十四話
二件目の事件が起こった場所は、一件目の現場から西に一キロ離れた公園だった。
正確には一件目と同じく、「起こった」というよりは「発覚した」の方が正しい。
現場となった公園は、大雪のために子どもたちが近づいていない場所だった。
ようやく雪が溶けてきて久しぶりに砂場で遊んでいた子どもたちによって、死体が発見されたのである。
そして死体の状況もまた、一件目と酷似したものだった。
バラバラになった破片と、炭化した体が揃っていたのだから。
唯一違う点は、一件目で見つかった焼死体は雪の中に埋もれていたのに対し、今回は砂場の砂の中に埋められていたことだけである。
中央警士が必死に捜査しても、その死体が一体誰なのかすら突き止められなかったことも一件目と同様だった。
この二件目の発生を受けて、中央警士局は焦った。
これが殺人であれば、手口からして同一犯による犯行は間違いないだろう……それなのに、どこで誰が犠牲になったのかすら分からないのだから。
ここまで捜査が進まないのは中央警士局にとっては珍しい状態であり、同時に焦りの種だった。
丁度一ヶ月置きに死体が見つかっている、という奇妙さも中央警士局が焦る理由となっていた。
ただの偶然ならば、それでいい。
しかし場合によっては、犯人が一ヶ月置きに死体が発覚するようにわざと仕向けている可能性もなくはない。
もしも、犯人が王都で連続殺人を繰り返しているのだとすれば……もう一ヶ月経てば、三つ目の死体が発見される可能性もあるだろう。
中央警士局のお膝元である王都で三件もの連続殺人事件が起こり、尚且つ犯人の目星すらつかないとなれば、中央警士局の面子はズタボロである。
それに仮にこの事件が解決出来ず、犯罪者たちに中央警士局が警戒するほどの存在ではないと思われてしまうと、治安の悪化が予想される。
自分達のプライドだけでなく、王都の治安のため、そして被害者の無念を晴らすために、中央警士局は一層努力することになった。
幸いなことに、二件目の事件がもたらしたのは焦りだけではなかった。
一件目では分からなかった、幾つかの証拠品も出てきたのだ。
一つは、死体の数である。
二件目の事件で発見されたバラバラ死体を復元したところ、明らかに一人分の死体ではないという事実が判明した。
腕だけでも三本存在したのだから、一人分の死体であることは有り得ない。
一件目の事件では、発見された死体は一人分だった。
しかし二件目では、少なくとも二名が犠牲になっていた訳である。
そしてもう一つ、死体が埋まっていた砂場でも新発見があった。
少量ではあるが、焼けた砂が発見されたのである。
焼けた死体を砂場に埋めたところで、周囲の砂が焼けるはずがない────つまり何者かが、この砂場に火をつけたとしか考えられない。
このことから、死体が見つかった場所と実際に犯行が行われた場所は同じである可能性が生まれた。
犯人は焼死体を砂場に運んだのではなく、砂場に埋めた死体を焼いたのではないか……そんな推測の元、中央警士局は捜査を続けた。
……しかし、これらの証拠は新たな謎も呼び寄せた。
焼けた砂の量についてである。
新証拠であるこれが、中央警士局の推理にそぐわなかったのだ。
人間を複数人同時に燃やし尽くすとなると、篝火をも超えるかなりの火力が必要とされる。
だから仮に犯行現場がその砂場であるならば、焼けた砂は大量に存在しているはずだった。
しかし実際のところ、発見された焼けた砂はごく少量だった。
焼けた砂が風などで飛んで行ったり、砂遊びをした子供に持ち出されたりした可能性は低い。
積雪のために、殆ど誰も触っていない場所だったのだから。
犯人が死体をここで焼いたのであれば、焼けた砂はもっとたくさん存在するはず。
逆に犯人が死体を焼いた場所がここではないのなら、どうして少量ながら焼けた砂があるのかが分からない。
中央警士局の推理は、この点に置いて矛盾していた。
こうした矛盾もあって、中央警士局の捜査は停滞。
