬車の揺れに耐えながら、ライトはそんなことも考える。

 実際、仮に四件目の事件が起きた場合、その際の犠牲者は前回よりも増える可能性は高いとされていた。


 これについては、今までの犠牲者の数から推測されたことである。

 一件目の事件で犠牲となった人間は、恐らく一人。

 続いての二件目での犠牲者は、恐らく二人……一件ごとに、犠牲者が一人増えている。


 三件目で模倣犯が三人の中央警士を手にかけたのは、おそらくこの法則に従わせるためだろう。

 そうなれば、次の四件目では四人の人間が殺される可能性がある。

 犯行現場で死体を焼く模倣犯の性格上、火事だって起こるかもしれない。


 それを防ぐため、件のレストランには密かに大量の中央警士が詰めることになり……。

 巻き込まれた以上は、転生局の人間もこの警備に参加する必要が生じたのだ。


 ライトが以前ファストの町に行っていたとき、鏖殺人が「手が離せない」と言っていた仕事がこれである。

 所詮は中央警士局の言い訳のために同行するだけだが、ずっとそのレストランにいないといけないので、拘束時間が長いのである。

 鏖殺人が今になってライトにこの仕事を任せようとしているのは、その辺りに理由があるようだった。


 ……しかし、ライトにはその辺りの事情は正直どうでもよかった。

 彼にとって一番の問題は、レストランの存在する位置である。

 件のレストランが徒歩で向かうにはやや遠く、しかし早馬を使う程でもない微妙な位置にあったことが、ライトには恨めしかった。


 これでは、毎日警備のために場所で通うことになる。

 費用対効果から言ってそれしかない。

 まさか研修生の立場で一人だけ早馬を使わせてもらうことも、一人だけ歩いてそこに向かうことも出来ず────結局ライトは、しばらく布袋の世話になることが確定してしまったのだった。




「……局長、何か、話しかけてください」


 ライトが細い声で鏖殺人に要請したのは、更に少し経った頃である。

 この時点では吐き気は何とか止んでいて、気分の方は小康状態になっていた。

 しかし馬車が動いている以上は、何時また吐き気に襲われるか分からない。


 ライトの経験から言えば、こういう時は何か話している方が気が紛れる。

 既にかなりの迷惑をかけていることはわかっていたが、吐き気を押さえ込むにはこれしかない。

 だからこそ、ライトは鏖殺人と何か話をしたかったのだ。


 しかし、流石にいきなり過ぎたのだろうか。

 突然の要望に、鏖殺人は呆気にとられた様子を見せる。

 それでも律儀に話題を探してくれたのか、彼はそこで少し俯いて考え込み始めた。


 ライトの方も自分から話題を思いつけるだけの元気がないので、やがて馬車の中は奇妙な静寂に包まれた。

 鏖殺人が口を開くまで続く、気まずい沈黙。

 ……やがて話題を見つけたらしい鏖殺人は、ライトに対して、唐突に一つの単語を投げ込んだ。


「……『人類異世界起源説』と言う仮説を知っているか?」

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