十五話
「君も言ってくれたが、この三件目に関しては奇妙な点が多い。月末に焼けた死体が見つかるという点以外は、まるっきり他の事件と異なると言っていい」
そこからは、鏖殺人が説明を引き継いだ。
内容を正確に暗記しているのか、鐘原と同じく資料も見ずにすらすらと話す。
「まず、事件が起こった時間が異なる。一件目と二件目は見つかった時期こそ月末だが、実際に殺人が行われたのが何時なのかは判明していない。犯人が現場に死体を遺棄した時刻すらも不明だ。焼死体から死亡推定時刻は分からなかったからな」
「だが三件目については、いつ犯行が行われたのかは明確だ。昼間にそんな死体があれば誰でも気がつくから、発見の前日夜に死体が置かれたのは間違いない。 これは被害者の解剖所見とも一致する。恐らく、前日の二十三時から朝三時くらいに行われたんだろう」
「スケッチでは分かりにくいかもしれないが、三件目の現場では壁や土にかなりの燃えた跡が残っていた。また、結構な量の血飛沫もある。このことから、別の場所で死んだ三人をここに運んできたのではなく、この場所で殺人が行われたことも確定する」
「更に言えば、燃え残った死体の存在と体に残った傷から考えて、彼らは生きたまま焼き殺されたのではなく、死んだ後に火をつけられたと考えられる。ただ、油を撒いていなかったせいでかなり燃え残ったがな」
「凶器はナイフ。そのスケッチでも、倒れている死体の背中に刺さっているそれだ。それで三人の首や胸を切り裂いた後、背中に突き刺して放棄した。ただし、指紋は検出されていない」
「……これは、模倣犯なのでは?一件目と二件目を受けて、真似した人間が現れたんじゃ……」
いつの間にか、ライトは推測を口にしていた。
死体に残されている凶器に、今までと違って燃え残っている死体。
中央警士局の建物で行うという挑戦的な犯行の割に、一件目や二件目と比較すると犯行に精彩を欠いている。
ここまで状況が異なると、今までの件とは犯人が別なのだと考えた方が、ライトにはしっくりきた。
案の定、話を聞いていた鐘原はこくりと頷く。
「中央警士局でもその意見が主流です。この時期に事件を起こせば、連続殺人犯の犯行に見せかけられると踏んだ何者かがこれを行ったのだと。逆に言えば、一件目と二件目の事件を起こした本当の殺人犯は、この月は何もしなかったということになりますが……」
「模倣犯だと推測されることを見越して、本物の犯人がわざと雑な犯行に切り替えた可能性もないではないが……あまり意味がないな」
鏖殺人の意見もあり、ライトの頭の中で三件目は模倣犯という事項が確信となる。
続いて、先程までの報告で気になった点を鐘原に質問した。
「三件目が起こった中央警士局支部が、二件目の現場から丁度西に一キロ離れていることは、事前に分かっていなかったんですか?犯人が規則的に殺人を繰り返しているのだとすれば、次の犯行現場として考えられる線だったと思うんですが」
「勿論、捜査会議で挙がった意見でした。ただ流石に中央警士局の真ん中で事件を起こすのは困難だろうという意見が多く……」
──確かに、実際に起こった三件目の現場は外壁の外……つまり、ギリギリ敷地外で殺人をしてるんだな。
中央警士局としては、まさか自分達の支部で犯行が行われるはずがないという油断があったのだろう。
確かに本物は支部の中で殺人をしなかったが、その隙を模倣犯に衝かれた形になる。
「因みにですけど、殺された中央警士はどんな人たちだったんですか?事件との関連は?」
「三人とも、取り立てて誉めるほど優秀でもなく、悪い噂がたつほど無能でもない、いたって普通の職員だったそうです。この連続殺人事件については、捜査に加わったことはありませんでした。犯行当日は非番で、寮に姿を見せないことを同僚が寮監に相談していたところだったとのことです」
そう言いながら、鐘原が被害者の資料を渡してくる。
資料には、彼女の言う通りに平凡な経歴が記されていた。
全員が男性で、年齢はそれぞれ二十七、二十九、三十。
二等国家試験に合格後、地方警士局で数年勤務。
その際に優秀な成績を残したため、中央警士局へと栄転するが、それ以降は目覚ましい活躍はしていない……。
「三人とも、特に人から恨まれていたことはないようですが、仕事柄どこで恨みを買うかわからないため、怨恨の線での捜査も行っています……ただ」
「一、二件目の模倣をしたことからすると、先の事件について知っている中央警士局関係者に容疑が絞られるのも確かだ。関係者じゃないと、そもそも模倣が出来ないからな。模倣犯が完全な一般市民だと、前の事件の状況を知ることも難しい」
鐘原の説明に、鏖殺人の助言が加わる。
要するに、中央警士が連続殺人の解明に躍起になるのと同時に、関係者の中からそれを利用した模倣犯が出現したということだ。
ここへ来て何とか概要を把握したライトは、最後に一番気になっていたことを尋ねた。
「何故、この事件が異世界転生者に関わりがあると判断されたんですか?話を聞く限り、異世界転生者の影は見えないんですけど……」
ライトの質問に対し、二人の反応は対照的だった。
鐘原の方は、「そこに気づいてしまったか」とでも言うように顔を強張らせる。
一方、鏖殺人は少し苦笑いをしていた。
「それは、その……」
