十二話
「……以上の経緯により、移動型異世界転生者・池内大我を排除しました。病院の職員は町の外れで倒れていた彼を収容していただけであり、特に事情は聞いていなかったそうです」
「そうか。なら、口止めをしておく必要はないね」
いかにもどうでもよさそうな素振りを見せながらも、一応は返事が帰ってくる。
平和庁長官・暁ショウマは目の前で老眼鏡を外し、それを布で拭きながら会話を続けた。
相変わらずだな、と鏖殺人は心の中で呟く。
暁は八年前に平和庁長官となった特等職員である。
それ以前は一等職員と共に前長官の秘書をしていたため、平和庁の職務に関してはベテランと言っていい。
いかに貴族たる特等職員がお飾りだと言っても、各省庁の長官となれば、流石にある程度の政治的判断が出来る者が揃えられる。
暁も普通の職務に関しては、十分に有能と言える職員だ。
ただ、どうにも転生局絡みの仕事に関してはやる気を示さない。
転生局の仕事内容を把握することも長官の職務に当たるが、大体は今回のように聞き流される。
鏖殺人からすれば極めてやりやすい上司になるため、別段文句は無いのだが、果たして他の職務を正しく行えているのか他人事ながら心配になるくらいだった。
内務省の中でまことしやかに囁かれる噂話の一つに、「平和庁長官は鏖殺人のやることに口出しできない。鏖殺人はそれほどの裏の権力をもつ」というものがある。
実際のところ、これはあらゆる意味に置いて嘘八百なのだが、この噂話がなかなか消えない理由は間違いなく暁の態度にあった。
「それで、研修生の方はどうなったかな?」
「多少気分は悪そうですが、職務自体には問題ありません」
珍しく暁の方から話が振られ、やや驚きながらも返答する。
実際、四宮ライトが初仕事を終えてから────異世界転生者の死体を抱き留めて吐いてしまい、酷い状態で職場に戻ってきてから二日が経つが、特に問題は見られていない。
「そうか、あまりいじめないでやってくれよ。一等職員の芽を潰させたくもないからな」
暁から、部下への愛情に溢れた諌め言葉が送られる。
だが、「それは無理だな」と鏖殺人は密かに思った。
二つの理由から、四宮ライトの気分を良いままにしておくことは不可能だ。
一つは、鏖殺人は決していじめているつもりなどないから。
そしてもう一つは、転生局の仕事は普通にやっていれば気が狂って当たり前だから────。
ライトがバラバラと鳥籠に餌をやると、転生局で飼われている伝書カラスたちはギャーギャーと聞き慣れた鳴き声をあげる。
バサバサと翼を広げながら近づいてきた鳥たちは、すぐに食事を始めた。
「お前らは元気だな……」
次の餌の準備をしながら、ライトは軽く呆れる。
するとライトの言葉が聞こえたのか、伝書カラスの一匹がふと顔をあげ、彼の方を見つめた。
だが何でもないと分かったのか、すぐに食事に戻った。
……始末書を提出した翌日からライトに与えられた仕事は、これらの動物の世話だった。
ハウのように、転生局で飼われている三匹の犬たち。
それに加えて、眼前にいる伝書カラスたちの餌やりを命じられたのだ。
最初は始末書沙汰を起こした自分への罰として、こんな雑用をさせているのかとも思ったのだが、ユキの話を聞くとそうでもないらしい。
これも立派な転生局の通常業務らしいだの。
そもそも転生局では、先日までのように複数の案件を抱えている時の方が異例で、基本は異世界転生者の情報をひたすら待ちながら動物たちを世話する部署でしかないらしい。
「言ってみれば、待つことも仕事の内なんですよ」
説明してくれたユキは、そういいながらニコリと笑った。
彼女としては、もう待つことには慣れっこらしい。
しかし考えてみれば、転生局の仕事上、こうなるのは仕方ないと言える。
普通の移動型異世界転生者は発覚が早いため、事後処理を含めても一週間もあれば片がつく。
そして大きな<門>は半年に一度くらいしか発生しない都合上、転生局は半年に一回しか仕事がないのだ。
一方で再誕型はもっと数が多いが、流石に全ての新生児に対して鏖殺人が捜査する訳にもいかず、親や周囲の人間の通報があって初めて捜査を始めることになっている。
だからこちらもまた、通報が来ない限りは転生局には仕事が無いのだ。
一応言っておくと、非常に暇だということではない。
禁忌技術……異世界転生者がもたらした科学技術や、大戦前は盛んだったという異世界転生者の魔法に関する研究の普及を取り締まるための仕事もあるからだ。
しかしそれらの管理を含めても、ただ通報を待ち続けるだけの時間も結構あるのだが。
──だから、こいつらの世話も重要ってことか……特別な種ではあるしな。
そこまで思考が及んで、もう一度ライトは伝書カラスの方を見た。