彼らは幾つかの証拠品を前に、あーでもない、こーでもないと話し合って一ヶ月を消費した。
そんなことをしている内に────三件目の事件が起こる。
現場は、中央警士局の支部の一つ。
二件目の現場から西にもう一キロ、つまり一件目の現場からは西に二キロ離れた場所。
何人もの中央警士が働くその建物の中で、突然死体が発見されたのである。
「……中央警士局の中で、殺人が起こったんですか!?」
静かに話を聞いていたライトだが、ここへ来てつい大声で質問してしまった。
それほどまでに衝撃的な内容だったのだ。
「そうだ。中央警士局がなりふり構わず応援を求めてきたのも、これが切っ掛けとなっている」
ライトの動揺を見ながらも、鏖殺人はすんなりと頷く。
一方、資料を見ることも無く現場の状況を暗唱していた鐘原は、ここで突然資料を漁り始めた。
「三件目の事件に関しては、現場の様子を記したスケッチがあります。まずはそれを見てください」
どうぞ、と彼女は資料の中から一枚の紙を取り出す。
導かれるままにライトは目を通した。
話に出た通り、描かれているのは中央警士局支部の外壁の様子だった。
通常なら赤レンガが並んでいるだけのただの壁のはずだが、絵の中では異常な存在が三つほど描かれていた。
三人の人物の死体が、はっきりと描かれていたのだ。
一番右に描かれている一人は、最初は普通に外壁を乗り越えようとしている男性の姿に見えた。
だがよくよく見てみれば、彼の背中から足の辺りまでは焼け焦げており、壁には彼を起点とする形で血の染みが形成されている。
殺された上で、外壁に吊るされているようだ。
次の一人は、壁に寄りかかるようにして座り込んでいた。
こちらも、顔面から胸部にかけてが焼け焦げている。
一応、下半身はなんとか焼け残っていることが確認出来た。
最後の一人は壁の傍で倒れており、背中にナイフのようなものが刺さっていた。
この人物のみ、他の二人と違って焼けた跡は絵に描かれていない。
もっとも、死んでいるのには変わりがないが。
「三月の末……朝番に仕事を引き継がせ、帰宅しようとしていた夜番の中央警士がこれらの死体を発見しました。見て分かる通り、死体は三つ。その全員が中央警士でした」
「中央警士が殺されたんですか……」
衝撃的な事実が次々と提示され、ライトの反応は逆に静かなものとなる。
同時に、何故この事件について聞いたことが無かったのか合点がいった。
仮にこれらの事件が公表されていたならば、いくら忙しかったとはいえライトだって耳にしたはずだ。
中央警士が連続殺人事件の被害者になった、というのはそのくらい衝撃的な事件である。
それでもライトが存在を知らないということは、この事件について中央警士局は世間に公表していないのだろう。
考えてみれば当然の話だ。
王都で起きた連続殺人事件について犯人の候補すら挙げられずに捜査に行き詰まった末、遂には自分達の仲間すら犠牲になってしまった、というのは余りにもお粗末な話である。
プライドの高い彼らが、そんなことを新聞社たちに伝えるはずがない。
恐らくは第一発見者が身内だったことを良いことに、徹底した口止めをして、知らぬ存ぜぬを突き通しているのだろう。
残忍な事件のわりに、噂している人が少ないことに違和感を持っていたのだが、ようやくそれが解消された。
ライトは少しスッキリとした気分になりつつ、スケッチを見て気になった点について質問する。
「この人たちは、一件目や二件目と違って死体がバラバラにされてはいないんですね。死体はかなり焼け残っていて、埋められもしていない」
ライトとしては、鐘原に問いかけた言葉だった。
しかし、代役を務めるように鏖殺人が答える。
「そう、問題となるのはそこだ。この三件目に限って、今までとは死体の状況が違いすぎる。着ている物を分析して、身元もすぐに分かったからな……だからこそ、この件が異世界転生者の仕業なんじゃないかという話になったんだが」
そう話す鏖殺人の姿は、どこか疲れているように見えた。