何を口にしようとしたのだろうか。
鐘原が口を開くものの、すぐに言い淀む。
「建前上は、支部とはいえ中央警士局の敷地近くでで事件を起こせるような犯人は、魔法が使える異世界転生者しか考えられない……と向こうの局長が言い出したからだな」
「ティタン局長……出来れば、その……」
鏖殺人がゆっくりと実情を話し始め、鐘原はおずおずと彼を制止する。
どうやらややこしい事情がありそうだな、とライトはその様子から察した。
「……鐘原さん、席を外しておいた方がいいんじゃないか?」
続いての鏖殺人の言葉に、少し鐘原はほっとしたような表情を浮かべた。
そのままペコリ、と頭を下げて局長室から出ていく。
彼女が出ていくや否や、鏖殺人は冷笑を浮かべて語りだした。
「要するに、俺たちは保険なんだよ」
「保険?」
予想外の言葉が聞こえてきて、ライトはその言葉をそのまま繰り返す。
「そうだ。そもそも不思議に思わないか?三件目の犯人は死体をその場で燃やしたそうだが、そんなことを夜にすると炎で非常に悪目立ちをする。それなのにどうして、死体の発見が朝までずれ込んだのか?」
「ええと……犯人が殺人を行っている最中に、誰かがそれに気がつけなかったのは何故かということですか?」
「そうだ。犯行が深夜に行われていたとすれば、付近の住民が気がつかなかったのは仕方ない。だが中央警士局の職員が、支部のすぐ近くで殺人が起こったことに朝まで気がつかなかったのは変だろう?」
言われてみれば、もっともな指摘だった。
中央警士局の建物なら、警備の人間が外壁の回りを巡回するのが日常のはずだ。
それにも関わらず、死体の発見が朝になったということは────。
「夜番が朝番に交代する瞬間を狙って死体が置かれたか、もしくは……」
「まともに夜番が警備をしていなかったか、だ。向こうの対応からするに、後者が正解だろうな」
鏖殺人が何でもないように正解を告げる。
圖司に、ライトの頭の中である推測が浮かんだ。
「まさか、自分達の職務怠慢で死体の発見が遅れたことを隠すために……犯人は異世界転生者だ、だから死体の発見が遅れたのは仕方ないんだって言い訳してるんじゃ……魔法を使われたのなら、死体発見に気づけなかったのも仕方がないと言い訳出来るから……」
「正解。その流れで、異世界転生者が魔法を使ったからこのような殺人が起きた、という話になった。当間だが、職務怠慢が明るみに出ればこのような世間に秘匿している事件でも、内部から批判される。しかし異世界転生者のせいってことにしておけば、自分達は批判されない」
つまらなさそうに言葉を続ける鏖殺人の様子を見て、ライトは自分の推測が真実であると確信する。
同時に、他部署を巻き込んで自分達の体面を守ろうとする中央警士局の態度にかなり呆れた。
「じゃあ、そのために転生局に応援をかけたんですね。建前でも異世界転生者の仕業ってことにした以上、転生局に連絡を入れないと不自然だから……」
「まあ、それだけでもないがな。一件目と二件目の事件について中央警士局が真相を掴めなかったことは既に言っただろう?その辺りに、彼らがわざわざ転生局を巻き込んだ理由がある」
「……どういうことです?」
「先程も言ったが、一件目と二件目の犯人はこの月は何もしなかったと推測されている。一月、二月と続けて死体が見つかったが、三月は本物の犯人が殺した死体は見つかっていない訳だ。下手すると、もう本物は姿を見せない可能性もある」
話が複雑になってきて、ライトは必死に流れを追う。
そして、十分に咀嚼してから口を開いた。
「そうなると……中央警士局としては困りますね。一件目と二件目で真相を掴めなかった以上、嫌な話ですが、犯人に次の事件を起こしてもらわないと新たな手掛かりを得られない。このまま犯行が終わってしまっては、犯人は捕まえられずじまいってことも有り得る」
「その通り。三件目に関しては色々と証拠が残っているから、その内犯人を捕まえられるだろうが……捕まえたところで、そいつは模倣犯。本物には逃げられたままだ。それではかなり批判されるだろうし、中央警士局の面目は丸潰れだ」
ここへ来ると、ライトにも全貌が見えてきた。
「だから一件目と二件目も含めて、犯人を異世界転生者ということにしておく。そうすれば過去の事件の真相解明が出来なかったことも、三件目の職務怠慢も有耶無耶に出来る……」
「そういうことだ。要するに中央警士局は、一、二件目の犯人はもう捕まえられないだろうと思っているんだろう。だからその辺りの諦観も含めて、異世界転生者に全て被せることにした訳だ」
だんだん、二人の声は小さくなっていく。
とても、周囲には聞かせられない話だった。
「異世界転生者が抗弁しないのをいいことに、全部異世界転生者のせいにしておくんですね。全ては批判されないために……」
「寧ろ、批判されるのは転生局の方だな。殺人を犯した異世界転生者の存在に気がつけず、みすみす取り逃がしたことになる」
「……もしかしてですけど、中央警士局と転生局の間に発生した、ちょっとした陰謀に巻き込まれていません?」
「もしかしなくても、そうなるな」
何でもないように鏖殺人が肯定し、ライトは思わずため息をついた。
同時に、鐘原が退席した理由も理解せざるを得なかった。