これらは、アレルにおいて主要な情報伝達手段として用いられる鳥の品種である。
鳥の中では小さい部類の黒い鳥であり、犬と同じく結構な知能の高さが特徴とされていた。
更に特徴を上げると、巣の位置を覚えることに関する記憶力の高さと、飛行速度の速さが挙げられる。
報酬と罰の意味を理解できる程度の知能があるため、餌さえ与えれば様々な地点の場所を覚えるし、遠くで放しても元の巣穴に帰ってくる。
速く飛べるように訓練すれば、グリス王国の端から端まで移動するのに半日もかからない。
この能力を利用され、古くから人間が手紙の配達のために利用してきたのだ。
人間に貢献している動物について人々に尋ねれば、まず間違いなく犬と共に名前が出てくるだろう。
ライト自身、ファストから王都へ証拠品や報告書を送るためについ先日使用したばかりだ。
──でも確か、この「カラス」っていうのも異世界……地球由来の名前なんだったか。
喉をつまらせるカラスがいてはならないため、カラスの食事が終わるまでライトはそれを見守る必要がある。
故にこそどうでもいい回想に浸っていたのだが、それにつられて同僚の話を思い出した。
犬についての噂話を聞いたとき、一緒に耳にした噂だ。
何でも、地球にもこの伝書カラスのような黒くて賢い鳥が存在していて、「カラス」と呼ばれているそうだ。
その名称と手紙を運んでくれることから、「伝書カラス」と名付けられたのである。
ここで面白いのは、地球の文化を多数持ち込んだことで有名な佐藤トシオが現れる以前から、この鳥が伝書カラスと呼ばれていたらしいことだ。
<門>の発生が自然現象である以上、佐藤トシオ以前にも異世界転生者は存在しただろうから、地球の動物名がこちらに伝わっていること自体は不思議な話ではない。
しかしこれが正しいなら、この世界に存在する様々な名称は、異世界の影響を常に受けながら形成されてきたのではないか────。
──だとしたら、本当にこの世界にしかない物……異世界転生者の影響を受けていない物なんて、一体どれ程あるんだろうか?
そんな事にまで思考が辿り着いたときである。
飼育小屋の扉がコンコン、と鳴った。
一瞬驚いたが、すぐに自分に何か用事ができたのではないか、と思い当たる。
ライトは急いで扉に向かった。
だがそれよりも早く、扉が開いて相手が中に踏み入る。
ぬっと現れた顔は、やはりというか何というか鏖殺人のそれだった。
池内大我の現場から帰ってきて以来、何気に顔を会わしていなかったので、やや久しぶりの邂逅である。
何を言えばいいのか分からず、ライトはその場で沈黙する。
一方、鏖殺人の口調には躊躇いがなかった。
特に気負う様子もなく、さらりと指示を出す。
「四宮君。今やってる連続殺人事件の方に、君も参加してもらうことになった。餌やりが終わったら局長室の方に来てくれ」
それだけ言うと、用は済んだとばかりに扉を閉める。
それを見て、ライトはほっと胸を撫で下ろした。
彼に叱責されなかったからだ。
だが、直後に気分が再び暗くなる。
研修の期間が残っている以上、いつか来るとは覚悟していたが……再び仕事が与えられ、恐らくはまた異世界転生者の殺害に荷担しなくてはならなくなった。
その事実が、ライトの胸を押し潰す。
確か現在の鏖殺人が関わっている案件は、中央警士が急に応援を頼んだとかいう代物だったはず。
中央警士が解決に尽力している連続殺人事件と言うのがあって、それに転生局の協力が必要だとか言っていたようだ。
ならばその連続殺人事件とやらは、犯人や被害者に異世界転生者の疑いがあるのだろう。
犯人が異世界転生者だったなら、鏖殺人がその人物を発見次第殺すだろうから、ライトは再度死体を見ることになる。
被害者が異世界転生者であれば、異世界転生者を襲った不幸をもう一度目の当たりにすることになる。
どちらにせよ、気が重くなる話だった。
──だけど、今回は明らかに悪いやつがいるから、まだマシなはずだ。そうだろ、俺?
無理矢理良い点を見つけ、ライトは自分を励ました。
仮に犯人が異世界転生者だと言うのなら、その人物は流石に見過ごしてはいけない悪人だ。
確かに前回の自分は異世界転生者に同情したが、それは池内大我に被害者の側面が強く、犯した罪も正当防衛のように思えたからだ……いくら何でも、連続殺人を犯した異世界転生者には同情しないだろう。
また異世界転生者が被害者なのであれば、頑張って犯人を捕まえて、その犯人を憎めば良い。
そうすれば、自分の気も少しは晴れる。
……こうして、何度も何度も自分を鼓舞することで、ライトは自身を仕事に集中できるように持っていく。
まるで、思考を塗りつぶすように。
彼の様子を見た伝書カラスは、ふっと顔を上げると、カラスらしく「アホー」と鳴いた。




